最終話 鉄砲百合

前回のあらすじ

青春ビギナーどもの青春ごっこ。






 あたしの名前はトルンペート。家名はない。生まれも覚えていない。親の顔も覚えていないから、ともすれば木の股からでもころりとまろび出てきたのかもしれない。


 小さすぎて何も覚えていないような時分に、あたしはろくでもない連中に拾われて、ろくでもない育ち方をしてきた。

 ろくでもない連中は金は持っていたし、身なりもよかったけれど、中身はどうにもろくでもなかった。だからあたしも身なりはそこそこに整えられて、食事もそこそこにもらえて、そして中身はいっぱしのろくでなしに育った。


 ろくでなしどもがあたしに教え込んだのは一つだけだった。


 人の殺し方だ。


 スプーンの握り方を覚えるよりも先にあたしはナイフの握り方を覚え、丁寧なあいさつを覚えるよりも先に殺しの指示への従い方を覚え、ろくでなしどもの顔を覚えるよりも先に殺しの対象の顔を覚えこまされた。


 殺し屋と言うほど立派なものではなかった。刺客と名乗れるほど鋭くもなかった。

 あたしは使い捨ての一石だった。

 ただ一つの方法だけを覚えこまされ、その一つを確実に遂行するようにと育てられた、使い捨ての殺人装置だった。


 あたしは鉄砲玉だった。

 やれ、という炸薬一つで、ぴょんと飛び出てナイフで突き殺す、それがあたしの仕事だった。


 ろくでもない連中は金も持っていたし、身なりもよかったけれど、中身はどうにもろくでもなかったし、何より頭が悪かった。


 その時のあたしはただただ寒いとしか思っていなかったけれど、今となって思えばなんて愚かな連中だったんだろう。

 よりにもよって辺境貴族の家族の命を狙うなんてのは、学のないあたしでも今はどれだけ馬鹿な事なのかよくわかる。


 それは真っ当な思い付きではなかったし、真っ当な考え方ではなかったし、真っ当な作戦ではなかったし、その上、真っ当でない怒りと憎しみとそれから生まれた復讐であった。恐ろしく馬鹿げていて、しかし、それでもどうしようもない程の恨みだった。


 辺境貴族は、帝国貴族の中でも特殊な立ち位置だ。

 帝国の、隣人達の脅威である竜どもを臥龍山脈の向こう側に食い止めるために、極寒の極東で戦い続けるもののふの一族たち。

 竜殺しの血を引く辺境伯率いる辺境貴族は、そろいもそろって頭のタガが外れた生粋の武人たちだ。

 彼らが今も極東に住むことを受容し続けているから、臥竜山脈からあの化物たちはあふれ出してこないし、帝国の民はその脅威を忘れることができる。


 そう、忘れてしまうものだ。見えない脅威なんて。語られない物語なんて。


 中央に顔を出すこともなく、ただただ支援金の名目で多額の金品をむさぼる田舎貴族。それは全く呆れるほどに真実からほど遠い妬み紛いの評価だったけれど、真実そう信じている連中だっていた。

 そう言うやつらに限って、情に厚く、義に厚く、正義を信じ、真実を信じ、そして目が曇っている。


 そこに政治屋貴族や盆暗どもが後押しすれば、辺境の田舎貴族なんて瞬く間に押し遣られて


 理性的に事実を追求しようと辺境に赴き、その人外魔境の過酷な環境に死にかけるくらいはまあいい方で、なまじ辺境の冬に耐えきってしまった連中など、親切な辺境貴族に前線を見せられて、竜に食われかける(という錯覚をするほどビビったんでしょうけど)経験からトラウマを抱えて帰ったりもする。


 哀れなほどの阿呆どもと言うのはもう少し救いようがなくて、まあつまりあたしの養い親たちのことだけれど、そういうやつらは辺境の事実なんてどうでもよくて、欲しいのは辺境からたまに流れてくる、飛竜や強力な魔獣の素材だった。


 最初に選択したのがだったのがこの極めつけの阿呆どもの愚かな所で、愚かにもこいつらは辺境に子飼いの冒険屋を放って、貴族の子供を誘拐して脅迫の材料にしようとした。


 結果はどうなったかと言えば、哀れなものだったらしいわ。


 辺境貴族は脅しに屈しない、というより、脅すこと自体叶わなかった。

 何しろ子飼いの冒険屋たちは見事返り討ちに遭って、一人ずつ順番に、便らしいもの。かわいそうなことに、一人なんて帰った時にまだ生きていたらしいわ。


 それで諦めればよかったのに、子飼いの冒険屋の一人がよりにもよって実の息子だったとかで、馬鹿な事よね、あたしが拾われることになった。

 何の生産性もない、何の正当性もない、ただただやりきれないものをどうにかしたいという、どうしようもない復讐のために、あたしと言う鉄砲玉が鋳造された。

 まあ、逆恨みも恨みは恨み。その弾丸は、自分で言うのもなんだけど、それなりに優秀だったと思うわ。


 だって、あたしには他に何もなかった。

 ナイフと殺しと対象の顔。あたしにあるのはそれだけだった。

 他には本当に何にもなかった。


 あたしは殆どぼろきれの防寒具を着せられて辺境領に放り投げられ、言われたとおりの道をたどって、言われたとおりの場所を通りがかった馬車に取り付いて、言われたとおりの顔の娘にナイフを突き出して、言われた通りでなく全身の骨を圧し折られて死にかけた。


 ちょっと、いえ、ちょっとどころではなく大事な部分がすっぽ抜けているけど、でも仕方ない。

 それは一瞬だったもの。


 あたしは言われたとおりに目じりを下げて口角を上げ、言われたとおりにナイフを心臓に突き出した、はず。けど気づけばあたしは馬車の床に転がって、自分の全身の骨がくしゃくしゃになっているのを知った。というより、全身が自分の命を早々に諦めて、痛みも熱も麻痺してただただ冷たくなっていくのを感じてた。


 あたしはなんにもわからなかった。ただ、言われたとおりにできなかったので鞭を喰らうのだろうかとぼんやり思いながら、殺しの対象の顔を見上げた。


 そいつは不思議な顔をしていたわ。

 あたしの知らない顔をしていた。

 いままで見たことのない顔を。


 いまでこそ知っている。

 あれは、リリオは、笑っていたわ。

 きらきらとした笑顔で、飛び切りの冒険に笑っていたわ。


お父様おやっどん冒険が飛び込おもしろかもんんできたわきたっぺや!」


 その時のあたしには意味の分からない言葉でリリオは笑って、それから多分「欲しい」と強請ねだったんだと思う。

 何しろ興奮した子供の言葉だし、訛りがひどかったし、そもそもあたしはまともに言葉もしゃべれなかったし、第一死にかけててそれどころじゃなかったし、ともかくそれを最後にあたしは気を失った。


 目が覚めてからは、とにかくリリオに振り回される毎日だったわ。

 こちとら死にかけて、それを無理に骨をつないで怪しい手段で治された直後だってのに、冬の辺境領をあちこち連れまわされてまた死にかけて、それをまた怪しい手段で治されてまた連れまわされて、春になるまでに何度死にかけたか覚えていないくらいだわ。


 それでも、野良犬が言葉を覚えて、一丁前のマナーを覚えて、女中として育て上げられる頃には、あたしはすっかりリリオの世話役になってたわ。最初はあたしの方が犬みたいに洗われてたのに、気付けばあたしの方が犬と一緒に泥んこになってるあの子を追いかけている始末。


 もしかしたらあの時死んでた方が楽だったんじゃないかってね、そんな風に思う位だった。あの時ぐちゃぐちゃになって死んでしまっていた方が、すっきり片付いたんじゃないかって思う位だった。


 そんな風に思う位あたしの毎日は滅茶苦茶でハチャメチャで、そして充実してた。


 名無しの野良犬だったあたしに、自分の名前の由来となった花の仲間だからって、鉄砲百合トルンペートって名前を何日も考えてつけてくれた時の気持ち、わかる?

 春になるまで名無しで通してやがった癖に急に名前つけるもんだからもう思わず泣きそうになったわよ。


 嘘。

 ほんとは泣いたわ。それはもう盛大に。あの子がおろおろするくらいにね。

 だってあたし、名前で呼ばれるのって初めてだったんだもの。自分でも驚くくらいに、胸の中がいっぱいになって、ちっちゃなそれはすぐにあふれ出ちゃって、ぼろぼろ泣いたわ。

 あたしの名前はトルンペートよって、会う人ごとに名乗ってリリオが止めるくらいだった。


 あの子が成長していくにつれて、どんどんお転婆になるにしたがって、あたしもこの子を守らなきゃって、武装女中になることを決めた。

 何しろもともと命を狙ってた鉄砲玉なんだからいろんな人に白い目で見られたけど、でも、御屋形様が、リリオのお父様があたしが武装女中になることを認めてくれた。


「拾ったらちゃんと世話を見るようにいつも言うのだがね。いつも最後に面倒を見るのは私なんだ」


 って言ってたわね。

 最後にお目見えした時も相変わらず胃が痛そうな顔をなさっていたから少し心配ね。当たり障りのない報告書を送ることにしましょ。


 そんな風にね、あたしの中はリリオでいっぱいなの。

 もともと空っぽだったところに、リリオが踏み込んできて、ちっちゃなあたしの庭のあちこちに、ちっちゃな足跡で無遠慮に踏みつけまわって、泥だらけの足をあたしに拭かせるのよ。


 だから本当は、他の誰にもリリオの傍にいてほしくない。

 あたしにはリリオしかいないんだから、リリオの傍に誰も置きたくなんてない。


 でもあたしは残念なことに、主の成長を願うよき武装女中なのだ。三等だけどね。


 だからあたしは、主が真っ当に成長するために、少々の刺激を受け入れなければならないということを前向きに検討することを善処しなければならないということを持ち帰って……ああ、まあ、いいわよ、もう。うん。


 リリオが人間として、ちゃんとした人間として成長するために、多分、あのは必要なんだと思う。

 ウルウが人間として生きていくために、リリオが必要であるように。


 あの二人はたぶん、そうあるべくして出会ったんだ、なんていうと、運命論者みたいだけれど、でも割れ鍋に綴じ蓋というか、膨寄居虫シュヴェリパグロ虎口貝モルディコンクロというか、二人でようやく一人前なのよ、きっと。


 いえ、二人でも一人前のちょっと足りないわね。だから、あたしがそれをちょっと支えてあげるくらいで、ちょうどいい。そういうことに、してしまおう。


 あたしはクナーボが描いてくれた、あたしたちのパーティの紋章エンブレモの下書きを手に、早速パーティメンバーとのお茶会かいぎを開くことにした。


 紋章エンブレモには三本の百合が描かれている。上から背の高いクロユリ、奔放なシラユリ、そして一番下で華やかに土台を飾るテッポウユリ。


 あたしの名前はトルンペート。家名はない。生まれも覚えていない。親の顔も覚えていないから、ともすれば木の股からでもころりとまろび出てきたのかもしれない。


 そして今は、冒険屋をしている。








用語解説


膨寄居虫シュヴェリパグロ

 海棲の甲殻類。腹部は柔らかい袋状になっているのだが、魔力と生体内生成炸薬に満ちており、この魔力と炸薬によって鋏から衝撃波を打ち出すことで獲物を狩る超攻撃的な生き物。ただしその生態のせいで常に膨張し続けており、放っておくと自爆する。そのためこれを共生先である虎口貝モルディコンクロに咥えさせて、魔力を抑え込み、炸薬を食べさせ、適度に放散している。


虎口貝モルディコンクロ

 非常に大食いの二枚貝だが、動きが遅くその死因の大半は餓死。たいていの場合膨寄居虫シュヴェリパグロに腹部に食いつき、その魔力と炸薬成分を養分として頂戴する代わりに、柔らかい腹部を保護し、また自爆を防いでいる。なお膨寄居虫シュヴェリパグロが老いて養分が足りなくなるか、自身が成長して消費量が増えると共生先である個体をヴァリヴァリと食べてしまうため、なかなか緊張感がある関係ではある。


お茶会かいぎ

 女の子には砂糖とスパイス、それに素敵なものが必要なのだ。

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