第六章 秋の日のヸオロン

第一話 亡霊とリベンジ・ザ・キノコハント

前回のあらすじ

痛みの形、痛みの名。

それぞれの痛みを受け入れ、あるいは乗り越え、《三輪百合トリ・リリオイ》は見事キノコ狩りに失敗するのだった。






「キノコ狩りしましょう」

「懲りてないの?」

「あれはキノコに狩られかけた奴じゃないですか! 今度はもうちょっとこう、安全な奴ですよ!」


 この世界における安全という言葉の基準に関していろいろと確認が足りていない気がするのだけれど、多分リリオ基準の安全は私から言わせれば「大いに疑問の余地あり」だな。


「で、今度は何? 二本足で歩くキノコ?」

「さすがに湿埃フンゴリンゴの人は食べないですよ」

「なんて?」


 久しぶりにニューワードが出てきたので小首を傾げれば、さすがに察し良くリリオも説明してくれる。


湿埃フンゴリンゴというのは隣人種の一つです。といっても、森の奥深くに住んでいるので、あんまり人族と生息圏が重ならないんですけれど」

「里湿埃フンゴリンゴってのはいないの?」

「うーん、聞いたことないですね。というか、湿埃フンゴリンゴって個人という概念が乏しいんですよ」


 詳しく聞いてみると、どうもこの湿埃フンゴリンゴという隣人種は、キノコや菌類の仲間であるらしい。というか人型のキノコと言っていいらしい。厳密には地中や木々に根を張った菌糸がその本体で、人型の部分は子実体、つまりキノコにあたり、要するに遠隔操作のお人形であるようだ。

 隣人種とは言っても他の隣人たちと比べてかなり価値観や精神構造が異なるらしく、森の中で行き倒れた旅人の死体なんかに寄生して苗床にしたり、そのまま遠隔操作の人形のガワとして使ったり、忌み嫌われるようなことを悪意なくやったりするらしい。


 とはいえ、別に敵対的ということはなく、生きている隣人種に攻撃を加えたり価値観を押し付けたりということもなく、単に死生観や価値観がどうしても違い過ぎるということらしい。


 それで、個人という概念が乏しいという部分だが、これはなかなか面白かった。

 湿埃フンゴリンゴの本体は地中の菌糸だといったが、この群体は菌糸が繋がっている限り全て同じ個体であり、そこから生み出される子実体もまた同じ群体の意識を反映しているものであるらしい。なので同じ群体から生み出される湿埃フンゴリンゴの人形たちは等しく「私たち」であって、「私」という個体感覚で行動することはないそうだ。


 うーん。

 人形とか子実体とかいう言い方をするから分かりづらいのかな。

 言ってみればこの子実体は、人の形をしているけれどあくまで本体から切り離された手足なのだ。手足がそれぞれに意識を持つことはない。まあその場その場で状況判断する程度の意識はあるんだろうけれど、それは自我ではない。あくまでも本体に遠隔操作される手足なのだ。


 で、この湿埃フンゴリンゴの群体は基本的に地域ごとに一つずつしかないようで、というか広すぎる範囲を侵食しているのであんまり近いと競合してしまうようで、「他の湿埃フンゴリンゴの群体」と遭遇することが稀過ぎて、いまいち人付き合いというものがわかっていない節があるらしい。


「あ、でも、これは経験次第ということでもあって、人族と昔から付き合いがあって人慣れしている群体もあるそうですよ」

「人慣れ」

「これなんか有名ですよ」


 と言って渡されたのは何の変哲もない紙切れである。


「それ作ってるの、中央部の湿埃フンゴリンゴらしいですよ」

「……紙を? なんで?」

「それ菌糸で作ってあるらしいです」

「…………!?」


 やけにきれいな紙だと以前から思っていたが、植物紙どころかキノコ紙であったらしい。


「え。それってつまり、血肉を削って作ってるようなもんじゃないの?」

「というよりは、伸びすぎた爪とか髪とかを切って再利用してるような感覚らしいですね」


 そんなものなのか。

 こうして改めてみても、とてもキノコがキノコから作っている紙とは思えない。コピー用紙ほど、とは言わないけれど、非常に品質の高い紙だ。どこかで大規模に紙漉き、下手すると工場でもおっ立てているのかと思っていたが、まさか菌類産の紙だとは驚きである。


「何気に湿埃フンゴリンゴの作る紙って、水に濡れても破れにくいし、変質もしないし、火にも燃えにくいと羊皮紙より便利な所も多いんですよね」

「え? それが? そんな高品質の紙がこんな安価で出回ってるの?」

湿埃フンゴリンゴからするとお風呂入って垢落とすのと同じ感覚らしいですから」

「馬鹿なの?」


 紙というのがどれほど偉大な発明なのか理解していないにもほどがあるのではなかろうか。人族も人族でこの偉大な発明を安易に受け入れ過ぎだろう。

 あ、そう言えばこいつら紙の方が先に大量に入ってきたせいか、いまだに活版印刷も発明できてないから有効活用できずに持て余してやがるのか。そりゃ塵紙が安値で店頭に並ぶわ。助かるけど。助かるけど!

 本が全部手書きによる筆写か、魔法による転写しかないんだよなこの世界。魔法による転写ってすごそうだけど、術者頼りだから大量生産に向かないんだよな。いや、まあ活版印刷とかに比べてって話ではあって、これでも筆写より恐ろしく速いは速いんだけど。


 あーでも中央から入ってきた本とか、たまに印刷っぽいのがあったりするから、一部では活版印刷機とか出回り始めてるのかな。もっと活用しろよ文明の灯だぞ馬鹿野郎。

 これだけ優秀な紙が八割近く塵紙にしか使われてないって文明に対する叛逆だとすら思えるね。


湿埃フンゴリンゴすごいな……ホントすごいな……」

「ウルウがここまで素直に感動してるの久しぶりに見ました」

「もう森に足向けて眠れないな……」

「え?」

湿埃フンゴリンゴすごいなって話」

「はあ」


 自動翻訳が便利過ぎてたまに忘れるけど、たまに慣用句とか通じないことがあるんだよな。慣用句くらいならまあ説明すればいいから困らないんだけど、ジョークなんかが通じない時は困る。

 私からジョーク言うときってあんまりないからそっちはいいんだけど、向こうから異世界ジョークかまされても、下手すると私の方がジョークだと気づかずにスルーする場合さえあるからな。


 幸いにして、今のところ慣用句とかことわざとかをこれ見よがしに使ってくるキャラ付けの奴とは遭遇してないから助かるけど、もし今後そういうやつと遭遇したら私はどうすればいいんだ。慣用句辞典とか買わないといけないのか。そんな面倒くさいキャラ付けの奴と会話するとか、それだけで日が暮れそうだ。


「で、なんだっけ。湿埃フンゴリンゴって食べられるかって話だっけ」

「いい出汁は出そうですけど……っていくら何でも猟奇的過ぎますよ!」

「ああ、そうなんだ」


 人に似た形してても小鬼オグレートとか豚鬼オルコとかは普通に害獣として始末するのに、人と根本的に価値観の違う群体生物は隣人扱いするっていう感覚がいまだによくわからない。

 交易共通語リンガフランカを与えられることで隣人という枠組みができたらしいから、言葉通じない奴はぶっ殺していいという風に神様が決めた、と判断しているのかもしれないが、どこの鬼島津だこいつら。

 もし自動翻訳が働いてなかったら、私リリオに殺されてても文句言えなかったんじゃなかろうか。そこまでひどくなくても、頭のいい愛玩動物くらいの扱い受けてたかもしれん。いまの私がリリオを半ばそういう目で見ているように。


「キノコ狩りですよキノコ狩り! パフィストさんのせいで前回はあんまり楽しめませんでしたから、折角の秋の味覚を楽しみたいんですよう」

「あんまりとか言えるあたりほんとリリオって図太いよね」


 いまだにパフィストのクソにさん付けしてるあたりもそうだ。

 あれだけ一方的に上から目線で試験とかなんとか言われて、一発ぶん殴っただけで以前と同じ付き合いができるリリオの神経は見習い……たくないな、別に。うん。トルンペートとか露骨に毛嫌いしてるし、私も積極的にお喋りしたい相手ではない。

 パフィストの嫌な所は、あれが悪意からやったことじゃなくて、純粋に冒険屋の先輩として試しただけというその一点だよな。そりゃ天狗ウルカが嫌われるわけだわ。


「しかし、キノコ狩りねえ」

「山菜狩りとか、害獣狩りとか込みでもいいですけど」

「なんらのお得感も感じない」

「いまなら可愛いリリオちゃんがついてきますよ!」

「いつもついてるでしょ」


 さて、ともあれ暇なのは確かだ。

 季節はめっきり秋となり、冒険屋は秋の収獲依頼でこぞって山へ消え、一方街中のドブさらいや迷子のおじいちゃん探しといった依頼には、農閑期で暇になった農民たちによる季節冒険屋たちが集まってきていて、需要過多の供給過少といった具合だ。


「良いですなあ、キノコ狩り。この時期のヴォーストはやはり山の幸が、旨い」

「あ、やっぱりそうですか?」

「うむ、うむ。拙僧も依頼がないときはよく山に籠って山の幸を楽しんだもの。良いものですぞ」

「今のヴォーストでおいしいものというと何ですか?」

「そうですなあ。定番と言えば定番ではありますが、角猪コルナプロなど脂がのって食い頃かと」

角猪コルナプロ……! 夏にも食べましたけど、やっぱり秋ですよねえ!」

「うむ、うむ。脂の乗りが違いますからなあ。それに餌が違う。団栗グラーノの類を好んで食う猪肉は、味が別物と言っていいですな」

「ふわぁ……ウルウ、ウルウ! やはり秋と言えば山の幸ですよ!」

「あっさり乗せられてやがる」


 しれっと乙女の会話に入り込んできたのは、私よりも頭一つは大きい熊の獣人ナワルウールソであった。幅などは私二人分くらいはありそうな巨漢であるくせに、気配も立ち居振る舞いも静かで、それこそ最初にすれ違った時は熊木菟ウルソストリゴが人に化けたのかと思うほどだった。


「まあ、まあ、そう仰るな。嫌なことは面白きこととまとめてしまった方が飲み下しやすいもの」

「というと……あんたもやっぱり?」

「僧職の身と言えど、何しろ雇われでもありますからなあ。所長殿のご依頼とあらば致し方なし」


 試験の時間であった。







用語解説


湿埃フンゴリンゴ(Fungo-Ringo)

 森の神クレスカンタ・フンゴの従属種。巨大な群体を成す菌類。

 地中や動植物に菌糸を伸ばし繁殖する。

 子実体として人間や動物の形をまねた人形を作って、本体から分離させて隣人種との交流に用いている。元来はより遠くへと胞子を運んで繁殖するための行動だったと思われるが、文明の神ケッタコッタから人族の因子を取り込んで以降は、かなり繊細な操作と他種族への理解が生まれている。

 群体ごとにかなり文化が異なり、人族と親しいものもあれば、いまだにぼんやりと思考らしい思考をしていない群体もある。


・キノコ紙

 帝国中央部に生息する湿埃フンゴリンゴの一群体は、極めて珍しいことに人族と里を同じくする里湿埃フンゴリンゴである。この一群はかなり以前から人族との交流があったようで、人族の価値観をかなりのレベルで理解しており、一方でこの里の人族も湿埃フンゴリンゴの文化に対して高い理解を示している。

 例えばこの里の人族は埋葬を全て湿埃フンゴリンゴの群体に埋め込むという形で行っており、若く傷の少ない死体などはそのまま人形の素体として使われることもあるという。

 この里では古くから川辺まで侵食してしまった菌糸が水に流されるという事例があったのだが、この菌糸を回収して糸車で紡いで織物にしてみたところ好評。このことから菌糸織物や菌糸紙などが発展し、近代では帝国内の紙の需要の七割近くはこの菌糸紙であるという調査報告がある。

 性質としては、水濡れしても破れにくく変質も少なく、また火にかけても燃えづらいという特色がある。

 実はまだ生きていて、湿埃フンゴリンゴ間でだけ理解できる言語を用い、密かに帝国の内情を傍聴している、などという噂があるそうだ。


・転写魔法

 水属性の魔法。紙に書かれたインクに魔力を通して形状を記憶し、インクツボの中のインクにこの記憶を転写。別の紙にこのインクを魔法で走らせて、記憶通りの形に並べる、というのが大雑把な理論。

 術者の技術次第だが、熟練の術者だと日産十冊とか二十冊とか平気でやる上に、筆写と比べて誤字脱字等もかなり少ないため、まだそこまで書籍に需要がないこの世界では活版印刷の必要性が乏しいようだ。

 それでも帝都などを始めとして印刷技術の開発は行われているようではある。


・・豚鬼オルコ(Orko)

 緑色の肌をした蛮族。魔獣。動くものは基本的に襲って食べるし、動かないものも齧って試してから食べる非文明種。

 人族以上の体力、腕力と、コツメカワウソ以上の優れた知能を誇る。

 角猪コルナプロを家畜として利用することが知られている他、略奪した金属器を使用する事例が報告されている。


団栗グラーノ(Glano)

 ブナやカシなどの木の実の総称。いわゆるドングリ。

 我々が良く知る大人しいドングリの他、爆裂種や歩行種、金属質の殻に覆われたものなども存在する。


獣人ナワル(nahual)

 文明の神ケッタコッタを裏切りその庇護を失った人族が、獣の神アハウ=アハウ(Ahau=ahau)に助けを乞い、その従属種となった種族とされる。

 人族に獣や鳥、昆虫の特徴を帯びた姿をしており、これはその特徴のもととなる動物の魂が影の精霊トナルとして宿っているからだという。

 トナルは生まれた時に決定され、これは両親がどのようなトナルを宿しているかに関係なく決まる。そのため、熊の獣人ナワルと猫の獣人ナワルからカマキリの獣人ナワルが生まれるということも起こりうる。とはいえ、基本的には接触することの多い同じトナルを宿して生まれてくることが多い。

 どの程度獣の特徴が表出するかは個人個人で違うが、訓練によって表出部分を隠したり、また逆に獣の力を大きく引き出すこともできるとされる。

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