第三話 鉄砲百合と辺境入り
前回のあらすじ
美味しいものには勝てなかったよ(ダブルピース)。
海老か蟹かで言ったら、海老寄りよね。
なにがって、昨日たらふく食べた
ぷりっとして、心地よい歯ごたえ。甘みのある肉。味わい深い出汁。
煮てもいいし、蒸してもいいけど、やっぱり網焼きは野趣もあるし、食べてるって感じがしていい。
一晩明けて、朝食は昨日のあまりの
肉はあんまり大きすぎず、でも思わず笑顔になっちゃうくらいには大振りに。
野菜は、まあなんだっていい。
味の基本は、
もう本当に、窮極的には
酒飲みなんかは、肝とこそいだ肉に酒を注ぎ、殻の上で火にかけて楽しむなんて言う乙なやり方もするらしい。というかあたしたちもしたけど。
海老や蟹みたいに、磯の香りは全然しないの。まあ当然だけど。
その代わり、森の香りっていうのかしらね、そういうのがする、ような気がするわ。
ちょっと土臭いかもって感じる時もあるんだけど、そういうのは内臓処理の時にワタの中身をこぼしちゃったりしてるだけよ。
肝をそのまま食べるっていうのも、もちろん美味しいわ。
虫に当たることもあるからちょっと覚悟がいるけど、ねっとりとした舌触りに、濃厚な味わいはたまらないものがあるわね。
でもアタシとしては、やっぱり肝汁よね。
火を通してやることで香りが一層引き立つし、何より汁物全体がうまさとしての格を一段も二段も上げるのよ。
ちょっとしなびてきた野菜でも、適当に突っ込んで煮てやるだけで美味しく頂けちゃう。
まさしく、味の力技ってわけね。
朝からこの力強い朝食を平らげ、たくさん余った肉は飛竜の餌にして、さあ、今日も竜車の旅が始まる。
始まると言ったって、あたしたちは竜車に乗るだけなんだけど。
その乗るだけが苦痛極まりないやつも一人いるとはいえ、ほんと、なんにもすることがない。
今日は雪もやんで、風も穏やか。
揺れもあんまりないから、とは言ってみたけれど、まあ、風のある時と比べたらって話よね。
竜車っていうのは、どうやっても揺れる乗り物なんだから。
馬車の揺れと一緒だと思うんだけど、ウルウって、馬車では酔わないのよね。
「酔わないわけじゃないけど」
「あ、そうなの?」
「揺れが一定だから何とかって感じ」
「あー……」
まあ、堅い地面の上を走る馬車は、精々その凸凹で上下するくらいだ。
上下左右斜めにと揺れる方向を選ばない船や竜車は厳しいと、まあそう言うことなんだろう。
青ざめた顔のウルウが魂ごと中身を吐き出してしまわないように、昨日はリリオがひたすら喋り続けた。
あたしとしては気持ち悪くて体調が悪い時にごちゃごちゃ言われたらお願い黙って静かにしてもしくは黙らせて静かにさせるわよってなると思うんだけど、ウルウからすると適度な雑音がしている方が落ち着くらしい。
雑音扱いされたリリオはむくれていたけど、死にそうな声で「声が……声がいい。あと顔も」と取ってつけたように言われてすぐに機嫌を直していたから、ほんとにちょろい。
まあその雑音発生器ことリリオもさすがに昨日喋りっぱなしで喉が嗄れ気味だったので、今日は交代してあたしがお喋りを引き継ぐことにした。
無理はしなくていいって言われたけど、こう見えてあたしはお喋りが嫌いではないのだ。
女中の仕事の三割くらいはお喋りと言っていい。
場合によっては八割くらい。
仕える主人がお喋りに飢えていたらそれこそ一日中喋るのが仕事みたいなものだ。
というのはまあ言い過ぎかもしれないけど。
ともあれ、あたしにとって雑談というのは職業柄必須技能と言ってもいいし、同時に純然たる楽しみと言ってもいい。
あたしはぐったりと横になったウルウの背中をゆっくり叩いたりさすったりしてやりながら、愚にもつかないお喋りをはじめた。
話題なんて言うものは、いくらでもある。
天気のこと。竜車のこと。飛竜のこと。辺境のこと。いままでの旅のこと。料理の献立や、買い物した時の話。
それこそ内容なんてなんでもいいんだから、子供に聞かせるようなおとぎ話の類でも全然かまわないのだ。
実のところあたしは物語を語るのが得意だったりする。
吟遊詩人になれるとまではいかないけど、リリオが今よりもっとちっちゃい頃は、あたしが枕元でお話をしてあげたものだ。
「かえるくんが美しい菫畑に思わずほうとため息をつくと、どこからかくすくすと笑い声がし始めました」
「……………」
「いったい誰だろう。かえるくんが不思議そうにあたりを見回すと、鮮やかに咲き誇る菫の花が風もないのに揺れました。不思議に思ってのぞき込んでみると、なんとそこには美しい妖精たちがくつろいでいるではありませんか」
「……………」
「妖精たちはかえるくんが目を丸くするのをおかしそうに笑って、こう言うのでした。『まんまと罠にはまりおったな、愚かなかえるよ』」
「……………」
「かえるくんはハッとしました。『さては黒蜥蜴のヴェルダリヴェロの差し金だなッ』『今更気づいても、もう遅いわ。いよいよもって死ぬがよい』。恐るべき暗黒妖精の無慈悲な死の罠が、かえるくんに迫る!」
「トルンペートさあ」
「何よ。いまいいとこなのに」
「寝かしつけるの超絶下手だったでしょ」
「毎晩滅茶苦茶盛り上がって一度も素直に寝てくれなかったわ」
「そりゃ寝ないよ、これじゃ」
そうなのだ。
今もリリオは目をキラキラさせてあたしのお話を聞いてくれるし、面白いことは間違いないのだ。
でも残念なことに子供を寝かしつけるためには面白すぎても良くないのだ。
だって寝ないもの。
リリオがもっともっとってせがむし、いつの間にかティグロ様も聞きに来るし、あたしもなんか盛り上がっちゃって語りに熱が入ってきて、気づいたら御屋形様が混ざって「続け給え」って言ってくるのよ。
仕方ないじゃない。
あたしはリリオの寝物語としてよく語って聞かせたかえるくんのお話の最新作「かえるくん対黒蜥蜴~死線に踊れ~」を即興で語ってみせ、興が乗ってきたのでそのまま「
いやまったく、リリオも拍手喝采で、あたしも満足のいく語りだった。
惜しむらくはウルウの体調が万全ではないので、しっかり楽しんでもらえなかったことだろうか。
かわいそうに。目が死んでる。
水袋の水で喉を湿らせて一息つき、さて今頃どのあたりかしらね、なんて思ったところで、あたしはふと気づいた。
「ねえリリオ」
「なんですか?」
「いま思ったんだけど、これって不法侵入じゃないかしら」
リリオはきょとんとして、あたしの顔をまじまじと見つめた。
ほら、あたしたち、竜車で境の森も遮りの河も、一息に飛び越して辺境領に入ろうとしてるじゃない。
そうなると大橋に備えられている関所を素通りすることになる。空に関所は置けないもの。
で、そうでなくても、キューちゃんは元野良だし、ピーちゃんはその子供だ。辺境で登録された騎竜じゃない。
未登録の飛竜が、臥龍山脈からじゃなく北部からやってくるなんてのは、大騒ぎになるんじゃないかって思うのよね。
辺境は大きく三つに分かれていて、臥龍山脈の裂け目を塞ぎ、監視するフロントでほとんどの飛竜が狩られるか追い返される。で、それをすり抜けた飛竜はモンテートの飛竜乗りと対空兵器で駆逐される。
これから向かうカンパーロは産業地帯で、飛竜の狩り残しなんて滅多にやってこないけど、それでも辺境は辺境だ。
迂闊に飛んでいったら、撃ち落される可能性もあるんじゃないだろうか。
という疑問と不安をこぼしていると、伝声管から奥様の笑う声がした。
『だーいじょうぶよう』
「あ、お母様」
『たかだか門番に私が負けるはずがないわ』
「奥様が言うと冗談か本気かわからないんですけどそれ」
奥様は少女のように笑って、それから安心させるようにこう仰った。
『勿論そうなることはわかっているから、ちゃんと事前に
どうやら時間のかかった事前準備には、辺境への根回しも含まれてたみたい。
とはいえ、それでも、未登録の飛竜で、亡くなったことになっている奥様が帰ってくるのだ。
その対応に追われる下っ端のことを思うと、なんだか申し訳なくなるのだった。
用語解説
・
ナス科ナス属の多年草。地下茎を芋として食用とする。じゃが芋。
・
いわゆるゴボウ。
帝国ではもともと食用ではなく、葉などを薬用にする程度だった。
しかし飢饉の時代に西方人が持ち込んで食べるようになると、南部でジワリと広がり、面白がりの東部人が栽培し、流行りに鋭い帝都で調理法がまとめられた。
・かえるくんのお話
喋るカエルを主人公としたトルンペート力作の物語シリーズ。
東京を救ったりはしない。
・「かえるくん対黒蜥蜴~死線に踊れ~」
因縁の宿敵である黒蜥蜴のヴェルダリヴェロの卑劣な罠にはまり、暗黒妖精と死闘を演じるかえるくん。果たしてかえるくんは生きてこの地獄を抜け出せるのか、黒蜥蜴との決着はどうなるのか。緊張と弛緩の緩急が子供たちを眠らせないだろう。
・「
昔々あるところに
・フロント
辺境最奥、竜たちが彷徨い出る臥龍山脈の切れ目を監視し塞ぐ竜狩りたちの住まう土地。
辺境伯領。
極めて過酷な環境ではあるが、それでも辺境人たちはこの地に住み着き、人界を竜の脅威から護ってきた。
・モンテート
子爵領。険しい山岳地帯であり、人々は山に張り付くように街を築き暮らしている。
臥龍山脈に向かって要塞が幾つも建てられ、対空兵器と飛竜乗りたちが、フロントで討ち漏らした飛竜たちを狩っている。
・
ある程度の大きさの街や宿場町には必ず存在する
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