第十一話 亡霊とカヴィアーロ
前回のあらすじ
リリオが犯罪者のような顔つきでウルウを凝視する回でした。
事案だ。
さて、休憩して、ちょっとした講義も受けて、私たちはいい時間になったので夕食を頂くことにした。
宿の食堂は海の町らしい荒くれや商人たちでいっぱいで、実に大賑わいだった。
リリオたちはこういうのを私が苦手だと思っているけれど、それは半分正解で、半分間違いだ。自分が混じるのは苦手だけれど、人々がにぎやかにしているのは、最近それなりに楽しめるようになってきた。一つの光景として、他所から見る分にはね。
ああ、勿論、あんまりみっともなかったり、汚らしかったりするのはだめだけど。
私たちはちょうど空いていたテーブルに席を取り、女中に宿の料金に含まれている夕食を頼んだ。この宿は宿泊客限定で、とっておきのメニューを出しているのだ。リリオもそれがお目当てでこの宿を選んだってわけ。
私もさっき用を足すついでに、いろいろ聞いておいた。
少しして、水で薄めた
そう、イクラだ。鮭の卵の、あのイクラ。
南部ではこの新鮮なイクラの塩漬けをカヴィアーロと呼んでいて、見目もよく味も良く、ご馳走として供されるのだった。
成程これは食べる宝石という輝きである。
リリオは早速大喜びで、薄切りにパンに、えっそんなに、というくらいたっぷりのイクラを盛り付けてパクリとやった。トルンペートが毒見よりも先に食べられて、というよりやっぱりおいしいものを目の前にしてか、同じように、そこまで、というくらいたっぷりとイクラを盛り付けた薄切りパンをパクリとやる。
その笑顔たるや、料金分以上の満足というところだろう。
「ウルウは食べないんですか?」
「私は別のをお願いしていてね」
「別の?」
リリオが小首を傾げると、女中が私の前の小鉢を置いた。
「こんな感じでよかったかしら?」
「ええ、完璧。ありがとう」
それは、丼だった。
そっと敷き詰めた
私は匙を取り、それを早速頂いた。
口の中で咀嚼し、その瞬間、イクラの甘みと塩気とが爆発するように襲い掛かってくる。ぷちぷちと食感も楽しい歯ごたえののちに、うまみにあふれた甘みと塩気が、口の中にざあっとあふれ出してくるのだった。そしてそのあふれ出したうまみを受け止めるのは、飯だ。白飯だ。記憶のものよりも少しばかり香りに乏しいが、それでも確かに米の飯が、イクラのうまみをたっぷり吸いこんで、舌の上で踊るのだった。
「なっ、なー! 一人で何を美味しそうなもの食べてるんですか!?」
「イクラは君も食べてるじゃない」
「カヴィアーロじゃなくて、その、なんです、そのなんか白いやつ!?」
「これ……もしかして、
「そうだよ」
少し間をおいて、サプラーイズ、女中が二人の分も持ってきてくれた。
実はさっき用を足すついでに、買っておいた
「どうせ私ひとりじゃ食べ切れないしね」
これにはリリオも大喜びで早速匙を入れ、そしてそのうまみの協奏曲に身もだえするのだった。薄切りパンにクリームチーズやスモークサーモンと一緒にいただくのもとても美味しいのだけれど、私の舌にはこっちの方が慣れている。
それに暖かい飯に冷たいイクラという温度差の刺激もあるし、丼という一種の野趣ある料理がリリオに似合うんじゃないかとも思ったのだった。
美味しそうにほおばる姿は、それだけでサプライズの甲斐があった。
トルンペートはもう少し慎重だった。
この
「んー……なんかもっちゃもっちゃしてて……味もない……ないわけじゃない……やや甘い感じもするけど……自己主張少ない感じ……そんなに美味しいかしら」
だろうね、という感じだ。
正直よほどの米好きでもないと、習慣だからとか馴染みがあるからとかで米を愛好している人のほうが多いだろう。パン食なんかが増えた今、むしろ米はそこまで好きじゃないという層も増えていると聞く。
しかし米のいい所は懐が深い所だ。いやまあパンだって懐は深いんだろうけど、あえて言うならばって感じだ。
「フムン……ははぁん……なるほどね……この物足りなさがかえって、カヴィアーロのうまみを引き立ててくれるというわけね」
飯とイクラとを一緒に味わってみて、トルンペートもなるほどとうなずいてくれた。リリオ程ではないにしても、美味しくいただいてくれているようでよかった。私はお米に慣れているからお米好きだけど、必ずしも万人に受けるとは言えないしね、米の飯って。
多分トルンペートはリゾットとかピラフとかの形にした方が好きだと思う。
まあ、私の趣味はここまでだ。
「はーい、カヴィアーロのクレム・スパゲートだよー」
「サシミの盛り合わせだよー」
「
「きゃー!」
「待ってましたー!」
食べ盛りの二人の為に、追加料金を払っているのだから。
用語解説
・
ブドウから作られるお酒。いわゆるワイン。
・イクラ
鮭の熟した卵を一粒ごと小分けにしたもの。塩漬けやしょうゆ漬けにして食べる。
帝国ではカヴィアーロと呼ばれ、もっぱら港町でのみ消費されてしまう高級品扱い。
・カヴィアーロのクレム・スパゲート
要するにイクラのクリーム・スパゲッティだ。
スモークサーモンとバジルを散らして見た目も良く、宝石のような見た目を崩して食べ進めていくのは罪深い味がする。
もちもちとした南部小麦の柔らかく腰のある食感と、イクラのぷちぷちと弾ける食感が組み合わさり、一口食べればもう逃げられない。
宿でもおすすめの一品だ。
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