第八話 亡霊の奥の手

前回のあらすじ

化け物だと思ったら化け物だった。






 号砲のごとき開始の声と同時に、私の脳天に刃が振り下ろされた。

 即座に自動回避が発動し、私の体は紙一重でこれをよけている。

 しかしほっとするのもつかの間、相当の重さがあるだろう太刀を平然と振るって、二閃、三閃と続けざまの刃が私を襲う。


 これが単に力任せに振るわれているだけならば、例え何時間であろうとも私は自動回避のままによけ続けられただろう。しかし、このナージャと言う女、見かけや言動とは異なり、その実力の大きな部分は腕力でも素早さでもなく、技術だ。

 私が避ける先にすでに刃は向き始めているし、それを避ければすでにその先に刃が置かれている。私が下がれば詰め、私が懐に潜り込もうとすれば下がり、私がどたばたと騒がしく動き回っている間もすり足を乱すことなくするすると自由自在に間合いを詰めてくる。


 いまのところは私の素早さアジリティ幸運ラックのおかげで回避は成功し続けているが、すでにして私の回避の傾向が見抜かれつつある。もはや詰将棋に入りかけている。

 それでもまだなんとかじり貧をギリギリのところで伸ばし伸ばしにできているのは、自動回避だけでなく《縮地ステッピング》や《影分身シャドウ・アルター》などを利用して相手をかく乱しているためだ。


 かく乱。


 そう、これは真っ当な回避手段じゃあない。

 ド素人にすぎない私がやみくもに《技能スキル》を使うことで、卓越した兵法者であるところの長門の勘所に混乱を与え、短い余生を延ばし延ばしにしているに過ぎない。

 いわゆる「素人は何をやるかわからないから怖い」と言うことにすぎず、所詮素人は素人であるから、押し込まれれば長くはない。


「ナージャの剣をあれだけ長く避け続ける奴は初めてだな」

「まず初太刀が避けられませんもんね、大概」

「折りたたんだような手元から一瞬で伸びてくるあれは、俺でもちと厳しい」

「メザーガでも厳しいんですか!?」

「勝てないとは言わねえが、正直、まじめに相手するなら鍛え直したいところだ」


 そんなやつを中堅に持ってくるなよ。

 こちとら格闘技どころか喧嘩もしたことがないド素人だぞ。ド素人・オブ・ジ・イヤーだぞ。

 かろうじて身体能力と妙な回避能力があるから持っているだけで、そろそろなます切りにされそうで怖いっていうかなんでこいつら真剣で平然と試合できるんだよ怖すぎるだろ。

 一発当てりゃ終わりっていうけど、こんなので斬られたら私なんか一発で死んでしまうわ。回避性能に極振りされた《暗殺者アサシン》の耐久力は濡れた障子紙程度しかないんだぞ。


「いやー、それにしてもウルウも余裕ですね。顔色一つ変えずにひらりひらり」

「無駄に洗練された無駄のない無駄な動きって感じね」

「あれおちょくってるんですかね」

「おちょくってなきゃあんな無駄な動きしないでしょ」


 すみませんこれが本気で全力です。

 何しろ太刀筋も頑張れば見えるは見えるんだけど、何故そう言う風に動くのか全く理解できないから、自動回避で体が避けてくれた後に、ああ、そうなるんだと感心しているくらいだ。あれだけ長大な刀を振り回しているのに、実に小回りが利いてまるで手品みたいだ。

 まあ感心するほど余裕があるかって言うと、半分以上は現実逃避だが。

 何しろ大真面目に向き合うと恐怖と緊張で体が強張るので、大丈夫大丈夫と念仏唱えながら自動回避に身を任せるのが一番安全なのだ。


 えらい人も言っていた。

 激流に身を任せどうかしているぜと。


 ん? 間違ったかな。


 まあいい。同化していようがどうかしていようが大差はない。


「ふふふ、やるではないか! こうもこの長門が翻弄されるとはな!」

「……」

「涼しげな顔をする! やはりこうでなければ!」


 ごめんなさい、表情作る余裕ないっていうかなんか言ったら吐きそうなんで勘弁してください。

 なんだかノリノリでハイテンションに剣を振り回す大女と向き合うって相当な肝っ玉が必要だと思う。

 ただでさえ私、自分より高身長な相手と出会う機会ってそうそうないから、その相手が涎でもたらさんばかりに楽しそうに刃物を振るってくるのってちょっとしたどころではない恐怖だ。

 クレイジーに刃物ならばまだ納得いくけれど、見た限りこの女実に理性的だからな。理性的に狂ってやがる。基本となる常識とかそのあたりが食い違いまくっている気がする。

 誰かどうにかしてくれよこのバーサーカー。


 などと言っている内にもどんどん押され始め、自動回避も余裕がなくなってくる。

 というか、これは、この女の回転速度が速まってきているのか?

 これでまだ本気じゃないのかよ。異世界いい加減にしろよ。


 ギラギラとした目つきで、もはや軽口も叩かず、私をなます切りにすることだけを考えて刃物を振るってくる女がいるんです助けて。

 しかし残念ながら衛兵はここにはいないし、いたところでこんなクレイジーなモンスター手に負えないだろう。私が全力で回避に専念してどうにか避けていられる猛攻に対処できる衛兵ってなんだよ。お前が世界を救ってくれよってレベルだよそんなの。


 しかし、さて、どうしたものかな。

 実は一発喰らって終わりにしようというのはできなくもない。


 《幻影・空蝉クイック・リムーブ》と言う《技能スキル》がある。

 これは事前にかけておくことで一度だけ、相手から致命打を受けた瞬間にその場に身代わり人形を生み出してダメージを回避し、自身は短距離転移で少し離れた位置に移動するというものだ。忍者物でよく言う変わり身の術とか空蝉の術とか、そんな感じだ。


 これなら私は痛くないし、かつ直後に参ったと宣言すればこれこそ奥の手なのだった、もう打つ手はないと言い訳できるだろう。そしてコストパフォーマンスもいい。


 ただ、一つ問題がある。


「ウルウー! 頑張ってくださーい!」


 思いっきり応援してきているリリオに申し訳が立たないという点である。

 格好悪いところを見せるのも正直楽しくはないし、そもそもの前提として私が負けた場合リリオの冒険屋試験がどうなるのか聞いていないのだ。多分私だけ失格でリリオはリリオの試験次第なんだろうけれど、そうすると今後の活動がちょっと不便になるし、つづくリリオの試験が私のせいで不調気味になってしまうとかそんなことになると申し訳ないどころでは済まない。


 まあ、いろいろ言いはしたけれど、結局のところ何が問題かと言えば。


(格好悪いのは嫌だなあ)


 この一点に尽きた。


 私にも矜持プライドというものがある。ささやかなものではあるし、いざというときはかなぐり捨てる覚悟ではあるけれど、それにしたって、まさかこんなクソみたいな場所で捨て去れるほど軽いものでもない。


 徐々に自動回避が追い付かなくなってきて、私自身の感覚と直観と《技能スキル》大盤振る舞いで何とかかわし続けてきているけれど、そろそろそれにも飽きてきた。


「メザーガ」

「おう、なんだ」

「一発入れればいいんだったよね」

「おう、そうだ」


 一発だけなら、まあ、なんとかやれないことはあるまい。

 ここで、「別にあれを倒してしまっても構わんのだろう」などとフラグを立てるつもりはない。こんな公式チートみたいな相手に少しでも見栄を張る気はない。格好悪いところは見せたくないが、かといって虚勢を張れる相手でもない。


「なら一発は―― 一発だ」


「チェストォォォオ!」


 号砲のごとき奇声と同時に、私の脳天に刃が振り下ろされた。


 ずるり、と。






用語解説


・《幻影・空蝉クイック・リムーブ

 ゲーム|技能《スキル》。事前にかけておくことで、致命的なダメージを受けた際に一度だけ身代わり人形を召還し、ダメージを肩代わりしてもらえる。人形はそのダメージで破損し、自身は極近くの安全地帯に転移する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る