第1話 命の重さはいつだって自分重心だ

4月上旬、今日は始業式だ。

憂鬱でありながらも新たな学年に期待を抱く少女、彼女は餅田もちだ 美月みつき

ごく普通の女子高生だ。

長い校長の話も終わり、ホームルームの時間だ。


担任が教室に入り、友達との話を切り上げて席につく。


「…………」


なんだか重々しい表情だ。


「……伝えにくいことだが、しっかりと聞いてくれ」


まさかと思った。

去年も入学早々聞かされた―――――――、


「育成される生徒がこのクラスから選ばれた……」


そう、『少数若者育成政策』だ。


「え……?」


たった四十人のクラスだ。

選ばれる確率は高い。

だが、美月には自信があった。


「その生徒の名前は―――――――」


愛されて育ったのだ。

お父さん、お母さんが私を見捨てるわけない、そう信じていた。


「餅田 美月だ」


だが、それは無惨に散った。

たった一言、一度、名前を呼ばれただけで……


「……え?」


突然のことで頭が混乱する。


「そ、そんなはず……」


「先週まで候補だった金木だが、引き取り先の親が決まったということで取り下げた」


「そ、そんな……」


周りは「良かったぁ」とか泣いたり笑ったりで歓喜している。


「……な、なんで?なんで私なんですか!」


「……お前のご両親が了解したからだ」


その言葉はとても鋭かった。大好きだった両親に見捨てられたという事実が美月の体を貫いた。


「え……あ……」


「美月は明日、家に迎えが来る、今すぐ帰って準備をしなさい」


あまりにも冷たく、サバサバした担任の声。


毎年生徒が選ばれているのだ。美月はその中の一人というだけ……。だが、友達までもが笑っているのを見ると涙が止まらなかった。


「くっ!」


美月は荷物を掴んで教室を飛び出した。廊下を逃げるように走った。そのせいで別の教室から出てきた人にぶつかってしまう。


「あ、す、すみません……」


「あ、大丈夫?」


ぶつかったのは片目が髪で隠れた男の子だった。彼はぶつかって転んだ美月に手を差し伸べてくれた。


「あ、ありがとうございます」


美月はその手につかまって立ち上がる。


「……もしかして、君も選ばれた?」


涙を見たからだろうか?男の子は優しく聞いてくる。


「君もってことは……」


「うん、僕も選ばれたんだ」


男の子は微笑む。


「人が選ばれた時は小馬鹿にしたってのに、いざ自分が選ばれたらこんなに怖いなんてね……馬鹿らしいよ」


「私も、怖い……」


「そっか、じゃあまた明日会おうね」


「…………」


何も言えなかった。明日会うということは政策の対象になって連れていかれるということだ……。


手を振って去っていく男の子をただ、見つめることしか出来なかった。



家に帰ると、誰もいなかった。荷物もなくなり、美月自身のものしか残っていなかった。


「…………そんな」


両親に見捨てられた、それを物語る風景に美月は絶望した。


自分にはもう、行く場所はない。その真実だけが美月の手を進ませた。


その日の夜、また涙が溢れてきて眠れなかった。あっという間に夜が終わり、朝が来る。

涙で目が腫れているがもう、逃げたりはしない。


どうせ逃げる場所なんてないから……。


迎えが来る前に美月は荷物を持って家の前に座り込んだ。


しばらくして一台の車が近づいてくる音がした。その音は美月の前で止まる。


「おや?チャイムを鳴らす前から出てきているなんてなかなえ往生際が良い奴だ」


車から降りてきたのは金髪の青年だ。


「育成のしがいがありそうだな」


「おしゃべりはいいから早く連れて行って」


「失礼、では、お乗り下さい」


青年はドアを開けてどうぞ、と笑う。

抵抗する訳もなく、美月は乗り込む。


美月が乗ったのを確認して青年はドアを閉めて運手席に座る。


「では、出発します」


「…………」


ただただ車の中には静寂が流れていた。



どれくらいだっただろうか……。


「着いたよ」


その声で意識が戻る。


「お目覚めかい?」


「………寝てないし」


「……そっか」


青年が開けてくれたドアから外に出る。いや、運転できるということは青年ではないのかもしれない……。


「ほら、ここで君は生活するんだよ」


美月の目に映ったのは巨大なドーム状の建物だった。


「…………なにこれ」


「中からは外は見えないし出られない、室内でも朝昼晩、春夏秋冬をしっかりと再現してくれる最新技術を詰め込んだ施設だよ」


「…………そ」


そっけない返事で美月は歩き出す。


「本当に連れないなぁ」


青年も横に並んで歩く。

その間、会話はなかった……。


「では、一旦眠ってもらうからね」


どうやら逃げ出されないように建物に入る時は眠らせられるらしい。脱出経路なども完全に分からないようにするためだろうか。


「いいよ……」


美月は青年に注射を刺される。だんだん意識が薄れていき、足に力が入らなくなって崩れ落ちる。視界がぼやけてよく見えなかったが誰かに支えられた感覚があった。




「二度目のお目覚めだね」


「だからさっきは寝てないってば……」


目覚めたのは教室のような場所だった。


「あなた、変なことしてないわよね?」


「してないよ?ぼく、三次元には興味ないから」


本心か嘘かもわからない表情で青年は言った。


「…………ほかの人は?」


「みんな広場にいるよ?」


「そっか……」


青年に案内してもらって建物から出る。


外には柔らかな風が吹いていて日差しも暖かい。ドームの中だとは思えない。


と、広場の方からなにか聞こえてくる。


「あ?誰に喧嘩売ってんだァ?」


「お前だよ」


「あ?ふざけてんのか?」


美月は急いで広場に向かう。


そこにはヤンキーのような男と……


「!?昨日の男の子?」


昨日ぶつかった男の子らしき人が言い合っている。


「先輩に偉そうに行ってんじゃねぇぞ!」


「は?低脳が何をほざいている」


「誰が低能だと!ア?」


「だから……お前だって―――――」


その瞬間、男の子がヤンキーの頭に何かを突きつける。


「――――言ってるだろ?」


「え?」


美月はそれが何なのかを理解して思わず声を出してしまう。


「そ、それは……銃!?」


さすがのヤンキーも銃を突きつけられてビビっているようだ。


「たいしたことないなぁ」


「な、なにを……」


「まぁ、仕方ないよな?ここはこういう世界だもんな?」


その光景はこのドームの中という小さな世界を表すのに充分な光景だった。


「もう、外なんて関係ない。外のルールも法律もこの世界では関係ないんだよ」


「や、やめろ……」


「じゃあ謝れよ……弱っちいのに刃向かってすいませんってな」


「ぐっ!……よ、弱っちいのに……刃向かって……」


「あ?喋る時ははっきり喋れよ!」


「よ、弱っちいのに刃向かって……すいません!」


ヤンキーが頭を下げている……。それを見て笑う男の子……。異様な光景だ。


周りの人は何も思わないようで特に怖がる様子はない。これがココの日常だと言うかのように……。


「こ、こんなの……狂ってる……」


「あ、昨日の女の子だ!」


男の子は美月に気づいたようで駆け寄ってきた。


「え、あの……」


「どうかした?」


「いや、その……」


「ん?……あ、これ?」


男の子は拳銃を指さして首を傾げる。


「こんなのはこの世界じゃ当たり前だよ?」


「え?あ、当たり前?」


「うん、だってこの政策の方針は……」


男の子は不敵に笑う。


「『ためらいなく人を殺せる若者を育成する』ってものだからね」


「人をころ――――――!?」


「そして完成した実験体は戦争に送り出さる……、戦争において一番邪魔なのは

殺しに対するためらい、なんだよ……」


「そ、そんな……」


「君もそんな人情や理性なんて捨てなよ?

じゃないと誰かに……喰われるよ?」


男の子の目は本気だった。そこに潜むなにかに美月の体が怯えを隠せないで後ずさってしまう。


「ははっ、まぁ、生き残るために……ね?」


普通じゃない、狂ってる……。そんな言葉が当てはまるような場所に、昨日顔を合わせた人が既に順応している……。


狂った檻に閉じ込められて、何をすればいいかもわからずに混乱しているだけの自分よりかはよっぽど強いのだろうが……。


「私には……できないよ……」


恐怖と絶望から涙が溢れてくる。


「おいおい、今更泣くなよ」


「怖い……怖いよ……」


「ったく、仕方ねぇな」


男の子は成瀬の手を取って引っ張った。


「え、ちょっと!どこに……」


「いいからついて来なよ、僕が生き抜く方法を教えてあげるからさ」


「い、生き抜く方法?」


わけも分からず成瀬は建物の間の狭い通路に連れてこられた。


「ねぇ、何を――――!?」


振り返った成瀬の顔の横に男の子の腕が伸びる。


(か、壁ドン……?)


「なぁ、人が人を殺す理由ってなんだと思う?」


男の子がにらむような目つきで聞いてくる。


「え……う、恨みがあるから……とか?」


男の子は首を横に振る。


「単純すぎる……それはね……」


男の子はニヤッと笑う。


「自分に得があるからだよ」


「え?」


「ヒトってのは自分本位なんだよ、基本は誰かのために動いたりなんてしない、自分が得をするように物事を動かしたい、そう考えるのが人間だよ」


「で、でも……」


「ん?人のために犯した殺人はどうなの?って顔だね、そこにもしっかりと得は植え付けられてるよ……。人のためと言いながら、結局は自分に得があるからやってるだけなんだ、好きな人のためと言いながらもそいつを殺せば自分に振り向いてくれるかもという考えがあるからなんだよ?」


話を聞いているうちに確かにそうかもしれないと思ってしまう。


「じゃあ、君が一番殺しやすいのは誰?」


「え……?」


「僕、考えたんだ……君が一番殺しやすいのは……」


男の子はまたもニヤッと笑って壁ドンしていた手を離す。


「……君自身に危害を加えた人物だよね?」


「え?」


と、次の瞬間、男の子の拳が成瀬の腹にえぐりこまれる。


「うぐっ!」


強い衝撃で息ができない。


「あがっ、あ……はぁ」


「ほら、どうだい?殺意が湧いた?」


男の子は身につけていた拳銃を成瀬の目の前に落とす。


「ほら?殺しなよ!殺意をそのままぶつけなよ」


成瀬は拳銃を掴んでよろよろとした足取りで立ち上がる。うまく立てずに壁にもたれかかっているが腕を徐々にあげていく。その手にはしっかりと拳銃が握られている。


「…………」


「その目だ、恨みの疼いた目……それを待っていたよ!」


男の子は自ら銃口に脳天を接触させる。


「!?」


「ほら、殺しなよ、引き金を引く、ただ、それだけで君は僕を殺せる」


銃を持つ手に力が入る。


「……うぅ」


「?」


だが、成瀬は拳銃を手の中から落とし、地面に座り込んでしまった。


「できないよ……私にはできない……」


「…………」


「いくら傷つけられたからって人殺しなんて……」


泣きじゃくる成瀬を見て男の子が冷たく言った。


「君は僕とは違うようだ……昔の僕は同じことをされて……」


男の子の表情は次第に暗くなる。


「……迷わず引き金を引いた」


「!?」


「そう、僕は人を殺した。この手で殺したんだ……」


「え……で、でも……仕方がなかったんじゃ?」


「……そうかもしれない、あの時の僕は生きることに執着して、母さんを守りたい一心で引き金を引いた……」


「一体あなたに何があったの?」


「……今はまだ知らなくていい」


「……」


「いつか、君が生き続けたら教えてあげるよ!」


さっきまでの暗い表情は一転、明るい笑顔に変わる。演技だろう……無理をしているのだろう……。


分かっていたが、成瀬にはそれ以上踏み込む勇気はなかった。



『ピンポンパンポーン♪』


突然、放送が流れ始めた。


『被験者の皆さん、直ちに教室に戻ってください。まもなく授業が始まります!』


「じゅ、授業!?」


「あぁ、ついに始まるみたいだね……」


男の子は不敵に笑い、歩き出した。


『なお、戻らなかった被験者は余すことなく殺します』


「……こ、殺す!?こ、これってあくまでも政府の政策だよね?」


「そんなことは関係ないんだよ、言っただろ?ここじゃ、外のルールも法律も関係ないってな……」


明らかにさっきと違う雰囲気の男の子……。さっきから何度も顔を出すその異様な雰囲気。


「え……あ、あなたは一体……誰?」


「俺は……」


男の子は足を止め、拳銃を天に向けて一発打つ。耳をつくような銃声の中でも届いた声……。


「狂絶の破壊者、赤城あかぎ 紅蓮ぐれんだ」


銃声が四方八方に響き渡り、耳鳴りがする。

収まった頃、耳を塞いでいた手を下ろして成瀬は問いかける。


「あ、赤城くん?」


「今は赤城だ、目を見てみろ」


「目?」


成瀬は言われた通りに赤城の目を覗く。


「あれ?赤い?さっきは黒だったような……?」


「そうだ、こいつ、黒鬼くろき とうるの二つ目の人格だ」


「に、二重……人格?」


「そうだな、そしてこの俺は政府反発軍から選抜された、被験者になりすました破壊者の1人だ!」


「ちょ、そんな大声出さないで!」


成瀬は悪いことはしていないのになぜか無駄に緊張してしまう。


「つまり俺は、この政策を破壊するためにやってきた、お前のような戦う気のないやつは殺す必要が無いが……」


赤城は深いため息をついた。


「喜んで戦いに来る輩はためらいなく殺す、それが政策の破壊に繋がると判断したからな……」


「な、何でそんなことを私に?」


「引き金を引かなかったからだよ……」


「へ?」


「お前も馬鹿げていると思ってんだろ?」


成瀬は少しためらったがしっかりと頷く。


「なら、一緒にここを破壊しろ、手伝え、力は俺がつけさせてやる」


「でも……」


「殺せない……と?」


「う、うん……」


「自分の命か敵の命か……。どっちが自分にとって重いかはお前が銃口を向けられた時に分かる……。躊躇ためらっていられるのもそれまでだな」


「そんなの……」


「嫌でもやらなくちゃいけない時は来るさ、君が自ら手を汚さないで生きていく手段なんてないんだからね」


赤城……いや、黒鬼くんの瞳はいつの間にか黒に戻っていた。


「さぁ、早く教室に戻らないと殺されちゃうよ?」


成瀬は走り出した黒鬼の背中を追いかけて教室に帰る。

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