第九話 亡霊と温泉魚
前回のあらすじ
山間の温泉に辿り着く一行。
いよいよもって旅行番組の様相を見せ始めてきた。
湯の花漂い、分厚い湯気の覆う温泉で、ぼんやりと釣り糸を垂らしている姿っていうのは、かなりシュールだと思う。シュールっていうか、クレイジーっていうか。
「……これ、本当に釣れるのかしら?」
横で
そりゃそうだ。
温泉で魚釣りなんて、聞いたことがない。
でも、マテンステロさんによれば、この温泉に棲む魔獣こと
そして
半信半疑ではあるけれど、なにしろファンタジーな世界のことだ、温泉を住処とする魚類がいても、そういうものかもしれないと私なんかは思う。
例えば、ドクターフィッシュとか呼ばれる魚類は、確か三十七度程度の水温でも生きていけるはずだ。
足湯なんかでこう、角質を食べてくれる奴だ。
私は体験したことがないのだけれど、くすぐったくて面白いとは聞いたことがある。
他にも、温泉に広がる藻だとか、四十度を超える温泉で確認されたオタマジャクシだとかいるらしいし、極端な話で言えば、深海の熱水噴出孔付近では八十度を超える中で棲息しているポンペイワームとかイトエラゴカイとかいるしね。
そう考えると、風呂の神なる超存在が実在しているこの世界のことだ、温泉の中で平然と棲息している生き物がいてもおかしくはないと思う。
現地人のトルンペートからしても疑わしく思えるみたいだけれど、まあ、いないと決めつけるより、いるかもって思った方が面白いし、いざ遭遇した時に慌てないで済む。
それに、私の場合、いるかいないかもわからない生き物を待ち続ける必要はない。
「いるなら必ず釣れるし、いないなら釣れない」
そう、この《
こうして釣り糸を垂らしているこの釣り竿、ゲームアイテムの一つで、水辺で使えば確率でアイテムが釣れるというものだった。
そして生物相が限られているだろうこの温泉であれば、いるとするのならばほぼ確実に
あまりの便利アイテムっぷりに私自身呆れるほどだが、隣のトルンペートなどはあきれ顔で、またいつもの便利道具かという顔をしている。便利だからいいや、というスタンスではあるみたいだけど。
今回は、釣り気分を少しでも味わえるかと思って、《
ぼんやりと湯気を眺めていると、トルンペートが温泉に向けていた疑わしげな視線を、《
「詮索するわけじゃないけど」
「なあに?」
「そういうのって、どこで手に入れた訳?」
そういうのっていうのは、つまり、この《海幸》だけでなく、《
改めて尋ねられて、私は少し考えこんでしまった。
フムンと漏らしたきり黙り込んだ私に、トルンペートはどことなく気まずげに鼻を鳴らした。
「別に、詮索する気はないわよ。言いたくないなら、」
「どこで手に入れたんだろうねえ」
「はあ?」
「いや、誤魔化すわけじゃなくてさ、本当に、これ、どこから手に入れたんだろうねえ、私」
自分でもわからないのかと呆れられたけれど、実際、わからないものは仕方がない。
ゲーム内のどこでどんな条件を満たしてどのように入手したのかということなら、余すところなくしっかり覚えている。攻略wikiも丸暗記してるから、効率のいい入手法だって教えてあげられる。
でも
私のいまの体が、心臓麻痺かなんかで死んでしまった私の魂だけを積み込んだ、プルプラお手製のお人形であることを考えれば、まあやっぱりプルプラお手製の付属品みたいな感じなんだろうなあ、と思う。
あの割といい加減な所のありそうな神様のことだ、深く考えずに設定そのままに流し込みで作った感じがしてならない。
なのでどこで手に入れたのかと聞かれたら、わからないながらもこう答えるほかない。
「神様からもらったって言ったら信じる?」
下手な宗教みたいな文句だ。
我ながらあんまりにも胡散臭すぎて、鼻で笑いながら言ってしまったが、トルンペートはちょっと肩をすくめるだけで、どうかしら、と呟いた。
「普通なら鼻で笑うところなんでしょうね」
「だろうね」
「でもあんたなら、ありそうかな、くらいには思うわ」
「そうかなあ?」
「いくらなんでも世間知らずが過ぎるし、なんか変なまじないとか使うし」
「フムン」
「便利道具だけじゃなくて、あんた自身が神様の落とし子だって言われても、まあ、信じられなくはないわ」
「落とし子ねえ」
「深い意味はないわよ?」
「うん? うん」
これが釣りというもののスタンダードならば、私は多分釣りには向かないだろうな、という気分になってきた。つまり、だんだん飽きてきた。
こうしてトルンペートが隣で話し相手になってくれていなければ、さっさと《
そうした方が手っ取り早いし効率がいいのは確かなのだけれど、趣は全くないし、完全に作業になってしまうので、私のスタンスではないなという気はする。
「そういう便利道具って、どれくらい持ってるのよ?」
「いっぱいあるけど、秘密」
「なんでよ」
「便利道具に、便利に頼られたら、面白くないし」
「そんなつもりはないけど」
「《
「あ、やっぱり《
「まあね」
「どんなのがあるのよ。役に立たないのでもいいから」
「役に立たないものはあんまり持ってないけど……ほら、あれとか」
「なによ」
「酔いを誤魔化す時に抱いてるぬいぐるみとか」
「熊のやつ? なんか特殊なの?」
「特に何もないんだよね」
「はあ?」
「フレーバー・テキスト……説明書きが気に入って、持ってたんだよね」
「どんなの?」
「『ぼくはタディ、七つの子のお守り役。ぼくはタディ、夢の国までお供する。ぼくはタディ、忘れられても傍にいる。ぼくはタディ、君のテディベアになりたい。ぼくはタディ、君だけのテディベア』」
「なんだか、不思議な響きだわ」
「特に効果はないはずなんだけどね。抱いてるとちょっと安心する」
「おっきなくせに」
「心は小さくてね」
「ところで」
「なあに?」
「引いてるわ」
「あっ」
用語解説
・
温泉に棲息する魚類。魔獣。
水精に働きかけることで温泉という特異な環境に適応しているのではないか、ということで魔獣と言う風に扱われているが、実際のところ生物学的に適応しているのか、魔術によって適応しているのかは判然としていない。
体長は最大で一メートルほどで、サメの類に似る。
肉は甘く、脂肪が少なく柔らかい。
腐りづらく、山間などでよく食べられる。
しかし鮮度が低下すると独特の臭気を発するため、あまりよそでは知られていない。
肉食で、おなじく温泉に棲息する魚類や両生類を主な餌とするほか、温泉に入ってきた
・
猿の仲間のうちで最も北に棲息する一種。
果物や昆虫を主に食べる他、時に肉食もする。
赤ら顔で、北部で酔っぱらいを指してよく猿のようだとよばうのはこの
人里近くにも出没し、食害などを出すこともあるが、多く人の真似をして、危害を加えないことが多い。
温泉に浸かることで有名。
・ドクターフィッシュ
コイ亜科の魚ガラ・ルファの通称。
人間の手足の表面の古い角質を食べるために集まってくるとされる。
三十七度ほどの水温でも生存でき、温泉にも生息する。
・温泉に広がる藻
高温の温泉などに適応した極限環境微生物。
様々な種類が存在する。
・四十度を超える温泉で確認されたオタマジャクシ
南シナ海はトカラ列島に所属する口之島で発見されたリュウキュウカジカガエルのオタマジャクシは、最高で四十六・一度にも達する温泉に棲息している。
生体のカエルは温泉では発見されていないことから、幼体の時のみの特性ではないかとされる。
・ポンペイワーム
栗毛の牡(二〇一九年現在三歳)。父にItsmyluckyday、母にBriecatを持つ。
ではなく。
深海の熱水噴出孔間近で発見された生物。
八十度程度の熱水付近に棲息するため、火山噴火の犠牲で有名なポンペイの名を与えられたとか。
本編には登場しない。
・イトエラゴカイ
同じく深海の熱水噴出孔付近で発見された生物。
高温でも壊れにくい特殊なタンパク質でできているそうだ。
本編には登場しない。
・神様の落とし子
優れた才能の持ち主や、美貌の持ち主、また幸運の持ち主などを呼ばう言い方。親のわからない孤児や迷子などを指すこともある。
また、非常に魅力的である、運命を感じる相手であるなどという言い回しでもある。
・《
ゲーム
設定では「一時的に体重をなくす」ことができるとされ、水上を歩行可能にするだけでなく、使用中所持重量限界を緩和できる。
また足音が消え、一部の敵Mobから発見されなくなるまたは発見されにくくなる効果がある。
『生きるということは、薄氷を踏んで歩くが如く』
・酔いを誤魔化す時に抱いてるぬいぐるみ
ゲーム内アイテム。正式名称 《ネバーランド・タディ》。
効果は特になく、イベント報酬として手に入るが、売値も高くない。
イベントの雰囲気を味わうためのもので、イベントを終えて手に入れた時は何となくしんみりするが、プレイヤーの開く露店などで束で売られたりしていてちょっともやもやする。
『ぼくはタディ、七つの子のお守り役。
ぼくはタディ、夢の国までお供する。
ぼくはタディ、忘れられても傍にいる。
ぼくはタディ、君のテディベアになりたい。
ぼくはタディ、君だけのテディベア』
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