第十一章 夜明けの海は
第一話 白百合と河口の町
前回のあらすじ
温泉の町レモを骨の髄まで楽しんだ《
次なる町は、港町バージョ。
チェマーロ伯爵領バージョの町は、河によって東西に分かれた、河口に面する海辺の町です。河口を中心にして丁度三角形に広がる町並みは、規模としてはおよそヴォーストと同じくらい。賑わいはもしかしたらバージョのほうが上かもしれません。
街門が東西のそれぞれに一つずつ存在し、それとは別に水門が北に一つ、合わせて三つの門で守られており、私たちはこのうちの東の門から入門しました。交易の町だけあって入り口辺りも非常に賑やかで、宿も充実し、ボイちゃんと幌場所を預かってくれる宿も無事に見つけることができました。
馬車持ちは旅の道中は便利ですけれど、泊まるのに少し不便するのが困りものです。とはいえ歩いたり、乗合馬車で旅なんてすればもっと面倒ですから、やはりボイちゃんには感謝ですけれど。私が感謝の気持ちでワッシャワッシャと撫でてあげると、いつもボイちゃんは目をつむって気持ちよさそうにしてくれます。
「悟ってる……」
「大人だわ……」
外野がなんか言ってますけど。
その後、背の高いウルウが丁寧にブラッシングしてあげて、たっぷりのご飯も上げて、それからあたしたちも宿の部屋で腰を下ろして一息つきました。
「ようやく南部、それも海辺までたどり着きましたねー」
「宿場でも魚の干物なんかが良く出回ってたね」
「南部では魚の方が安いんでしょうねえ」
さて、私たちはこれからどうしようかと相談しました。まだ日も高いですし、できることはたくさんあります。
「私は南部入りも果たしましたし、それに船舶の護衛依頼付き旅券でもないか、冒険屋組合に顔を出してこようと思いますけれど」
「うーん……私は少し眠いし、人混みがだるいから宿で留守番してるよ」
「じゃあ、あたしは散歩がてら何かお昼ご飯でも買ってくるわ」
「なにか変わったものがあるといいですねえ」
「ゲテモノばっかりじゃないといいけど」
そのように決めて、私たち三人は分かれて行動を始めました。
いつもなんだかんだ三人でわちゃわちゃ行動していることが多いので、一人の時間もたまにはいいものです。
バージョの冒険屋組合は面白い立地にありました。
というのもなんと、東街と西街をつなぐ大きな橋の上にその建物があったのです。
この橋は実に大きく、下を河船がくぐれるようになっているだけでなく、その上も、馬車が何台かすれ違えるほど広く、そのうえでいくつもの建物が並んでいるのでした。
これは川の上の街と言っていい具合でした。
冒険屋組合はちょうど橋の真ん中あたりにある一番立派な建物で、これは東西のどちらから緊急の知らせがあってもすぐに受け取れるよう、また東西のどちらに特別肩入れするということがないように、大昔に決められた立地ということでした。
「ようこそ《バージョ冒険屋組合》へ!」
受付であいさつを済ませて、さっそく私はハヴェノへと向かう船の旅券と、そしてそれ丁度良い護衛や輸送の依頼がないかどうかを尋ねました。船旅は何しろやることが少なくて拘束時間が長いので、お仕事を入れておかないとお金を消費してしまうばかりなのです。
組合の方でもそのような尋ねはよくあることのようで、ここしばらくのハヴェノ行きの船の予定と、そしていくつかの具合のよさそうな依頼を示してくれました。
「一番早いのですと、風の具合にもよりますけれど、明日の朝出るプロテーゾ社の輸送船に便乗するのがよさそうですね。海賊相手の護衛依頼が出てます。武装して甲板の上を歩くのがもっぱらの仕事で、ほとんど海賊は出ないそうですから、安全ですよ」
「ほとんど出ないのに雇うんですか?」
「出る時もありますし、そして保険屋嫌いなんです、社長が。最近払い渋りがあったみたいで」
「ははあん」
そう言うことでしたら、都合のよさそうな依頼です。こういう時、ちゃんとしたパーティなら一度相談するのがよいのですけれど、我がパーティ《
ウルウは端から私の冒険を眺めているのが趣味という趣味人ですし、トルンペートは口ではいろいろ言いますけれど、最終的な決定はもっぱら私に求めることが多いです。
そして二人とも私の勘を妙に信頼しているので、たまにちょっとこの人たち大丈夫だろうかとヒヤッとしたりします。まあ私自身も私の勘を疑ったことあんまりないですけど。
「それにしても、この時期に北部からはるばる南部までいらっしゃるなんて、何か御用でも?」
と小首を傾げたのは受付嬢でした。
普通南部の観光と言えば夏です。夏は人口が増えると言われるくらい、夏場の南部は大人気の観光地でもあります。
ところが今は秋も下ってそろそろ冬。辺境ならもう雪が降って積もり始めている頃です。海で泳ぐ馬鹿はまずいませんし、南部特有の心地よい日差しも味わえません。魚は冬場が脂がのって美味しいですけれど、そこまで通な事を言う人はそうそういません。
私は亡くなった母の実家を訪ねてみたいのだとそう答えました。
すると受付嬢は申し訳ないことを聞いたという風に縮こまりました。
「まあ、そのお年でお母さんをなくされて……それはそれは」
ブランクハーラさんというお家なのですけれどとそう答えてみました。
すると受付嬢は恐ろしいことを聞いたという風に縮こまりました。
「エッ、ブランクハーラというと……あのブランクハーラですか?」
「他にどのブランクハーラがあるのか知りませんけれど、冒険屋のブランクハーラです」
「ひゃああ」
悲鳴とも何とも言えない声を漏らして、受付嬢はマジマジと私の頭からつま先までを眺めました。
「白髪のブランクハーラって、いわゆるホンモノじゃないですか」
なぜか恐縮され、握手を求められ、そして母の名を尋ねられました。
「マテンステロと言います」
「ひぇえええ……暴風マテンステロの、娘さん!」
大いに畏れられ、そして再度握手を求められ、いつの間にか話が広がったのか、周囲の他の職員にも握手を求められました。これは敬意の上からというよりは、珍獣を見かけてちょっと触ってみたというそう言う勢いでした。
「すげえ、俺直系のブランクハーラに触っちまった」
「ご利益ありそうだな」
「魔獣も恐れて逃げ出さぁ」
「嵐除けになりそうだ」
母よ、あなたは何をして回ったのでしょうか。
穏やかな母の微笑みが思い出の中でひび割れるのを感じるのでした。
用語解説
・チェマーロ伯爵領(ĉemaro)
南部貴族チェマーロ伯爵の治める領地。
バージョの外に内陸に二つの町を持つ。
伯爵が直接治めるのはバージョである。
・バージョ(barĝo)
河口に広がる港町。
河口を中心に三角形に広がり、川で東西に分断されている。
その東西を結ぶ橋は巨大で、その上に各組合の館や、商店などが立ち並ぶほどである。
漁港として有名で、特に新鮮な海鮮を食わせる店が雑誌によく載る。
・プロテーゾ社
ハヴェノに本拠地を置く海運商社。
護衛船なども持っており、帝都とのパイプも太く、ハヴェノでも一、二を争う大企業である。
・いわゆるホンモノ
いわゆるホンモノ。
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