第十二話 鉄砲百合と帰ってきた角猪鍋

前回のあらすじ

角猪コルナプロ鍋と謳いながらもほとんどキノコの解説で終わった。

ゴスリリは割とそういう回が多いので気長に楽しもう。






 さて、そろそろ欠食児童どもの腹の音がうるさいからざっくりといろいろはしょって、角猪コルナプロ鍋が仕上がったわ。細かい工程が気になる子は、いつかこう、リリオの旅を冒険譚とか旅行記として出版するときにレシピでもつけるからそれを読みなさい。保証はしないけど。


 さて、大きめの鍋にたっぷりと仕上がった角猪コルナプロ鍋だけど、これ足りるかちょっと不安になってきたわね。


 なにしろ身の丈はウルウよりも頭一つは大きくて、幅と言ったら二人分はありそうなウールソさんはまずたっぷり食べることは間違いないでしょ。冒険屋ってのは他所のパーティのご飯でも基本的に遠慮なんかする生き物じゃないもの。

 この前の地下水道の時だってそうだったでしょ。割と良識人だった《潜り者ホムトルオ》だって遠慮なんか欠片もしなかったし、その冒険屋との付き合いの長い水道局の人だって微塵も遠慮せず林檎酒ポムヴィーノかっ喰らってたじゃない。仕事中なのに。


 神官だし、あの実にできた人っぽい雰囲気といい、ウールソさんに限ってそんなことないって言いたい気持ちはよくわかるけど、あの人あれで自前のどんぶり持ってきてるから。リリオのよりでかいわよあれ。


 そのリリオはもう、安定してるわ。あの小さな体にどれだけ入るのかってほどに、本当によく食べるのよね。食べた端から全部消化して魔力にでも変換しているって言われても信じるわ、あたし。

 常に何か食べる印象があるってよく言われるリリオだけど、実際間違ってないと思うわ。多分食べてないと死ぬのよ。ネズミと一緒で。 


 あたしも辺境出だからさ、それはまあ食べるわよ。生粋の辺境人ほどじゃなくても、食べるわ。何しろ辺境って言うのは、生きるだけで体力使う土地だから、竜どもと戦うとかそれ以前に、自然の驚異と戦うために命を削らなきゃいけない。その削った命はご飯食べて満たさなきゃならない。何事もまずご飯なのよ。

 だから美味しくて腹にたまるご飯作れる子はモテるし、逆にまずい飯作るやつは私刑にあってもおかしくない。

 別にあたしがモテるって自慢じゃないわよ。モテるって言っても限度あるもの。やっぱり人間こう、ないよりはあるほうがいいっていうか、平らなより山の方がいいっていうか、要するに見る目がないやつが多いのよ。


 さて、残るウルウはって言うと、まるで小鳥みたいよね。図体の割に。

 いやまあ、普通に食べるのよ。ちょっと小食かなとは思うけど、それでも最近は食べ切れないってことはなくなったし、ちゃんとご飯食べられるようになってきたのよ。それでも一般人と言うか、普通の町民くらい。冒険屋ならもうちょっと食べてもいいのよ。体力勝負なんだからね。

 でも最初の頃はねえ、それこそ食べるってことにあんまり興味持ってなかったから心配してたのよねえ。無理して食べ過ぎて、あとで隠れて吐いてるってこともあったし。


 なんてこと言ってたら本当に鍋がすっからかんになっちゃうからあたしも食べないとね。


 まず汁を一口。この汁がね、美味しいのよ。


 角猪コルナプロの肉からあふれ出したどっしりとした旨味を、鹿節スタンゴ・セルボの力強い旨味が余さず支えてくれる。支えてくれるだけじゃなくて上乗せして純粋に持ち上げてくれる。そして脂の甘味がもたらす確かな心強さ。

 胡桃味噌ヌクソ・パーストの甘味と塩気がそこに立体的な輪郭をくれるってわけよ。


 キノコってのは、煮込んじゃったらどれも似たり寄ったりのもんって思ってる人いるじゃない。まあ半分くらいは当たってるわ。食感とか似たような感じになるし。でもね、その香りはたっぷりと汁にとけこんで、そして鍋全体に膨らみを与えてくれる。胡桃味噌ヌクソ・パーストが大地だとすればキノコの香りは空なのよ。

 理解わかる?

 あたしには理解わかんないわよ。酔っ払いリリオの戯言なんだから。


 のたのたなんやからあれこれ喋ってたら鍋がなくなるでしょ。

 解説はあとよ。食べるのが先。

 理解わかる?

 あたしには理解わかる。

 だから食べる。


 そして食べたら解説どころじゃないの。

 わかるかしら?

 わかるわよね?


 だから、いつだって正しいご飯の後には正しくこう続くのよ。


「ごちそうさまでした!」


 それで終わり。

 ね?




 さて、ご飯が済んで、後片付けが済めば、あとは、そう、乙女なら身を清めないとね、というのが《三輪百合トリ・リリオイ》のやり方だ。と言うより、ほとんどウルウのやり方よね。

 お風呂に入れない野外活動中も、ウルウは絶対に水浴びを欠かさなかった。どうしても水浴びできない時でも、布を濡らして体を拭いていた。


 夏の間はそれでよかったかもしれないけど、さすがにこれから冬になっていくんだし、川で水浴びするのも限度があるんじゃないの。

 とあたしが言ったらこの女、わざわざそのためだけに倍以上値段がする温泉の水精晶アクヴォクリスタロを箱で購入してきやがったのよ。理解わかる? ああ、もう、これもいい加減面倒ね。そうよ、全然わかんない……といいたいところだけど。


「うあぁ……気持ちいいですねえ……」

「ああ……もう……駄目になるぅ……」


 いやはや、さすがのあたしもダメになるわよ。


 ウルウが取り出したのは、巨大な金属の筒だった。筒は両側が同じく金属の蓋で覆われていて、何かの容器みたいだった。

 ウルウはこの蓋の片方を綺麗に切り取って、川原に組んだ竈の火にかけて中にたっぷりの温泉水を注いだ。

 炊き出しの大鍋みたいねって思っていると、ウルウは温度を見ながら中底に木のを敷いた。


 それからこう言ったの。



 ってね。


 それ以来あたしたちは野外活動の時だって欠かさずにお風呂に入っている。

 一度に入れるのは、精々一度に一人か二人。リリオとあたしでちょっときついかなってくらい。以前リリオが無理に三人で入ろうとしたときは、三人そろってのぼせそうになったわね。


「…………」

「さすがの《一の盾ウヌ・シィルド》でもやらない?」

「風呂の神官でもいれば別ですが、これは、また、《三輪百合トリ・リリオイ》には驚かされ通しですなあ」


 うん、おかしいってことはあたしもわかってる。

 わかってるし、これを常識にしちゃうと今後困りそうだってのも理解してるけど、それと気持ちが良くてとろけそうだってのは話が別だ。

 いまを……今を、生きる。それが大事よね。やっぱり。


 せっかくなのでウールソさんにもお湯のおすそ分けをすることにした。

 のだけれど、さすがに殿方だし、何しろ体が大きい。


「いや、拙僧は最後でよろしい。湯も溢れてしまうでしょうし男の後では嫌でしょう」


 潔癖症のウルウはともかくあたしたちはそこまで言わないけど、でもまあ、先に入らせてくれるならその方がうれしい。


 というわけで、燃料と時間の節約のため、第一陣はあたしとリリオ、第二陣がのぼせやすいウルウ、第三陣がウールソさんということになった。


 あたしたちが入浴している間、ウールソさんは周囲の見回りを軽くしてくると場を外してくれた。なのであたしたちは互いに火の番をしながら遠慮気兼ねなく体を洗い、入浴し、さっぱりと汗を流した。


 ウルウが早めにお湯から上がって、あたしが魔術で乾かしてあげて、ウルウ特製の檸檬水で髪を整えていると、ウールソさんが野営地から、たっぷりの蜂蜜を溶かした生姜湯テオ・デ・ジンギブロを淹れてきてくれた。

 自分が最後であるし、長湯はしないから火の面倒は気にしないでよい、とのことだったので、あたしたちはありがたくこの甘くて刺激的なお茶を楽しみながら、湯冷めしないように焚火の火にあたった。


 男の人がそうなのか彼が特別そうなのかはあたしたちはみんな知らなかったけれど、確かに長湯せずウールソさんは早々と湯から上がった。

 そしてざっと洗った風呂窯を担いで運んできてくれたので、あたしたちは何の気兼ねもなく就寝することができた。 


 まあ気兼ねなく、と言うのは明日の準備に関してはと言うことであって、実際天幕に入ってからは少し問題だった。

 天幕は二張りあって、一張りはウールソさんに使ってもらって、もう一張りはあたしたち《三輪百合トリ・リリオイ》の三人で使うことになっていた。

 さすがにパーティ用とウルウが言うだけあって広く、大きなウルウとちっちゃなあたしたち二人なら随分広く使える大きさだった。


 それでも、実際に中に入って、ウルウがこんな時でも例のふわっふわの羽毛布団を敷いて、川の字になってさあ寝ましょうとなると、落ち着かないのが出た。


 一人は左端のリリオ。なんだか楽しいですねと遠足気分のこのちびっこはそわそわしてまるで寝そうな気配がない。お腹いっぱい食べてお風呂も入ってあったまって、寝る準備は万端整っているっていうのに。


 で、人のことが言えない二人目が右端のあたし。もっともあたしがそわそわしてるのは主に不安からだ。そりゃ、三人で一緒に寝るっていうこの非日常感はちょっとわくわくするわ。訂正。三割くらいはわくわくするわ。でも七割くらいは怖い意味でドキドキしてる。


 その原因は間に挟まれて顔色の悪いウルウ。さすがにあたしだって、寝てる間に隣で吐かれたらいやだもの。


「ウルウ、あんた大丈夫?」

「……大丈夫」

「ほんとに?」

「…………本当はあんまりだいじょばない」


 あんまり、というか、かなり大丈夫じゃない顔色だ。

 でも、とウルウは強がるように唇の橋をひくひくと持ち上げる。それで笑っているつもりなんだから大概だ。


「すこしは、慣れないとね。私も《三輪百合トリ・リリオイ》なんだから、我儘ばかり言ってもいられない。ただ、慣れていないだけなんだ。人の体温に触れるのが」


 それは多分余り正しい物言いではないのだろうけれど、でも、それでも、あたしたちはパーティとして、仲間の頑張りを無下にすることはできなかった。


「わかったわよ。無理だと思ったらすぐ言いなさいよ」

「……うん」

「では早速寝ましょう!」


 寝ましょうと言いながらもウルウに抱き着くリリオ。

 あからさまに顔が引きつって強張るウルウ。あ、鳥肌立ってる。


「リリオ!」

「だ、大丈夫。ただ」

「ただ?」

「ご飯一杯食べたから、押されるとアンコが出るかも」


 リリオの手は、目に見えて緩んだのだった。







用語解説


・巨大な金属の筒

 正確には巨大な金属の缶。ゲーム内アイテム。正式名称ドラム缶(輸送用)

 同じくゲーム内アイテム《ブリキバケツ》と同様、液体系のアイテムを回収、持ち運ぶためのアイテム。バケツよりもはるかに容量がある上、同量の液体系アイテムをバケツに汲んだ時と比べて重量値に明確な差異が出る、つまりお得。商人や素材狙いのプレイヤーなど、同じ素材を大量に必要とする場合に用いられた。

 なお(輸送用)とあることからわかるように、《ドラム缶(戦闘用)》も別にある。

『便利なもんだぜドラム缶てのはよ。ふたを開けりゃ風呂釜にもなるし、縦に割りゃバーベキューもできる。叩いてみれば楽器にもなる。こりゃすげえぜ! え? 輸送? なにを?』


生姜湯テオ・デ・ジンギブロ

 生姜のすりおろしや絞り汁ををお湯やお茶に溶かしこんだもの。砂糖を加えたりする。

 この日のものは、甘茶(ドルチョテオ)に生姜を摩り下ろして入れ、蜂蜜を加えたものだった。

 体が温まる。


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