第九話 白百合と魔法剣士

前回のあらすじ

ウルウ、まっぷたつに。






「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「…………合図は?」

「む、お、おお、そこまで! ウルウ殿の勝利!」


 ウールソさんの困惑したような声が聞けたのはいい収穫でした……ではありません!


「あ、あの、ウルウ?」

「勝ったよ」

「え、あ、はい」

「うん」


 何やら満足そうなウルウですけれど、さっき脳天にはっきり太刀が食い込んでませんでした?

 と言うか真っ二つにされてませんでした?

 次の瞬間には逆にナージャがぶっ倒れてしまっていて、なにがなんだかわからなかったのですけれど。


「切り札は隠しておくもの」

「アッハイ」


 一応切り札ではあったみたいです。


「…………おいリリオ」

「なんですか?」

「うちのナージャと交換しないか?」

「不良在庫押し付けないでくださいよ」

「ちっ」


 ともあれ、一応勝ったということでいいのでしょう。

 納得いきませんが。


 私がうんうんと頭をひねっていると、トルンペートに優しく肩を叩かれました。


「ああいう生き物じゃない」

「アッハイ、そうですね」


 実にもっともな発言なのですけれど、私よりも付き合いの短いトルンペートに言われると何か釈然としません。なんだかトルンペートとウルウって妙に仲良くなりすぎてません? 私もそこに混ぜるべきです。そうすべき。


 などと《三輪百合トリ・リリオイ》でわちゃわちゃしていると、メザーガが面倒くさそうに声をかけてきます。


「一応今日の大一番なんだが、自覚あるか?」

「はっ、そうでした、私の出番でした!」

「思い出したらとっとと線につけ。面倒くせえ。さっさと終わらせようぜ」


 メザーガは愛用のものであるらしい聖硬銀の剣を片手に、あとはいつも通りの服装です。鎧ですらありません。執務室で仕事している時と大差ありません。ちょっと上着を一枚上に着ただけです。

 もう本当に形だけで、適当に終わらせて帰りたいという心が透けて見えるどころかあからさまです。


 ただひとつ、そこに私にとって不本意なところがあるとすれば、それは適当に終わらせるというのが、「適当に私をノして片付ける」という意味であるということです。


「いくら見習い冒険屋とはいえ、この身は辺境の剣士。あまりなめてかかってもらっては」

「そういうのいいから」

「むーがー!」


 しかも軽く流されます。

 完全にお子様扱いです。

 私これでも、結構強い方なんですよ!

 そりゃあ最近、なんか回りが強すぎてどうにも目立ってませんけど。


「試合形式は簡単だ。戦闘不能か、参ったと言わせるか、どっちかだ。あー、あとは審判が止めに入るかだな。いいな、ウールソ」

「承知し申した」

「武器破壊は戦闘不能に入りますか?」

「お前自分の武器が武器だからって調子乗りやがって……まあいい、これでも聖硬銀だ。壊せりゃそれでしまいにしてやる」


 言質は取りました。

 とはいえ、聖硬銀は使い手の実力がもろに出る金属です。

 大具足裾払アルマアラネオの甲殻相手に真っ二つに折れたという記録もありますけれど、メザーガほどの実力者相手にそれを期待するのは難しいでしょう。場合によってはこちらの剣が断ち切られかねません。


「あとは……そうだな、いくらか枷をつけてやる」

「枷?」

「そうだ、ひとつは、魔法は使わないでやる。俺は魔法剣士だが、お前は確か魔法は不得手だっただろう。強化や防御はともかく、攻撃に魔法は使わないでやる」

「む、うーん、ありがとうございます」


 ちょっと悔しいですけれど、熟練の魔法剣士というものは、今の私では全く歯の立たない相手でしょう。剣も魔法もと言ういいとこどりの魔法剣士はどちらも中途半端になってしまいそうな印象がありますけれど、ある程度以上腕の立つ魔法剣士は、そのどちらも並の相手よりも優れた腕前にまでなると聞きます。


「それからもう一つ」


 ただ、もう一つは本当にむかっ腹に来ました。


「俺はここから一歩も動かねえ」

「……はい?」

「言った通りだ。攻めるも退くも、俺はここから一歩も動かん。逆に言えば、一歩でも俺を動かせたら、お前の勝ちにしてやる」


 これは大いになめられていると言っていいでしょう。いかに優れた剣士と言えど、一歩も動かずに相手をするというのは無理があります。どんなに優秀でも、剣と言うのは腕だけでどうこうできるものではありません。腕は肩につながり、肩は胴に、胴は腰に、そして腰は脚につながり、足は大地を捉えて力を伝達させます。

 つまり、足を動かさずに戦うということはその実力の十分の一も出せないということなのです。


「やーいばーか」

「……下らん挑発だな」

「いい加減つけ払えってジュヴェーロさんから毎回言われて辛いんですけどー」

「そのうちだ! そのうち払う!」

「最近下っ腹が」

「てめえまだ試合開始前だってこと忘れんなよ」

「あいすみません」


 さすがにメザーガもいい大人です。この程度の挑発では、試合開始前であっても動く気はないようです。

 ウルウだったらもうちょっと無神経に人の心の柔らかいところを抉るようなこと言いそうな気もしますけど、さしもの私もあれは真似できません。だってあれ、悪意とかあるわけじゃないですもん。

 むしろ悪意があって人を罵倒しようとすると、途端にウルウの言語能力は低下します。


「お前の寝耳にアツアツのチーズフォンデュを流し込んでやろうか」とか。


 やっぱりあれですかね、友達いなくて口喧嘩のレパートリーがおっと悲しくなってきたのでやめましょう。


「わかりました。まず一歩、動かして見せますとも!」

「おうおう、おっさんがくたびれない内に頼むぜ」

「むーがー!」


 ともあれ。規則を設けてくれるというのならば、その規則内で精々暴れさせてもらうとしましょう。


「両者見合って……いざ尋常に、勝負!」


 号砲のような合図の声とともに、私は早速剣に魔力を込めはじめます。

 ただの強化ではなく、雷精と風精にたらふく魔力を食わせてやります。


「ぬ……さすがに魔力だけは馬鹿みてえにありやがる」


 そう、そのバカみたいな魔力を、以前のバナナワニの時と同じように、しかし以前とは違って剣を破損させない程度に溜め込んでいきます。

 あの時はとにかく威力ばかりを重視していましたけれど、今は違います。人間相手にあの威力は過剰――と言うにはメザーガはいささか人間を辞めているところがありますけれど、でも、ウルウに教わったのです。

 つまり、「少ないコストでスマートに片付ける」、これです。


 ウルウは私が同じ失敗を繰り返さないように、かつ格好いい必殺技を扱えるようにいろいろと教えてくれました。

 まず、雷精というものは、非常に効率が悪いということを教わりました。光ったり、音を立てたりする分、力の多くを消費してしまっているのです。空気中に力をばらまいてしまっているから、あのように騒がしくピカピカとするのです。要は威嚇と一緒です。


 真の必殺技に威嚇はいりません。必要な威力を必要な場所にだけ叩き込む。これです。


 でも雷精というものは放っておいても空気中に流れてしまうもの。これを抑え込もうとすれば魔力を盛大に消費しなければなりません。と、困っている私にウルウは教えてくれました。

 道を作ればいいんだよ、と。


 その答えが風精でした。

 まず、風精を竜巻のように回転させて、空気の薄い道を相手までとの間に作り上げます。この道はどうせ一瞬で吹き飛びますから、そこまで丈夫なものである必要はありません。雷精が通りやすい道、それを思い浮かべるのです。


 道ができれば、あとはそこに溜めこんだ雷精を吐き出すだけ。

 ただその雷精は、生半じゃあない!


「突き穿て――――『雷鳴フルモバティ一閃・デンテーゴ』!!!」


 目の前が真っ白になるほどの閃光。

 耳が破裂するのではないかと言う轟音。


 地上から放たれたが、風の道を通って一直線にメザーガを焼き尽くしませんでした。


 はい。


 焼き尽くしませんでした。


 あ、この流れ見たことある。

 霹靂猫魚トンドルシルウロの時の逆です。


 一直線にメザーガを襲った雷光はしかし、メザーガが無造作に剣を振るうと同時に、その矛先を天へと翻してそのまま空へと駆け上っていってしまいました。


 呆然と空を見上げる私に、メザーガが感心したように顎を撫でます。


「『雷鳴フルモバティ一閃・デンテーゴ』、か。面白い技だ。霹靂猫魚トンドルシルウロの雷閃に似ているが、あれより鋭い。恐らくだが、風精で道を作りやがったな。以前地下水道で見せたとかいう技より随分洗練されてる。大方入れ知恵があったんだろうが……種が割れりゃ俺にも真似はできる。少なくとも、筋道を変えるくらいはな」


 余りにも簡単に言うメザーガでしたが、そう簡単にできれば私も苦労はしなかったんですけれど。

 私があの技を身につけるまでにいったいどれだけ苦労したと思っているんでしょう。

 文字通り身を焦がしながら身に着けたあの苦労の日々はいったい何だったというのでしょうか。実質まあ、二、三日くらいですけれど。やはり即製の技ではこんなものなのでしょうか。






用語解説


・『雷鳴フルモバティ一閃・デンテーゴ』(Fulmobati dentego)

 敵との間に風精で軽い真空状態の道を作り、そこに貯め込んだ魔力をたらふく食わせた電撃を流し込んで遠距離の相手に当てるという技。

 電力、電量、電圧によって細かく威力の調整が可能である。

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