空に浮かぶ鯨

星月蓮

空に浮かぶ鯨

1941年12月8日。僕は、母の手を握って「いってきます」と言う。

日本に住むある夫婦は、こみ上げてくる涙を堪えながら抱き合った。

アメリカに住むある家族は、父が見えなくなるまでずっとその背中を見ていた。

「これから戦だ!油断は許されん!分かったか!」と軍の司令官が言う。

戦うために集められた男達は、背筋を伸ばし「はい」と答えた。

まん丸な月。輝く星。綺麗な夜だ。

僕は、この青い綺麗な海だけは赤い血の色に染まりませんようにと願った。

カン カン カン

「軍艦だー!アメリカの軍艦だー!」

僕の思いとは裏腹に敵が来たことを知らせる音が鳴る。

アメリカの軍艦は何の前触れもなく現れ、日本の軍艦に砲撃した。

戦が始まる。

青い海が赤く染まってしまう。

僕は、込み上げる悲しみを押し殺し敵の船に移る。

海がどんどん赤くなっていく。

「辞めてくれ」

急に大きな声が頭の中に響く。

周りを見回しても、みんな鬼のような顔で戦いを続けている。

しかしその顔には悔しさ、悲しみ、憎しみなどいろんな感情がドロドロになるまで煮詰まれているように見える。

赤色に染まる海を見て僕は泣きながら

「辞めてくれ!」と叫んだ。

軍兵たちは、僕に見抜きもしないで争いを続ける。

すると、アメリカの兵士がよく分からない事を言いながら勢いよく近ずいてくる。

-死ぬ-

僕は心の中でそう思った。

すると突然船が大きく揺れ始めた。

日本の兵士もアメリカの兵士も手を止め足を開きバランスをとった。

バシャン!!

海の水が噴水のように空に向かって舞い上がる。中から出てきたのは船よりも大きいクジラだった。

月の光に照らされて、飛び上がった水たちはキラキラと輝いている。

あまりの美しさに、日本軍もアメリカ軍も言葉を失い口をぽかんとあけたまま空を見上げてかたまった。

驚いた。いや、驚いただけでは足りないくらいいろんな気持ちが僕の頭の中でグルグルと回って、今までしてきたことがすべてバカみたいに思えてきた。

ガチャン と音が鳴る。

音がした方を向くと、アメリカの司令官であろう人が、手の力が抜け持っていた武器が床に転がっていた。

そして何も言わずにただ、空を見上げて涙をこぼした。

月の光を浴びて輝いていたその涙は、キラキラと頬をつたって床に落ちていた武器の上にポツリと落ちた。

すると、周りにいた兵士たちはが皆次々と武器を捨て目に涙を浮かべた。

僕は、ここにいる全員が同じことを思っていたことを知った時、世界中に響く位の声で泣き叫んだ。

その夜、大の男の大人たちの声が静かな海の上に波の音と一緒に響きわたった。

1945年。様々な国で戦争の終わりがつげられた。

その後、鯨は「平和」や「幸運」の象徴として人々に伝えられてきた。

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空に浮かぶ鯨 星月蓮 @suzuusa

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