第二話 白百合と冒険屋組合

前回のあらすじ


海賊どもを生け捕りにし、ハヴェノへ入港する一行。

もう少し静かにこれないものか。








 さて、ようやくハヴェノの町について、硬くて揺れない大地に足をつけて、ウルウは満足げです。結局一日目は甲板から海へと乙女塊を投棄するだけで過ごし、二日目も寝椅子を舷側に運んでぐったりとしていて、海賊が出てきた時もいつものまじないで姿を消して高みの見物決め込んでましたからね。

 まあ具合が悪い状態で戦って怪我でもされたらその方が困りますので、青白い顔でも無事なのが一番です。


 ハヴェノの町は港を中心に放射線状に広がった町で、その規模はヴォーストよりも大きなものです。海を通じて隣国ファシャや諸島連合との貿易が盛んで、帝国一の港町と言っても過言ではありません。

 これより西の海は岸壁が連なり、またさらに西に進もうとすると大叢海が阻みにかかるので、帝国で最も西端にある港町と言ってもいいでしょう。


「大叢海?」

「大陸を東西に分ける草原地帯です。身の丈ほどもある草むらがずっと広がっていて、とてもじゃないけど歩いては渡れないんです」

「成程、大きなくさむらの海だ」

天狗ウルカたちの国があるんですけれど、排他的で、そもそも通行ができないので、私たちはちょっと旅できそうにないですね」


 行ってはみたいんですけれど、渡れないものはどうしようもありません。

 天狗ウルカたちが操る風船に乗せてもらえればいけるかもしれませんけれど、他の種族に対して非常に高慢で排他的なので、まあ、行ってもあまり楽しめそうにありません。行ったところですべての造りが空を飛べる天狗ウルカ用に誂えてあるので、人族の私たちではとても過ごせそうにありません。


「ぐぬぬ、ちょっと悔しいです」

「ま、先に帝国全土を旅してからだね」

「それもそうですね。帝国も広いですし」


 故郷の辺境を含めても、北部、東部、南部と旅をしてきました。あとは西部と帝都のある中央を巡れば全土達成と言ってもいいのですけれど、まだまだ行ったことのない土地、行ったことのない町があるわけですから、それをおざなりにはできません。

 せめて雑誌に載るような主要都市は押さえておきたいところですね。


 私たちは予定通り、ハヴェノの冒険屋組合を目指しました。組合の類は大体どこの町でも大きな広場に面して連なっており、私たちもすぐにそれと見つけることができました。

 造りはどこも似通っていますけれど、やはり南部づくりというか、風通しがよく、涼しげな造りです。


「そう言えば、三人そろって冒険屋組合に来るのって初めてじゃありません?」

「ムジコで行ったけど、あの時はねえ」

「そう言われるとなんだか物珍しい気がしてきたわ」


 私たちが扉を押し開いて入ると、冒険屋は数あれど、女だけの、それも成人を迎えたばかりのような小柄な少女が率いる面子と言うのは珍しいようで、やっぱり視線が集まります。まあ、私が一人で来るときよりはましですけれど。

 集まる視線にウルウは早速姿を隠したがっていましたけれど、お世話になるかもしれませんからとちゃんと姿を現してもらっています。


 早速受付で挨拶すると、冒険者証を二度見され、顔を三度くらい見られました。


「《メザーガ冒険屋事務所》というと、あのメザーガの?」

「ちょっと他に知らないんですけど、そのメザーガのです」


 まあメザーガもハヴェノ出身ですから、大分|一の盾《ウヌ・シィルド》の名前の売れている今、驚かれても仕方がありません。

 担当してくれた受付嬢だけでなく、他の職員や、ともすると全然関係ないたまたま居合わせただけの冒険屋もざわざわとこちらを見ています。

 さすがですメザーガ。


「しかも、《三輪百合トリ・リリオイ》!?」

「《三輪百合トリ・リリオイ》だと……!」

「噂の《三輪百合トリ・リリオイ》か……俺はもっと熊みたいな女どもだと思ってたぜ」

「しっ、噂じゃ気に食わない冒険屋相手に街中で抜剣したらしいぜ……迂闊な事を言うな」

「乙種魔獣を毎日のように狩っては飯にしてるって噂の《三輪百合トリ・リリオイ》か……」

「辺境からやってきた地獄の狩人たちがなんでハヴェノに……」

「訪れた町々に盗賊どもの血で紋章を刻んでいるらしいぜ……」


 と思ったら《三輪百合トリ・リリオイ》の噂も大概でした。

 名乗った途端この始末です。

 いったいどんな悪鬼羅刹ですか。


 しかしまあ、この大人しい姿を見れば噂話が所詮噂話に過ぎないということをわかってくれることでしょう。


「俺ぁ聞いたことあるぜ、野獣だって腹が満ちてりゃあ暴れねえんだ」


 あっくそ、そう言う理解のされ方ですか。

 まあいいです。これからの行いで見返すほかにないですね。


「ええと、《三輪百合トリ・リリオイ》の、リリオさん、トルンペートさん、ウルウさんですね。南部へは観光で?」


 そんなわけないでしょうと一瞬思いますけれど、まあ冒険屋が純粋に観光に来ることだってありますよね、そりゃ。まあできれば観光であってくれ、余計な騒ぎは持ってこないでくれという空気をビシバシ感じますけれど。


「えー、まあ、観光と言えば観光ですね。母の実家を訪ねて」

「お母様のご実家へ、それはまあ……お母様の………」


 不意に受付嬢は私を、というよりは私の頭をじっくり眺めました。


「その、白い髪………もしやとは思いますけれど、まさかとは思いますけれど、その」

「ええ……ブランクハーラです」


 何となく察して答えれ見ると、悲鳴とも歓声ともつかない声が組合中に響きました。


「そうか、あんたブランクハーラか!」

「ブランクハーラってのは辺境まで手が伸びてるのか!」

「いやあ、顔を見せたらきっとマルーソとメルクーロが喜ぶよ!」

「ブランクハーラと聞けば化け物っぷりにも納得だぜ!」

「白髪のブランクハーラ! 生粋の冒険屋だ!」

「マテンステロも喜ぶだろうぜ!」


 えーと、おおむね好意的に受け止められている、と言っていいのでしょうか。

 私たちは余りの熱気に圧倒されて、しばらく揉みくちゃにされるのでした。









用語解説


・ファシャ(華夏)

 大叢海をはさんだ向こう側、西大陸のほとんどを支配下に置く西の帝国ことファシャ国。

 ざっくりと言えば中国のような国家であるらしいが、帝国のように広範であるため、一概には言えない。

 現在は帝国との仲は極めて良好であり、大叢海さえなければ気軽に握手したいと言わせるほど。


・大叢海

 広い大陸のうち、帝国と西方国家を分断する巨大な草原。

 人の身の丈ほどもある草ぐさが生い茂る草むらの海。空を飛べる天狗ウルカでもないとまともに往来すらできないおかの海である。

 このとにかく広い草むらを迂回するためだけに、南部では海運業が発展しているといってもいい。


天狗ウルカたちの国

 遊牧国家アクシピトロ。

 大叢海を住処とする天狗ウルカたちの遊牧国家。王を頂点に、いくつかの大部族からなる。

 その構成人数は帝国とは比べ物にならないほど小さいが、他種族が生息不可能な大叢海を住処とすること、またその機動力をもってかなりの広範囲を攻撃範囲内に置けることなど、決して油断できない大勢力である。


・マルーソ/メルクーロ(Maruso/Merkuro)

 リリオの祖父と祖母にあたる人物。

 当代のブランクハーラ当主とその妻。両名ともに現役の冒険屋である。

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