第三章 地下水道

第一話 亡霊と《三輪百合》

前回のあらすじ

武装女中トルンペートに振り回されてすったもんだの挙句仲良くなったウルウ。

女三人組となると何かと面倒がありそうだが果たしてどうなるのだろうか。

私も知らない。






 本来のリリオの旅の連れであった武装女中トルンペートが私たちのパーティに合流して、三人パーティとして冒険屋を始めてから、一月ほどが経った。

 短い夏も盛りといった具合で、そしてまたこれからつるべ落としのようにすとんと訪れる秋を思わせる頃合でもある。


 この一月の間に、私はこの世界のことを様々に学んだ。

 まず一つとして、普段使うような文字は大体覚えた。これは積極的に本などを気にかけるようにしたことだけでなく、私の計算能力が高いことを伝え聞いたらしいメザーガに事務仕事の手伝いを頼まれたことで、一気に語彙が増えたこともある。


 最初は私がまるで文字を知らないのでメザーガも諦めそうだったが、私が一度読めば覚えると言い張って続けさせてもらい、そして実際にそうしたために、今ではメザーガよりも処理が速く重宝されている。クナーボには仕事をとられたと少し膨れられたが。


 字を読めるようになると、知識はかなり早く増えるようになった。というのもこの世界では製紙技術が十分に発達しているだけでなく、製本技術もかなりのもので、本が多数出版されていたのだ。それも革張りの高いものではなく、紙の表紙の安いものが出回っているので、値段としても手に取りやすいものばかりだ。


 私はメザーガの手伝いで小金を稼いでは本を買い集め、先日リリオに怒られてついに本棚を買った。一度読んだら覚えてしまうので売り飛ばしてもよかったのだが、こう、やっぱり本は買ったら持っておきたいじゃないか。多分二度と読まないにしても、時折触れて、紙のページをめくることもあるだろう。

 リリオには何を言っているんだこいつとでもいうような、宇宙猫みたいな顔をされたが。


 さて、増えた知識の中には、意外ともいえるし、ある意味予想していたともいえる事柄も多かった。


 その一つが、暦だ。


 この世界の一年はおよそ三百六十五日であるらしい。四年に一度閏年スーペルジャーロがあり、その年だけは一日増えて三百六十六日になる。一年は十二か月に分かれ、それぞれおよそ三十日前後。一日は二十四時間で、帝都などでは機械時計でこれがきっちりとはかられる。


 お察しの通り、地球時間と同じだ。


 私はこれを、だと思っている。

 私をこの世界に運び、何かを望んでいる神様が、処理が面倒くさいからと、設定をそのまま流用したからだと思っている。

 どこから流用したか? 決まっている。


 神話によれば、多くの神々は虚空天を超えてやってきたという。そして多くの変革があった。その時の変革の一つが暦なのだろう。


 まあ、どうでもいいことだ。

 世界からすれば大事な事なのかもしれないが、私という個人にはこれと言って関係のない話に過ぎない。むしろ、あまり深く考えると余計な面倒に首を突込みかねない。


 たとえ私が神々のゲームに気まぐれで放りこまれたコマの一つに過ぎなかろうと、それは気にしなければ何の意味もないことだ。大事なのは自分のペースで自分の人生を送ること。

 これだね。

 以前の私は会社の都合に合わせていたし、そうしなければと思っていたけれど、すっぱり自由になってみると、心療内科の言うことももっともだと思える。


 いまでも何かしなければ、仕事しなければと思うときは大いにあるのだけれど、そういった焦燥感はリリオやトルンペートたちとの交流で少しずつ落ち着いてきている。時折イラつくこともあるけれど、むしろ彼女たちからすれば私の方がせかせかし過ぎなのだ。

 私はこれをアニマルセラピーと同様の癒しとみている。


 このアニマルセラピーの集まりは、違った、冒険屋パーティは、今のところそれなりの業績を重ねてきていた。

 何しろ結成時からすでにそれぞれピンで乙種魔獣を屠るなんて規格外のスタートを迎えている女三人だ。

 後から吐かせたがやはり冒険屋業界でも少々無理のある試験だったらしく、リリオを諦めさせたいがゆえの試験内容だったそうだ。


 しかし結果的にそんな無理難題を乗り越えてしまった我々は業界でもそれなりに目につく新人になってしまったようだ。

 私としてはごく大人しくドブさらいや迷い犬探しや迷いおじいちゃん探しや乙種魔獣狩りなどに精を出しているつもりなのだが、新人の活躍はいつも鼻につくという方々がいらっしゃるのはどの業界でも同じようだった。


 リリオとトルンペートが冒険屋としては小柄で、女性と言うのも悪かっただろう。

 こういう言い方は性差別的であまり好きではないのだけれど、しかし体力勝負であるところの冒険屋稼業としては機能的に劣る方であるのは間違いないはずの組み合わせであり、そのくせ大男顔負けの依頼をこなしてきているとなれば嘘つけてめえと思わずにいられないという気持ちはわからないでもない。


 特に大人しくドブさらいや迷い犬探しや迷いおじいちゃん探しや乙種魔獣狩りなどに精を出している女三人組に業績で負けているらしい大男どもにとっては、そういうものらしい。


 なぜそんな大男どもの気持ちがわかるかと言えば、経験だ。

 何しろ数が違う。


 何の数かと言えば。


「おーやおやおや、《三輪百合トリ・リリオイ》のお嬢ちゃん方じゃねえかい」

「今日も乙種魔獣を狩ってきたってのかい」


 絡んでくるヤンキーもとい冒険屋どもの数だ。


 本日の屑は、仕事帰りに茶屋で氷菓などたしなんでいるところに、このクソ暑いのに勤勉なことに、自分の半分くらいしか体積ないんじゃないかという女の子にわざわざ絡んでくるろくでなし二人だ。首に下げたドッグ・タグみたいな小さなエンブレムを目ざとく見つけてくるあたりもいやらしい。


「女の色香で乙種魔獣を倒したってのはほんとかい」

「そんな薄っぺらい体でかい。へっ、股でも開いたってか?」

「乙種魔獣ってのは悪食だな、へっへっへ」


 ちなみに私のことはガン無視だ。正確に言うと《隠蓑クローキング》で隠れているので気付いていない。姿を現していると絡まれる確率が減るので、こういう連中の屑っぷりがよくよくわかるというものだ。


 私が姿を現して凄みを利かせれば、さすがにたっぱもあるし、目つきも悪いし、何よりレベル九十九の威圧感でもあるのか早々に退散してくれる場合が多いのだが、この暑いのに《隠蓑クローキング》解除したくないし、せっかくトルンペートが来てくれて姿を隠していても問題なくなったのに、こんなクソみたいな問題のせいでいちいち世間と相手していたくない。


 それに、なにより。


「いま、なんちた?」

「あ? あんだって? 田舎訛りはわかんね!?」

 ああ、失礼。ベンジョコオロギにもわかるように言い換えてあげるわ。誰が絶壁まな板大平原ですって?」

「だ、だれもそんな!?」


 いい加減暑さと面倒くささで憂さの溜まっている二人のお邪魔はしたくない。


「辺境訛りがお気に召したようですから、辺境流でお相手しましょう」

「そうね」

「ああが、あががが」


 高速のローキックで膝を砕かれた二人組が、怯えのこもった視線で見上げているが、私は無関係だ。知らない。わからない。正直辺境組のやり方って血腥すぎて直視すると怖すぎる。


「伊達男にして帰してやるわ」


 これは辺境の方言で、見せしめに顔面をつぶして送り返してやるという意味である。


 うん?

 うちのパーティ名だって?


 なんだっけ。

 《虎が二頭ドゥ・ティグロイ》とかじゃない?


「《三輪百合トリ・リリオイ》!」


 ああ、そうそう、それ。

 ……それ、私も入ってるの? ああ、そう、そうなのね。


 特に悪党でもないけれど運と日ごろの行いが悪かった野郎どもの耳障りな悲鳴と湿った殴打音を聞き流しながら、私は世界平和に思いをはせる。


 ああ、氷菓の冷たさが、染みる。








用語解説


・首に下げたドッグ・タグみたいな小さなエンブレム

 冒険屋はみな、所属する事務所やパーティを示す金属片を首に下げている。

 これは自分の所属を明らかにすることで各種機関に融通をきかせてもらうことのできる外、顔面が潰れて死ぬようなことがあっても誰かわかるようになっている。

 

・「いま、なんち言た?」

訳「いま、なんて言った?」


・ベンジョコオロギ

 辺境方言でカマドウマのこと。この場合、相手をむしけら呼ばわりしている。


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