序章に代わる手記
如何なる問にも真実で答える預言者がいた。
「私は毎年ある日の零時一分零秒から十分間のみ問を受付け、その問がたとえ人知の及ばぬものであっても、真理のみを答える。但し十分間を過ぎた後の如何なる問の答も真実とは保証しない」
その預言者の言葉の信憑性は確かであるという評判を聞いていた作家Aは、好奇心から交友のある学者達に声を掛け質問会の機会を待った。数年後のある夜、作家はその機会を得た。その夜に集まることができた学者は数学者、物理学者、宗教学者、生物学者、哲学者、歴史学者、天文学者、言語学者であった。彼らはそれぞれ順番に一分程ずつ預言者の居る質問部屋に入り、各々自由に質問をするという約束を交わした。そして最後に作家自身もメンバーに加わった。
約束の夜、件の預言者が居るという山奥の屋敷に作家と学者達はやってきた。規定の時刻となり、まずは予定通り数学者が質問部屋に入った。数学者が質問を終え部屋を出てくると、その後に物理学者も同じように質問を終えた。同様の流れが続き、哲学者の順番となった。
哲学者は自己の人生の多くを賭して考え続けていた問の答を問うた。
「この世界は誰が創ったものなのか?」
預言者は答えた。
「神である」
約束の時間が経ち、哲学者は部屋を出た。
その後も順番通り学者達は質問を終えた。最後に作家が部屋に入り幾つかの質問をしていると、そこに血相を変えた哲学者が闖入してきた。
哲学者は再び預言者に問うた。
「この世界を創ったのは誰だ? 本当に、本当に神なのか?」
預言者はこう答えた。
「この世界を創ったのは人間である」
哲学者は混乱し、解答の真偽を問おうとした。何度も要領を得ない質問をして、遂に哲学者が頭を抱えると、預言者は一言「時間です」とだけ呟き、退室してしまった。その時、すぐに哲学者が時計を見ると、時刻は零時十一分五秒であった。
哲学者は「さっき私は同じ質問をして、その時預言者は世界を創ったのは神だと答えたんだ。きっと時間切れで質問に対する解答が変わってしまったのだ、君の時間を奪って申し訳ない」と残念そうに話した。
すると作家は時計を見ながら首を捻り「それはおかしい」と言った。そして哲学者は作家の言葉の意味に気付き、同時に預言者の言葉の意味も悟った。哲学者は青褪めた顔をして、その場に嘔吐した。
その後、学者達は帰路に就いた。作家と哲学者を除いて。哲学者は絶望の表情を浮かべ、山の更に奥地へとゆっくりと姿を消した。
その日、一人の哲学者が失踪した。
作家Aの手記
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