第十二話 鉄砲百合と宿の夜

前回のあらすじ


イクラをはじめとした海鮮料理に舌鼓を打つ三人だった。

食べ過ぎ、注意。








 あんなに美味しいのだからリーゾをいっぱい買っていくべきだと宣言するリリオに、あたしはため息をついた。まあそりゃあ確かに美味しかったかもしれないけれど、あれだって元が美味しいカヴィアーロがあったからだ。リーゾ自体がそこまで特別においしいとはあたしには思われなかった。


「トルンペートにはあのゴハンの良さがわからないんです!」

「はいはいわかんないわよ。それに、聞いたけどリーゾってあの状態までたくのに結構かかるらしいじゃない。鍋占領するし、時間かかるし、旅暮らしのあたしたちにはあんまり現実的じゃないわよ」

「干しリーゾだったらそこまでかかりませんから!」

「それだって安くはないわよ。堅麺麭ビスクヴィートィだってまだ一杯あるんだし、あたし別にリーゾそんなに好きじゃないし」

「雑炊とか煮込みにしてもおいしいはずですからぁ!」

「それこそ堅麺麭ビスクヴィートィで十分よ」


 それに、とあたしは指先を突きつけて黙らせてやる。


「結局旅先でまた美味しいもの見つけてはそればっかり食べるんだから、そのたびに買ってたらきりがないわよ」

「う、うぐう」


 胸に覚えがありすぎるのか、さすがにリリオも黙ってくれた。渋々ではあるけれど。


 ま、あたしだって鬼じゃあない。

 ちゃんとウルウが自分用にって買い込んでいるのは知っている。

 一袋か二袋か、もしかしたら一樽か知らないけど、とにかく隠し持っているのは知っているのだ。一番の料理上手があたしである以上、いつまでも隠し持つことができるとは思わない方がいい。結局あたしに寄越して調理させることになるのだ。


 ともあれ、あたしたちはすっかりお腹もいっぱいで、明日も早いことだから早めに休むことにした。

 ベッドは二つに、ソファが一つあったけど、結局あたしたちは一つのベッドにもぐりこんだ。つまり、ウルウのベッドに。


「もう隠しもしなくなったよね、君ら」

「この布団が気持ち良すぎるのが悪いのよ」


 ニオのなんちゃら布団とかいう、ウルウがいつでもどんな時でも寝るときに使う布団は、恐ろしく柔らかく、心地よい眠りを与えてくれるのだった。そこに三人も潜り込むのだから、暖かさでもいうことはない。


 あたしたちは枕元の明かりを消して、それから暗闇の中で明日のこと、また船を乗ってゆく先のハヴェノのことを話した。


「船は二日ほどでハヴェノにつくそうです。風次第ですけど」

「二日もまた揺られるのか……」

「沖に出れば揺れはそんなに、って言いますけどねえ」

「ご飯も期待できないって聞くけど、どうなのかしら」

「二日くらいの旅程なら、それなりに鮮度のいいものが期待できそうだけど」

「海経験者いないものねえ、あたしたち」

「二日ねえ……魔法とか神官でどうにかならないの?」

「風遣いが乗ってますけど、そこまで旅程の短縮はできないでしょうねえ」

「風の神の神官とかいるのかな」

「もっぱら天狗ウルカだと聞きますね。眷属神の旅の神は信奉者多いですけど」

「旅の神の神殿って移動式らしいわよ」

「こだわるねえ」

「明日は朝一で船が出るそうですから、夜明け頃に起き出した方がいいですね」

「心配なのはリリオだけど……目覚まし用意しとく?」

「なんだっけ、あの、柱時計の小さいやつみたいなのでしょ」

「そうそう」

「リリオが心配だし用意しときましょ」

「あのですねえ」

「起きなくて、角で殴ってようやく起きたの私は忘れてない」

「その節はどうも」


 あの時計は全く不思議な時計だった。リリオの頭をぶん殴っても壊れないし、実に正確に時を刻み続ける。そして事前に合わせた時間になると、リンゴンリンゴン小さな鐘を鳴らすのだけれど、この音を聞くとどんなにまどろみが恋しくてもすっと目が覚めるのだった。


 多分これもウルウの便利道具の一つで、大学の錬金術師にでも見つかったらえらいことになるんだろうなあとは思うけれど、まあ便利なので言わないでおく。


「ハヴェノだっけ」

「うん?」

「次の、リリオのお母さんの故郷」

「ですです。ハヴェノは大きい街ですよ。領主も代官じゃなくて、ハヴェノ伯爵が直々に治めてます」

「伯爵ってどのくらい偉いの?」

「そうですねえ……皇帝の親族が臣下として扱われるときとか、公爵と呼ばれます」

「フムン」

「次いで偉いのが侯爵ですね。普通の貴族としては一番偉いです。もっぱら帝都近くの領地持ちや、領地を持たない宮中貴族だったりしますね」

「その次が伯爵よ。基本的には各地の大きな領地を治めてるのがこの伯爵。もとは大戦のころに武功を上げた各地の豪族なんかだったはずね。下手な侯爵なんかより領地が大きいから、どっちが偉いって言うのは実は難しいんだけど」

「成程」

「次いで子爵、男爵は、上の爵位の貴族や皇族に叙爵された身分で、影響力は領地次第ですね。大きい領地の男爵もいますし、領地が小さくても土地が良い場合もあります」

「その下に騎士や郷士ヒダールゴがいるわけです。あとは、上位の爵位持ちの貴族の嫡子が一つ下の爵位を名乗ったりですかね」

「伯爵さんちの子爵さんという具合だ」

「そんな感じです」

「放浪伯とか辺境伯っていうのは?」

「これはもう別枠ですね。伯とは言いますけれど、そのお役目や特殊性もあって、侯爵に準じるとも言えますし、場合によっては公爵でもないがしろにはできません」

「そんな感じかしら。わかった?」

「ざっくりとは」


 まあ、ハヴェノを納めているのが結構なお偉いさんで、その偉さに見合うくらい立派な町だということが分かればいいか。

 あたしたちはお勉強をしているうちにだんだんと眠気に誘われて、そうしてすっかり眠りにつくのだった。








用語解説


・爵位

 帝国では、皇帝が頂点にあり、その下に貴族たちが仕えている。

 貴族は基本的に公・侯・伯・子・男の順に五つに別れている。


 公爵は皇族が臣籍降下で領地を与えられたときに与えられる爵位。滅多にいない。


 侯爵は主に古代の戦争の際に功績のあったもののうち、身内であった者たち。

 中央に領地を持っていたり、領地を持たない宮中貴族であったりする。

 皇帝の助言機関である元老院のメンバーも、多くは侯爵である。


 伯爵は主に古代の戦争の際に功績のあったもののうち、外様であった者たち。

 多くは中央より外に領地を持っているが、宮中貴族もいる。

 元老院に参加しているものも多い。影響力次第では侯爵以上のものもある。


 子爵、男爵は各差こそあれど団子といった印象。上位貴族の家臣たちなどが取り立てられた貴族である。

 影響力は領地次第。自分の領地を持っているというより、大貴族の領地を任されているという、寄親、寄子といった関係が強い。


 その下に郷士ヒダールゴや騎士といった一代貴族がいるが、この扱いは領地ごとに異なる。


 放浪伯、辺境伯など特別に呼ばれる身分は、伯とは付くが実際には特別な役割を背負った貴族で、完全に別枠。

 非常勤ながら元老院に席を持ち、発言権は極めて大きい。

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