第四話 亡霊とランタネーヨの町

前回のあらすじ


ねこはいました。








 船が辿り着いた運河の町ランタネーヨは、東部らしい町だという触れ込みだった。つまり、穏やかで、これと言って特色もなく、大抵のものは手に入るけれど、とがったものもまたない、そんなありふれた町というのが東部らしい東部の町だとのことだった。

 東部全般としての特産は蜂蜜で、長らく平和であったことから音楽と芸術が盛んであるという。


 確かに町並みは美しく、ガラス窓なども、北部よりきれいな出来で、立派だ。


 ただし他には何もなかった。


 軽く見て回ってみたが、ランタネーヨにあるものでヴォーストにないものは数えるほどしかなかったが、ヴォーストにあってランタネーヨにないものは、これはもう数えるのが馬鹿らしくなるほどだった。


「水と空気の奇麗な所だね」

「ウルウ、それは褒めてるの、貶してるの?」

「公式見解だよ」

「まあ東部は昔から平和ですからねえ」


 何かとがった部分があるというのは、何かしら欠けた部分があるということだ。

 東部は特別優れたものはないかもしれないが、しかし劣ったものもまたなかった。


 昔からこういうらしい。あの世というのはきっと東部のようなところだと。何もかもが満ち足りていて、しかし生きているという励みだけがない。


 まあさすがにこれは言い過ぎだと思うけれど、実は出稼ぎにでる若者が一番多いのも東部ではあるらしい。冒険屋も、聞けば東部出身が多い。やはり若者にとっては刺激が足りないのだろう。一方で、年を取ったら住みたい町というのも、東部に多い。牧歌的で、時間の流れがゆっくりとしていて、暑すぎもせず寒すぎもしない。


「私なんかはこういう町でずっと同じ仕事してても苦じゃないんだけど」

「本当にウルウはどういう生き方してきたんでしょうねえ」

「普通だと思うんだけどなあ」

「ちょっと普通に関する定義がずれてる気がします」


 私としては将来が保証されているというのはそれだけで価値のあることだと思う。それに好きな音楽や美術品でもついてくれば、これ以上のものってそうそうないのではないだろうか。


「ウルウって時々ほんとにリリオ以上に貴族っぽいこと言うわよね」

「なんですとー!」

「リリオって時々ほんとに子供以上に子供っぽい反応するわよね」

「あれっ、比較対象!?」


 まあ私の場合、その好きななんちゃらって部分がいまやリリオの冒険屋活動を観察することになっているので、致し方なくこうして冒険屋などしているわけだけれど。勿論トルンペートのご飯もね。


 ああ、こんな風に普通に旅行記みたいなこと言っていると勘違いされそうだから言っておくが、私はいまも相変わらず《隠蓑クローキング》で姿を隠しっぱなしの旅だ。勿論、オンチョさんの前とか、必要な時は姿を現しているけれど、それ以外は私はいないものとして扱ってもらっている。その方が気楽だ。


 リリオとトルンペートも慣れたもので、私があんまり会話に参加しなくても気にしないし、会話に入りそうだったら気を利かせて話しかけてくれるし、本当に私はいい旅仲間を得たものだ。トルンペートには真顔で介護なんじゃとか言われたけど、知ったことか。

 心療内科の先生も言っていた。偶には子供のように泣きわめいて発散することで心の衛生を保つ人もいると。私も子供のように自分の望むことを欲しているだけだ。私は要介護者なのだ。あんまりこういう発言すると怒られるからこれ以上は言わないが、しかしそれにしたって私はもう少し心の傷を癒すべく面倒見てもらっていいはずだ。


 そう考えると東部っていうのは穏やかで、大概のものは満たされて、療養には向いているかもしれない。毎日ちょっと日向を散歩したりしてさ、それで午後には自分でフレーバーテキストみたいな調子で散文をかいたりして見て、それで夜は軽めのご飯を食べて早めに眠るんだ。翌朝すっきりと目を覚ますためにね。


「ウルウ、おばあちゃんみたいなこと言ってます」

「うっさい」

「でも実際若者らしくはないわよね。もっとはつらつと生きましょうよ」

「はつらつねえ」


 元気ハツラツなんてのはもうごめんだ。

 二十四時間頑張れるわけがない。ファイトの気合は二発も三発も出せるものではないのだ。


「むしろ君たちは毎日毎日よくもまあそんなに気忙しげに生きていられるよね。もっとのんびり行こうよ」

「うわあ。東部の空気にすっかり緩んでしまってますよこれ」

「北部でもいうほどせわしい毎日送ってたわけでもないのにねえ」


 そう言えばそうだった。

 私、別に北部でも忙しい生活はしてなかったな。むしろ健康のために散歩してます程度の勢いでリリオたちの後ろについていっただけで、肝心の討伐依頼とか手を貸したこと全然ないな。貸すまでもなく大体瞬殺だし、貸す時ってインベントリに荷物しまったり、インベントリから荷物出す時だけじゃないか。

 あとは氷菓食べたり、ご飯食べたり、最近だとちょっと慣れてきたからリリオやトルンペートと一緒のベッドで寝てみたり、そう言うことくらいだ。


「うわ、私何もしてないな」

「今更」

「マジか。私完全にヒモじゃないか」

「ヒモ?」

「ウルウのことよ」

「トルンペート、君もうちょっと私の繊細な心をいたわろうよ」

「目に見えないものは対応外よ」

「だからいまだに三等なんだよ」

「なんですとー!」

「あ、氷菓買っていきましょう」

「自由か」


 茶屋でリリオが買い食いする時も、姿を消したままの私は自分の分を気にしなくていい。どうせ山と積んで食べるので、それをいくつか貰えばいい。山盛りの格子餅ヴァフロ、つまりワッフルに、雪糕グラシアージョ。お茶も、二人の分をちょっとずつ貰えばそれで十分だ。


「ヒモが嫌なら、寄生虫?」

「もっと嫌なんだけど」

「じゃあ扶養家族ですね!」

「私、娘?」

「お嫁さんでも可! むしろどんとこいです!」

「リリオは甲斐性がなあ」

「ぐへえ」

「じゃああたしは?」

「ダメになりそう」

「褒めてるのそれ?」

「褒めてはいる」


 東部は何もないけれど、女三人寄ればどこでも十分姦しいようだった。







用語解説

・ランタネーヨ(La Lanternejo)

 東部の運河町。運河に面して発展しており、特に目立つものはないが欠けたものもない、東部らしい東部の街。

 夏には慰霊として川に提灯を流す祭りがあり、そのためにランタンの町、ランタネーヨの名前が付けられている。


格子餅ヴァフロ

 格子状の型で焼き上げた焼き菓子。ワッフル。


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