悲劇の環

 あるユダヤ人科学者がタイムマシンの発明に成功した。

 彼がタイムマシンの発明を志したのは、子供時代のヒトラーを殺すためだった。そうすればホロコーストの悲劇を未然に防ぐことができると思ったからだ。

 タイムマシンで1894年のオーストリアにある小さな村に到着した科学者は、村はずれの空き地で遊んでいる男の子に何気ない風を装って声を掛けた。名前を訊いて、その子がヒトラーであることを確認した科学者は辺りを見回し、人気がないのを確かめてヒトラーの首を絞め始めた。しかし青ざめていく子供の顔を見て可哀相になり、両手を離した。

 彼には、まだ何の罪も犯していない幼い子どもを殺すことはできなかった。たとえ、その子が将来大量殺人を犯すことがわかっていても……。

 彼は挫折感とともに未来へ去ったが、五歳のヒトラーは自分の首を絞めた男の顔を、しっかりと瞳に焼き付けていた。その男は典型的なユダヤ人の顔つきと服装をしていた。あごひげを生やし、黒い服を着て、頭には特徴的な黒い帽子をかぶっていた。ヒトラーがユダヤ人を恐れ、憎むようになったのは、このときからである。


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