第四話 白百合と白兎
前回のあらすじ
甘く見ていたパフィストに完全に無力化され、一人取り残されたウルウ。
いったいこの森は何なのか。
パフィストさんに連れられてやってきた《迷わずの森》は、暖かく日の差す穏やかな森でした。
柔らかく花々は咲き誇り、楽しげに鳥たちが歌い、爽やかに風が通り抜け、或いは楽園というものはこういうものなのかと思わせる具合でした。
問題はみんなとはぐれて絶賛私一人でそんな森の中を彷徨っているという現状ですけれど。
「うーん。困りました。迷わずじゃないんですかここ。迷いまくってるんですけれど」
何しろどちらから来たかさえ分かりませんから、どちらに進んだものかもわかりません。
取り敢えずどこかに進めばどこかには辿り着くだろうという思いで歩き続けていますけれど、今のところどこにも辿り着いていないので、どこにもむかえないままです。
森を歩くのは慣れていますしさほど苦でもないのですけれど、はぐれてしまったというのが困ります。パフィストさんがいれば道案内してもらえたでしょうし、トルンペートがいれば何かアドバイスをくれたに違いありませんでしたし、ウルウがいればきっと心の支えになったことでしょう。
しかし現状、私の傍には誰一人としていないまま、独り言を言ったり鼻歌を歌いながら歩くばかりでちょっと気が滅入ります。
何が怖いって一人で森を突破してしまうのが怖いですよね。熟練冒険屋のパフィストさんも、昔から私を探し慣れているトルンペートも、なんだかんだ私を見つけてくれるウルウも、放っておいても私のことを見つけてくれそうな気はしますけれど、逆に私は他の誰であっても見つける自信がありません。そういうの得意じゃないんですよね。
最悪、道々の木々を根こそぎ切り倒しながら進んでいけば自然破壊に気付いてみんなが駆けつけてくれるかもしれないということに気付きましたけれど、さすがの私もいきなりそんな破壊活動にいそしんだりはしません。いよいよというときの手段として取っておきましょう。
獣避けも兼ねて鼻歌を歌いながら進んでいくと、不意に白い影が私の行く先にまろび出ました。
「……うさぎさん?」
それは確かに白い兎でした。少なくともそのように見えました。
ふわふわと柔らかそうな毛に、丸っこい体つき。ひょろりと長いお耳。まず兎とみて間違いないでしょう。
愛らしい姿に私は思わず頬がほころぶのを感じました。
そう言えばそろそろ小腹が空いてきました。
丸っこい姿に私は思わず頬がほころぶのを感じました。
愛でてよし。食べてよし。兎というものは素晴らしい生き物です。
取り敢えず愛でてから食べようと私が兎に近寄ると、兎はその分ぴょんこぴょんこと跳ねては遠ざかってしまいます。
むむ、と私が立ち止まると、兎も立ち止まって私を見上げます。
ぴゅーぴゅーと下手な口笛など吹いてよそ見をしてから、おもむろにとびかかってみても、兎は平気でぴょいんと跳ねて避けてしまいます。
「………おちょくってます?」
もちろん言葉が通じるわけもなく、兎は口元をもぐもぐさせながら見上げてくるばかりです。しかしなんだかその平然とした態度が私を小ばかにしているようにも思えて、ちょっとムッとします。
こうなれば私も負けていられません。
私は追いかけ、兎は逃げ出し、森の中の追いかけっこが始まりました。
私は何しろ体力には自信がありますし、どれだけ走り回っても疲れたりしないという自負があります。それに足だって私の方が長いですし、何より兎と違ってこちらは知恵ある人族なのです。
すぐにも捕まえて見せましょう。
そう思っていたころがありました。
しかし実際のところはどうだったかというと、ぴょんぴょんと足元を跳ねまわる兎に私の手はかすりもせず、捕まえようと前かがみになっては足元を潜り抜けられ、あえなく転倒。木々の間をすり抜けていく兎に対して、私はあちこち体をぶつけてすぐにすり傷だらけになってしまいました。
考えてみれば私、まともに狩りに成功した試しがありませんでした。
巣穴を狙って
こっちに向かってくる害獣なんかは倒せばそれで済みますけど、こちらから逃げていく相手を捕まえるのはこれほど難しいことなのですね。
精々
「むーがー!」
しかしここで諦めるなど
ともあれ、ここでなんとしても捕まえて汚名を返上したいところです。
私は何しろ不器用ですから、こうなれば根競べです。兎相手に根競べというのも情けない話ですけれど、私の取り柄と言えば疲れ知らずの体力くらいのものです。兎の体はあんなに小さいことですし、体力勝負で負けるということはまずないでしょう。
私は当初の仲間と合流するという目的もすっかり忘れて、そうして兎との追いかけっこに没頭していくのでした。
そう、何もかも忘れて。
忘れてしまって。
用語解説
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