第十一話 鉄砲百合と洗濯日和・上

前回のあらすじ

鉄血事務所の女性冒険屋はちょっと臭うらしい。










 ウルウがふらっと姿を消して、不安げな顔してうろうろしていたリリオを放り出して、さて、残されたあたしは何をするかというと、女中ってのは暇じゃないのだ。

 いまのあたしは冒険屋パーティの一人であって、リリオもあくまでも対等の相手だという風に扱ってくるけれど、それとこれとは別というか、あたし意外に生活能力のある人間がいないのだ、このパーティには。


 ウルウは教えれば大抵のことはそつなくこなすし、何しろ綺麗好きだから放置していても掃除や洗濯などもしてくれるのだけれど、何分感覚と意識とが死んでるので、最低限しかやらない。

 もしかしたらこいつどっかの牢獄で懲役でも喰らってその生活が当たり前になってるんじゃなかろうかという位、最低限度で満足しちゃう。

 リリオを綺麗に丸洗いしてくれたくらいだし、本人も毎日お風呂に入る相当な綺麗好きではあるんだけど、服の替えは最低限、部屋に置いてある私物は本だけ、それで不満というものを覚えたりしない、とまあ、やっぱりこいつ囚人生活で満足しそうな気がする。


 リリオはどうかというと、これは、もう、駄目ね。

 そりゃ、あちこち散らかしっぱなしで汚いってわけじゃない。物はきちんとしまうし、服も畳むし、ベッドメイクだってする。でも、そのどれもが中途半端なのだ。

 多少ずれててもよれてても気にしないし、洗濯物は大分たまるまで気にしない。しわだらけの服着て外に出ようとするときもあってあたしとしては気が気じゃない。


 甘やかしすぎたかしらって思うけど、でもあたしだって好きで甘やかしてるわけじゃない。ごめん。嘘ついた。好きで甘やかしてるわ。

 いやだってわかるでしょ?

 主人に仕える喜びというものを私は骨の髄まで刻み込まれているのだ。あー、つまり、その、なんていうのか、駄目な妹の面倒を見るこの優越感よ。わかる?


 あんまりダメ過ぎたらしかるけど、でも、着替えを手伝ったり、お風呂のお世話したり、ご飯の給仕したり、そういうのがあたしを満たしてくれるの。いくらか駄目なくらいがちょうどいいのよ。

 その点リリオって理想的な主ではあるわね。程々に駄目で、程々にできて。ウルウはその点ちょっと面倒の見甲斐がないわね。放っておいてもどうにかなるもの。


 まあ、いいわ。

 あたしはリリオを外に放り出した後、早速溜まった洗濯物を盥に放り込んで、縄に洗濯ばさみと洗濯の準備を整えた。


 メザーガ冒険屋事務所の建物は、もともと二階建ての集合住宅だったらしいわね。

 一階の、もともと大家が住んでた一番立派な部屋が、いわゆる事務所の執務室。メザーガが仕事してるとこでもあるし、お客さんが直接やってくる応接室も兼ねてるわ。

 一階には他に三部屋あって、一つはメザーガの部屋。一つはクナーボの部屋。そして一つは物置。

 二階には六部屋あって、あたしたち《三輪百合トリ・リリオイ》の部屋もここのひとつ。ちょっと狭いけど、ベッドを縦に二段並べるって荒業で何とか誤魔化してるわ。


 それから、一階の執務室とは反対側に食堂も兼ねた広間があって、奥に厨房。この厨房に勝手口があって、そこから中庭というか、洗濯場を兼ねた水場があるわね。

 水場よ水場。住まいの裏手に水場があるってのは素晴らしいわ。

 住宅街とかでも、精々一町かもう少しごとに井戸とか、公衆水場があるくらいのところを、ここは裏手に水道を引いているっていう贅沢さ。


 よくこんな好条件のところを買えたわよね。


 あたしは大盥を蛇口の下にもっていって、早速水栓をひねる。

 たったこれだけで水が出るっていうこのお手軽さがどれだけ便利な物かは、まあ言葉にするまでもないわね。

 圧力がどうとか気密がどうのとかウルウが変な顔してみてたけど、さしものあの唐変木でもこの水道の素晴らしさには感動したんでしょうね。

 まあ私にはどんな理屈で動いているのかはさっぱりだけど。


 しっかし、これがお屋敷にもあればねえ。


 辺境領って、水関係が貧弱なのよね、ここと比べると。

 もちろん、お屋敷の中に井戸が三つもあるし、水精晶アクヴォクリスタロの貯えだってたっぷりある。水で困る事なんてそうそうない、って言いたいけど……でも、水道は引けないのよ。

 この水道管っていうやつをね、以前辺境領でも敷設できないかって色々試してみたみたいなんだけど、そりゃあ、土蜘蛛ロンガクルルロの技術者たちの手にかかれば引くだけなら簡単だったわ。


 でも使えなかった。


 だって冬場、凍るんだもん。


 ヴォーストのある北部も大概寒いけど、辺境はその比じゃないわ。川も湖もみんな凍っちゃうし、井戸から汲んだ水だって、ただ汲み置きにしてたら水瓶の中で凍り付いちゃう。


 北部の水道管も、凍り付かないようにあっためる術式が彫ってあるらしいんだけど、それでも全然だめだったみたい。

 辺境の冬に耐える水道を引こうとしたら、それこそ雪溶かして使うほうが余程安上がりになるってくらい高くつくみたいで、御館様も諦めてたわね。


 この便利さに慣れちゃったら、辺境に帰った時が怖いわ、ほんと。


 そんなことを考えているうちに大盥に水も満ちて、あたしは洗濯物を選り分けながら盥に放り込み、靴と靴下を脱いで裾をまくる。そう言えば靴下、そろそろ冬に向けて厚手のものも用意しないと。


 くみたてでヒヤッと冷たい水に足を踏み入れ、あたしは踏み洗いを始める。

 中央の貴族様なんかには、主の着る衣服を踏んで洗うとは何事かって怒る人もいるみたいだけど、辺境ではまずそんなことは言わない。そりゃ手洗いした方がいいものもあるけど、労力と時間の無駄だって言われる。


 洗濯って言うのは、大きな水槽とか盥にみんなの分を放り込んで、女中たちみんなで交代しながら歌いながら踏み洗いするのが辺境のやり方だ。

 なんで交代しながらかって言うと霜焼けにならないためで、なんで歌いながらかって言うと調子をとって互いの足を踏まないようにするためと、声の調子で疲れた奴がすぐにわかるからよ。


 うちの事務所の場合、基本的にパーティごとで洗濯する。たまたま鉢合わせしたら一緒にすることもあるけど、基本的には洗濯もご飯もパーティ単位。

 これはメザーガの方針で、遠出した時、いつも他の連中に任せていたから洗濯の一つもできないってんじゃ話にならない、っていう理由らしい。

 これはパーティ内でも言えるから、《三輪百合トリ・リリオイ》はできる限り当番制にしている。あたしとしてはみんなのお世話を見たい、見させてほしいっていう位なんだけど、これ以上リリオがだめになったらどうするのってウルウにたしなめられたから仕方ない。


 さて、冷たい水にも足が馴染んできて、あたしは鼻歌を歌って調子をとりながら、ちゃぷちゃぷじゃぶじゃぶと洗濯物を踏んでいく。このとき大事なのは、汚れを取ろう取ろうと躍起になって、あんまり強く踏みしめちゃいけないってことだ。草原を気楽に散歩するくらいの調子でいい。

 それから、疲れても足を上げるのを止めないことだ。高く上げる必要はないけど、でも足元でちゃぷちゃぷやるだけじゃあ汚れは落ちない。


 石鹸は要らないのかって、前にウルウに言われたけど、そうね、ウルウやリリオは石鹸を使った方がいい。でもあたしはこれでも飛竜紋を許された辺境の三等女中。石鹸なんて要らないわ。


 あたしは足捌きで水精を呼び、手拍子で誘い、魔力を餌に気を引き付ける。


「【さあさあんたら寄っといで。茶渋に汚れに食べ残し、みんな余さず持っていけ。綺麗になったあかつきにゃ、駄賃の一つもやるからね】」


 力ある言葉で呼びかければ、盥の中の水に水精がこもって踊り出す。

 あたしが洗濯ものに足を下ろせば、ちゃぷちゃぷじゃぶじゃぶ、水が震えて染みついた汚れを落としだす。

 鼻歌歌って調子をとれば、水精も合わせて踊り出す。手拍子打てば弾みもする。踊るように足踏めば、すぐにも汚れが落ちていく。


 洗濯物がたくさんあるときはさすがにあたし一人じゃ魔力が持たないけど、パーティの分くらいなら、あたしの浄化の術でもきれいになるわ。


 リリオくらい魔力があって、精霊に好かれてるなら、幾らだってできるんだろうけど、あの子はちょっと不器用だから、こう言う術は不得手みたい。

 ウルウは精霊が見えるみたいだけど、ほら、あの娘頭でっかちじゃない。感性が死んでるから、精霊を触れても精霊と言葉を交わすのが苦手みたい。

 この間も、あたしが洗濯してるのを見て、水精をつまみ上げたりして見ながら、結局頭かかえて理屈がわからないってぼやいてたわね。

 なんでもウルウに言わせたら水精っていうのは魚みたいな外見で、洗濯物にどくたーふぃっしゅが群がってるみたい、らしいわ。相変わらずウルウの言うことはよくわかんないけど。


 あらかた汚れが落ちたら、今度は絞りながら水精に呼び掛けて、水の抜けをよくする。

 ただ手で絞るだけよりも、こうすると乾きが早いの。それに、手でぎゅうぎゅうと絞るより、しわが付きにくいわ。


 でもすっかり抜いてしまわないで、きちんと物干し台に縄を広げて、一つ一つ丁寧に干す。そうした方が洗濯物は綺麗に乾くし、変なにおいもしないのよね。

 ウルウは何て言ったかしら。お日様にあてるとサッキンがどうのとか。でもそうね、お日様の匂いがするってのは素晴らしいことだわ。

 雪続きの辺境領じゃあ、どうしても屋内で干すしかない日が続くから、魔術で洗濯ものを乾かす乾かし番がいたくらいだもの。


 そうして同じように何度か繰り返して、シーツまできっちり干し終えて、あたしはうんと一つ伸びをする。

 今日は全くいい洗濯日和だ。

 物干しに美しく並ぶ洗濯物の何と心地よいことか。

 我ながら素晴らしい仕事ぶりだわ。


 これはもうついでにお布団も洗濯してしまおうと思ってしまう位にあたしはこの洗濯の快感に酔っていたわ。ウルウやリリオには理解できないって顔されるんでしょうけど、こう、あれよ、軽い掃除をするつもりが、思ったよりきれいになってなんだか楽しくなって、ついつい普段やらないところまで掃除し始めるみたいな、あれよ。


 ともあれ、あたしは気づけば妙に高揚した気分のまま三人のベッドから布団をはいで、洗濯をし、水を吸ってクソ重くなったこれらを事務所の屋上まで運ぶという重労働をこなしてしまっていた。


 いまはそうして屋根に布団を干して、なにやっているんだろうと眩しい青空に目を細めているところだった。


「…………いや、綺麗になるんだからいいことなんだけどさ」


 いいことなんだけど、洗濯してる時のあたしはもう、誰が見ても怪しさ満点の笑顔だったと思う。疲れているんだろうか。

 しかし疲れていても横になるお布団はこうして干してしまっているのだ。迂闊。


 それにしてもこうして並べてみると、ウルウの布団の豪華さがよくわかる。

 装飾自体は派手なものではないけれど、触った感じ絹か何かでできているような滑らかな手触りだし、中身は羽毛なんだろうか、恐ろしくフカフカで、沈み込んだらそのまま意識を刈り取られそうな危険を感じる。


 こんな布団で寝ておきながら毎朝決まった時間にすっきり目覚められるというのは、もはや病気なのではないだろうかと少し心配になるくらいだ。


 ともあれ、あらかた掃除を終えてしまったから、後はどうしようか。

 あたしは屋根の上からぼんやりと街並みを眺めて、そしてふと感じた小腹の減りに、晩御飯の支度を思い出したのだった。


 そうだ、晩のご飯の買い出しに行かなけりゃ。









用語解説


・浄化の術

 実は浄化の術と一口に言っても、多種多様なやり方がある。

 今回の洗濯の時は水精に汚れを取らせているが、旅の最中には風の精霊も併用して、着たまま洗濯ということもできる。

 風呂の神官たちが風呂の水を浄化しているのは水精だけでなく神の力を借りているもので、その汚れがどこに行くのかはよくわかっていない。


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