第四話 クナーボ・チャスィスト

前回のあらすじ

子供の相手かと思いきやそこは冒険屋事務所。

受付嬢が戦えないと何故思ったのか。





「そいつは俺が直々に稽古をつけてやっている見習いで、それから、格好悪い話だが、見習い前にすでに俺の膝を射抜いた麒麟児だ」


 クナーボが俺のもとにやってきたのは、まだあいつが十になるかならないかの頃だった。

 俺は冒険屋事務所を開いてすぐの頃で、親戚どもからの支援を当てに、方々に顔を出しちゃ挨拶巡りをしている時分だった。


 クナーボは西方の遊牧民の子供だった。遠縁にあたるチャスィスト家の末っ子で、当時はまだ自分の弓を持ったばかりだった。

 西方の遊牧民ってのはなかなか気難しい連中で、親戚とはいえ遠縁にあたる俺にゃいくらか厳しい目もあった。それでも縁があるってんで優しくしてもらった方だってのは驚きだったがね。


 俺は二季ほど連中の遊牧に付き合い、その間に何度か魔獣との戦いを経て信頼を勝ち取り、それから危うく嫁を取らされそうにもなって焦ったものだ。いい年とはいえ、まだ人生の墓場に行く気にはなれなかった。

 勘弁してくれと言う俺に、じゃあ嫁の代わりに、従者とでも思って面倒を見てくれないかと寄越されたのがクナーボだった。


 クナーボはその当時でも器用なものでで、大概のことはできた。

 麺麭パーノも作れる、刺繍もできる、読み書きだって達者なものだったし、算盤アバーコも弾けた。楽器もできりゃ、弓も引ける。

 そんだけの優良物件で、しかしクナーボは部族にはついていけないとしてすでに見捨てられかけていた。


 それというのも、クナーボは鳥の肉が食えなかったんだ。


 チャスィストの部族は、伝統的に騎馬として大嘴鶏ココチェヴァーロを用いていた。

 知ってるか? なんつーか、こう、でけえ鶏だよ。空は飛べねえが、ぶっとい足でどこまでも走る。

 日に一度卵を産み、子のために乳を流す。多くの肉が取れ、その肉は滋味深い。

 骨は軽いが丈夫で、矢じりや棍棒、様々な道具になった。

 羽毛は軽くて暖かく、飾り羽は勇者や部族の長達だけが使うことを許された。


 とにかく、チャスィストの部族じゃあ、まず大嘴鶏ココチェヴァーロと関わらずにはいられなかった。


 ところがクナーボは、この大嘴鶏ココチェヴァーロの肉が食えなかった。

 好き嫌いじゃあない。

 そういう体質だったんだ。

 どういう理屈でそうなるのかは知らんが、世の中にゃあたまに、他の連中が普通に食えるものでも、体の方が過剰に反応しちまって、熱が出たり発疹がでたり、最悪死に至る、そんな連中がいるそうだ。

 俺の親戚にも、他に、蕎麦ファゴピロが食えない奴がいた。

 海老サリコーコの類がだめで、茹で汁どころか、その茹でた煙を浴びるだけでも駄目だってやつもいたよ。


 クナーボはそこまでひどい方じゃなかった。羽に触れても大丈夫だし、道具の数々も扱えた。

 ただ、肉を食えば吐いたし、乳を飲めば熱を出し、卵を食えば発疹が出た。

 一昔前なら呪いだなんだと呪い師が出たかもしれないが、馬鹿言え、いまのご時世だ、連中もそういう体質なんだってのはわかってた。しかしわかってるからって、連中の様式じゃそれはとてもじゃないがやっていけなかった。


 実際、俺は初めてクナーボにあった時、まだ六歳か七歳くらいかと思っていた。それくらい小さかった。滋養が足りなかったんだ。肉が食えないとなりゃ、小さな子供にゃあまりにも滋養が足りなかった。乳さえ飲めないんだ。


 援助はしてやるから、クナーボの面倒を見てやってくれないか。

 そう言われたとき、俺はもう半分以上はそのつもりでいたね。

 俺は篤志家じゃあないが、それでも人でなしってわけでもなかった。


 だが俺の旅は、つまり冒険屋の旅だ。それも男一人で旅してたんだ。

 命の保障はできない。まして病弱な子供となりゃあ、面倒を見切る自信はない。


「せめて腕が立つってんなら別だが」


 そう渋る俺に、石にかじりつくような気持ちでくらいついてきたのがクナーボだった。


 三日の間、あいつは俺の傍で隙を窺った。

 起きている時も、寝ている時も、飯を食っている時も、クソをひる時も、あいつは俺がすっかり油断するまで待ちに待ち、そうしてついに俺に一矢報いた。

 文字通りの一矢だ。


 俺が唯一気を抜く瞬間、朝飯に堅麺麭粥グリアージョがないことにげんなりするその瞬間を狙って、十歳の子供が、実質七歳くらいしかないような子供が、弓を引いたのさ。

 冒険屋の鍛えられた体を、しっかりとした装備の上から射抜けるほどの弓は、大人用の弓でもそうはない。


 だがクナーボはやった!


 何かの道具か、おもちゃにしか見えないように偽装して、あいつは俺に常に弓を突き付けていたのさ。

 まさかそれが弓だとはだれも思いもしなかった。

 あいつはその弓を足で押し、弦を両手で引き、全身で矢をつがえて、俺の膝を射抜いたのさ!


 チャスィストの部族の連中が騒然とする中で、俺はこいつを自分の弟子にすることをその場で決めた。

 あいつは自分が出来損ないで役立たずだと沈み切っていた。だが俺について行くという活路が見えた途端、あいつは自分にできる全てをかけて、そこに縋りついた。みっともねえかもしれん。やり口があまりにもひどかったかもしれん。

 だがあいつは生きるという一心に、全てをかけた。


 俺はその心意気を買った。


「やるじゃないか小僧。良い腕だ。約束通りお前を連れて行ってやる」


 俺はその日のうちにクナーボを連れていく契約を正式にかわし、その代わりに支援と、一頭の大嘴鶏ココチェヴァーロを騎馬として譲り受けた。


「それから、そう、その前に。朝飯を済ませていいか?」




 あれ以来、俺はクナーボを徹底的に鍛えぬいた。


 まず最初は飯だった。何をするにもまず飯を食わせて体を作らにゃならんかった。

 それでもごらんのとおり、あいつは年の割に小さな器に収まっちまった。もっとも、本人があれを武器として使えている以上、あれはあいつにとってふさわしい体つきなんだろうな。

 短弓を使う以上、大きい体よりは小回りの利く体の方がいいのかもしれん。


 俺は次にあいつの得意とするところを見つけ出すために、俺のスキを突かせることにした。最初の時と一緒だ。どんな手を使ってもいいから、俺に攻撃を当てる。当てたらご褒美だ。

 最初のうちはまるで成果がなかったが、やがて弓に辿り着くと、あいつは途端に伸びた。いまのところご褒美はやらずに済んでいるが、それでもあわやと思う瞬間は、増えた。


 俺が装備を整えてやると、クナーボは砂漠の砂が水を吸うようによく覚え、そしてよく伸びた。いまじゃあ弓を使った腕じゃあ、俺よりもパフィストに近いと言っていい。


 いやまったく。執念があるとはいえ、まだ成人前のガキに弓で負けるなんて恥ずかしくて言えたもんじゃないが、しかし、あれは本物だよ。

 あいつがいるから俺は安心して引退して、事務所の所長なんてやっていられる。


 あれで嫁にしてくれなんてトチ狂ったことさえ言わなけりゃあ、いい男になりそうなんだが。






用語解説


大嘴鶏ココチェバーロ

 極端な話、巨大な鶏。

 草食よりの雑食で、大きなくちばしは時に肉食獣相手にも勇猛に振るわれる。主に蹴りの方が強烈だが。

 肉を食用とするのは勿論、騎獣として広く使われているほか、日に一度卵を産み、また子のために乳も出す。遊牧民にとってなくてはならない家畜である。

 一応騎乗用と食畜用とで品種が異なるのだが、初見の異邦人にはいまいちわかりづらい。


蕎麦ファゴピロ

 いわゆるソバ。寒く、乾燥した地帯でも生育する。北部でも多く育てている。

 西方では所謂麺類としての傍として食べられることもあるが、帝国の一般としては蕎麦粥やガレットなどのような形で食されているようだ。


海老サリコーコ

 いわゆるエビの類。巨大なものや小さなもの、鎧に出来るほど頑丈だったりなどの特殊な性質をもつものもあるが、おおむね我々の知るエビっぽいものは大体海老サリコーコと言っていい。

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