第12話 森の悪意

前回のあらすじ

世界は悪意に満ちている。

そのことを忘れていた閠をあざ笑うように、森の悪意は少女リリオを襲うのだった。





 亡霊ファントーモはあの夜のことを、またすっかり寝入ってしまったことを恥じているのでしょうか。


 私が不思議な果実を朝食にと食べている間、うずくまったまましばらく身もだえして、それからなんだか諦めたようにどこからか取り出した果実をしゃくしゃくと齧り始めました。


 昨夜は鴨鼠ソヴァジャラートの肉に泣くほど感動していたのですし、こんなにおいしい果実を食べているのならもっと美味しそうにしてもいいと思うのですけれど、亡霊ファントーモは手早く食べてしまいました。両手で果実を持ってしゃくしゃくと食べる姿は鸚哥栗鼠パパスシウロみたいでちょっとかわいかったですけれど。


 心なしちょっと距離が遠ざかった気はしますけれど、亡霊ファントーモはちゃんと私の後をついてきてくれました。最初はなんだか不気味で、不思議で、落ち着かなかったものですけれど、今はついてきてくれないと逆に落ち着きません。


 あれです。野良犬が微妙に懐いてきた時の感じと一緒です。餌は食べてくれるのですけれど、手からは受け取ってくれませんし、ある程度の距離にも寄ってくれないのです。それがだんだんと距離を近づけていってくれた時は本当に胸の奥から愛らしさが込み上げてきたものです。まあ私の胸は薄いので奥まですぐそこなんですけれど。


 一度ふらっと姿を消しましたけれど、またすぐに戻ってきたので、ほっとしました。ちゃんと追いついてこれたことに、おりこうさんですねー、と思わず完全に犬相手の対応をしそうになって堪えた私の自制心を褒めてもらいたいです。


 何しろ私は犬が大好きなのです。

 犬と言っても街でお金持ちが買っているような愛玩犬ではなくて、牧場で羊たちを守っている牧羊犬のことです。


 私の実家の近くに牧場があって、よく遊びに行ってはそこの牧羊犬に構ってもらったものです。

 いまはさすがに体が大きくなって無理ですけれど、小さなころはよくそのふかふかの背中に乗せてもらって、羊たちが草を食みに上っていく急斜面の山肌をかけてもらったり、お勉強をさぼって抜け出したことに気付いた女中が探しに来た時には足を借りて逃げ回らせてもらいました。


 犬というものは全く賢く心優しい生き物で、牧畜の神ファウノが人々の為に生み出して遣わしたのではないかと言うほどで、ともすればお嬢より頭がいいんでねえかと女中に真顔で言われたくらいでした。頷けなくもありません。


 亡霊ファントーモは気難しそうですしまだあまり懐いてはくれていないですけれど、賢そうですし、綺麗ですし、大柄な所や黒いところもあの牧羊犬とよく似ていました。まだ家から出てそんなに経っていませんけれど、なんだか無性に懐かしくなってきました。


 足速丸ラピーダと名付けられたあの牧羊犬は、私の知る牧羊犬の中でも一等足が速く、二本の足でも時々絡ませて転んでいた幼い私を背負って、八本の足を実に滑らかに動かしてすいすいと険しい山肌を駆けてくれたものです。

 また子供ができた時には、飼い主以外には警戒して見せてくれない卵から生まれたばかりの赤ちゃんを見せてくれ、抱かせてくれもしました。そのことを自慢したら、出来の悪ぃ仔犬と思われてんだべさ、と冷たい目で見られてしまいました。可能性は大です。


 亡霊ファントーモも気を許したら抱きしめさせてくれないでしょうか。さすがにあのもふもふの毛並みは味わえないかもしれませんが、寂しがり屋の私としてはそろそろ他人の温もりが恋しくなってきました。


 まあでも、もうすぐ森を出てしまいますし、それまでにそのくらいに距離を縮めるのは難しいでしょう。亡霊ファントーモがどういうつもりで私の後をついてきているのかはわかりませんけれど、森の外まで一緒に来てくれる保証はありません。旅の道は出会いの道。そしてまた別れの道でもあります。旅をしていく以上、必ず誰かと出会い、そして別れていかなければなりません。寂しさもまた旅の土産と兄は言っていました。だから、仕方がないといえば仕方がないのです。


 それでも、私はなんだか、放っておけないなあ、とそう思うのでした。

 傷ついて、お腹を空かせて、それでも精一杯に自分を大きく見せながら、雨の中じっと黙って佇んでいる一頭の仔犬のように見えて仕方がないのでした。きっとそれは私の勝手な想像でしかなくて、亡霊ファントーモは迷惑に思うかもしれません。


 けれど。

 それでも。

 だけれども。


 もしも勝手が許されるなら、私はそんな彼女にそっと傘を差してあげたい。暖かな布で包んで、柔らかい食べ物を与え、傷が癒えるまで隣にいてあげたい。

 昔から私はそうでした。命に責任を持てないのならば手を出してはならないと昔から言われ続けて、それでも堪え切れず野良犬や野良猫に手を指し伸ばし、何度も引っかかれたり噛みつかれたり、時には力及ばず死なせてしまったりしながら、それでもまだ諦め切れずに同じことを続けている、どうしようもないポンコツなのです。


 だから、きっと、なんとしても、なんて。

 そんなことを考えていたからでしょう。


 私は私なりの警戒や慎重さというものさえ、道に置き忘れてきてしまったようでした。

 木々の幹に刻まれた縄張りを示す爪痕にも気付かず、私は不用心にその領域に立ち入ってしまったのでした。


 最初に気づいたのは、でした。


 あまりの静けさに、私ははっとして足を止めました。獣の身じろぎ、鳥の鳴き声、虫のざわめき、木々の葉擦れ、そういった音がいつの間にか、恐ろしいほどの静けさの中に消えていたのでした。森の豊かな魔力さえも今は凪いだように静かで、自分の心臓の音さえはっきりと聞こえるほどの静寂が、私がすでにの爪の届く距離にいることを確信させました。


 木々の隙間を足音もさせずにのっそりと現れたのは、一頭の巨大な魔獣でした。


 四つ足の今でさえ私を見下ろす巨体なのです。立ち上がれば大の大人よりもはるかに巨大なのでしょう。しかしその大きさと裏腹に、この魔獣は全く足音をさせず、ぞっとするほど気配が希薄でした。濃密な魔力があたりの大気に干渉して、音を殺しているのです。


 艶のない暗色の羽毛とその下の分厚い筋肉は生半な矢を通さず、長い前脚に備わった太い爪はそこらの木など容易く圧し折れるほどと聞きます。見開かれたような丸い目はどんなに深い夜の闇も見通し、音を殺して獲物に近づき、逃げる間も与えずに食い殺す森の捕食者。


 熊木菟ウルソストリゴ


 出遭ったなら必ず逃げろ、その時お前がまだ死んでいなければ。森のことを教えてくれた猟師は私にそう言いました。熊木菟ウルソストリゴとはそういう、素人が戦うなんてことを考えてはいけない類の生き物なのです。


 幸い、かなり距離がありますし、出会い頭でまだ向こうもこちらを窺っている段階です。初夏ともなれば雪解けの春先と違って飢えに困っているということもないはずです。私は目を合わせたまま、敵意がないことを示すようにゆっくりと後ずさり始めました。


 鹿雉セルボファザーノのときはこれでなんとかなりましたけれど……駄目みたいです。


 熊木菟ウルソストリゴはゆっくりと立ち上がり、おもむろに前足を振り上げて、大きく後ろに振りかぶりました。ただの獣であれば威嚇と思うかもしれません。しかし相手は魔獣なのです。それは私を獲物と見定めた、必殺の攻撃の動作でした。


 避けなければならない。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない以上、全力で避けなければならない。


 


 私はその時、とっさに思ったのでした。


「――」と。


 私の背後には、木々を見上げて興味深そうに眺めている亡霊ファントーモの姿がありました。まだ熊木菟ウルソストリゴにまるで気づいていない、彼女の横顔が。


 私の体はもうとにかく勝手に動いて、その体を力いっぱいに突き飛ばしていました。

 呆気にとられたような彼女の顔によかったと安堵した瞬間、私の体は横合いから見えない何かに殴りつけられたように激しい衝撃に襲われ、めきべきぶちゅんと内側から致命的な音をいくつも響かせて、そして地面に叩きつけられたのでした。


 痛い、というよりももはや熱いと言った方がいいくらいでした。衝撃のあまり息が詰まり、身動き一つとれず、目の奥がちかちかと瞬きました。指先がすうっと冷たくなって、ぴりぴりとしびれて、それから飽和していた痛みがようやく感じられる程度までに落ち着いてきて、全身から悲鳴が上がりました。


 何とか顔を上げると、そこには尻もちをついたまま私を見下ろす亡霊ファントーモの姿がありました。少し、私の血で汚してしまったようですけれど、彼女には怪我はないようです。


 よかった。


 私はほっとして一つ微笑んで、それから逃げるように伝えようとしたのですけれど、声を上げようとすれば体の内側で折れた骨がどこかに引っかかったのか、猛烈な苦しさとともに血を吐き出すことしかできませんでした。


 困ったな。せっかく助けられたのに。逃げて。あなただけでも。

 咳き込む私を見下ろしながら亡霊ファントーモはゆっくり立ち上がり、それからゆっくりと熊木菟ウルソストリゴに顔を向けたのでした。

 そっちじゃない、駄目、そう言いたいのに、私の体は動いてくれません。


 亡霊ファントーモは軽く小首を傾げて、それから外套を軽く払って、乱暴なしぐさで頭をかきました。


 そして私は、初めて彼女の声を聞いたのでした。

 それは思っていたよりも少し低くて、思っていたよりも余程不機嫌そうで、そして思っていた通り、とてもきれいな声でした。



「本当に、どこの世界も、どいつもこいつも、どうしてこう――」



 久しぶりに感情が乱立して整理するのも大変だが、まあ大別して怒りと苛立ちと不満と、まあそこらへんだと思う。


 前の世界もこうだった。有象無象有形無形の悪意に満ちていた。

 呪いに満ち、痛みに満ち、満ち満ちていた。満ち溢れていた。

 溢れ出た悪意で、呪いで、痛みで、取り巻く全てまで汚染されていた。

 その悪意の中で生きていくことを当然のように要求された。

 あまりにもありふれた悪意こそが私にとっての世界だった。

 どいつもこいつも私の道を塞いで邪魔して汚して遮って、安穏の地は四畳半にも満たない画面の中だけだった。


 私はそれを受け入れてやった。生まれた時から満ち溢れていた悪意の海で、 悪意を吸い、悪意を吐き、悪意を食み、悪意を吐き、悪意を見て、悪意を吐き、悪意を聞き、悪意を吐き、悪意に触れ、悪意を吐き、悪意の反吐に浸されて生きてきた。


 抗っても仕方がなかった。そうある世界で、そうでない生き方を探すなんて浪漫を求めるには、私はいささか小賢し過ぎて、どうしようもなく臆病だった。


 だから嬉しかった。そんな世界とおさらばできて本当に幸せだと思った。本当に本当に幸せだと思った。けれど、どうやら人間が行ける所は、人間が生ける所は、或いは命のある限り、どこもかしこもどいつもこいつも悪意というものに侵されているらしい。


 ならまた諦めるのかと言えば、そう簡単にいくほど私は諦めがよろしくないらしかった。最初から無いものを嘆くことはできない。けれど、与えられたと思ったものを、目の前で奪われたのなら、それは堪えようのない苦痛だった。


 私にとってこの世界は希望だった。この世界は夢だった。この世界は浪漫だった。すべてがうまくいくなんて思ってはいなかったけれど、それでも、きっと素晴らしいものが待っているのだとそう信じたかった。それが、それがこんなことになるというのならば、私は断固としてそれに抗わなければならなかった。


 それは怒りで、それは苛立ちで、それは不満で、それは悲しみで、それは驚きで、それは愛しみで、それは心配で、それは悔しみで、それは憎しみで、それは、それは、そう。


 ――ふざけるな、という叫びだった。


「ふざけるなよ熊もどき。トチ狂った顔しやがって、肥え太った程度で猛禽類が人間様に牙むいてるんじゃないぞ牙もない癖に」


 かつて私は悪意に抗う術を持ち合わせていなかった。身をかがめて透明な嵐が通り過ぎるのを怯えて待たなければならなかった。透明な幽霊になって隠れ潜まなければならなかった。


 でも今は違う。誰が与えてくれたか知らないけれど、今の私には規格外の体と、馴染みに馴染んだゲームの仕組みが備わっている。


 私は《隠蓑クローキング》を解除してフクロウ面の熊の前に姿を現し、挑発するように拳を振り上げてヘイトを集める。


 熊もどきは私に気づき、早速攻撃を開始する。大きく腕を振り上げてこちらに振るうと、私の体は勝手に反応して回避動作を取っている。ゲーム時代も回避判定は自動だった。範囲攻撃でもなければ私の体はいくらでも回避してくれるだろう。どうやら風の刃か何かを飛ばしているらしい攻撃を私の体はするするとよけながら接近していく。


 自慢でも何でもないどころか全くの自虐だが、私は運動神経が全くないので、自動で動いてくれるのはありがたい。


「全く。全くくそったれめ。私は戦闘なんて苦手なんだ」


 そして鈍いのは運動神経だけでなく、ゲーム内での戦闘も得意ではなかった。というか余り興味がなかったから戦闘技術を高める必要がなかった。ごり押しでやっているだけでも経験値は入るし、時間さえかければレベルは上がる。金さえかければ装備も手に入る。


 さて、私の《職業ジョブ》、《暗殺者アサシン》系統の最上位職である《死神グリムリーパー》は、極めて強力な能力を持っていたけれど、極めて強力過ぎる故にか、かなりの制限を受けた状態で実装された。初めの内は謳い文句に惹かれるものも多かったが、実体が知れていくうちに誰も選ばなくなった。はっきり言えば、《死神グリムリーパー》は産廃職だった。


 基本的に即死耐性を持ち合わせているボスキャラクター相手にも通用する《貫通即死》という特性を持った専用武器が《死神グリムリーパー》には用意されていた。これを使用すれば、場合によってはソロであっても強大なボスを瞬殺できる。その強力さ故、入手する難易度も最高クラスと言ってよく、そこまではまあ十分理解できる範囲だった。廃人レベルのプレイヤーにとってその程度の難易度はいつものことだ。


 問題はその武器を入手できたとして、肝心のその武器自体にかけられた制限だった。


 いま私がこの手に握っている――というよりは、そっと摘まんでいる一本の細い針こそが、《死神グリムリーパー》専用武器である《死出の一針》だ。その特殊効果は、例え即死耐性を持つボスキャラクターであろうと問答無用で即死させる《貫通即死》。


 ただしその効果は、『低確率で発生する会心の一撃クリティカルヒットが決まった際に低確率で発生する』というものだった。低確率×低確率。およそ発生を期待できない超低確率である。


 フレーバーテキストにはこうある。


 ――何者であれ死神の持つ一針を恐れぬ者はなかった。髪の毛の先程の、ほんの小さな一点を刺されれば、ただそれだけで偉大な王も道端の乞食も、分け隔てなくその命を散じるのだった。 


 もとより素早さアジリティ器用さデクステリティを伸ばして、高速の連撃と会心の一撃クリティカルヒットの連打で敵を削るのが《暗殺者アサシン》系統だ。通常戦闘を挑んで、運が良ければ《貫通即死》が発動して時間を短縮できる、という程度に考えられればまだよかった。最上位職だけあって素の能力も高いのだ。


 だがここでさらに要らぬ制限がついていた。


 武器にはそれぞれ武器攻撃力が設定されている。高レベル上位職専用の武器ともなればレア度もさることながら強力な特性や高い攻撃力は当然のものだ。


 しかし、《死出の一針》はそうではなかった。


 見た目通りのただの針でしかないこの武器に設定された武器攻撃力は、僅かに〇・一。森で拾える最弱の武器木の枝の武器攻撃力三という記録を大幅に更新する最弱っぷりだった。

 これではいくら素早さアジリティに任せて連撃しようと、器用さデクステリティにまかせて会心の一撃クリティカルヒットを繰り返そうと、お話にならない。


 専用武器の特殊性を除けば、いくらかスキルが魅力的なものもあるものの、総合的には微妙な上位互換でしかない《死神グリムリーパー》は瞬く間に廃れた。もともと隠れ潜むスキルが豊富なこともあって、同じ《死神グリムリーパー》の私でさえ、サーバー内で三人くらいしか知らない。


 では私はこの凶暴な熊もどきに抗う術がないのか、というと実はそうではない。長々と語ったのは、私がそんな運営のくそったれな制限という悪意に負けずに打ち勝った、数少ない武勇譚のためだ。


 私は《死神グリムリーパー》の持つ隠れ潜む《技能スキル》がどうしても欲しかった。私の人様のプレイを眺めて悦に浸るという悪趣味なプレイスタイルを確立するためにはどうしても欲しかった。だから、戦える術を探した。


 その結果が、この体だ。


 私は軽々と熊もどきの攻撃をかわして、針の届く距離までを一息に詰める。たとえこの熊もどきの爪がどれだけ鋭かろうがどれだけ力強かろうが、そんなものは当たらなければ意味がない。そして蓋然性が介入する限り、私に攻撃が当たることはない。


 まともに戦闘をしようと思えば伸ばさざるを得ない力強さストレングスを完全に捨てて、私のステータスは素早さアジリティ器用さデクステリティを重点的に、そして本来補正的なものである幸運値ラックを最大限まで極振りしている。装備も攻撃力など全く考えずに、全て幸運値ラックが最大限伸びるように組み合わせてある。

 攻撃力がまるで上がらない中、アイテムと回避率だけを頼りにごり押しで敵を倒して経験値と素材をかき集めて、途方もない時間と不毛なほどの労力をかけて、そしてようやくできたのがこの選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサーが一柱。


 結果として、私の素の回避率は驚異の


 回避しようのない範囲攻撃や、拘束された状態や大多数から囲まれて逃げ場のない状態でもなければ、サイコロを十度振ろうが私には指先さえも届きはしない。奇跡を何度か重ねてようやく届くレベルだ。それでもPvPで何度か死んだ経験はあるが……。


 さて、そんな幸運値ラック極振りの私が運頼りの《死出の一針》を扱った場合どうなるか。


 答えは決まり切っている。



 熊もどきの胸元、かすかに光る一点に、私の摘まんだ針がそっと差し込まれる。空気にでも差し込んだようなあまりにも軽い手ごたえとともに、しかしあまりにも致命的な何かを貫いた感触が、私の手元に残った。


 その全身に満ちていた活力が瞬く間に抜け落ち、熊もどきの体がずるずると地に沈む。


 血も流さず、声も上げず、苦しむ間もなく、ただただ、殺す。

 戦闘でも何でもない、一方的な死亡宣告。それこそが、極まった|死神《グリムリーパー》の至る所だ。


 すでに何もできないに興味はない。


 私は足早に少女のもとに駆け戻り、ポーチから回復薬を取り出す。ゲームではHPヒットポイントがわずかに一しかなくても回復したのだ。死んでさえいなければまだ間に合うはずだ。


 私は回復薬の瓶を少女の口に当てがったが、意識が朦朧としているのか、それだけの力がないのか、飲んでくれない。回復薬はフレーバーテキストによれば飲み薬であって、振りかけることではあまり効果が期待できそうにない。


 頭を掻きまわし、そして仕方がないと肚を括った。


「動けないのが悪いんだ。あとで恨むなよ」


 私は瓶の中身をあおり、少女の頤を持ち上げる。

 生憎と、他に方法は知らなかった。






用語解説


鸚哥栗鼠パパスシウロ

 小型の羽獣。素早く動き回り、主に樹上で生活する。木の実や種子などを好んで食べ、虫なども食べる。


・牧羊犬

 牧場などで羊を誘導したり、外敵から守ったりするために飼われている。主に八足で、卵生。


熊木菟ウルソストリゴ

 羽獣の魔獣。風の魔力に高い親和性を持つ。大気に干渉して周囲の音を殺し、巨体に見合わぬ静けさで行動する森の殺し屋。風の刃を飛ばす遠距離攻撃の他、大気の鎧をまとうなど非常に強力。肉は特殊な処理をしなければ、不味い。


・《死神グリムリーパー

 産廃職。特殊なスキルや《貫通即死》の専用装備以外は《暗殺者アサシン》系統の微妙な上位互換で、肝心な専用装備も普通に使おうと思うとまるで意味がない。尖り過ぎたステータスのものでもなければ使えないうえに、その尖り過ぎたステータスだと即死無効の無生物に対抗できない。

『アジャラカモクレン、キュウライス、テケレッツのパーっ!』


・《死出の一針》

 クリティカルヒット時に低確率で発動という超低確率でしか発動しないけれど、即死耐性持ちでも問答無用で殺す《貫通即死》という特性を付与された武器。しかしあまりにも武器攻撃力が低く、その取得難易度もあって産廃でしかない。

『何者であれ死神の持つ一針を恐れぬ者はなかった。髪の毛の先程の、ほんの小さな一点を刺されれば、ただそれだけで偉大な王も道端の乞食も、分け隔てなくその命を散じるのだった』


・極振り

 ステータスを一つ、または少数のみ極端に伸ばすことを言う。


・《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー

 《エンズビル・オンライン》において、極振りをはじめとした尖り過ぎた性能を鍛え上げた廃人諸君を畏敬と畏怖とドン引きを持って呼び習わすあだ名。またその面子の所属するギルド。キャラも狂っているしプレイヤーも狂っているともっぱらの噂。酔狂で大規模PvPに参戦した際に敵味方問わず盛大な犠牲者を出しているはた迷惑な面子。


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