第三話 鉄砲百合と船と猫
前回のあらすじ
西方のお茶とお菓子をもらってすこし回復したウルウ。
メザーガの武勇伝の一つを聞かされるのだった。
南部名物の
これからは自前で
あたしたちは何かと退屈になりがちな船旅をそれぞれに過ごすことにした。
ウルウは船室に戻って寝ると言い残したけれど、あれ大丈夫かしら。大分気分は良くなっていたみたいだけど、まさかウルウにあんな弱点があるなんて思いもしなかったわね。背中さすってるときは思わずこいつも人間だったのかなんて思っちゃったもの。
まあ、あの調子なら大丈夫でしょう。あの子、具合悪いときに誰かがそばにいるとかえって落ち着かないタイプだから、一人にしておいてあげた方がいいでしょうし。
リリオはオンチョさんにメザーガの話をねだっていた。あれでもリリオはメザーガを尊敬しているのだ。憧れていると言っていい。リリオは冒険屋たちにそう言った感情を抱いているから、冒険屋の話となればそれこそ何刻でも聴いていられることだろう、
あたしは御免被る。
そりゃ、聞いていて面白いものかもしれないし、ためにもなるかもしれないけれど、でも飽きないってわけじゃない。あたしは元来座って人の話を聞いているなんて言う柄じゃあないのだ。体を動かしていたり、誰かの世話を見ているときが一番満ち足りている。
さって、じゃああたしはどうしようか。
これにはあたしも困った。船旅じゃあ、あたしは誰の面倒を見ることもできないのだった。ウルウはあれだし、リリオもあれだし、あたしは一人だ。まあ、別段寂しい一人ぼっちってわけじゃあない。ただ単に暇な一人ぼっちだ。
しかしこの暇というのがなかなか手に負えないものだった。
寂しければリリオのところにでも戻ればいいのだけれど、暇だからというのでは、あたしの矜持が許さない。自分の暇つぶしに主や、ましてや体調不良で寝込んでいる仲間を付き合わせるなんてできやしない。ましてや、相手がそれを平然と許してくれるとなったら、なおさらだ。
私がぼんやりしていると、つい、と猫が歩いて行った。
白い毛並みの、ちょっとつんと澄ました猫だ。
話には聞いていたことだったけれど、船では良く猫を飼っているらしかった。鼠を捕るためでもあるし、鈍い人間が感じ取れない些細な危機を感じ取るためでもあるし、そしてまた旅の無聊を慰めるためでもあるという。
あたしがじっと見つめていると、猫の方でも気づいて、こちらをじっと見つめてきた。あたしが敵意はないんだよという風に目を伏せて見せると、向こうもついっと顔をそらして、それから思い出したようにあたしの足元をすれ違って、ふわりと尻尾で膝を撫でていった。
あたしは何となく構ってもらったような気分になって、猫の後をするりと追いかけた。猫は一度ちらと振り向いて、その後は気にしないで、お決まりの散歩道を歩き始めたようだった。
あたしが狭い狭いと思っていた船は、猫にとってはどこまでも広がる世界のようだった。船尾から船首までとっとこ歩いたかと思うと、猫は縄をつたって帆まで行ってしまうし、あたしがそれについていった頃には、見張り台で見張りの人に撫でられている。
「やあ、こんちは」
「こんにちは」
「猫について歩く人はいるけど、こんなところまでは珍しいな」
「いなくはないのね」
「落ちないように、気を付けて」
するすると曲芸みたいに綱渡りをしていく猫の後を、あたしも曲芸を心がけて綱渡りしていく。このくらいのことはさほど難しいことでもないから、見張り台から小さな拍手が響くと、ちょっと恥ずかしいくらいだ。猫は上機嫌で散歩道を案内してくれるし、あたしも構ってもらえて楽しい。
猫はそうしてまた船尾までたどり着くとひょいと甲板に降りて、それからあたしの足元にぐりぐりと体を擦りつけてから、ぴょんとはねてどこかへ行ってしまった。どこへっていうのはわからないけど、何をっていうのはわかる。きっと昼寝だ。猫は寝るのも仕事なのだ。
また一人になったあたしが船長室を除くと、リリオはまだオンチョさんに冒険譚を聞いている頃だった。あたしがもう一杯お茶をもらって、センベをバリバリかじっている頃には、南部でバナナワニが大量発生して、しばらく揚げバナナワニばかり食べていた話だとか、川賊に一対一の決闘を挑まれて、揺れる小舟の上で曲芸もかくやという戦いが行われたことだとか、そういう話をしていた。
お茶もいただいて、センベもお土産にくるんでもらって、船室に戻ってみると、ウルウはまだ青白い顔をしていたけれど、もう粗相の後はきれいに掃除して、部屋の中も何かの花の香りがしていた。相変わらず奇麗好きな事だ。
あたしがお土産のセンベを渡すと、ウルウは力なく笑いながら、あたしの耳元をくすぐるように撫でた。
「出てったと思ったらふらっと戻ってきたり。お土産持ってきたり。君はまるで猫だね」
用語解説
・猫
四足歩行のネコ科の哺乳類。
普通イエネコを言う。伸びる。
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