第十二章 ブランクハーラ

第一話 亡霊と入港

前回のあらすじ


船に乗り込み、ハヴェノへ向かう一行。

待ち受けるものは何だろうか。








 丸々二日ほど船に揺られて、三日目の早朝に我々を乗せた輸送船はハヴェノの港に着いた。

 二日もあればさすがに船酔いも大分落ち着き、普通に食事をとって、甲板をうろつきまわれる程度には回復した。とはいえやはり、船旅なんてろくでもないという気持ちは変わらないけれど。


 道中は特に何事もなく、と言いたいところだけれど、一度海賊がやってきた。

 なんでも少し前まで、海賊まで獲物にする貪欲な海賊が出ていて海賊稼業は下火だったらしいのだが、その問題の強い海賊が沈められたので、ようやく仕事ができるとばかり意気揚々と出てきたらしかった。


 護衛船もないのでこの輸送船は格好の獲物に見えたんだろうけれど、プロテーゾとかいうどう見てもお前が海賊の親分だろうという見た目の社長は抜け目のない男で、この輸送船はなんでも海賊退治の時に使った武装商船らしかった。


 海賊船が寄ってきて、舷側をぶつけるようにして縄や網をかけてくるや否や、船の側面がばらりと開いて、ずらりと並んだ大砲がお出ましだ。


 なんでも火薬で鉄球を飛ばすようないわゆる大砲ではなく、最新鋭の魔導砲だとかで、担当する魔術師の魔力を炸薬代わりに、圧縮した空気の塊に爆発の術式を重ねてずどんと打ち込む仕組みであるらしい。これが命中すると、接触した部分を圧縮空気の塊がまず破壊し、次いでこれが勢いよく爆ぜることで内側からずたずたに引き裂くらしい。


 爆発と空気、これほど相性のいいものがあるだろうか、という具合だ。


 この大砲は一門につき一人魔術師をつけなければならない高コストのもののようだったが、魔力さえ扱えれば術師の腕はある程度まで融通が利き、また火薬や砲弾を持ち運ぶ必要がないので省スペースらしい。


 海賊船は接舷するなりこの砲撃を食らって船をずたずたに引き裂かれ、なにくそとこちらの船に乗り込んで白兵戦を仕掛けてきた連中も、暇をもて余していた冒険屋たちにぼろくそに痛めつけられるという見ていて可哀そうになるほど一方的な戦いだった。


 まあ、そこまで一方的になったのは我々|三輪百合《トリ・リリオイ》、というかそのうち虎二頭のせいだけど。


 普通の冒険屋だけだったらもう少し被害が出たかもしれないんだけど、リリオが抜剣するなり、やあやあ我こそはって具合に《三輪百合トリ・リリオイ》の名乗りを上げたら、どうやら南部でもそこそこ話題になっていたみたいで海賊たちが怯んだ。


 それに乗っかって他の冒険屋たちが次々に名乗りを上げるとなんだかそれだけで強そうに見えるものだから、海賊たちはさらに怯んだ。


 そこにリリオが剣を振りかぶって、トルンペートが腰の鉈を抜いて襲い掛かったものだから、海賊たちは逃げようとするやら反撃しようとするやらで崩れに崩れ、そこに他の冒険屋たちも襲い掛かって、いやあ、気迫って言うのは大事だね、あっという間に平らげてしまったのだった。


 驚いたのは社長のプロテーゾで、この人物は右手と左足をそれぞれ簡単な義肢に換え、また左目も眼帯をまいているというのに、真っ先に自分で剣を取って海賊たちに躍りかかったのだった。

 後で聞いてみたところによれば、自分が真っ先に行動しなければ誰もついてこないという商売上の哲学によるものであるらしい。社員からはもう少し大人しくしてほしいと思われているようだが、それでもついてきているものが多いのだから、立派な男ではある。


 そのようにして海賊たちは瞬く間に押し返され、それどころか逆に冒険屋たちは海賊船に乗り込んでいき、海賊たちを一人残らず切り捨て、あるいは生け捕りにしてしまったのだった。

 捕まった海賊たちは縄を打たれて船倉に放り込まれ、海賊船は輸送船に曳航されて港まで運ばれ、懸賞金は冒険屋一同で山分けということになった。これは受け取りに時間がかかるので、プロテーゾが大体このくらいだという分に少し色を付けて分けてくれたので、文句は出なかった。


「いや、いや、いや、まさかあの《三輪百合トリ・リリオイ》が我が船に乗っていたとはな」

「どんな噂を?」

「毎朝、乙種魔獣を山盛りにして食べていると聞いたな」

「食べちゃいないけど、あながち間違ってもないのが厄介だな」

「なに、冒険屋の噂などそう言うものだ。少し前に乗せた冒険屋も、朝飯代わりに地竜を平らげているという噂だったよ」

「リリオならいけるんじゃない?」

「地竜はどうですかねえ……飛竜より硬いそうですし」

「飛竜は行けるの?」

「いまなら行けそうです」

「剛毅な連中だ」


 プロテーゾは小さいながらに一等多く海賊を生け捕りにして見せたリリオに感心したようだった。

 そして私もひそかに感心していた。

 リリオにしても、トルンペートにしても、私が見ている前だと悪党を切っても殺したりはしないのである。見ていないところというのがそうそうないので、つまり、いつだってこの二人は、盗賊だろうと海賊だろうと決して殺しはしないのである。


 これに関してはプロテーゾも関心はしながらも、苦言は呈した。


「生かしておいてもろくな連中じゃあない。甘いんじゃあないかね」

「甘いかもしれませんが、でも、そうできるんですから、そうします」

「なまじ実力があるから文句も言えんな。英雄気取りかね」

「気取れるものなら、気取った方が格好いいでしょう」

「負けた。君たちは気持ちのいい冒険屋だな」


 気分もよさそうに冒険屋たちに酒をふるまうプロテーゾの陰で、私は一人恥じらっていた。別に強制したことはないが、わざわざ危険で面倒な生け捕りをこの二人がしているのは、自分のためであるということが今回の件でよくわかったからである。


 なので一言、


「格好良かったよ」


 と言ってやると、二人は驚いて、それからにんまり笑って私を見るものだから、黙って叩いておいた。


 船が港についてからは、騒々しかった。

 船員たちは荷を下ろしていき、また腕っぷしたちが海賊の捕虜たちを連れ出していき、冒険屋たちもおりていった。


「プロテーゾ社長」

「なんだね」

「海賊どもはどうなります?」

「そうだな。衛兵たちに取り調べを受けて、罪の重い者は死罪になる。絞首刑だな。罪の軽いものでも、苦役につかされて働かされる。刑期は決して短くない」


 プロテーゾはじろりと私たちを見つめた。

 それに対して答えるのは私ではないなと譲ると、リリオは胸を張って答えた。


「同じ死ぬのでも、正しい裁きを受けて死ぬ方がよいでしょう」

「青臭いな。だが、嫌いではない」


 私たちは男臭い笑みを浮かべるプロテーゾに別れを告げて、久しぶりの大地に足をつけた。


「……あれで」

「なあに」

「あれで、よかったんでしょうか?」


 連れられて行く海賊たちを眺めながらリリオは呟いた。


「さあね。でも……考えるのをやめるのは、あまり格好良くないかな」

「ウルウは厳しいですね」

「そうかもしれない」


 私たちは港の飛脚クリエーロ屋に寄ってブランクハーラ家に先触れの手紙を出し、ゆっくりとハヴェノの町を歩き始めるのだった。








用語解説


・魔導砲

 火薬の代わりに魔力で爆発を起こして砲弾を打ち出す大砲、または魔法そのものを打ち出す大砲。

 ここでは最新式の、指向性の衝撃を打ち出す魔導空気砲とでもいうべきものを搭載している。

 魔力さえ続けば弾数に制限はないものの、威力は操作する魔術師次第である。

 とはいえ、普通の木造船であれば穴をあけるくらいはたやすい威力なのだが。


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