第十二話 亡霊と帰ってきた抱き枕
前回のあらすじ
マジかよ。マジで飯だけで終わっちまった。しかも八千字近くもひたすら飯の話だよ。
どうなってるんだ。
鮫っていうのは初めて食べたけれど、なかなか悪い物じゃなかったね。
食べたことがない身としては、ちょっとゲテモノ枠というか、食材としてはなかなか見れない生き物だったけれど、調理して食べてしまえば、普通に美味しいものだった。
刺し身はちょっと微妙かなー、美味しいけどちょっと気になるかなーという感じだったけれど、煮込みは普通に白身魚として美味しい部類。
フカヒレとかキャビアとか、変な例としては肝油ドロップとか、鮫由来の食品は割と見かけたことあるけど、鮫の肉って出回らないよなあ。
普通にスーパーとか、回転寿司屋とかで見かけるものだったら、普通に食材として受け入れる感じだよね。
いや、出回ってるとこには出回ってるんだろうけど、私の住んでたとこ、別に沿岸地帯でもなし、そういうの見たことなかったな。
そもそもスーパーでお買い物、なんて随分してないけど。
鮫もとい
そう、
帝国各地で飲まれている
南部にはいわゆる
他の地域の
西方から茶葉も輸入しているし、茶の木自体の栽培もしてるらしいから、実際、私の知るお茶と同じか、品種がちょっと違うくらいのものなのかもしれないというか、うん、普通に紅茶だな、これ。
私なんかは懐かしいような気もして少しホッとするけど、帝国では茶の木のお茶はそこまで人気じゃないらしい。栽培が難しいし、発酵も難しいし、渋みがあんまり好きじゃなかったり。
南部で栽培してるのは、お茶好きの貴族が頑張って挑戦し続けた成果みたいなもので、完全に趣味の産物らしい。
庶民なんかはむしろ、南大陸とかいうところから輸入したり、自前でもちょこちょこ栽培したりしているという、
こう、丼みたいなでかい器にたっぷりとカフェオレ注いで飲むんだよ、南部人のティータイム。
下手な
メザーガなんかはいつもブラックで飲んでたっけ。胃が荒れそうな顔してるのに。
彼の場合はあんまり甘いものが好きじゃないのと、覚醒作用が目的みたいなところはあると思うけど。
マテンステロさんは甘ったるいカフェオレ大好きみたいだけど、今回の旅には
乳の類はあんまり日持ちしないから旅には持ってこれず、しかし乳がないのに
このお茶は、まあ少しくらい渋みはあるけど、砂糖でどうにかなる程度だから、許容範囲らしい。
私にはよくわからない感覚だ。
お茶を済ませて、歯を磨いて、肌に保湿用の油を塗って、あとは寝るだけなんだけど、あくび交じりにもそもそ竜車に向かった私たちに、マテンステロさんが宣言した。
「今夜は組み分け変えましょ!」
眠そうで実際眠い我々三人と違って、マテンステロさんは実に元気だ。
この人が元気じゃないところ見たことないけど。
もっともらしく語るところによれば、竜車での旅は長く退屈で、閉塞感に満ち、倦み飽きてしまう。そんな状態は心身によろしくないことは明白である。だから、刺激が必要なのだと。
私としては変わったご飯食べられるし、温泉にも入れたし、十分刺激たっぷりな一日だったのだけれど、旅慣れたマテンステロさんにはそうではないのかもしれない。
面倒くさいから明日でいいんじゃないですかね、と消極的なムード漂う我々を気にした風もなく、マテンステロさんは楽しげに私たちを見回して、そして密かに身を潜めようとしたトルンペートの首根っこを問答無用で掴んだ。
あれ怖いんだよなあ。
目の前にいるのに挙動が読めないんだもん。
いつの間にか掴まれてるんだよ。
マテンステロさんに言わせれば、単なる手先の技らしいけど。
借りてきた猫よろしく大人しくなったトルンペートを引っ提げて、マテンステロさんは意気揚々と竜車に乗り込んでいった。
去り際に垣間見えたトルンペートの目は必死で助けを求めていたように見えなくもないけど、お腹いっぱいでお茶もいただいてお目目がしぱしぱするくらい眠いから、多分見間違いだろう。私は何も見てない。知らない。わからない。
リリオも悟りを開いたような目で見送っていることだし、我々は何も見なかった。うん。
私たちはどちらともなく頷きあって、もそもそと竜車に乗り込み、《鳰の沈み布団》に潜り込んだ。
いつもは三人で包まっている《布団》は、やはり二人だと、少し広く感じる。
もともと一人用の《布団》なんだから、これでも定員オーバーのはずなんだけど。
一日空いたせいか、ちょっと遠慮しがちに潜り込むリリオを、今日は私が抱きすくめて枕代わりにする。普段はリリオの方から抱き着いてきて、放っておいてもくっついているから、私の方から抱きしめると、どこら辺に手を当てたものか、どう抱えたものか、ちょっと要領がわからなくて、少しまごつく。
リリオの方も、私からそうしてくるとは思わなかったようで、きょとんとしている。
トルンペートと同じ感じでいいとは思うけど、トルンペートとは違って、子供みたいに体温が高いから、なんだか腕の中がほっこり暖かくて、不思議な感じだ。
別に何日も何週間も離れていたってわけじゃないのに、なんだかそのぬくもりが不思議と懐かしく感じられた。
なんだか居心地が悪いというか、座りが悪いというか、もぞもぞと抱きなおしているうちに、リリオも落ち着いてきたらしくて、いつものようにむぎゅうと抱き着いてきて、おかしそうに笑う。
「今日はなんだか、随分と積極的ですね」
「うん。寂しかったから」
「ふなっ!?」
明らかにからかうような口調だったけれど、私は昼間の内にトルンペートとの会話の中で、ある程度自分の中の寂しさというものを認識し終えている。
自分でもちょっと子供っぽいかなとは思うけれど、ずっと一緒に旅をしてきたリリオが取られてしまったような気持ちだったのかもしれない。
いまは、なんだかちょっと安心しているような感じだよ。
うつらうつらとしながらも、ある程度まとめ終えた素直な所を伝えてみると、リリオは意外そうに、でもなんだかくすぐったそうに、小さく笑った。
「いつもはつれないのに、今日は随分素直です」
「うん、まあ、トルンペートとお話してね、ちょっと気づいたっていうか」
「気づいたって寂しいってことですか?」
「それもある」
確かに私は寂しさを感じている。
そのことに気付かされた。
そして、寂しい理由にも。
「私さ」
「はい」
「私、結構君たちのこと、リリオとトルンペートのこと、気に入ってるみたいだ」
「まあ、そうなんでしょうねえ」
「うん、君たちのこと、大事で、大切で、一緒に居たい」
「……はい」
「はなれたくない」
「……はい」
「ねむい」
「もうちょっとがんばってっ」
「おやすむ……」
「あああ……勿体ないような惜しいような……」
腕の中に抱きすくめた体温。
顔を埋めた髪から漂う、お手製リンスの少し甘酸っぱい香りと、ささやかな皮脂の匂い。
そっと回された小さな腕。
どれも、以前ならばきっとおぞましくさえ感じたいきものの感触が、なぜだか今の私にはとても安らいで感じられるのだった。
用語解説
・カフェオレ
いつごろからか
南大陸の開拓が進んでいく中で
いつごろからか、恐らくは偶然から、豆を炒ると香ばしく香りが立つことが発見され、焙煎されるようになると、
人々の間に広まっていくうちに、より飲みやすくするために砂糖や乳を入れる飲み方が一般的になっていったとされる。
南大陸で一般化されたこの風習は商人たちによって帝国に持ち込まれ、気候の近い南部で何とか栽培に成功し、南部での
渋みや苦みを伝統的に苦手とする帝国全体としては、すでに
このため、南部外の人間が砂糖や乳を入れる「正しい」飲み方を知っていると、情報通であるとみなされることがある。
なお、諸説あるが、最初に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます