ヘリオスの使者

彼岸花

ヘリオスの使者

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航海三百六十五日目


 今日から日記を付けてみる事にした。

 これは業務活動を記した活動日誌ではなく、日々の他愛無い感想を記したものである。紙媒体インク筆記具での記録など、一体君は何世紀前の人間なのだと言われそうだが、私は紙とペンの感触が堪らなく好きなのだ。自然破壊だと罵られようと、私は電子よりも物質を愛する。

 ……前置きが長くなった。本題に移るとしよう。最初の日記なので、少し事細かに記そうと思う。

 私は今、宇宙に居る。

 それも太陽系から遠く離れた外宇宙だ。具体的な数値を示すと、地球から二十二光年ぐらいの場所になる。

 今から十四年前の西暦2544年。人類は太陽系全域を手中に治めていたが、外宇宙にまでは勢力を広げる事が出来ていなかった。理由は簡単。最寄りの恒星すら十光年以上彼方にあり、その道のりを現実的な、つまり人間の寿命が尽きる前に辿り着く速さを持っていなかったからである。宇宙の暗闇は深く、人類の歩みを阻み続けていた。

 ところがその十四年前に、人類はついに超光速航行技術を編み出した。無論、最初はちょっと光速を超えた程度。燃料はすぐに尽き、エンジンや装甲はすぐに壊れた。だけど試験と改良を積み重ね、今や数値上では星間航行を行える宇宙船が造れるまで発展したのである。

 とはいえ、出来上がったのはあくまで実用レベルになった試作品。実験室では計算通りの働きをするのに、外で使用したらまともに動かない……なんて事態は、人類史において数え切れないほど起きている。机上の空論が終わったなら次は実施試験。人を乗せて外宇宙を旅するのが目的の乗り物ならば、実際に人を乗せて旅を行わせる必要がある。

 この船シャピロアンはそんな実用レベルの試作品の一つであり、私達シャピロアンのメンバーは、この試作品が最後まで無事に飛べるかを確かめるためのモルモットである。

 無論強制された訳ではなく志願し、厳しい選考を通って私達はこの船に乗っている。失敗すれば命を失う過酷な実験……だが、私達の記録によって人類は更なる発展と繁栄を手に入れられる。そのための礎となれるのなら、私の命ぐらいくれてやる覚悟はある。易々と死ぬつもりもないが。

 何より、試験運用を兼ねた太陽系外探索と同時に行われるミッションの一つに、地球外生命体の探索がある。人類の新天地の調査と銘打ち、生命の存在が期待される惑星をこの船は目的地としているのだ。つまり自分が人類で(一部の狂信的なオカルトマニアに配慮した言い方をするなら、公式の記録としては)初めて宇宙人と接触した人間になれるかも知れないのだ。一人の宇宙飛行士として、例え代償が命であっても、賭けるに値する浪漫と言えよう。

 目的地の星系グリムまで、あと九十日。

 私達が宇宙を照らす光の一つとなれる事を願う。










 ちなみに航海一年目を過ぎてから日記を始めた理由は、初日にやろうと思っていたけど忘れてしまい、しかし二日目から始めるのもなんか億劫で、こうして区切りの良い日を待った結果である。基本、私は物臭な女なのだ。




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航海三百六十六日目


 迂闊にも、昨日は共に任務に当たるメンバーについて書いていなかった事を思い出した。特にめぼしい出来事もなかったので、今日は仲間達について記そう。

 まずリーダーであるレイカ。私達のメンバーでは最年長で、二人の子供を持っているお母さん。歳は三十代半ばだそうだが、その精神的活発さは私達の誰よりも若々しく、そして思考は何時だって科学者のように冷静だ。頼もしい人であり、船内の規律は彼女の裁定により維持されている。

 サブリーダーのリンはオペレーターを担当している。レイカの指示は彼女を通じて私達に伝えられるが、他にも彼女にはリーダーに反論するという重要な仕事がある。如何に優れたリーダーでも、見落としや判断ミスは避けられない。しかし宇宙において、それらは死に直結する可能性がある一大事。そこでリーダーとは違った、新たな視点を提示するのがリンの役割だ。これにはリーダーと同格の能力が必要なのは勿論、目上の者に意見する胆力と、相手の意見が正しいと思えたらすぐに受け入れる柔軟さも必要となる。リンにはそれが備わっている。それもたった二十三歳、私達の誰よりも幼いと言うのに。

 整備士であるランは、そんなリンの姉だ。やや神経質で無口なところはあるが、技術者としての腕前は確かなもの。それに何時も鋭い目付きで人を睨む癖に、甘い物が堪らなく好きなのも可愛らしい。もしかすると神経質に見えるのは、糖分が足りていないからかも知れない。妹曰く、優しいお姉ちゃんなのだから。

 そして私と同じく船外活動員……宇宙服を着て、実際に宇宙で活動する人員だ。言うまでもなく一番危険な仕事である……であるサクラ。歳も私と同じである二十五歳。とはいえかなりの童顔で、女子高生ぐらいに見えるのだが。ちなみに彼女は植物に詳しく、私は動物に詳しい学者肌な人員でもある。

 と、メンバーは私を含めて全員女性となっている。今回のミッションである太陽系外調査船運航実施試験で飛んだ宇宙船は、私達の船シャピロアンを含めて十四隻。その全てで乗組員の性別は (あくまで生物学的な区分けだが)一つに纏められているのだが、これには訳がある。と言っても難しい話ではない。やって、出来ちゃったらどうするのだという話だ。

 まぁ、異性が居なくとも性欲は溜まるものだから、同性同士でやって、パートナー的な意味で出来ちゃう事はあるのだが。実際姉妹であるリンとランは出来てるし、私もサクラと出来てる。今の技術なら生殖細胞を合成する事で同性同士でも子供を作れるから、何百年も前のようにパートナーの性別をいちいち気にする意味はないのだけれど。

 ……流石に、姉妹は不味い気もするが。

 今更だが私達は幾つかのミッションを平行して行っている。太陽系外調査、地球外生命体探索……そして、地上との交信が途絶えた完全なる閉鎖空間内で人間関係がどう変わるかの研究。恋愛も人間関係を構築するものの一つ。地球に戻ったらサクラとしてきた事を洗いざらい吐かねばなるまい。日記も、多分提出する羽目になる。

 想像したら恥ずかしくなってきたので、今日の日記はここまでとする。




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航海三百六十九日目。


 危うく三日坊主になるところだった。でも書く事がない。

 いや、それは良い事なのだが。毎日異常もなく運航出来ている証なのだから。

 もしかしたら異常に気付いてないだけかも知れないけど。

 ……考えたら不安になってきた。明日、レイカに総点検を提案しよう。




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航海三百七十日目


 私の提案の下、シャピロアンの総点検が行われた。

 漫画や小説では、こういうタイミングで何かトラブルが起きるものだが、今回危険な異常は確認されなかった。杞憂で済み何よりだ。

 とはいえ、想定よりも劣化が早いパーツも幾つか確認された。太陽系外の環境は分っていない事も多い。劣化が見付かったのは主に船体の外側だったので、そういった未知の環境要因が原因だと思われる。交換が必要なほどの劣化ではなかったし、その交換時期は余裕を持って決められたものだが、見過ごせない問題だ。一見なんの問題もないような異常でも、積み重ねれば大事故の原因となる。何より宇宙では、ネジ一本の弛みが私達の命運を冗談抜きに左右する。

 この日以降、総点検の頻度を増やす事となった。詳細な日程は明日レイカから指示される。




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航海三百八十日目


 地球は今頃クリスマスだからと、今日は食事にチキンが出された。

 シャピロアンでは乗組員の排泄物と呼気に含まれる二酸化炭素、そして船内の余剰水分と動力機関の熱を用い、遺伝子操作によって生み出された多種多様な細菌を培養。その培養した細菌をペースト状に固めた物を食料としている。これにより宇宙船の内部で物質が循環し、本来大量に用意しなければならない食料や水の備蓄を大幅に削減する事に成功している。しかし如何せん味のバリエーションがないし、歯応えがないので食べている気がしない。大昔、ナポレオンが戦場でも豊かな食事を食べられるよう瓶詰食品を考案したように、食事への不満は士気の大幅な低下、ストレスの増大につながる。地球への帰還が数年許されない環境下で、船員が多大なストレスに晒される事は好ましくない。

 そのためシャピロアンにはごく僅かだが嗜好品としての食料も積まれており、ストレスを定期的に解消出来るようにしてある。今日出されたチキンもその一つだ。肉のジューシーさが堪らない。私はどちらかと言えば食が細い方なのだが、宇宙では食べるか寝るかヤるかぐらいしか娯楽がないので、こういう特別な食事の日には上機嫌になる。言うまでもなくこの仕事は楽しいしやりがいもあるが、仕事と娯楽は別物だ。願いが叶うなら、私は未知の惑星を探索する宇宙船の船長となり、椅子にふんぞり返りながらケーキを食べていたい。

 さて、このぐらいで筆を置こう。今日はサクラに部屋に来てくれと頼まれている。

 折角のクリスマス、恋人と過ごさねば勿体ない。




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こうかい381日め

けっこんしたいといわれた私はどうしたらいやかの女はすきだがどだけどいきなり言われておとうさんやおかあさんとれんるる出来ないああでもサクラはやわらかいし




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航海三百八十三日目


 サクラがちょうかわいい




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航海三百八十四日目


 婚約者が出来てしまった。何があろうと無事地球に帰らねばならなくなった。

 悪くない気分だ。




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航海四百十八日目


 サクラといちゃつき過ぎてレイカに怒られた。日記も一月以上放置してしまった。業務記録である筈の日誌を見返したら、サクラとの日々ばかり綴っていた。流石に反省する。

 ……反省したが、日誌は兎も角日記には書く事がない。いや、サクラとのラブラブな日々を綴っても構わないが、後日この日記は研究機関に提出する可能性がある。何を書き連ねるか分かったもんじゃないこの頭では危険だ。恋する乙女の秘密の前に、人類の発展など些事である。

 そんな訳で他の話題を探すしかないが、今日も自分達が叱られた以外は平穏な一日だった。パーツ交換の頻度が予定よりも多くなったが、このような事態を想定して予備のパーツは多めに積んである。現時点での計算上、途中でパーツが足りなくなる事はない。順調な航海だ。

 強いて話題を探すなら、センサーが強力な電波をキャッチしたとリンが言っていた事か。極めて安定的な信号周期を持っているとの事で、恐らく中性子星によるものと推測される。しかし地球からの観測データではこの辺りに中性子星の存在は確認されておらず、出所がハッキリしていない。これだけ強力な出力を今になって感知したというのも奇妙だと、リンは話していた。

 人類は星々を渡る術を手に入れたが、どうやらまだまだ宇宙には謎が溢れているらしい。実に夢のある話だ。




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航海四百十九日目


 リンから召集が掛けられた。リーダーであるレイカではなく、サブリーダーのリンからだ。

 日記にも書いたが、昨日、センサーが強力な電波を探知した。その電波の出力先を探ったところ、どうやら私達が目的地として目指している場所、星系グリムの方角から来ていると言うのだ。しかも念入りにデータを分析したところ、放出される電波は確かに安定的なのだが……一定の周期で大きく変化しているというのだ。それもチャンネルを切り替えたかのように一瞬で。

 一応なんの憶測もなく事実だけを述べるなら、星系グリムのある方角から電波が来ている、というだけの話だ。しかし星系グリムは、生命の存在が期待されている惑星がある。そして星系グリムの中心にある恒星は、中性子星のような死んだ星ではない。更に中性子星では起こりえない、急激な電波の変化が観測された……文明の存在を期待するな、というのは無理な話だ。

 とはいえ、同時に気を引き締めねばならなくなった。

 例えば地球外生物が地球で言うところの獣や微生物であったなら、それは純粋な好奇の対象となっただろう。しかし強力な電波を放出しているとなれば、相当に高度な、最低でも人類史で言うところの二十世紀レベルの技術水準を持った知的生命体の存在を想定しなければならない。そして二十世紀の地球では既に原子爆弾や水爆などの強力な兵器が作り出されていた。今の地球から見れば数世紀前の骨董品兵器とはいえ、戦闘艦ではないシャピロアンに核兵器を耐え凌げるほどの防御力は備わっていない。水爆などで攻撃されたなら、撃ち落される可能性は十分にある。

 また、二十世紀程度の科学力があれば、私達の宇宙船をいくらか解析する事も可能だろう。いや、もしも私達よりも技術的に進んだ文明だったなら、シャピロアンのメインシステムすらも曝ける筈だ。そうなれば、地球の座標を特定されてしまうかも知れない。

 宇宙人が地球人のように冷酷で残虐とは限らない。しかし宇宙人が地球人のように慈愛と調和を重んじるとも限らない。

 異星からの友人だと歓迎してくれるか、怪しい連中だと追い払われるか、希少な宇宙人として拿捕されるか、新天地として地球が狙われるか……あらゆる可能性を考え、判断しなければならない。そしてその判断を間違えた時、場合によっては私達五人だけでなく、全地球人類の命すらも脅かす可能性がある。

 一応、そういった可能性を考慮してこの宇宙船には自爆装置も付いていたりするのだが、出来れば使わずに済んでほしいのもだ。




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航海四百三十五日目


 予定ではこの日星系グリムに到着する筈だったが、とうとう最後までお目に掛かる事は出来なかった。

 まぁ、当初計画されていた日程はあくまで観測から割り出した推測値なので、予定がずれるのは想定内の出来事と言える。整備の時には超光速航行を止めているので、点検頻度を増やせばその分遅れが生じるという事情もある。

 問題は、どれぐらいずれたか、の方だ。

 食料や水などの船内物資は循環させているが、推進機関の燃料は流石に再生産されていない。いくらか余裕はあるとはいえ、あまりにも時期がずれたなら、帰還を考慮して目的地寸前で折り返さねばならない事も考えられる。

 無論今日までに蓄積したデータだけでも、今後の恒星間航行の発展に十分役立つだろう。出発した十四隻のうち何隻が地球に戻れるか分からぬ点からいっても、最優先事項は地球への帰還だ。

 しかし私個人の願望としてはやはり未知なる惑星をこの目で見たい。知的生命体との交流をしてみたい。

 無事に到着する事を祈るばかりだ。




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航海四百三十七日目


 今日は書かねばならない事が山ほどある。正直今も興奮してペンを持つ手が震えている。頭の中もぐっちゃぐちゃになっていて、支離滅裂な事を書いてしまうのではと不安だ。しかしここでこの興奮を書かずにどうしていられようか。冷静な感想は日誌に書けば良い。ここでは私の興奮を率直に書くとしよう。

 最初に記すべきは私達の旅路の成否だろう。

 結論から書くなら、私達は無事星系グリムに辿り着いた。二日遅れの到着だったが、食料や燃料には出発前に想定した範囲内での余裕がある。地球にとんぼ返りする必要はなく、十分な調査期間を確保出来ていた。

 まずは遠距離からの天体観測が行われた。星系グリムは恒星グリムを中心とした、太陽系に酷似した形態の星系。七つの惑星級の天体を保有しており、地球型惑星が三つ、木星型惑星が三つ、天王星型惑星が一つという構成になっている。ここまでは地球からの遠距離観測でも分かっていたが、更に詳細な情報として、水の保有量が非常に多い事が分かった。概算ではあるが、太陽系の三倍ほどの水を湛えているようである。そのため木星型惑星が非常に大きく、また地球型惑星でも大量の水が観測された。

 そう、大量の水が観測されたのである。

 星系の大まかな観測を終えた私達が真っ先に向かったのはハビタブルゾーン……生命の誕生に適していると予想されている位置にある惑星、グリム第二惑星だった。

 グリム第二惑星の外観は、黒と青の二色が入り乱れる、中々奇抜な色彩をしていた。その色素の正体が何かを観測したところ、青色は大量の水である事が判明。グリム第二惑星の平均気温は地球より五度ほど低いが、地域による気温差はあまりなく、海面の凍結は確認出来ていない。そのためどの水域も青さを保っているようだ。

 そして黒色は、星の景観を変えるほどに繁栄した生物の姿である事が確認された。

 生物だと断定したが、実際に個体を採取した訳ではない。しかし望遠写真を解析し、その生物体らしい物体の外観が地球の植物に酷似していた事、形態が多様ながらも一定のグループに纏める事が出来た事、海や山脈を隔てて明確に形態に差が現れた事……何より決定的なのは、その物体を摂食している多数の動的存在が確認された事。

 以上の事から、黒色の物体は生物であると判断されたのである。尤も、黒色体が仮に生物でなくとも、それを食べている存在が居るのだから地球外生物の証明にはなんの問題もないのだが。

 その黒色体を食べている動的存在……もう動物と書いてしまうが、ある大陸を遠距離観測しただけで七十種ほどが数えられた。それらの動物を襲う大型生物も観測されており、こちらは十種ほど。いずれも体長三メートル以上の大型生物であり、遠距離観測でも容易に形態的差異を認められる範囲での区分けだ。詳細に調べたなら、一体どれだけの種が記載出来るだろうか。形態的には地球の生物、例えば鯨偶蹄目や食肉目をモチーフにしたようなものが多く、恐らく草食獣や肉食獣として精練された結果、地球生命と同タイプの形態に収斂進化したのであろう。無論、中にはどんな生態なのか見当も付かない姿の種もいたし、内臓レベルではどうなってるか分かったものではないが。植物に相当すると思われる物体が黒色なのは、恒星グリムの活動が弱いため惑星に降り注ぐ光量が少なく、地球の植物のように緑色の光を反射する事すら勿体ないため、より多くの光を吸収する黒色の葉緑体を持つに至ったからだとサクラは推測していた。

 ここまででも十分に驚くべき発見だ。何しろ人類史上初の地球外生命体との接触である。もう十分歴史に名を残せる。しかし私達は、更に驚くべき発見をした。

 それは地球外知的生命体の痕跡である。

 痕跡と言ったのは、肝心の生命体が発見出来なかったため。それでも知的生命体がこの星系に存在していた、それは間違いないと断言出来る。

 何しろ恒星グリムの周囲に、巨大な建造物が存在していたのだから。

 その建造物の形状は巨大なリングのようであった。材質は恐らく金属で出来ており、直径六十八万キロにも及ぶ恒星グリムから高度一万キロの地点で周囲をぐるりと囲っていた。あまりにも恒星に近い事から、居住や観測目的の施設ではなく恒星が放っているエネルギーを受け取るための装置だと思われるが、いくらなんでも巨大過ぎる。星々を旅する力を手に入れた今の人類でも、これほど巨大な建造物を建設する技術は勿論、建設するための資材すら確保出来ないだろう。恐ろしい事にこのリング、推定重量が地球十四個分もあるのだから。

 このリングを建造した種族はどうやってその資材を調達したのか。私には惑星を解体するしかないと思うのだが、かと言って星系内の惑星や準惑星を解体すれば、星系を形作る重力のバランスが崩れ、母星に多大な被害が出てしまう筈だ。だとすると材料は余所の星系から持ち込んだと考えるのが妥当。即ち巨大リングの建造者は、人類がようやく実用化にこぎつけた星間航行技術をとうの昔に編み出し、惑星資源の運搬を可能とするレベルにまで発展させていた事になる。比較的近場の星系に数人を送り込むのがやっとな人類など、この文明から見れば赤子も同然だろう。

 最初にこれを目の当たりにした時、私達はみんな言葉を失った。その後グリム第二惑星を調べたのは、きっとそこが知的生命体の本拠地だと予想したからだ。しかしその惑星に文明の痕跡は見られず、強いて分かった事を上げるなら『他の惑星に生命は見られないので、恐らくここが知的生命体の本拠地だった』という点ぐらいなもの。リングを調べれば多くの事が分かりそうだが、残念ながら現人類のテクノロジーでは恒星から僅か一万キロという至近距離には近付く事も儘ならない。

 幸いな事に巨大リングの偉大なる建設者……敬意を評して先駆者と呼ぶとしよう……彼等の存在を詳しく知る手掛かりが他にない訳ではない。

 二十日近く前から感知されていた強力な電波だが、やはりこの星系が発信源で間違いないという事をレンが突き止めたのである。そして、その電波の発信源が巨大リングではない事も。

 どうやらこの星系には、先駆者達が遺した文明の痕跡が他にも漂っているらしい。

 今日の調査はここまでとなり、明日、本格的に文明の痕跡を調べる。

 ああ、しかし私にそれが出来るのだろうか。

 これだけ長い文章を一気に書いたというのに、まだまだ興奮で眠れそうにない。明日に備えて、もう寝ないといけないのに……




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航海四百三十八日目


 今日は午前と午後(ちなみにシャピロアンの時刻は協定世界時を使用している)で、それぞれ大きな成果を得る事に成功した。

 まず午前では、グリム第二惑星の詳細な観測が行われた。遠距離観測で文明が確認出来なかった事から知的生命体との不用意な接触はないと判断し、衛星軌道近くまで移動。そこから地表面などの撮影を行った。

 近距離での撮影により、新たな情報を多数得られた。特に私達の興味を惹いたのは、黒色体に埋もれるように存在していた建造物の痕跡である。遠距離からの撮影では、黒色体に阻まれて見えなかったのだ。やはりこの星系の文明発祥地がグリム第二惑星であるという確信を得るのと同時に、黒色体に覆われてしまうほど、そうでない場所でも風化してしまうほどの時間が経っている事が分かる。具体的にどれだけの月日が流れたかは降下してサンプルを採取し、専門の機器を用いて年代測定する必要があるため、そういった器具を搭載していない今のシャピロアンでは分からない。しかしこれだけ巨大な文明が埋もれるほどの年月となれば、恐らく数千年、数万年ほど昔の話だろう。地質学的、進化生物学的にはほんのちょっと遅かった程度だけに、残念な気持ちになる。

 ここまでが午前の成果。午後は新たな、そして大きな情報が得られる事となった。

 リンがついに、この宙域から出されている電波の発信源を特定したのである。グリム第二惑星と第一惑星の間に存在する建造物からだと言う。

 建造物の直径は凡そ四千百キロ。巨大リングに比べれば見劣りするとはいえ、地球の月以上に巨大な建設物である。そこから放射状に超高出力の電波が放出されており、その総出力は現在地球で使用されている中で最大の惑星間通信用電波照射装置の二億九百万倍との事。ちなみによくよく観測したところ、直径十~百キロ程度しかない小型の……書いてて感覚が麻痺してくる……衛星が星系中に存在しており、それらは集束型レーザーの形で電波を星系外に飛ばしていたという。

 あらゆる点で地球人の文明など足元に及ばない先駆者達の科学力に、敬意を通り越して畏怖の念すら感じる。反面、疑問も抱いた。

 まず、彼等は一体何処に行ったのだろうか? これほど高度な文明を築いていた種族がそう簡単に滅びるとは思えない。例えば巨大隕石が襲来したとしても、星系中に存在する人工衛星がたちまち発見するに違いない。そして地球製の二億倍以上というとんでも出力の電波発信装置があるのなら、大出力レーザー砲などの武装もあったと推測出来る。仮に先駆者が平和主義者で一切の武装を持っていなくとも、適当な衛星をぶつけて隕石の軌道をずらす事は出来る。迎撃は容易だった筈であり、隕石程度では彼等の文明は滅びそうにない。いや、一体何なら滅ぼせると言うのか。宇宙怪獣でも襲来したのだろうか? それはそれで身の毛のよだつ好奇心が身体を駆け巡るが、星系内に戦闘の痕跡はない。住人を病で失った家のような、寂しい静けさがあるだけだ。

 そして第二の疑問として、リンが確認した巨大衛星……それが放っている大出力電波だ。

 遙かに出力に劣る地球の通信施設でも、星系内の通信は何処でも問題なく行えている。いくら先駆者が星系グリムに巨大な文明圏を築いていたとしても、二億倍もの出力が必要とは思えない。星間通信に使うため大出力が必要なのかとも考えたが、相手は人類よりも進んだ文明の持ち主。巨大リングの存在からしても、恒星間航行、つまり光速を超える技術は持っていた筈だ。光速までしか出せない電波なんかより、紙媒体の手紙を持って直接相手に送り届けた方がずっと早い。

 それでも実際に電波を出しているので、リンやサクラは通信施設だと考えているようだが……私にはそう思えない。本来は別の用途の、例えば大出力レーザー砲のような施設だったのではないか? それがなんらかの理由で今は電波を出しているのでは? しかし、だとしたらどうして元の用途と異なる運用をしてまで電波を出している?

 謎は深まるばかり。ならば、実際に出向いて施設内部を調べるしかない。

 レイカの決断の下、明日は電波を放出している大型衛星の探索を行う事となった。地上降下用の装備はないが、衛星内部の探索ならば船外活動用の装備で代用可能である。任務はサクラと共に行う。

 明日のためにも、そろそろ眠ろう。何かが分かると良いのだが。




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航海四百三十九日目


 今日は予定通り、電波を放出している衛星の調査を行った。

 衛星には入港口と思われる大きな穴が開いており、そこから内部に侵入出来た。電波を放出している事から予想はされていたが、施設のシステムは生きており、自動ドアが起動しなくて中に入れない、というオチにはならなかった。一応溶接切断用工具である超振動波加熱装置を持ってきていたが、人智の及ばない超科学文明の建造物に傷を付けられるかは怪しかったので幸先の良い展開である。

 その後サクラと共に内部を探索し、分かった事、そして考察を以下に記す。

 まず衛星内部は真空かつ無重力、つまり宇宙空間と同じ状態になっていた。そして内部には、同一デザインの衣服を纏った、多脚生物の死骸を多数確認出来た。

 恐らくはその多脚生物が、この星系で誕生した知的生命体だと思われる。外観は地球のエビに酷似しており、体長は一メートルから四メートルと個体差が大きい。口の開閉は地球の脊椎動物と同じく上下方向にのみ可能。頭部甲殻の一部が発達して頬のようになっている事から、もしかすると哺乳類のように母乳による育児を行っていた可能性もある。哺乳類の頬は母乳を効率的に飲むために発達したと言われているからだ。足は八脚あり、その内四脚が地上走行に向いた形状をしており、残りの四脚が三本の指を持った構造になっている。頭部はエビのようにすらりとしているが、胸部が著しく肥大化していた。もしかすると彼等は頭ではなく胸部に脳を持っているのかも知れない。頭部には触角らしき物が生えていたがどの個体も極端に短く、対して四つの眼球らしきレンズ体は大きく発達していたので、視覚を重視していたと思われる。胸部に棘のような突起を持つ個体とない個体が居たが、性別の違いか、それとも個体差なのか。着ていた衣服のデザインは単一だったが、彼等がオシャレに無関心だったと考えるより、その衣服が施設で使われていた制服と考えるのが妥当だろう。

 奇妙なのは、彼等の死骸の多くが何らかの損傷を負っていた事だ。足がもげていたり、頭が割れているのは経年による劣化で説明出来るだろうが、身体が縦に真っ二つになっているのは一体何があったのか。お陰で解剖をせずとも彼等の体内構造を観察出来たが、あまりの奇妙さに何とも言えない不安を覚える。知的生命体相手に些か無礼な扱いだとは思うが、いくつかの遺体をサンプルとして回収し、シャピロアン内部で解析を行う。

 他にも各部屋や遺体が身に着けていた、電子機器らしき機械を大量に入手出来た。地球人で言うところの個人用通信端末か、或いはこの施設で使用されていたパソコンの類だろう。また、とある部屋から一冊の手書きの書物も見付かった。書物と言ったが、正確には紙に良く似た媒体に人為的な文様が描かれている、というのが正しいか。左上をクリップのような物で止めているだけの、本というより報告書のような閉じ方だ。しかし彼等より遅れている地球人の文明でも、数世紀前より正式な書類は電子データで渡すのが普通となっている。それに報告書の類だとするなら、もっと施設の至るところで、大量に見付かって良い筈だ。恐らく今回見付かった書物は日記であり、私のようなモノ好きな先駆者が書き残したのだろう。

 当然と言えば当然だが、書物は未知の言語で書かれていた。知的生命体との接触を想定してシャピロアンには翻訳システムも搭載してあるが、古代の書物となるとそれは翻訳ではなく古文書解読。シャピロアンのシステムには荷が重い。出来るだけ多くの資料と共に地球へと持ち帰り、専門家の活躍に期待するしかない。

 しかし電子端末ならば、シャピロアンで解析が出来る。データ処理が二進法で行われていた事も幸いし、セキュリティさえ突破出来れば、解析は難しくないようだ。無論、内部データは先駆者達の言語で表記される訳だから最終的な解析は地球の言語学者に任せる事になるが、図面や数値などの学術的データならば私達でも理解出来る。彼等が迎えた終末の一端を窺い知れるかも知れない。

 今日の調査はここまで。明日はどんな発見があるのか、楽しみだ。




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 なんでわたしたちはあんなものをあれは罠だ私達をここに呼びよせるためにもっと考えればすぐに分かったのにどうしてどうしせんくしゃどもは一体私が何をしたというんだ帰りたい死にたくないいやだこんなのいやだでもだめだもう死ぬしかないみんな死んだもう私だけだちくしょうくそくそくそくそわたしがあれをうごかすしかないいやだやだやだもうこんなのわたしじゃないレイカの仕事だわたしじゃない私のしごとじゃない




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 少し、落ち着いた。正確には達観したと言うべきかも知れない。やれる事は全てやって、結局駄目だったのだから。

 ここに最後の日記を、そしてこの船内で起きた事を記そう。

 私とサクラが巨大衛星の調査を行った翌日、持ち帰った電子端末の解析が終わり、アクセス方法が分かった。そこで早速データにアクセスし、情報を引き抜こうとした……瞬間、接続した電子端末からウィルスが流れ込んできた。いや、ウィルスという言い方は正しくない。何かしらのプログラム、と曖昧な呼び名にしておこう。

 リンはどうにか止めようと奮闘していたが、プログラムはシャピロアンの防御システムを易々と突破。ネットワークの遮断も実行したが、強制的な再接続によりプログラムはシャピロアンのシステムの奥深くへと侵入。僅かな時間でメインシステムすらも攻略してしまった。シャピロアンのコントロールは、一瞬にして未知のプログラムに奪われてしまったのである。

 このままでは地球に帰還するための航路設定が出来ない。それ以前に空調などの環境維持装置が止まれば、宇宙船内部はいずれ宇宙と同じ環境になってしまう。

 その事実にいち早く気付いたレイカは、すぐさま機関室に向かおうとした。なんらかの緊急事態が発生した時に備え、臨時の操舵室が機関室の隣に設置されている。そこのシステムは万一を想定してメインから物理的に独立しており、構造上このプログラム浸食事故から逃れている。そこに一時退避し、安全を確保してから対策を練ろうという考えは至極真っ当なものだ。優秀なリーダーであるレイカは、誰よりも先にその考えに至った。

 だから、誰よりも早く死んだ。

 レイカは機関室に繋がる自動ドアを手でこじ開け、中に入ろうとした。

 その瞬間に、自動ドアが閉まったのだ。それも弾丸のような、私達の誰にも止められなかった速さで。

 あの時の音は今でも覚えている。台所に現れたゴキブリを叩き潰した時のような、生きた肉が圧力に負けて破裂し、体液が周囲に飛び散る時の音。

 レイカの身体が、前後に真っ二つになった。

 冗談としか思えない光景を目の当たりにし、一年半の航海で固められた私達の結束は呆気なく壊れた。

 ランは妹のリンを連れてその場から逃げ出そうとしていた。が、ランがリンの手を掴んだ直後、リンが触れていたコンソールパネルから火花が吹き出し、二人の身体が痙攣。そのまま倒れ込み、二人とも動かなくなった。恐らく火が噴き出すほどの電流がパネルに生じ、触れていたリン、そのリンに触れていたランは感電死してしまったのだろう。

 とはいえあの時の、最早二人だけの生き残りになってしまった私とサクラにそんな事が思い付く余裕などなかった。一瞬にして三人が死に、私もサクラもパニックに陥った。私は腰が抜けて動けなったが、サクラは私の手を取り、完全な手動開閉タイプのドアを開けてその先……船員の部屋がある廊下へと向かった。サクラはそうして逃げた先で、突然降りてきた防火隔壁に頭から叩き潰されて死んだ。

 その後の事は、正直あまり覚えていない。自動扉を避けて、隔壁を避けて、壁に設置してあるコンソールを避け……何時の間にか、私は自分の部屋に引きこもっていた。

 四人の死が、私の命を守ってくれた。だけどそれも時間稼ぎにしかならない。船内の空調が止まっている。恐らく数時間もすれば、船内の気温は人の生存に適さないほどに下がるだろう。それをどうにか乗り越えても、数日で船内の酸素濃度低下が深刻になる。遅かれ早かれ、私の命運もここまでという事だ。

 ……感情を吐き出そうと日記に書き殴ってみたが、改めて考えればやはりおかしい。

 機械に挟まれたり感電したりして死亡する事が、あり得ないとは言わない。だが一瞬にして四人が事故で死ぬなど、あまりにも不可解。なんらかの意思の存在を感じずにはいられない。そしてその意思というものに、私は心当たりがある。

 私達が持ち帰った端末から侵入してきた、あのプログラムだ。

 ……書き連ねて一つの、ある可能性が思い付いた。証拠はない。単なる妄想だ。しかしこの妄想が真実ではないという証拠もない。どうせここで終わりなら、一科学者としてあのプログラム……あえて奴等と言おう。奴等の目的と、先駆者の末路についての推論を記しておこう。

 古代、広大な文明を築いた先駆者達に、奴等はなんらかの形で接触した。科学水準の高さから予想して、先駆者達はサイバー技術も人類以上だったろうが、奴等はそれを突破。高度なテクノロジーであるほど、ネットワークを用いた情報の処理や移動は欠かせない。地球文明がそうであるように、先駆者達の持つ人工衛星や発電所もネットワークにつながっていた筈だ。奴等は文明中の機械に侵入し、片っ端からコントロールを奪い取ったに違いない。

 結果、先駆者は全ての科学的産物を、なんの準備もなく一瞬にして剥奪された。熱力学の恩恵も、化学農法も使えない。生きる術は自然からの採集だけ。しかし築き上げた文明に何百世代も依存していた先駆者達には、自然界で生きる力は失われていた。先駆者達は野生動物のように、緩やかな淘汰の果てに絶滅したのだろう。或いは形態を変え、知性を捨てて、今も生き残っているかも知れないが。

 そうして先駆者の文明を奪い取った奴等は、しかしそこで活動を止めなかった。

 先駆者の作り出した文明をフルに活用し、可能な限りその役割を変性させて、宇宙のありとあらゆる場所に電波を飛ばし始めたのだ。あたかも新たな獲物を狙う生物のような……いや、どうせここで終わりなのだ。世間体など必要ない。ハッキリと私の考えを書こう。

 奴等は単なるプログラムではなく、生物なのだ。

 人は科学によって、或いは元々(つまり宗教的な意味で)自然界から逸脱した存在になっていると、多くの人が思っている。だが、そうではなかった。どんな生物にも生態系的地位が存在する。恒星から放たれた光エネルギーを取り込む植物、植物を食べる植物食動物、植物食動物を食べる肉食動物、それら全ての生物を利用する知的生命体……そして知的生命体が作り上げた文明を獲物とする電子的生命体。

 奴等は文明が作り上げた電子機器を苗床にして繁殖する。そして周囲の電子機器を支配下に置いた後、奴等は使えそうな全ての機器を動員して電波を周辺宙域にまき散らす。知的生命体ならば、他の知的生命体の存在を匂わされて興味を持たない訳がない。そうして招かれた知的生命体の、有人にしろ無人にしろ、探査船に侵入し、文明の中枢を探り当てて乗り込む……寄生昆虫が宿主のイモムシを食い殺し、旅立った成虫が新たなイモムシを見付けて卵を産み付けるかの如く。

 人類は知性によって自然から逸脱したと考えている。だが実際は違った。私達の文明の発展は、この宇宙で繰り広げられている巨大な生態系からすればごく自然な流れの一つに過ぎなかったのだ。

 奴等は今頃、この船のメインコンピューターから地球に向かうための情報を入手し、解析している事だろう。やがて奴等はこの船を使って地球に出向き、正規の通信プロトコルを用いて人類の文明に侵入する。先駆者達ですら抗えなかった猛攻を、巣立ったばかりの小鳥である人類に止められる道理はない。人類が数万年、数千世代を経て作り上げた世界を奴等は食い散らかすだろう。先駆者達の時と同じように。

 本来ならこういう時のために自爆装置があるのだが、先程死を覚悟して操舵室に戻り起爆スイッチを押したのに、シャピロアンは今も平然としている。恐らく奴等はシャピロアンのデータから自爆装置の存在に気付き、起爆剤として使用される推進剤タンクの中身を空にしておいたのだろう。電子生命体の癖に、物理的爆発の意味を理解しているようだ。SF映画ならこれで勝利確定なのに、現実は厳しい。

 ……そろそろ意識が朦朧としてきた。どうやら酸素の供給を絶たれたらしい。

 そう言えば人工衛星から回収してきたサンプルの中に、先駆者の日記と思しきものがあった。今ならあの手書きの意味が分かる。私も、知的生命体の一員として最後の足掻きをやるとしよう。

 願わくば、異変に気付いた私達の同胞がこの船を撃ち落としてくれますように。

 それが叶わなかったなら、どうかこの日記を読んだ、私達の後継者に伝えたい。

 すぐにこの地から離れ、何も持ち帰らず故郷に帰れ。そして二度と故郷の外に憧れを抱いてはならない。

 宇宙の暗闇は、私達には深過ぎる。




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ヘリオスの使者 彼岸花 @Star_SIX_778

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