第九話 白百合と亡霊のいない日・上

前回のあらすじ

私は今日も、生きている。








 地下水道での一件で剣を駄目にしてしまい、またもや代剣で過ごす日々が始まってしまいました。鎧も結構汚れてしまったので預けてしまい、かなり心もとない状態です。

 街中で剣を抜くようなことってまずないので大差ないと思うかもしれませんが、いざというときに頼りになる愛剣が腰にあるかどうかというのは、安心感一つとってもかなりの違いがあります。


 それにいつもと違う剣だと、重さが違うので重心の取り方に気を遣います。

 こうしてみると普通の金属の剣というものは、結構重いんですよ。

 大具足裾払アルマアラネオの甲殻というものは、その名前こそ実に強そうですけれど、いえ実際に強い生き物ですし強い素材なんですけれど、金属と比べると格段に軽いんですよね。

 だからいつもの調子で歩こうとすると、金属の重みだけそちらに体が傾いてしまいかねません。


 金属より軽くて、金属より強くて、金属より手入れが楽というお手軽装備過ぎです。正直なところ甘やかされ過ぎてきたなと感じるほどに、大具足裾払アルマアラネオの剣というものは優秀でした。

 唯一劣るところと言えば、重さが足りないので純粋に技と腕力がないと押し負ける所ですけれど、私は何分小柄で体重も軽いので、剣に振り回されないというのは助かります。


 剣が違うということの他に、鎧のあるなしというのも大きな不安要素です。

 革鎧と言えど鎧は鎧で、身につければ窮屈な所もありますし、重たいこともあります。しかしその窮屈さと重たさが、慣れてしまうと安心感につながります。

 その馴染みの窮屈さと重さから解放されてしまうと、それこそ裸にでもなってしまったような不安にさいなまされてしまいます。


 それに何しろ、私の鎧は飛竜の革でできた鎧です。それも希少な白い個体の革を使ってできたもので、強度もさることながら風精との親和性はまず市場に出る装備としてこれ以上はないもの、らしいです。トルンペートに聞いたところでは。


 飛竜革の鎧って辺境じゃわりと有り触れているのであまり気にしたことなかったんですけれど、これ北部でも結構希少で、帝国中央部とか南部の方とかになると金を積んでも買えない超高級品らしいです。驚きです。消耗品だと思ってました。


 まあでも、よく考えたら、それこそ騎兵の突撃槍とか振りかぶった三日月斧バルディッシュの直撃でも喰らわないと致命傷いかないのって、持ってない側からしたら反則モノかもしれません。


 しかもこれ素の強度の話で、風精の護りも込みで考えると、矢避けの加護で遠距離攻撃利かないし、近接攻撃も風で威力落ちるし、普通の武器で相手しろっていうのちょっと無理がありますよね。


 そんな装備が消耗品扱いで、ちょくちょく壊しては怪我人出してる辺境人ってもしかして頭おかしいのではとトルンペートに相談してみたら、何を今更みたいな顔されました。

 竜というのは、それが最下等の飛竜であっても普通の人間では対処できない天災のようなものであって、それを相手にしようなんて考えて実践して現代まで脈々と受け継いでるというのはもはや正気の沙汰じゃないとのことです。


「まあでも、実際のところ飛竜鎧もそこまで万能じゃないわよ」

「かなり上等な物みたいですけど」

「上等は上等なんだけど、例えばあたしが着てもあんたが着た時ほど丈夫じゃないの」

「フムン?」


 どういうことかというと、飛竜の革だけでなく、魔獣の革というものは、装着者の魔力を食ってその真価を発揮するようで、魔力が全然ないものが飛竜鎧を着たところで、矢避けの加護は殆ど発動もできず、革の強度自体も目に見えるほど弱体化するそうです。それでも並の金属鎧並みではあるようですけれど。


「辺境人が強いのは、飛竜鎧だけじゃなくて、本人たちの素の能力が高いからよ。過酷な環境で、凶悪な外敵と、本当に長いこと戦い続けて磨かれてきた血筋なんだもの。魔力の濃度も質も量も、中央の連中なんかとはくらべものにもならないわ」


 トルンペートは少し寂しそうに笑いました。


「あたしも随分鍛えて、三等武装女中にまではなったわ。でも、技を磨いても、血が届かない。貴族の血は青い血だっていうけれど、辺境貴族の血は本当に格が違うのよ」


 それこそ、種族が違う位に。

 そう笑うトルンペートとの間には、なんだか見えない壁があるようでした。

 私は今までトルンペートに一度も喧嘩で勝ったことがありませんでした。

 でもそれは、力任せに暴れるだけの私を、トルンペートが全力の技で必死に抑え込んでくれていたからだったのかもしれません。


「だから正直、ヴォーストの街くらいだったら、あんたは何にも装備していないくらいでちょうどいいんじゃないかしら」

「そんなもの、でしょうか」

「そんなもの、よ」


 すこしは慣れた方がいいわよ、と見送られて、私からすれば頼りないことこの上ない装備でひとり街に出てみましたが、うーん、落ち着きません。


 ウルウには「私がアイアンクローかまして平然としてる頭蓋骨を破壊できる方法あるの?」とか言われますし、トルンペートには「御館様が心配してるのはあんたが怪我することじゃなくてあんたが怪我させることの方だと思う」とか真顔で言われますけれど、私こう見えても成人したてのか弱い女の子なんですけれどー。


 ぶー。


 まあでも、冒険屋やっていく以上、いつもいつでも同じ装備でいられるという保証はありませんし、平服でも問題なく依頼をこなせるくらいにならなければなりませんし、ここは不安を抑えて慣れていきましょう。


 メザーガだってパッと見、いかにも町人といった着こなしですけど、たとえ無手のところに全力で切りかかっても軽くいなされそうですし。

 というか、装備が十全でもいまだにメザーガに勝てる所を想像できないんですけどあの人なんなんですかね。


 トルンペートはまあ、取っ組み合いに持ち込めば力では勝っているのでごり押せそうですけど、そこまで近づかせてくれないのがつらいところですよね。あの女中服で平然と私のこといなすのずるくないですか。あんなにかわいい服なのに!


 ウルウに関してはもう、どうやったら勝てるのかいまいちわかりません。というかまず勝負になりません。一対一だとまず攻撃が当たりませんし、トルンペートと二人がかりで挑んだ時も、私とトルンペートがぶつかりそうだったからとかいう理由で一発当てられたくらいで、後はかすりもしません。

 しかもこれ、ウルウも鍛錬したいとかいうことで、酒杯に注いだ林檎酒ポムヴィーノを一滴でもこぼしたら負けとかいう約束でやった上です。


 あれ。

 おかしいな。

 私辺境人頭おかしくないかとか思ってましたけど、私この中で最弱じゃないですか。

 装備込みでこれですよ。

 装備なしのいまの私ってなんなんですか。


 ちょっと自信なくなってきました。

 装備の頼りなさもあってもうぽっきり折れそうです。


 こうなったらもうやけ食いでもするしか……。


「おーやおやおや、《三輪百合トリ・リリオイ》のお嬢ちゃんじゃねえかい」

「今日は一人じゃねえか、ハブられたのかい、ええ?」


 おっと野良犬もとい冒険屋に絡まれました。

 これは境界の神プルプラの自信を取り戻せという思し召しですね。


 私は朗らかな気持ちでこぶしを握るのでした。









用語解説


・希少な白い個体

 飛竜は通常、橙色から赤色の体色をしているが、稀に白色個体が誕生する。

 白色個体は通常個体に比べて貧弱であるが、成竜になるまで成長することには、通常個体と比べて精霊との親和性が極めて高くなる傾向にある。これは弱い体を保護するために魔力や精霊の扱いに長けてくるからであると推測されている。

 このため、白色個体の皮革は強度ではやや劣るもののしなやかであり、魔力さえ注げば風精の護りによって通常個体の皮革以上の防御力を獲得する。

 当然、いくら辺境でも白色個体の皮革は消耗品扱いはできない。


三日月斧バルディッシュ

 非常に長大な斧の一種ともいえるし、ポールウェポンの一種ともいえる。

 構造的にはまさかりを縦に引き伸ばしたような形で、柄に対し三分の一ほどもある斧のような刃が取り付けられたもの。

 人間を両断できる破壊力があるとされる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る