蒜山は後輩で有りたかった

 蒜山わたしは後輩で有りたかった。


 経験的にも精神的にも全く足りていない──精神面に限っては一生成長することはないと思っている。人の上に立つのは性に合わない。あの忌まわしい日から十年、この十年で得たものと言えば“この仕事は向いていない”という確信だけだった。


 業務的にはよくやっている、筈だった。この十年間、生活圏への侵攻を許したことはないし、隊員の死者、忘失者の数は横ばいだ。前衛部隊を失ったこの状況を見ても優秀だと誰が見てもそういうに違いない。四肢をもがれ胴だけになることもこの戦場ではよくあることだ。彼が息を吹き返すことが出来るか、どこまで思い出すことが出来るか、私はただ祈るばかりだ。


 だが決して、数字の裏づけは心のゆとりを齎すものではない。味方の賞賛だって拠り所にはならない。私自身、いつ喰い破られるか分からない細い紐の木に乗せられている気分だった。自信や慢心など持ちようもない。


『何が原因なんだ?』


 と、自問自答する日々だった。武功としてはこれ以上ない栄誉の筈なのに、それに伴う重圧があまりにも大きすぎる。押し潰される。戦場が通り過ぎることを願うばかりで他に何を求めることもない。


 私という人間の小ささは一番私が知っているのに、与えられる重しを拒むことが出来ない。その重しを取り除けてしまえば別の重しがやってくる。ある段階で気づいたのだが、それは徐々に重さを増している。その負荷が心地よいのはそれが軽かったからだ。夢中で取り除け続けた私はそれに気づくことができなかった。


 だが、私にはその岩を押し退ける力があった。間一髪のところでボロボロになりながらどうにかして押し退ける才能があった。かかる期待は私を前衛部隊に配属し、鎧を着せ、果てには恩師を奪って頂きにまで迎え入れた。




 この十年、絶えず自分の成長を期待していた。にも関わらず、頭のなかはいつもかつての師を仰いでいる。


“神童”と呼ばれたのは悪い気はしなかった。街の同期を差し置いて特別訓練をうけるのは気持ちが良かったし、旧前衛部隊だってとても可愛がってくれた。


 だが、私以外にもそう呼ばれた子どもがいた。紫吹だった。私と彼は常に比較され続けた。紫吹はそのことを何とも思っていないようだが、誰よりも私が紫吹を一番意識していた。この時から拍車がかかったのかもしれない。


 それをからかう紫吹と前衛の隊長格、彼らと過ごした時間が一番愉快だった。


 そして修身の秘奥、鎧を授かることになった私はまさに有頂天だった。


 だが、紫吹は鎧を学ぶことを拒絶した。なぜだ、と問い質したところで思うような返事は返ってこない。隊長格からの説得からも「信用ならない」の一点ばりで通し続ける。ヤツらしいと言えばそれまでだが、ここまで偏屈に徹するのは珍しかった。


 鎧のカラクリは至ってシンプルだった。人間が持つ繊維を極限まで液体に近づける、ただそれだけだ。だが、放出された繊維そのものでは鎧として機能しない。外部からの刺激に感応し、反射的に凝固させるには身体組織そのもの、つまり記憶を司る体繊維を用いる必要がある。


 鎧の秘奥とは、この体繊維を液状化させ道具として扱うことにあった。


 体繊維の凝固速度、密度は放出繊維の比ではない。虫喰いに牙を突き立てられ直接溶解液を流されてもダメージは無い。記憶的損傷もほぼゼロに等しい。痛覚は習得の過程で失った。


 私はここに初めて人類の奴隷となった。虫喰いという存在を足蹴にして人類でありながら人間ではなくなった。




 紫吹はこれを恐れていたのかもしれない。鎧を着ることが何を意味するのかヤツには初めから分かっていたんだ。ヤツは賢いから。


 馬鹿だ。いつも自分の存在に怯えて何かに下っていなければ安心できずビクビクと震えている。だが俺は自分が嫌いとかそういう訳ではない。俺には能力がある。他者にはない圧倒的な力が。だから俺は生きていくべき人間なんだ。俺は武人だから。俺にはその資格がある。




「だから、私はお前を殺す」


 私は目の前の虫喰いに声をかけた。極彩色の巨大な虫喰い。私の前をいつまで経っても歩くばかりで全くこちらに気づかない。声をかけたと同時にぐりんと身体をこちらに捻る。通常の虫喰いの三倍はあろうかという大顎が目の前に佇む。


 鋼板がおじぎをしてから復元までのインターバル、この派手な虫喰いは鋼板に突っ込み、中身を食い破り始めた。外にいるよか中の方が安全と見たのだろう。他の虫喰いにはない巨大な顎がそれを可能にする。


 私で無ければそれも有効だっただろう。こんな密室空間にむざむざと同居しようとする間抜けはいない。


 はたまた味方の虫喰いの突破口にでもなろうとしたのか、多勢を率いて鋼板上の勢力を無力化するつもりだったのか。私が掘っていく側から塞いでいったからそれも叶わないが。


「お前らは何を考えてる?」


 その刹那──大顎は私の片足に食らい付く。


 さすがに重みがあった。一、二歩後退してしまう。


 足はしっかりと立てられた牙を離さない。身体は暴れ馬のように波打っている。


「私と話す気はないか?」


 突き立てられ牙を──圧し折る。


「聞きたいことは?」

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