第九話 鉄砲百合と女中対決
前回のあらすじ
勝利フラグが立ちました。
女中にお世話されてる時の女中ってどういう顔したらいいのかしら。
あたしがそんな悩みを抱えているって言うのに、あたしをお世話する女中の方は全く気にした風もなく、女中が女中に給仕するって言う現実を平然と受け止めていて、なんだか格の違いを見せつけられた気分だった。
いやまあ、あたしも給仕する側だったらそんな気持ちは顔には出さないけど。
まあ、いつもあたしがやっている仕事を、自分の身で受けるというだけのことだ。
全く落ち着かないけれど、でもそんなわがままばっかり言ってられない。
リリオと行動するって言うことは、冒険屋として、《
いや待て本当にそう言うこと……?
ちょっと迷ってしまったけど、まあ、あんまり深く考えない方がよさそうね。
久しぶりに一人の寝床で目を覚まして、女中の手を借りて身支度を整え、食堂へ。
リリオは顔洗ったかしら、服はちゃんと着てるかしら、ウルウはたまには寝ぼけて下着付け忘れたりしないかしら、なんて職業柄かいろいろ考えてしまうけど、しかし今のあたしにできることはない。
あるとすれば、食堂に集まった二人をちゃんと検めてやることくらいだ。リリオの目に目やにはないし、ぼたんも掛け違えていないし、ウルウは残念なことに今日も下着を付け忘れてはいなかった。
まったく、世の中はままならないものね。
席について、朝の挨拶や歓談が交わされる中、朝食の皿が次々と運び込まれ、そしてウルウの顔が引きつる。
まあ、気持ちはわかる。
なにしろ辺境は、朝から食べる量がとにかく多いのだ。
山と積まれた
分厚く切った
茹でた芋や潰し芋は定番だし、酸っぱい
昨晩は他所からのお客である奥様とウルウに配慮してか、馴染みもあるだろう北部風の料理でもてなしてくれたようだけれど、ウルウとしては辺境風の料理の方が面白いようで、量はともかくその目新しさは楽しんでいるようだった。
ほんと、量はともかく。
冒険屋って言うのは基本的によく食べるし、リリオはその中でも特に食べる。何しろ辺境貴族だ。あたしも体の割に食べる。食べなきゃリリオについていくだけの活力は得られない。
ウルウは最近ちょっとずつ食べる量が増えてきたけど、それでも小食な方だから、この量には辟易しているようだった。
辺境のバカみたいな量に付き合わなくてもいいとは思うけど、でも、もうちょっと食べてほしいとは思う。美味しいものを食べている時のウルウは満たされた顔をするから、って言うのもあるけど、体が細くて心配になるときがあるので、もうちょっと太ってほしいのだ。
おっぱいはあるけど、
悪くないわよ。
決して悪くないわよ。
ただちょっと、まあ、もうちょっと
あたしの好みはどうでもいい。
健康、それが一番だ。
たっぷりの朝食を済ませて、さすがにすぐに手合わせを、ってことにはならなかった。
食べてすぐはさすがにしんどい。
辺境貴族の閣下とリリオはけろりとしてるけど、いくら辺境の人間でも普通はあれだけ食べた後に全力で運動は早々できやしない。
「普通の辺境人って何?」
「茶々入れないの」
手合わせは腹ごなしを済ませて、お昼前にということになった。
その頃にはお腹もこなれて、みっともなく朝食を銀世界にぶちまける心配もないだろう。
みっともなく半固形の未消化物を銀世界にぶちまける可能性はあるかもしれないけど。
「そう言えばトルンペートだけ吐いたことないんじゃない?」
「あ、そうかもしれません」
「しょっちゅう吐いてるあんたらがおかしいんだからね?」
「冒険屋としての通過儀礼って言うか」
「《
「捨てちまいなさいよそんな伝統」
腹ごなしがてら、あたしたちは軽く散歩などしてみたけれど、何しろ冬の辺境だ、景色には期待できない。
冬囲い、雪吊りのなされた木々が見られる庭は、あたしたちにとっちゃ結構見慣れた、というか見向きもしないしけたものなんだけど、雪自体に慣れていないウルウにとっては物珍しいらしく、雪に足を取られながらも散歩を楽しんでいるようだった。
冬囲いって言うのは、簡単に言えば庭木が風邪をひかないように、凍り付かないように、藁とか
雪吊りは、雪の重みで枝が折れないように、柱になる棒なんかを立てて、そこから伸ばした縄で枝をつってやることだ。細い枝なんかはまとめて縄でしばってやる、しぼりというのもある。
そう言うのを説明しながら、まともに歩けていないウルウの手を引いてやっているうちに、存外時間は早々と過ぎてしまった。
手合わせの場所に選ばれたのは、竜車場だった。
冬場は雪が積もって何もかも埋まってしまうけど、少なくとも竜車場だけは、緊急で飛んでくる竜車がいるかもしれないので、可能な限り雪かきをしたり、踏み固めたりして、平らに保っているのだ。
また、真っ白な世界を目当てもなしに飛ぶ竜車のために、雪に埋もれない背の高い塔が灯台のようにそびえたち、また着陸場所も真っ赤な塗料や篝火で目印を作るようにしてある。
まあ、あたしは専門じゃないので詳しくはないけど。
ともあれここならば広いので大立ち回りしても大丈夫だし、足元もほどほどに安定しているというわけだ。
やっぱりというかなんというか、先鋒はあたしだった。
なんだかんだ言っても、あたしって《
別に卑下してるわけじゃなくて、もっと正確に言うなら、あたしが一番一般人枠ってこと。
常識人って言ってもいいわね。
リリオは辺境貴族だし、ウルウはウルウだし。
だからあたしが一番弱いって言うのは、あたしが一番まともだって言うことだ。
一番弱いし、一番まともだから、一番こすっからい手も使うので実際闘うと誰が一番ってなかなか言えないけど。
あたしのお相手は、閣下の長男ネジェロ様の武装女中だった。
同じ武装女中とあって、装備はほぼほぼ同じだ。
腰帯には鉈と短刀、それに手斧。手袋も長靴も、確かな戦闘擦れの残るものだ。
とはいえ、見た目は同じようなものでも、実態は違う。
「お初にお目にかかります。二等武装女中のペンドグラツィオと申します」
「ご丁寧にどうも。三等武装女中のトルンペートと申します。お見知りおきを」
二等武装女中。
三等武装女中のあたしより、一等級上の武装女中だ。
辺境の武装女中は、戦闘力も生存力も、女中としての腕前や心構えも、厳しい試験の上で確かめられ、等級を定められる。
二等ともなれば騎士とも遜色のつかない腕前を誇る。
その上で、優雅な御辞儀をはじめとした所作にも隙がない。
何しろあたしは最近、冒険屋として荒っぽい生活に身を置いていたから、こういう洗練された所作を見るとちょっと焦る。
体に染みついたものは、なんて言うけれど、人は訓練を途切れさせると途端に劣化していく。
養成所で散々味わった教鞭の痛みを思い出しながら御辞儀を返し、改めて向かい合う。
審判兼一番近くで観戦できる観客であるところの男爵閣下が、開始の号令を吠えるとともに、ペンドグラツィオは腰の鉈を抜く。
剣と言うには短く、短刀と言うには長く、中途半端な長さは野山の中で枝や下生えを打ち払うのに適したもの。騎士の持つ剣と比べたらいかにも野良道具といった風情ではあるけど、鉈は武装女中の基本武装ね。
分厚い刃は折れず曲がらず、先端が重い造りは短いながらに打撃力が高く、短いゆえに取り回しの幅が広い。多少の刃こぼれなど戦力の低下につながらない武骨な鉈は、下手な武器よりもよっぽど凶悪だ。
斧にしろ短刀にしろ、もとはと言えば「あくまでも武装していない侍女」という体裁のために、武器ではなく野良道具を携帯させているという形だったらしいけど、手練れの武装女中が振るう野良道具は、なまじの名剣魔剣よりも命を刈り取る作業に長けているんじゃないかって思う。
短い剣としても、棍棒としても、時には盾としても使える鉈に対して、あたしは短刀を両手に構える。
とは言えいつもの投擲用じゃない。足場の悪い雪の上じゃいつまでも距離は取れないし、飛竜紋の武装女中の装備と防御を貫くのはさすがに厳しいからね。
近接戦となると、同じ鉈での勝負は、小柄なあたしにはちょっと分が悪い。
いなしてかわして捌いて避けて、うまく隙をついていくってのがあたしらしいやり方。
まずは小手調べとばかりに仕掛けてくるペンドグラツィオ。
繰り出される鉈を受け流していくと、養成所での訓練を思い出す。
リリオと内地に出てから、同じ武装女中とやり合うことは全然なかった。飛竜紋の武装女中なんて話にも聞かなかったし、内地の武装女中もまあ程度が知れたようなものだった。
久々にご同僚が相手だと思うと、格上相手に緊張ってのもあるけど、それ以上に懐かしくって、楽しくなる。
ペンドグラツィオはあたしより上背もあるし、つまり手足も長い。間合いが広い。でも結局のところ、人間の手足って言うのは、胴体に関節で取り付けられた棒っ切れだ。曲がる場所は限られていて、回る角度は決まっている。
あたしはそのからくりを正確に把握して先読みできるほどの達人ってわけじゃないけど、それでも小柄なりの戦い方は叩き込まれた。
例えば右腕は、右側には広く間合いがある。でも左側に振ろうとすると、自分の体が邪魔になる。
例えば肘は上と内側には曲がるけど、下と外側にはどうやったって曲がらない。
そういう人間の体の造りの上から見て、無理が出てくる場所に潜り込む。そして、一突き。
それがあたしに叩き込まれたやり方だ。
とはいえ、武装女中相手に早々うまくいくわけでもない。
懐に潜り込もうとしたときには、ひらめく裾を翻して、鋭く蹴りが見舞われる。
咄嗟に短刀で受けて後方に飛んだけれど、手首がしびれる。やけに、重い。
「
「あなたこそ、何本呑んでるのかしら?」
「さて、ね」
飛竜革の長靴はとても丈夫だ。でも革だから、金属よりは軽いし、柔らかい。
ペンドグラツィオは靴の爪先、いや、たぶん靴底と踵にも鋼を仕込んでいるんだと思う。
鋼は重いから蹴りにもその重さが乗るし、硬いからただの飛竜革より破壊力が上がる。
怖い女だ。
全身に刃物を仕込んでるあたしも大概だと思うけど。
仕込みがばれた以上出し惜しみはしないらしく、ペンドグラツィオは鉈のみならず拳闘を交えはじめた。どちらかといえば、彼女は殴る蹴るといった拳闘の方が性に合っているらしい。
鉈を基点としていた先ほどまでに比べて、大分動きの幅が広がり、やりづらいったらない。
おまけにこの女、靴だけじゃなく手袋にも鋼を仕込んでいるらしく、繰り出される拳の一つ一つにえげつない重みがある。下手に真似しようとしたら腕の筋を痛めるだろうけど、慣れ切った鋭さがある。
そんな重しを手足に仕込んでこの雪の上を自在に立ち回りするんだから、辺境の人間は大概頭がおかしい。
とはいえ、だ。
いまのところあたしは特に怪我をすることも、何なら有効打を受けることもなく、ペンドグラツィオの攻撃をさばき続けることに成功している。
最初は手加減されているのかと思ったけど、というか事実手加減されていた臭いけど、段々回転数を上げていき、拳闘も解禁し、それでもなおあたしはそれをちゃんと見切ることができて、余裕をもってさばいて、その上で反撃もできていた。
なんだか不思議な感覚だった。
ちょっと前のあたしなら必死こいて逃げ回ってたようなえげつない蹴りをかいくぐり、ちょっと前のあたしなら見つけることさえやっとの隙に短刀をねじ込む。
明らかに無理のある体勢で避けるペンドグラツィオ、それを見送って次を待ち構える余裕さえある。
あたしには今や、ペンドグラツィオが明確に焦りを覚えているのを如実に感じ取っているのだった。
結局あたしは程よく汗をかいた辺りで、鉈を弾き飛ばしてペンドグラツィオに膝をつかせることができた。あたしが手巾で軽く額をぬぐう程度のところ、格上のはずの武装女中は肩で息をしてすっかりくたびれたようだった。
短刀に比べて重い鉈を振り回し、それに加えて手足に重しを仕込んでいたとはいえ、ずいぶんな疲れようだ。
というより、大立ち回りを演じたペンドグラツィオをからかうように動き回っておきながらさほども疲れていないあたしの方が、やけに体力に溢れているということかも。
「三等なんて、騙されたわ」
「あー……奥様にしごかれたからかも」
「羨ましい限りだわ。昇級試験をお勧めするわ」
「養成所でまたしごかれるの? あー、まあ、気が向いたら」
行楽気分のリリオたちに手を振り返しながら、あたしもその行楽気分の仲間となるべく歩き出したのだった。
用語解説
・
果物に砂糖や蜜を加えて加熱濃縮したもの。ジャム。
・
ツツジ科スノキ属の低灌木種及びその果実。
ビルベリー。
青紫色の実をつけ、生で食べると果汁の色がつく。
柔らかく傷つきやすいため専ら素手で採取され、傷みやすいためその土地でのみ消費される傾向にある。
・
ツツジ科スノキ属の常緑小低木及びその果実。コケモモ、リンゴンベリー。
赤い実は非常に酸味が強く、
・
主に果物を砂糖につけたもの。
・
特に言及しない場合、豚や猪のもも肉を塊のまま塩漬けしたものやその類似品。
燻製するもの、煮沸するもの、加熱しないものなどがある。
・
アブラナ科アブラナ属の多年草。結球する葉を食用とする。キャベツ。
・
アブラナ科アブラナ属の越年草。根菜。葉も食べる。カブ、カブラ。
・
小麦やライ麦の生地に大麦の乳粥、マッシュポテトを乗せて焼き上げたパイ料理。
・
補正下着の一つ。胴を締め上げてウエストを細く見せるために使用するほか、腰痛緩和のためにも用いられる。
健康にあまりよくなく、流行でもないが、たまに見かける。
・
硝子の森に生息する昆虫。蛾の仲間。
硝子質の甲殻を持ち、硝子質の小枝などを蓑のようにまとい、硝子質を含む糸で枝からぶら下がる。
この糸は非常に丈夫かつしなやかで、繊維素材としては最上級の性能を誇る。
その分、扱いには極めて特殊な専門職が必要だが。
内地ではその糸の取引自体がまずないが、辺境では養殖もしており、武装女中のお仕着せや貴族、騎士の衣類、鎧によく用いられている。
・ペンドグラツィオ
カンパーロ男爵嫡男ネジェロ付きの武装女中。等級は二等。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます