第八話 亡霊と輸入品街
前回のあらすじ
サシミで度胸試しを終えたトルンペート。
さあ、あとは胃袋試しだと言わんばかりに食べ始めるリリオであった。
「一樽ゥ!? あんた毎回加減ってものを知らないの!?」
「腐らないしいいじゃない」
「そういうことじゃなくって!」
「次またいつ手に入るかわからないし、ね?」
「ああ、もう……好きにしなさい」
好きにするとも。
思えば前世では好きなものを買うという衝動買いすらしなかったから、買い物下手なのは理解している。というか衝動すらわかなかったからな。あれ欲しいとかじゃないんだよ。あれ切らしてたよな、なんだよ、買い物の基本は。大体買い物なんて深夜のコンビニで済むようなものしか買わなかったし。
だからその反動なんですなどという気はないけれど、しかし、物を買うって言うのは、自分のものにするって言うのは、結構楽しいことなのだ。買った後のことなどいちいち考えていられるか。いまその瞬間なんだよ大事なのは。
「そういうとこある意味冒険屋らしいと言えばらしいわよね」
まあ宵越しの金は持たないとまでは言わない。
この
あとはカレー粉でも手に入れば言うことはない。カレー粉さえあればそこからカレーだって作れる。
暇つぶしにレシピ本読んだ完全記憶能力者をなめるなよ。少なくともレシピ通りのことはできる、程度には料理できるんだからな私は。それ以上はお察しだが、少なくともそれ以下になるようなことはないのだ。
しかし、カレー粉は難しい。カレー粉はどうしても手に入れる自信がない。あの配合を、私は知らないのだ。一から始めるカレー的な、スパイスの調合から始めるような本を読んでおけば、そして少なくとも一回でも試していれば、私は完璧に再現する自信がある。
しかしないのだ。そんなあほなことする余裕があるとは思えないと、当時の私はその本をそっと棚に戻したのだ。馬鹿め。何という愚か者だ。
市の輸入品の並ぶあたりを見回してみれば、山と積まれた香辛料の類が発見できる。少々お高くはあるけれど、私の溜めに溜めた資産があれば十分に買えるし、そもそも今後使う予定もないのだから使ってしまって問題ない金だ。
でも、どうしても知らないものは思い出せないのだ。
カレー粉がどんな容器に入っていたのかは覚えている。そこに書かれた内容物も覚えている。
でも、しかし、そもそもその表記自体が明瞭ではないのだ!
ターメリック、コリアンダー、クミン、フェネグリーク、こしょう、赤唐辛子、ちんぴ、香辛料……
あと焙煎方法やら熟成方法やらも!
そりゃ企業秘密だろうけど!
勘所で香辛料を適当に集めて、鼻と記憶を頼りに調合すれば、それらしい、カレー粉っぽいものはできるかもしれない。しかしそれはカレー粉っぽいものであってカレー粉ではないのだ。
これは私の記憶の数少ない敗北かもしれない。いくらなんでも、何の資料もなく、記憶のみから味と香りをこの場で再現するのは、私には、無理だ。
「……………」
「わー、いろいろありますね。あ、これは知ってます。
「粉に挽かれちゃうともうわかんないわよね、元が」
「トルンペート、何か買います?」
「うーん、知ってるのは買いたくなるけど、新しい香辛料って使い道よくわかんないから困るのよね」
「うわぁ、これどぎつく赤いですねえ。
見れば山と積まれた粉唐辛子である。横に見本として置かれた元の形も、私の知っている唐辛子と一緒だ。
「それは買っても大丈夫。辛いのが好きなら」
「ちょっと舐めさせてもらっても? ありがと―――うっわうわ!」
トルンペートが少し舐めて目を白黒させた。
そしてリリオが真似してものすごい顔をする。
「うわー、なにこれ、熱いっていうか、初めての辛さだわ」
「南部はこういうのよく出回ってるよー。辛いの苦手な人は気を付けてね」
「そうなのね、ありがとう」
とはいえ、トルンペートはこの辛さを気に入ったようで、粉のものを一袋と、丸のままのものを一袋買った。リリオも辛いものは好きなはずだが、舌が痛くなるようなこの辛さは初体験で驚いているようだった。
この世界でも色々食べてきたけれど、帝国では香辛料と言えば野山で取れる香草とかの類のことなんだよね。だからこういう強烈な、前世で言うところのいわゆる香辛料の代表である胡椒や唐辛子っていうのは、かなり刺激的に感じられることだろう。
私は唐辛子得意かっていうと、どうだったのかよくわからない。というのも、胃が荒れてたから味覚云々以前に食べるとお腹下してたからあんまり刺激物取らなかったんだよね。珈琲さえちょっと控えてたくらいだし。
しかし、それにしてもカレー粉欲しかったなあ。
用語解説
・
いわゆる真っ赤なトウガラシ。西大陸から輸入されるほか、南部で育ててもいるらしい。
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