第五話 白百合と賑やかな味わい
前回のあらすじ
タコの静かな味わいを楽しむ三人。
でもこれだけじゃちょっと物足りないかも。
何しろ見た目が強烈ですから、きっと味わいも強烈なんだろうと思っていたのですけれど、サシミにされた身はむしろ朝方の初雪のようにまっさらで、口にしてみた時の味わいは、
最初は何だろう、味がしないなと思うくらいなのですけれど、くにゅりくにゅりと何とも言えぬ不思議な歯ごたえを楽しんでいるうちに、じんわりとその味が口全体にしみわたってくるのでした。
成程これは面白い味わいでした。
三人並んで黙ってくにゅりくにゅりと
私たちは結局食べ終えるまで無言でそうしてくにゅりくにゅりと静かな味わいを楽しみ、そして一息ついたのでした。
「ふう……美味しかったですけれど、ちょっと疲れました」
「今までにない味わいだったわね」
確かに素晴らしい味わいと言っていいのですけれど、慣れない私たちには難しい味わいでした。
ここはひとつ、頭を使わないで味わえるような単純なものはないかなと鼻を巡らせたところで、香ばしい香りに気付きました。
何かな何かなとこの魅力的な香りに顔を向けると、そこでは何ということしょう、豪快にも
正確には中身を抜かれて、切れ目を入れられた胴体とひとつながりになった足を焼いているようでしたけれど、これがまた恐ろしく香ばしい良い匂いをさせているのでした。
「イカ焼きかあ」
ウルウがのぞき込んだ先で、
「お客さん、食べてくかい?」
「是非!」
私が頷くと、店の人が小さな壺を取り上げて、中のたれを刷毛で塗りつけました。そうして裏返すと、何ということでしょう、先ほどまでよりもはるかに良い香りが広がるではありませんか。これは、なんでしょうか、
表裏としっかり焼かれた
こんがりと焼きあげられた
トロリととろけるようだった甘味は、焼かれることによってぎゅうっとしまって、うまみとして昇華したように思えました。そしてこのうまみが、表面に塗りつけられたたれの香ばしい香りと相まって、食べているのにお腹がすくというすさまじい破壊力を醸し出すのでした。
「イカそのものの形だけど大丈夫みたいだね」
「これだけ犯罪的な香りがしてたら我慢できませんよ!」
「そりゃ結構」
ウルウとトルンペートも一皿ずつ注文し、この素晴らしい料理に舌鼓を打つのでした。
単純ですけれど、しかし隣人史に残して然るべき画期的な発明と言っていいでしょう。
もしも
また、ウルウが提案してくれて、バージョで購入した
「こう、丸のままのイカの姿を見るとね、イカ飯を思い出す」
いつものようにウルウが静かに語るので、なんですそれと尋ねてみれば、こういうことでした。
「イカの中身を抜いてさ、米を詰めるんだよ。他の具材を一緒に詰めてもいい。ゲソとかね。それを、
「そんな話されたらお腹すくじゃないですか!!」
ただでさえイカ焼きの香ばしい香りで食べているのにお腹がすくという悪循環に陥っていたところです。これは一杯や二杯イカ焼きを食べたところで足りません。
しかも寄りにも寄って
ウルウは困ったように眉を下げて、それから、近くの店をちらっと見て、こう提案しました。
「新しいイカの食べ方を教えるんで、ちょっと場所貸してくれません?」
乗りのいい南部の人たちは、よし来たと協力してくれました。
ウルウは外套を脱いで動きやすい格好になって、それから近隣の店にも声をかけて、材料を調達しました。小麦粉に、卵に、硬くなった
ウルウはつたない手つきながらも、店の人のやるのを見ていたのでしょう、正確に
それから全体に粉をまぶし、溶き卵をつけ、そして硬くなった
そして近くの屋台で使っていた揚げ油におもむろに投入したのでした。
「ほほう、
「面白いことを考えるな」
「
露店の人たちが面白そうに眺める先で、手早く奇麗なキツネ色に揚げられた
店の人たちが真似するように新しく作り始めるのを尻目に、私の手元にその黄金の輪が差し出されました。
「はい。イカリングフライ」
「いかりんぐ……?」
「
早速私はこの黄金色の輪にかじりつきました。食感は焼いたものと似ていますが、しかしもっと水分があってぷりんぷりんとしています。そしてぎゅっと圧縮されたようなうまみが、揚げ油の良い香りとともに口の中にいっぱいに広がるのでした。
また
「お酒が欲しくなります!」
「そう言うと思って」
私の空いた手に、さっと
「お昼だから、一杯だけね」
神が降臨なされたような心地でした。
用語解説
・
カツレツ。フライ。
パン粉をまぶしてたっぷりの油で揚げる揚げ物。
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