第11話 鉄砲百合の葛藤

前回のあらすじ

お い ひ い !






 わたくしは迷っていました。

 鉄砲瓜エクスプロディククモの食べ過ぎのことに関してではなく、ウルウ氏のことに関してでした。


 ウルウ氏は今回の鉄砲瓜エクスプロディククモの採取に際しても、また奇妙な技を見せました。

 私からはその姿は亡霊ファントーモのように半透明に透けているように見えたのですけれど、お嬢様に言わせればあれは仲間であるからそう見えるだけで、そうでないものには全く消えてしまったように見える術なのだそうでした。


 姿も見えず、音も聞こえず、それは何とも恐ろしい術でした。

 もしもそのような術を心悪しきものが使えば、盗むも殺すも自由自在でしょう。盗まれたものは盗まれた後も、殺されたものは自分が死ぬ瞬間まで、相手のことに何一つ気づかぬままでしょう。


 恐ろしい。


 わたくしは恐ろしい。


 何が恐ろしいといって、お嬢様の言う通りならば、その恐ろしい術の使い手であるウルウ氏は、わたくしのことを仲間と認めているということなのです。

 それはあまりにも恐ろしいことでした。

 そのような強大な力の持ち主が、あまりにも無警戒に、あまりにも無防備に、心を開いてしまっているのではないだろうかと。


 もちろん、あれが偽装と言う可能性はあるでしょう。あえて心を許しているように見せかけているのかもしれません。そのようにしてわたくしの油断を誘っているのかもしれません。


 しかしその一方で、甘い甘い鉄砲瓜エクスプロディククモを口にして目を丸くし、ほんのりと目元を柔らかく細めて、匙を舐るように味わう子供のような様は、あれは、あれも果たして演技だったのでしょうか。


 掏摸の子供を見逃し、甘い果実に口元を綻ばせ、腹を満たして眠たげなお嬢様をからかっているこの姿は、全て、全て、演技なのでしょうか。偽物なのでしょうか。


 わたくしにはわかりません。


 そうなれば、不器用なわたくしにはもはや一つしか手段は思いつきませんでした。


「……?」

「ええ、左様にございます。今、このとき、この場所で、を申し込みます」


 鉄砲瓜エクスプロディククモ畑での採取を終え、帰り道の河原で、わたくしはウルウ氏に決闘を申し込みました。


 リリオお嬢様は目を丸くし、ウルウ氏も困惑した様子です。

 そうでしょう。わたくしだって、滅茶苦茶な事を言っていると思います。

 しかし、わたくしは不器用な人間です。心と頭が違う判断をしようとするのならば、体で決める外にやりようを知らないのです。


 拳で語り合えば分かり合えるなどと、そんな下らないことは申しません。


 けれど、はっきりと目に見える形で決着をつけなければ、わたくしは自分の中の迷いをどうにも止められないのです。ウルウ氏を受け入れるにしろ、拒むにしろ、わたくしには何かしら決定的な理由が必要でした。そして決闘は、それを決めるに一番適当な方法に思われました。


 何しろ、わたくしは戦うことでしか自分を証明することのできない人間でしたから。


「わたくしが勝てば、ウルウ様には今この時をもってお別れいただきます。ウルウ様がお勝ちになれば、わたくしは折れて諦めます」


 二択。

 二つに一つ。

 白か、黒か。


 そうして決めてしまわなければ、何も決めることのできない、不器用な人間でした。


「…………君を、倒せってこと」

「左様にございます」

「わたし、は、」

「いざ! 尋常に!」


 ウルウ氏の言葉を遮り、わたくしは袖口から取り出した投げナイフを左右一つずつ合わせて二つ、軌道を合わせて投げつけます。重なり合うように、僅かの時を置いて放たれるナイフはわたくしの十八番。一本目をかわしても、二本目がその陰に隠れて襲う。

 奇襲に奇襲を重ねる必殺の二撃!


「おっ、わっ!」


 しかし、それを容易く避けられる。

 わたくしからすれば武の刻まれた様子などまるで見られない動きで、しかしたやすく、ぬるりぬるりと避けてしまう。これだ。このわけのわからなさだ。


 わたくしはすかさずエプロン裏に仕込んだナイフを左右に四本ずつ、合わせて八本をつかみ取り、抜きざまに投げ放ちます。僅かずつに時をずらして襲うナイフは、しかしこれは囮。

 《自在蔵ポスタープロ》から取り出したるは落とし刀。刃に重心を寄せて作られた小型の刃の群れは、宙に投げれば必ず刃を下にして落ちていく、刃の雨。とはいえこれもかわされるだろうことは想定の内。

 踵を打ち鳴らし爪先に仕込んだナイフを飛び出させ、二連の回転蹴りで遠心力をのせて、左右のナイフを襲わせる。今までとは威力も速さも全く異なる鋭い二撃。これが本命。


 三種の刃をほとんど同時に重ね、前方と上方、二方向から襲う刃の牢獄。

 三等とは言え、こと投擲においてわたくしは負けというものを知りません。

 

 だと、言うのに。

 だというのに、この悪寒は、確信にも似たこの予感は―――!


、じゃない」


 刃の嵐の通り過ぎた後、そこには服の端さえ破れることなく、涼しげに佇む影一つ。


 水面に石を投げるように、影を靴底で踏みつけるように、まるで手応えなく、まるで意味を感じない。


「今ので勝負あったってことにしてもらえないかな」


 平然と、平静と、まるで何事もなかったかのように、まるで何事もなかったのだろう、この女はまっすぐあたしに歩み寄る。あたしの矜持プライドをずたずたに引きちぎり、あたしの心を恐怖で埋め尽くし、その上でなお、、歩み寄ってくる。


 それが癪だった。

 それが腹立たしかった。

 まるで自分ばかりが必至で、空回りしているみたいで、馬鹿みたいだった。


 あたしは自分の中で冷たい歯車がかみ合うのを感じた。

 すぐ目の前まで歩み寄ったこの女に、せめて一泡吹かせたかった。

 だからわずかに、ほんのわずかに立ち位置をずらして、ナイフを抜きざま投げ放つ。


 今度は避けられない。

 その確信があった。

 あまりにも汚い確信があった。

 何故なら。


「っ、りり、おっ」


 お前の後ろにはリリオがいるから。

 信用できないといいながら、信頼できないといいながら、確信にも似た心地で、私はこの女が避けないことを知っていた。

 その矛盾にきしむ歯車の音を聞きながら、私は追撃のナイフを手に取り、そして。


 そして。


「なん、でっ、そんな顔してんのよ……!」


 あたしには、投げられない。

 頬に一筋の、かすり傷程度でしかない小さな傷を受けて、それで、その程度のことで、子供みたいに怯えた目をしている相手に、あたしは振り上げたナイフを放てない。放てやしない。


「い、たい。痛いんだ。痛いよ」

「当たり前じゃない。痛いことしてんのよ。痛くしてんのよ。だから、いまさら、そんな顔すんな! そんな! そんな……!」


 こいつは、この女は、初めての痛みに恐れおののきながら、それでも、それ以上に、その痛みを人に向けることを恐れていた。手に持った何かの道具をとり落として、もう一歩もあたしに歩み寄れない。歩み寄ったら、傷つけてしまうから。


「あたしだって! あたしだって! あたしだって!」


 地団太を踏み、子供のように叫ぶ自分が滑稽だった。


「あたしだって信じたいわよ! 子供みたいに笑う顔を信じたい! 子供を助ける顔を信じたい! でも! あんたは! あんたは!」


 滑稽で、滑稽で、涙さえ出てくる。


「あんたみたいなの、怖いに決まってるじゃない……」


 竜種のように強大な力を秘めた生き物が、人間と同じような顔で笑って傍にいて、心穏やかにいられるものか。それがどんなに優しくたって、どんなに怯えていたって、弱い人間には、耐えられない。信じられない。


 けど。


「でも、リリオが、それでもリリオが、あんたを慕ってるなら、あたしは信じたい……」


 信じて、見たかった。

 夢物語を信じてみたかった。

 ばけものと友達になる、リリオの夢物語を、信じてあげたかった。

 リリオを信じてあげたかった。

 なにより。

 なにより泣きそうなばけものを信じてあげたかった。


 膝をつく私の肩を、柔らかいものがそっと包んだ。


「……信じて、なんて、言えないけど。でも、誓うよ。もしも私が君を裏切ったら、私はきっと心の臓を取り出して死んでしまおう。だから、だから」


 あたしは。

 あたしは、頷いた。


 泣かないで、とそういう女の声が、今にも泣きだしそうなほどの怯えて震えていたものだから。








用語解説


・夢物語

 ばけものが愛されることを願うのは間違っているだろうか。

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