第2話 亡霊と鍛冶屋

前回のあらすじ

ドブさらに店番、迷い犬に迷いおじいちゃんの捜索に疲れた人生に迷うリリオ。

耳が壊れそうなほどやかましい鍛冶屋街を抜けて、鍛冶屋へと訪れた二人であった。




 予想はしていたことだが、冒険屋稼業というのはまあ地味なものだった。


 名前こそ派手なものだが、事務所まで出して安定した仕事を受注するためには、便利屋と名乗った方がいいような細々とした仕事を受けていくほかにないだろう。もちろん、害獣の駆除といったいわゆる冒険屋らしい仕事というのも多いだろうが、それはきちんと信頼と実績のあるベテランが請けるべき仕事で、少なくとも私たちのようなペーペーが請ける仕事ではない。


 実力はあるのに、とリリオはぼやいているが、なにしろエクセルや計算能力のように数字で出せるようなものではない。こいつはこれこれこういう仕事をこなしたんですよという実績を積み重ねていかなければ、顧客の信頼は得られないだろう。私たちにはそれが圧倒的に足りない。


 それに、リリオには悪いが私にはどの仕事も新鮮だった。


 例えばドブさらい。運河から延びる水路や、下水道に詰まりそうになっているドブをさらうのだが、これがなかなか面白い。そりゃあドブだから汚いし臭いのだが、水路のつくりや下水道など、立ち入ることのできる範囲だけだが、興味深い作りをしている。管理人などに聞いてみても、とても古いもので詳しいことはわからないという。これは古代文明とか古代遺跡とかそういうファンタジーの匂いがするではないか。


 また店番。大抵雑貨屋のかみさんが産気づいたとか、老店主がぎっくり腰やったとか、また酒場で人手が足りないか給仕をとか、そういった事情から任されるのだが、様々な種類の店の裏側がのぞけてちょっと楽しい。見たことのない商品に触れることもあるし、そういった商品の値札などを見て字も覚えられる。


 迷子のペット探しは、これはかなり驚かされた。犬を探してほしいという依頼なのだが、似姿を描いた紙を寄越されてみてみれば、絵が下手なのかどうもモップにしか見えない。実際に探しに行ってみれば、見つけたのは何と毛むくじゃらの大蜘蛛である。それも本当に犬ほどのサイズのある蜘蛛で、見た瞬間悪寒が走るレベルだった。

 しかしこれは随分人懐っこいうえに、ふわふわの毛むくじゃらのせいで思ったほど蜘蛛らしくはなく、八つ足の犬と言えば確かに犬だった。むしろ慣れてくると愛らしくさえあって、私はふわふわの毛並みにおぼれかけてしまったほどである。


 犬というのはみな八つ足なのかと聞いてみれば、四つ足もたまにいると聞いたので、どうもちゃんとした犬もいるにはいるようだが、少数のようだ。

 では猫も八つ足なのかと聞けば、怪訝そうに猫は四つ足に決まっていると返されてこちらが首を傾げた。


「八つ足の猫なんて気持ち悪いじゃないですか」

「ああ、うん……?」

「まあ可愛いは可愛いですけど、私は断然犬派ですね」

「猫っていうのは、いわゆる猫でいいんだよね?」

「はあ、まあそうですけど?」


 きちんと聞けば、私の知る猫と一緒だった。絵もかいてみたが、相違ない。


「まあ猫はどこにでもいますよ。飼ってたり、野良だったり。ウルタールを通ってどこにでも住み着きますからね」

「どこだって?」

「ウルタールです」


 よくわからない話だったが、まあ猫はもともとよくわからない生き物だ。そういうものなのだろう。


 ある日、メザーガに呼び出されて話を聞いてみれば、いままでいわゆる冒険的な仕事を寄越さなかったのは、実績がないのもあるが、見すぼらしさにあったらしい。この前の戦闘で随分鎧が傷ついたから、確かにこのなりの冒険屋にたいそうな仕事は頼めない。

 私の方は無傷だが、こちらはこちらであまり強そうな外見ではないから、依頼もしづらかろう。


 メザーガのなじみだという《鍛冶屋カサドコ》とやらに出向いてみれば、待ち構えていたのは四つ腕に四つ足の、土蜘蛛ロンガクルルロとかいう種族の女だった。


 どっかりと腰を下ろして、ぷかぷかパイプをふかしながら新聞らしき真美束を覗き込んでいる姿は、まあ四十から五十くらいといった年頃で、前に見たコンノケンという氏族の男よりもがっしりとした体つきで、立てば背丈もそれなりにありそうだった。

 腕も前後で作りが違い、前の腕は少し細めで指が長く器用そうで、後ろの腕はかなり太く、力仕事に向いていそうだった。


 それとなくリリオを見れば、小さく頷いて教えてくれた。

「彼女はテララネオという氏族ですね。土蜘蛛ロンガクルルロと言えばテララネオという位、代表的な氏族です。鍛冶が得意で、山の神の加護を強く受けています」

「ついでに別嬪で腕自慢だよ」


 リリオの説明を受けていると、そのテララネオという氏族の女性は、がさがさと新聞をたたんで、私たちをじろりと見やった。


「なんだいなんだい細っこいのにちんまいのが入り口でこそこそと」

「すみません。メザーガの紹介で来ました」

「誰だって? メザーガ? ああ、そういやそんな話だったね。さあさお入り」


 カサドコと名乗った彼女は、非常に繊細な彫り物のなされたテーブルを乱雑に引きずって出してきて、これまた優美な彫り物のなされた椅子を適当に放り出して勧めてきた。


 座り心地も素晴らしい椅子に腰かけると、少しして奥から小柄な土蜘蛛ロンガクルルロの青年が、柔らかな微笑みとともに豆茶カーフォを出してくれた。


「ん、うまい」


 一口飲んでみれば、豆がいいのか焙煎がいいのか、それとも淹れ方がいいのか、こう言っては悪いがクナーボの淹れたものより、好みだ。


「そうだろうそうだろう。うちのさいは鍛冶はそんなだが、家事に関しちゃ他所様に自慢できる腕前でね」


 ちらとリリオを見れば、一つ頷いて。


土蜘蛛ロンガクルルロは基本的に女性の方が体格もよく力も優れて、男性は小柄で器用な方が多いんです。人族とは逆に男性が妻として家の事を仕切ることが多いですね」


 なるほど。種族でそういう点も異なるわけだ。八つ足に八つ目と言い、土蜘蛛ロンガクルルロというのは蜘蛛に似た種族であるらしい。


「それでなんだっけ。鎧を見てほしいんだったね」

「そうです。革鎧なんですが」

「なあに、うちは金物より革の方が扱いが多いんだ。冒険屋は、革鎧を好むからね」


 聞けば、騎士は金の鎧を、冒険屋は革の鎧を好むという。というのも、人間を相手にするより魔獣や害獣を相手にする事の多い冒険屋にとっては、防御力より敏捷性が大事であるから、動きやすく軽い革鎧の方が人気であるという。


 それに魔獣の素材を多く手にする冒険屋は、下手な金属鎧より優れた革鎧を着こむことも多いという。


 リリオが袋に入れて持ってきた鎧を私と、カサドコは片眉をぐいっと持ち上げて、感心したように鎧を検めた。


「ほーうほうほう、こいつは飛龍革じゃないか。それも白。珍しいねえ。ちんまいの、あんた辺境出かい?」

「ええ、成人の儀でこちらへ」

「そりゃあ、こんなにいい鎧を着れるわけだ」

「直せますか?」

「舐めるんじゃないよ、と言いたいとこだが、ずいぶん焼けちまってるねえ。なにとやりあったんだい?」

霹靂猫魚トンドルシルウロの主と取っ組み合いになりまして」

「大きく出たねえ……いや、まてよ。そういやあ、ずいぶんデカい霹靂猫魚トンドルシルウロが先月売りに出てたね」

「多分それです」

「はー、そいつはまた、そりゃあこんなにもなるよ」


 カサドコはしばらく頷きながら細い方の手で鎧を丁寧に調べて、それから顎をさすりながら唸った。


「随分いい仕立てだ。いい鎧だね。術の強化もある。下手に弄れないねえ」

「せめて見た目だけでもなんとかなるといいんですけれど」

「うーん……これなら、そうだねえ、表を少し削って、安く出回った質のいい霹靂猫魚トンドルシルウロの素材があるから、幾らか張り加えて強化したらどうだろうかね。そりゃあ飛竜の革と比べたらいくらか強度は落ちるけど、でも霹靂猫魚トンドルシルウロの革はしなやかだし、雷精にも水精にもよく耐える。滑りもいいから、下手な刃なら表面ではじけるだろう」

「それでお願いします」


 リリオは深く考えていない風にそう答えたが、これは単にモノを考えていないというのでなく、職人への信頼と、紹介したメザーガへの信頼からのものだろう。リリオは直観的に行動するきらいがあるが、それは往々にしてよい方へと導いていく。


「活きのいい霹靂猫魚トンドルシルウロがあったら、いい鎧になりますか」

「そりゃ、採れたての方が、加工の時間はかかるとはいえ、鎧に合わせて加工できるからね、そのほうがいいさね。これから獲ってくるってのかい?」

「いえ、手持ちが」

「ほう、《自在蔵ポスタープロ》か……お、こいつはまだ生きてるのか! すごいもんだねえ!」


 私はせっかくなので、以前獲っておいた霹靂猫魚トンドルシルウロの最後の一匹を取り出して渡した。あの時、実は四十匹とっていた。三十八匹は卸して、一匹は教わりながら自分でさばいてみた。そしてこれが最後の一匹だ。


「こいつはサシミが美味いんだ。丸まる寄越してくれるなら、安くするよ」

「構いません」

「よしきた。おーいイナオ! 今晩は猫魚シルウロだ!」

「お酒を買っておくね」

「うん、うん。そうだ、それにレドの奴がいま手が空いてただろう」

「革細工の?」

「そうそう、そいつ。そいつも晩飯に誘おう。あいつはサシミが好きだからな、鎧の細工を、手伝ってもらおう」

「じゃあお酒も、いっぱい買っておこう」

「うん、うん、頼んだよ」


 カサドコは実に嬉しそうに霹靂猫魚トンドルシルウロを受け取って、イナオという妻の青年の渡してほくほく顔だ。


「よーしよしよし、私は機嫌がいいんだ。剣はどうだい? 見てやるよ」

「剣は大丈夫だと思いますけど、どうでしょう」

「こいつはなんだ? ふーむむ……蟲の甲か? 随分硬い。だがしなやかだ」

大具足裾払アルマアラネオの甲殻から削り出しました」

「へーえ! こいつがねえ! あたしも見るのは初めてだ。聖硬銀より硬いってのは本当かい?」

「聖硬銀の剣で切りかかって折れたという話は聞きます」

「さすがにこいつはアタシも歯が立たない。でも柄が少し緩んでるね、こっちは直してやれるよ」

「お願いします」


 どうやらリリオの装備ってのは、私が思っていたよりもすごいものばかりらしい。

 この世界のアイテムの価値は判断できないところが多いので、この世界の住人の基準がわかる機会っていうのは大事にしていきたい。


「あんたはどうするね?」

「フムン」


 私の装備も聞かれたが、どうしたものだろう。ぶっちゃけ使う機会が全然ないので痛みようがないんだよね。


「……新しい武器が欲しいんだけど」

「どんな武器だい」

「手加減が楽な……うっかり殺してしまわないようなやつ」


 カサドコは私のつたない説明にまゆを上げ、そしてリリオを見やった。


「えーと、ウルウは恩恵が強いんですけど、あんまり喧嘩慣れしてないので、加減が苦手なんです」

「成程ね。いまは何を使ってるんだい?」


 何をと言われても困った。主武装があれだからなあ。

 一応取り出して渡してみると、妙な顔をされた。


「……何の冗談だい?」

「それが、私の武器」

「武器ったって……縫い針かなんじゃないのかいこれ」


 《死出の一針》。指先でつまむのが精いっぱいの小さな一針。それが私の主武装だ。

 普通に刺したところで精々血が出るくらいのこれは、しかし私が使えば、相手が生きている限りほぼほぼ確実に殺すことのできる、強力な即死効果の付与された武器である。


「これじゃあ殺すことはできるけど、手加減ができない」

「…………恐ろしい馬鹿なのかい? 恐ろしいサイコパスなのかい?」

「恐ろしい手練れではあるんです」

「はー……」


 カサドコは下手な冗談でも聞いたような顔で掌の上で《針》を転がし、そいしてうっかり落として慌てて取り上げようとして、動きを止めた。リリオもそれを凝視した。私もちょっと驚いた。

 鉄床に抵抗なくすとんと根元まで刺さった針を見れば誰だってそうなると思う。

 持ち手に膨らみがなければ多分貫通してどこまでも落ちていったと思う、これ。


「……冗談じゃないみたいだね」

「この通り私はいつも真面目だ」

「悪い冗談みたいな顔しやがって」


 カサドコはまるで抵抗なく鉄床から《針》を引き抜いて、それから奇妙なメガネのようなものを取り出してかけると、まじまじと観察し始めた。


「あれなに?」

「鑑定用の眼鏡ですね。装備に付与された術式や加護を読み取るようにできているそうです」


 便利なものだ。私も欲しいと呟いてみたら、目が飛び出るような値段を告げられた。ちょっと手が届かない。ゲーム内通貨を換金すれば買えるだろうけど。


「……なんだいこりゃ。なんだいこりゃあ」

「どうしたんですか?」

「こんなのは初めてだね。表示が読み取れないんだ」


 じろじろと《針》を眺める姿をぼんやりと見ながら、私は何となくその理由を察した。多分、で書いてあるんだろう。しかしそれを言ってもいいことはない。


「そろそろ返してもらっても?」

「あ? あ、ああ、そうだね、うん。わたしにはどうにもできんね、こりゃ」


 《死出の一針》を返してもらってすぐにしまいこむ。なくしやすそうで怖いんだよねこれ。


 他に使えそうな武器はどんなのがあるかと聞かれたけど、武器なんて使ったことがないので、素手と答えてみたら、リリオが何度もうなずいていた。「よく頭蓋骨をつぶされそうになります」などという。私が全力でアイアンクローかましてもびくともしない石頭が何を言いやがる。


「それじゃあたしにゃどうしようもないよ。拳鍔けんがくでもいるかい?」


 何かと思って見せてもらったら、メリケンサックだった。リリオへの突込み用に買おうかと思ったが、全力で首を振られたのでやめておいた。


 結局、リリオの装備だけ直してもらうことにして、その間の代用として数打ちの剣を一振り借りて、我々は店を後にしたのだった。







用語解説


・猫

 ねこはいます。


・ウルタール

 ウルサール、ウルサーなどとも。遠い地。歩いて渡れぬ隣。夢野の川の向こう。猫たちのやってくるところ。


・テララネオ

 土蜘蛛ロンガクルルロと言えば人が想像する、代表的な種族。山に住まうものが多く、鉱山業と鍛冶を得意とする。種族的に山の神の加護を賜っており、ほぼ完全な暗視、窒息しない、鉱石の匂いを感じるなどの種族特性を持つ。

 細工の得意な小さめの「掴み手」と頑丈で力の強い「掘り手」に腕が明確に分かれており、足腰ががっしりとしている。

 酒を好み、仕事以外にはやや大雑把。


・聖硬銀

 正確には銀ではない。古代王国時代に作られた特殊な金属で、非常に頑丈。現代では再現できていない。


・鑑定用の眼鏡

 魔道具。品物にかけられた魔術や呪いを読み解くもの。専門家でないと表示の意味は正確にはわからない。


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