第六話 鉄砲百合と記憶の味
前回のあらすじ
お腹を空かせてしまった償いにとイカリングフライをふるまうウルウ。
まさかの飯レポ二連続であった。
新しい調理方法を教わった店の人たちからはまた何か思いついたらよろしくと手を振られたけど、そうそう思いつくものでもない。
数日もしないうちに、市には肉や魚、また野菜を使った
結局は、ちょっとした気づきやひらめきの問題なのだ。
でもその気付きやひらめきが、分厚い壁となっているのよ。
「ウルウって」
「なあに?」
「料理が得意っていう訳じゃあないのよね」
「まあ、見たままを覚えられるから、人の仕事をそのまま真似ることはできるけど、それでも練習したわけじゃないから、ぎこちなくはなるね。頭で理解してるわけじゃないから、やり方はわかっても、理屈はわからない」
「真似は出来ても、応用はできないって?」
「そうだね。もともと私にはそう言う才能は欠けていると思うよ」
嫌味でもなんでもなく、ウルウは本心からそう思っているようだった。
だとすれば、先ほどぱっとやって見せたことも、こいつにとっては物まねにすぎず、新しい発見などでは全くないわけだった。
「その割には、随分と料理の知識が豊富みたいね」
「豊富?」
「いまさっきの
あたしが探るように尋ねると、しかしウルウは全く気にした風もなく、というより気付いた様子もなく、ただ困ったように笑うのだった。
「豊富ってことはないよ。ただ、そうだね、私の住んでいたところが、食文化の豊かな所だったんだろうね。あの頃は気付かなかったけど、でも、身の回りにはたくさんのものがあふれていたように思うよ」
けれどその先の故郷というところを、あたしは全く想像できずにいた。
「他人事みたいに言うわね」
「他人事なのかもしれない」
「えっ?」
「あそこには私の居場所がなかった。あったのかもしれないけど、私には見つけ切ることができなかった。その前に疲れ果ててしまった。支えとなるものを、うまく掴めなかった」
それは豊かだったという故郷の話からすれば、あまりにも静かな独白だった。
「私は確かにたくさんのものを見てきた。たくさんのものを聞いてきた。たくさんの豊かな文化に触れて、たくさんの人々の思いに接した。でも私は感じなかった。たくさんのものを見て、聞いて、触れて、接して、そこに何も感じなかったんだ。感じようとしなかった。感じることができなかった。もう少しで感じ取れたかもしれないものを、わたしは諦めてきた。だってそれは余りにも困難に思えたから」
食べることに夢中のリリオをちらと見やって、ウルはそこに何かを見たようだった。何かを聞いたようだった。何かに触れたようだった。何かに接したようだった。何かを、感じたようだった。
尊いものを見るように、ウルウは目を細めた。
「未練がないと言えば、嘘になる。今になってもしかしたらと思うものは、みんな思い出の向こう側だ。あの頃ああしていれば、何かが変わっていたのかもしれないと、最近になって特にそう感じることが増えたよ。私がもう少し強ければ、私がもう少ししなやかだったら、私がもう少し、人を思いやることができたら」
湿り気を帯びたまなざしがあたしをそっと見つめて、瞬いた。
「でもそうじゃなかった。そうじゃあなかったんだ。そうじゃなかったことを悔いる気持ちもあるけれど、でも、そうじゃなかったから今私はここにいるんだと思えば、少し、楽になる。君たちといる日々が、たまらなく満ち足りているから」
ざくりと揚げ物を齧って、それから、それまでの湿り気はみななかったかのように、ウルウはいたずらっぽく笑った。
「君は私の故郷のことが気になるのかな。それとも私のことが気になるのかな」
「それは……」
考えるまでもなかった。
私は無用な詮索を捨てて、素直な気持ちに向き直ることにした。
「ウルウのことが気になるわ。でも今はそれ以上に『豊かな食文化』とやらが気になるかしら」
「結構。君のレシピが増えるなら、私も願ったり叶ったりだ」
用語解説
・豊かな食文化
普段気にかけることはあまりないかもしれないが、我々は本当に驚くほど豊かな文化を垂れ流すように享受している。
何か一つの分野であっても、のぞき込むだけであっても、そこには驚くほど深い穴が広がっている。
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