第二章 鉄砲百合

第1話 白百合と冒険屋稼業

前回のあらすじ

冒険屋見習いとして事務所に所属することになったリリオとウルウ。

旅はまだ始まったばかりだ。





 メザーガ冒険屋事務所に冒険屋見習いとして所属するようになってから早一月がたちました。季節はもうすっかり夏といった感じで、氷菓が恋しくなる頃合です。


 私とウルウはすでに何度も依頼をこなし、もうかなりベテランの冒険屋としての風格を見せつけているような気がします。例えばそう、ドブさらいとか、店番とか、迷子のペット探しとか、迷子のおじいちゃん探しとか。


「なんか違いませんかこれ!?」

「何をいまさら」


 そりゃあ、冒険屋が華々しい仕事ばかりではないというのは知っています。むしろ地味で誰もやりたがらないような仕事ばかりだというのも。


 でもそれにしたってこういう仕事ばかり回ってくるというのはおかしくはないでしょうか。事務所の先輩冒険屋たちは魔獣や害獣の駆除なんかも請け負っているというのに、私たちはいつまでたってもドブさらいや店番や迷子のペット探しや迷子のおじいちゃん探しです。


 そりゃあそういうのも大事なお仕事ではあるでしょうけれど、でもそういうのは大概依頼料も安いし、さらに見習いということで、授業料という形で事務所にいくらか天引きされてるんですよこっちは。


「おちんぎん欲しいんですよこっちは!」

「やめろ」


 即戦力という言葉はどこに行ったのでしょう。

 ぐぬぬ。


 休日を頂いたけれど遊ぶお金もないので、《こんばっと・じゃーじ》を着てベッドの上でごろごろと悶えていましたが、ウルウは別に気にもしていないようで、同じようにベッドに寝そべったまま何やら分厚い本を読んでいます。


「ウルウは不満に思わないんですか?」

「『こういう事は、きっと誰かがどうにかしてくれると誰もが無責任に思ってやがる。当事者でさえ誰かどうにかしてくれと願うばっかりだ。その誰かが冒険屋なんだ。その誰かが俺達なんだ。何せ俺達は、誰が言うでもないのに冒険したいなんて酔狂なんだからよ』」

「そうは言いますけどねえ」


 ウルウがちらとこちらを見てそらんじて見せたのは、おじさんことメザーガの語る冒険屋論でした。はやく冒険したいと願うクナーボも同じ文句で誤魔化されていますけれど、私は誤魔化されません。それなら先輩方がそういう私たちもしたくないドブさらいとか店番とか迷子のペット探しとか迷子のおじいちゃん探しとかすればいいのに。


 そもそもウルウに不満がないのは、もっぱら後ろをついてくるだけでほとんどの仕事を私がしているからなのではないでしょうか。いくらウルウ贔屓の私としても、さすがにちょっとは不満も溜まってきます。

 私がぷんすこしていると、ウルウはのっそりと体を起こして、面倒くさそうに私を見ました。


「第一、そんなに稼がなくてもお金はまだいっぱいあるじゃない」


 それは、まあ、そうです。遊ぶお金もないとは言いましたけれど、実際のところ霹靂猫魚トンドルシルウロ狩りで頂いた報酬はまだかなり余っていますし、ウルウから預かった金貨も換金は済んでいないものの相当な額になりそうです。


 しかしあれらは今後のためにも取っておきたい大事な軍資金です。


 それに本音を言えばおちんぎんよりやっぱり冒険したいのです。


「私からすれば大分冒険してるんだけど」

「そうですか?」

「ペット探しとか」

「あー」


 そういえば、ウルウは迷子のペットにかなり物珍しがっていました。

 先日請けたのはお金持ちの商人の娘さんが、ペットの犬が迷子になってしまったので探してきてほしいとの依頼だったのですけれど、ウルウは犬を見たことがなかったのか、「これが犬?」と首をかしげていました。


 まあこういう愛玩犬というものは、私の愛する牧羊犬とは違ってちょっと頭の足りない子ですからね、ウルウが困惑するのもおかしくありません。

 この件で探したのは、八つ足のふわふわとした毛長種の犬だったのですけれど、人懐っこく誰にでものしかかって甘えるので、下町で可愛がられているところを発見しました。


 ウルウは犬に慣れていないのか最初は思いっきり怖がっていましたが、ふわふわとした毛並みにのしかかられてその毛並みを堪能しているうちに、「あーむり、これはむり」と毛の中に沈んでいきました。あれは貴重な光景でしたね。


 でも私にはあまり物珍しくもないので、そろそろ飽いてきました。依頼報酬のついでに感謝のしるしとして氷菓をご馳走してもらえたのは嬉しかったですけれど。


 私たちがそのようにのんべんだらりとしていると、ノックの音がして、クナーボが顔を出しました。


「あ、お二人ともいらっしゃいますね。おじさんがお呼びですよ」


 はて、なんでしょうか。


 私たちが着替えて寮から事務所に向かうと、おじさん、じゃなかった、メザーガがデスクで書類を仕分けているところでした。


「おう、来たか。調子はどうだ」

「相変わらずですよ。そろそろ錆びちゃいそうです」

「だろうと思ってな」


 おじさんは苦笑いを浮かべながら、書類を繰る手を止めました。


「ようやく先方の都合がついてな」

「先方?」

「お前、この前の霹靂猫魚トンドルシルウロで随分やられただろう」


 まあ、そうです。私自身のダメージは全然残らなかったのですが、さすがに焼けて焦げ付いた鎧なんかはそのままだったのです。使用するのに問題はありませんが、やはり見栄えはよろしくないです。


「耐久性も不安だし、何しろ見すぼらしいと客も不安がるんでな、修理を頼んでいたんだ。それがようやく都合がついたのさ」


 なんと、そのようなことを考えていたようです。

 というかそういうことを全然思いつかなかった私はポンコツなのでしょうけれど。


「ついでに新調できるものがあれば見てもらうといい。俺のなじみの店だ。頑固だが、腕はいい」


 そういってメザーガが放ってきた紙片を受け取れば、簡単な地図と、店の屋号が書いてありました。裏書にはメザーガのサインも。


 その地図を頼りにやってきたお店というのが、鍛冶屋街にある一軒の鍛冶屋でした。


「―――――」

「え!? なんですって!?」


 何かぼそぼそと言っていたウルウは、首を振って耳を押さえました。言いたいことはわかります。


 街を貫く川の西側にある鍛冶屋街は、利便から言って川の傍に張り付く形で伸びているのですが、なにしろともすれば川向いからも聞こえる騒がしさです。槌を打つ音、何かを削る音、職人たちの怒号、そういったものが入り混じってかなりの喧騒です。


 もともと声の小さなウルウの言葉はまるで聞こえません。


 でも不思議なことに、こういうところは少しもすれば慣れてしまって、互いの言葉をうまく拾えるようになってくるのです。


 私たちは少しの間、耳を慣らすために、そして物珍しさから鍛冶屋街を歩き回り、そうして程よい頃合を見計らって目的の鍛冶屋に入りました。


 看板には鉄床かなどこの絵。《鍛冶屋カサドコ》というのがその店の名前でした。





用語解説


・おちんぎん

 誰もが欲しがる魅力のあいつ。


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