生命の王9
「……余を助けるか。大きく出るのは結構だが、あまりホラばかり吐くといくら有象無象の鳴き声とて少しは癪に障るぞ」
淡々とした声で、コトアマツは花中の意思に嫌悪を示す。
声色こそ落ち着いていたが、されどかなり苛立っているらしい。でなければ、コトアマツの周りの『空間』からメキメキと、まるで金属を押し潰すかのような音が聞こえる筈がないのだから。恐らくは怒りにより、量子ゆらぎに干渉する力が少しだけ表に出てきているのだろう。
もしもその怒りを叩き付けられたなら、きっと自分は跡形もなく消し飛ぶ……花中は本能的にそれを理解した。されど花中は一歩も後退りなどせず、それどころか自信に満ち溢れた笑みを浮かべてみせる。
生憎先の宣言――――コトアマツを助けるという言葉には、嘘も偽りも打算もない。
つい先程思い付いた方法ならば本当にコトアマツを……宇宙の死に怯える彼女を救い出せると花中は信じていた。
「嘘か、真かは、あなたが判断、してください。わたしは、これならいけると、思っています。それを、あなたに叩き付ける事で、証明してみせます」
「……良かろう。そこまで言うからには、余も乗ってやる。掛かってこい」
「お言葉に、甘えさせて、いただきます……では、ちょっと準備するので、待っててください」
「む? 準備?」
今すぐ仕掛けてくると思ったのだろうか、コトアマツは目をパチクリさせる。花中はそんなコトアマツの前で、最初の準備として――――大きく息を吸い込んだ。
そして身体の内で能力を発動させる。
肺に貯め込んだ空気に、粒子操作を用いてエネルギーを与えた。秒間十ペタジュールものエネルギーを与えられる力を、全力で働かせたのだ。数秒も経てば花中の肺の中の空気は、原水爆など比にならない超高エネルギーの塊と化す。
けれどもこんなものをぶち当てたところで、コトアマツ相手では髪の毛一本揺らせないだろう。そもそも肺に貯め込んだ空気の使い道など、一つしかないではないか。強いて普通と違う点を挙げるなら、人間ではちょっと出せないような規模に達しているというところだけ。
花中は口を開けるや肺の中の空気を勢い良く吐き出し、
「みなさぁぁぁぁぁーんっ! 聞いてくださぁぁぁぁぁぁーいっ!」
思いっきり叫んだ。
放たれた『声』は爆風となって辺りに広がる。人間が受ければ粉々に吹き飛ぶであろう風は、フィア達の身体をよろけさせる事もなく、されどその顔に唖然とした表情を浮かべさせた。
しかし花中は止まらない。
「わたしは! 大桐花中です! 覚えていますかぁ!?」
まずは自己紹介、自分が誰なのかを伝えよう。そうでなければ話は聞いてもらえない。
「今っ! 地球が! 滅亡しようと! しています!」
状況説明は簡潔かつ、誰にでも分かるように。訳が分からない話なんて、途中で飽きてしまう。
「すっごく強い! ミュータントが! 地球を! 食べ尽くそうと! しているんです!」
脅威の目的と大きさは正確に、嘘偽りなく。騙して来てもらうなんて失礼だから。
「このままでは! 地球は! わたしの前に居る! ミュータントによって! 食べ尽くされて! しまいます!」
これから起きる展開は、自信を持って伝えよう。曖昧な言葉では、誰も信じてくれない。
「わたし達だけでは! このミュータントは! 倒せません! 勝ち目は! ゼロです!」
どうしてそうなるのか、ちゃんと語る。強がりをしたって、どうせみんなにはバレているのだから。
そして、
「だから! 兎に角……わたしのとこに来て! 助けてくださああああああああああああああいっ!」
求めるものはハッキリと、恥ずかしがらずに伝えるべし。その想いは、きっと皆の心に届く。
――――叫びたい言葉を全て出し終えて、花中は大きな息を吐いた。文字通り地球の隅々にまで届くような大声だけに、流石の花中も疲れてしまう。背筋を曲げ、荒れた吐息で酸素を吸い込む。
当然こんな叫びを聞いたところで、コトアマツはその場から一歩も動かないのだが。
「……なんのつもりだ?」
「え? えっと、助けを求めたの、ですけど」
「聞けば分かる。一体誰に助けを求めた」
「みんなにです」
「だから! そのみんなとは誰なんだ!?」
「え? えーっと、ちょっとその質問には、答えかねると、言いますか」
コトアマツからの質問に、花中はしどろもどろになってしまう。コトアマツの表情がどんどん不機嫌になっていき、警戒心を強めたフィアが花中の前に立つ。
コトアマツの怒りはご尤も。あなたを助けると啖呵を切りながら、即座に情けない声を上げ、しかも誰が来るのか言えないとなれば……じゃあ今の大声はなんだとなるだろう。
けれども花中は誤魔化している訳ではない。
「正直、みんな気紛れなので……どれだけ来てくれるか、サッパリでして」
本当に、誰が来てくれるか分からないのだ。
「……その場しのぎという下らぬ事のために、余を謀ったか。これ以上の付き合いは面倒だ、すぐに全員消し去ってくれる」
コトアマツは顔から怒りさえも消し、無感情な眼で見つめながら花中達にその右手を差し向ける。消し去るという言葉が冗談ではない、途方もない力を感じた花中は背筋が凍り付いた――――
瞬間、コトアマツの右手に閃光がぶち当たった。
「……なん……ぬっ」
コトアマツにとって、脅威とは言えぬ一撃だったのか。閃光が当たってから気付くまでほんの一秒という、ミュータントとしてはかなりの時間が掛かった。が、気付いた次の瞬間、コトアマツはその手に集めていた力を霧散させる。
花中の『目』には見えていた。
コトアマツに当てられた閃光……大出力レーザーがコトアマツの手を熱していた事を。コトアマツが右手に集めていたものも熱であり、急激に増大していく熱により『暴発』の危険があったのだ。
もしもあのまま力を使われたなら、本当に花中達は消し飛んでいた。そしてそれを助けてくれた『大出力レーザー』……この使い手に、花中は心当たりがある。
「一番乗りですよ! 妖精さん!」
真っ先に呼び掛けに応えてくれた。その嬉しさを抑えきれない声で、花中は『彼女達』の名を呼んだ。
彼女達の姿を人間が見ようとしても、簡単には捉えられない。何故なら彼女達はとても小さく、とても地味な姿をしているからだ。されど花中の能力ならば、小さな彼女達の姿がハッキリ見える。
地面を這いずる、何百匹もの――――ホタルの幼虫が!
「……なんだ? 何故虫けら共が、っ!?」
コトアマツもホタルに気付いた、刹那、その目を大きく見開く。
ホタル達の幼虫数百匹が同時に『大出力レーザー』を放ったのは、その直後の出来事であった。
今の花中になら、ホタル達の攻撃が如何に強烈かがよく分かる。一本一本のレーザーの出力は、粒子ビームほどではない。しかし比類はする威力であり、花中の十万分の一程度しかない
ましてやそれが何百と集まれば、花中の粒子ビームなど比にならない破壊力となる!
「……っ」
ホタル達が放ったレーザーはコトアマツの顔面に命中。強烈な熱と閃光の前に、コトアマツは目を細めた。
コトアマツが見せた反応は、たったこれだけ。しかし僅かに、本当に僅かながらコトアマツの視界を妨げる事に成功している。コトアマツの圧倒的強さを思えば、それだけでも快挙と言えよう。
花中がレーザーを撃ち出しているホタル達の方を見れば、そのレーザーに紛れて別の発光が起きていた。チカチカと高速かつ規則的に輝くそれは、所謂モールス信号のリズムを取っている。
曰く、『あれのだとうを するつもりなら てをかそう せんぱいとはなしていた へんな にんげん』との事。
「ええ、十分です! ありがとうございます!」
花中は感謝の言葉を伝える。出来ればホタル達の反応を確かめたいが、生憎確認する暇はない。
コトアマツが、間もなく動き出す。
「小癪な……!」
レーザーの眩さに苛立つように、コトアマツがぼそりと呟く。次いで片手を軽く上げると、大地が突如として揺れ始めた。
そしてコトアマツの背後にある地面が浮かび上がり、空を漂う! 物体に触れる事なく操るとは、花中の粒子操作と同様の力か。しかし花中のそれよりも、コトアマツのパワーは遙かに大きい。
地面から持ち上げられた土塊は、直系三十キロはあろうかという巨大なものだった。最早小島のようである土塊は楕円形をしており……その切っ先を、ホタル達に向けている。
ホタル達も何をされるか察したのか、レーザーのターゲットをコトアマツから浮遊する土塊へと変えた。彼女達のレーザー出力ならば、この程度の土塊は難なく溶解させられる筈だが……無数の光線を浴びても浮遊する土塊は形を保ったまま。恐らくは『念力』により形状が保たれているのだろう。
このままではホタル達が潰されてしまう。そうはさせまいと花中はホタル達を逃がすべく動こうとする、が、間に合わない。
それよりも先に、助けが入ったのだから。
「ぬううんっ!」
勇ましい『男』の雄叫びが聞こえてくる。
それと同時に、浮遊する土塊に何かが凄まじい速さで衝突した! 『念力』により形こそ未だに保っているが、しかし土塊は激突の衝撃により大きく角度を変える。角度を変えられた土塊が進み出した方向は……空高く。
地面に向かう筈だった土塊を、全く関係ない空へと向けさせるとは。土塊の大きさから想定される質量、そして形状維持のため加えられている『念力』を考えれば、途方もないパワーがなければこんな芸当出来やしない。
されど花中には、この恐るべきパワーの持ち主に心当たりがある。
「に、兄さん!?」
尤も真っ先に反応したのは、その『何か』の身内であるミィ。
そしてその叫びの通り、やってきたのはミィの兄キャスパリーグだった。土塊を蹴り上げた反動からか、彼は空高くから落ちながら花中達を見下ろしてくる。花中はすぐさま見上げ、顔を合わせた。
「ふん。情けない声が聞こえたから駆け付けてみれば、とんでもない化け物とやり合ってるじゃないか……ついでに、お前も妙な気配を纏っているな」
「ちょっと、色々ありまして!」
「興味がある。一段落付いたら、話を聞かせてもらうぞ!」
強気な言葉と共に、キャスパリーグはその場で大きな『蹴り』を放つ。無論空中に浮かんでいる彼の足下に、足場となる固体は何処にもない。
されど空気ならば何処にでもある。
驚異的スピードで蹴られた空気は固体のように反作用を伝え、彼の身体を弾丸のように射出した! 超音速という言葉すら生温い速さで地上に降り立ったキャスパリーグは、ミュータント化した花中にすら追いきれない神速でコトアマツに肉薄する!
繰り出されるキャスパリーグの拳。ミィをも凌駕する桁違いの速さを誇る打撃は、しかしコトアマツの表面に展開された『壁』を破るには足りず。殴り付けた際の余波で巨大なクレーターが大地に作り出されたが、コトアマツは髪の毛一本揺らさなかった。
「別の虫けらか? 鬱陶しい……」
更にコトアマツはキャスパリーグの速さに対応し、彼の腕を易々と掴んだ。キャスパリーグはその手を振り解こうとするが、ビクともしない。段々と彼の腕を掴むコトアマツの手に力が加わり――――
「「パパを放せぇッ!」」
その力が骨の強度を超える前に、可愛らしい二つの声が場に響く。
キャスパリーグの子供達だ! 超音速で跳んできたクリュとポルは、コトアマツの背中に全力全開のキックを喰らわせる! 可愛らしい掛け声に対し、響き渡る衝撃音は身の毛もよだつほどの大きさだ。
そしてコトアマツの身体が、ほんの僅かながら傾いた。
「……? 何――――」
コトアマツが僅かに、本当に僅かではあるが眉を顰めた。同時に手の力も弛んだのか、キャスパリーグはコトアマツの手を振り払う事に成功。素早く後退する。
あと一歩で、始末は出来ずとも黙らせる事ぐらいは出来た筈なのに。それを邪魔してきたクリュとポルに、コトアマツは片手を差し向ける。クリュとポルは悪寒を覚えたのか、即座に逃げようとしたが……身体がピクリと動いただけで、二匹はそこから離れない。
いや、離れられないのだ。花中の目は、二匹の筋肉を形成する原子が不自然な静止状態にあると確認出来た。コトアマツの干渉で動きを阻まれたに違いない。
動けない二匹にコトアマツは指先を向け、その指先に純粋な高熱を集める。肉体的には凄まじい頑強さを誇るネコ達でも、高熱により原子がプラズマ化してしまえば分解されてしまう。コトアマツはそれを行おうとしているのだ。
が、それを阻むモノがいる。
空より落ちてきた鉄塊だ。
巨大な金属の塊は、しかしコトアマツには直撃しない。彼女のすぐ傍に落ち、着弾と同時に爆散。キラキラと光り輝く煙をばらまいた。
煙幕だ。コトアマツの周りは煙幕に包まれ、視界が遮られる。無論コトアマツならば、なんらかの方法により煙幕越しの光景を見通せるだろう。されどほんの一瞬、花中では突けない程度ながら隙が生じた。
キャスパリーグがクリュとポルを抱えて、コトアマツの前から二匹を退かすには十分な隙だ。二匹の子猫達は親のお陰で難を逃れる。
「……ちっ」
コトアマツが舌打ちした瞬間、展開されていた煙幕はまるで自らの意思を持つかのように霧散した。コトアマツがなんらかの力を用い、散らしたのだろう。
されど煙幕を張った鉄塊は、何度も何度も空から落ちてくる。
展開される煙幕は一種ではない。単なる色付きスモークもあれば、金属粒子を飛ばすもの、水蒸気、閃光……様々な方法で視界を潰してくる。それでいてどれも超越的でない、極めて科学的な方法ばかり。
当然である。この煙幕を展開している者達は、如何にもミュータントらしい超越的能力は使えないのだから。
ただ『世界の支配者』としての資本力により、花中達の頭上に何十基もの攻撃衛星を展開しているだけだ!
「タヌキ達……どうやらこっちの事は今も監視していたようね。見ていたならさっさと助けなさいよ、全く」
ミリオンの呆れるような、懐かしむような、そんな悪態に花中は笑みを浮かべる。本当に『厄介』な支配者達だ。
直接的な攻撃では、ダメージ以前に気付いてももらえないとタヌキ達は考えているのか。空から降り注ぐのは煙幕などの視界妨害を狙ったものばかり。しかしそれで十分。
大出力レーザーを撃てるモノと、超越的身体能力を持つモノが、攻撃に転じるだけの時間を稼いでくれれば十分なのだ。
煙幕を貫き、無数のレーザーがコトアマツを撃つ。キャスパリーグ達もレーザーの隙間を縫って接近し、拳や蹴りなどの攻撃をお見舞いする。コトアマツは未だダメージを受けた様子もないが、花中の目は彼女の表情が歪んでいくのをしかと捉えた。
「……鬱陶しいぞ虫けら共が! 星の表層ごと吹き飛ばしてくれる!」
ついに苛立ちが爆発したかのように、コトアマツは両腕に力を集結させた。花中は即座に観測するものの、『未知の物理現象』としか分からない。それがどのような力なのか、どうやって物体に影響を与えるのかは想像も付かないが……星の表層を吹き飛ばすという言葉が嘘でも過剰でもないのは察せられた。
しかし花中は動かない。
何故ならそのエネルギーは、自分達ではなく別のものへ使われる事を花中は予感していたのだから。
「っ!?」
予感は的中した。コトアマツは地表に向けていた両方の掌を、素早く自身の斜め上の空へと差し向ける。
その掌目掛けて飛来してきた、人の背丈よりも小さくて、けれども『星の表層を吹き飛ばす』ほどのエネルギーを秘めた火球を防ぐために。
「なっ、ん……!?」
ここで初めてコトアマツが、明らかな動揺の色を見せた。どんな攻撃を受けても平然とし、後退りすらしなかったコトアマツが――――数歩後退りするという形で、その場から動く。
否、或いはこれでもコトアマツは大したダメージになっていないと言うべきか。
かつて異星生命体を討ち滅ぼし、人類に己が立場を自覚させた、アナシスの火球であるにも拘わらず。
「あー花中さん。あの炎って多分ヘビの奴ですよね……万一外れて大爆発を起こしたら私達巻き込まれて死にませんか?」
「……多分、一瞬で死ぬね」
「何千キロ彼方から撃って命中させるとかさらっと細かいところでも化け物してますねアイツ」
達観したフィアの物言いに、花中は苦笑いしか返せない。ミュータントになった今だからこそ、とてもよく分かる……コトアマツと『サシ』でまともにやり合える可能性があるのは、あのアナシスだけ。そのぐらい彼女の強さは段違いだった。
そのアナシスの攻撃であっても、コトアマツは数歩後退したのみ。一対一で戦ったなら、きっと為す術もなくアナシスも打ち倒されたに違いない。
しかし此処には、花中達も居る。
「皆さん! 一斉に、仕掛けてください!」
花中の指示を受け、全員が動き出す!
ミリオンが舞い上がり、周囲の大気を加熱。コトアマツの周辺温度を急上昇させていく。更にはホタル達によるレーザーが何十本と撃ち込まれ、コトアマツ表面付近の温度をどんどん上げていった。
立ち上がったミィは兄と合流。親族揃って虚空を蹴り上げる! 放たれたのは圧縮した空気の塊。強烈な物理的衝撃が、コトアマツの身に打ち付けられていく。
更に空からはタヌキ達の攻撃が繰り返された。煙幕の中に電撃が走り、それがコトアマツを焼こうとする。金属粒子が擦れ合って生じた小規模な雷……恐らくは新兵器か。
更にフィアが繰り出す水触手、花中の撃ち出す粒子ビームがコトアマツに命中。駄目押しとばかりに空から落ちてくる幾つものアナシスの火球が、コトアマツを押し潰す!
「ぐ……ぐ、ぅ……!」
これでもコトアマツは倒れず、その場に二本の足で立っていた。けれども口からは声が溢れ、明らかに顔を顰めている。
そして花中の目は、コトアマツの周囲で起きていた変化を観測していた。
コトアマツが不動を保っていた理由である、あらゆる攻撃を遮断する空間の歪み……その歪みが少しずつ、補正されているのだ。
みんなのパワーを集めた事で、コトアマツの防御を上回ったのか? いいや、そうではないと花中は考える。コトアマツから感じられた力の大きさは、そんなものではない。これだけミュータントが集まろうとも、恐らく力の総量では未だ足下にも及んでいないだろう。
にも拘わらずコトアマツを守る空間は大きく変化し、無力になろうとしている。
その理由を、花中は理解していた。
「この、程度で……余を止められると思うなッ!」
コトアマツは吼えるや、花中目掛け突進してきた! レーザーも、打撃も、水触手も、何もかも無視しての接近。花中は粒子ビームを撃ち続けていたが、平然と掻き分けながらコトアマツは距離を詰める。そして何か、恐ろしい力を宿した手を花中に伸ばし――――
その手を、横から現れたものに掴まれてしまう。
反射的にコトアマツは、手を掴んだモノの方へと振り向く。振り向いたコトアマツは、これまでで一番大きくその目を見開いた。
コトアマツの動きを阻んだのは、彼女の唯一の友であるオオゲツヒメだったのだから。
「怒らないで……と言っても無理だと思うから、後で弁明はしますわ。とりあえず今は、花中ちゃんのお友達として一肌脱ぎますわね♪」
言い訳がましく伝えるや、オオゲツヒメはその可憐な頭をバックリと、花咲くように裂けさせる。
そしてその奥にある喉の穴からどぼどぼと灰色の液体を吐き出し、コトアマツに頭から浴びせかけた。ただの液体……ではない。
一滴落ちるだけで地面に穴が空くほどの、強力な消化液だ。
「――――!? おま……!?」
「後になればちゃーんと話してあげますわ。それではアデュー♪」
友達からの『攻撃』に戸惑うコトアマツを、オオゲツヒメはニッコニッコと笑うばかり。令嬢らしい身体をぐにゃぐにゃと歪めながら跳ね、この場を離脱する。バネ付きオモチャのような動きは、あたかもふざけているかのよう。
けれども彼女は、大の親友を嘲笑っているのではない。
もしもただ弄っているだけなら、逃げる間際――――花中に向かってウインクなどしてくる筈がないのだから。
「っ……えいっ!」
コトアマツが動揺している隙を突き、花中は自らの肉体を粒子化。亜光速のスピードでコトアマツから距離を取る。コトアマツは花中が離れてからほんの一秒も経たずに反応したが、ミュータントからすれば大きな隙だ。
そう、花中以外にとっても。
動きを止めたコトアマツ目掛け、空から高速で何かが飛来する! タヌキ達の新兵器か? 否、そんな筈がない。飛んできたのは子供の拳ほどの大きさの、茶色の土塊が数個だけなのだから。されどただの土の塊と言うのは早計だ。
その土塊はまるでトンボのように、空中を自由自在に飛び回っているのだから!
「!? なん、ばっ!?」
土塊はコトアマツの顔面を直撃。ダメージなんかにはならないが、その視界を完全に塞いだ。
「ウッホホォオオオオウッ!」
そして頭上からはけたたましい獣の叫びが聞こえてくる。
見上げればそこには、空飛ぶ巨大な丸太の上に乗っているゴリラの姿があるではないか。以前野球勝負をしたあのゴリラだ。何故丸太に乗っているのか、どうやって飛んでいるのか、その飛び方は色々無茶があるのでは――――ツッコミどころしかない登場の仕方が初めて会った時の事を彷彿とさせる。
「ホホウ! ホウホーウ!」
ゴリラは更に土塊による攻撃を行う。が、ゴリラを認識したコトアマツは空間の歪みを自分から離れた場所に作ったのだろう。泥が空中で破裂し、辺りに飛び散る。
まるでその瞬間を見計らったかのように。
周囲の瓦礫の隙間から、無数のネズミが跳び出した! ネズミの大群は迷う事なく、コトアマツの下へと駆けていく!
しかしネズミはコトアマツを襲わない。それどころかまるで愛するかのように、コトアマツに擦り寄るではないか。何十、何百というネズミがコトアマツに寄り添い、埋め尽くす。
あたかもそれは御神体を前にした『狂信者』の様相。
花中はこの事象に心当たりがある。されど『アイツ』は友達どころか、こちらの顔すら知らない存在。いや、そもそもこの世から『絶滅』している筈だ。
一体誰がこれをやっている?
「にんげーん。アンタに賭けたんですから、少しはマシな結果にするんですよー」
疑問に思う花中の上から、今度は人の声がする。
ゴリラが乗っている巨木の上からぴょっこりと、小さな子供のような姿が見えた。その子供は茶色の肌をしていて、話し方は慇懃無礼そのもの。よく見れば繊維が纏まったような、歪な身体をしている。
植物園に居たラフレシアの幼女だ。『マグナ・フロス』の力をなんらかの方法で模倣し、ネズミ達を操っているのか。何故ゴリラと一緒なのかは、さっぱり分からないが。
ネズミ達に群がられ、更には土塊の猛攻を受けるコトアマツ。例えダメージはなくとも感覚器に無数のノイズが混ざるのは、ただでさえ『喧しい』ミュータントを相手している時には一層鬱陶しい筈だ。
「ちっ……返すぞ、うすのろが!」
ついにその怒りが爆発し、怒号と共にコトアマツは腕を振るう。
ただそれだけの動きで、大量の土砂がゴリラ達の下へと飛んだ!
「ホゥオオッ!?」
「げっ。ヤバ……」
土砂を前にしたゴリラとラフレシアの幼女が、焦りの声を上げた。空飛ぶ丸太の上に乗る二匹だが、その丸太にはこうした攻撃を回避する術がないらしい。
身を守る術がない二匹に、大量の土砂が迫る……丁度、そんな時だった。
どしんどしんと、地面が揺れる。揺れは段々と大きくなり、花中達の身体を上下に揺さぶった。
地震か? いいや、違う。
巨大な何かが近付いてきている!
花中がその事に気付いた刹那、巨大な物体が花中の視界に入り―――― 一際大きな震動と共に跳躍。その姿を此処に集まった皆に披露した。
現れたのはまん丸なお饅頭。
否、そう見える甲殻類スベスベマンジュウガニだ。ただし本来体長数センチしかない筈が、百メートル近い巨体を有した特異な個体である。『彼女』が二年前、海で出会ったスベスベマンジュウガニであると花中はすぐに気付いた。
跳躍したスベスベマンジュウガニは、ゴリラ達と土砂の間に割って入る。彼等の身を守るため? そうかも知れない。
だがそれ以上にチャンスだと思ったのだろう。
彼女には、物質を吸収して我が身とする力があるのだ!
【ギッ、ギギィイギイイイイイッ!】
受け止めた物質を次々と取り込み、スベスベマンジュウガニはどんどん巨大化していく。百メートルほどだった身体が、更に二十メートルは大きくなったように見えた。
巨体はパワーを生み出す。ミィ達のような身体能力に優れる能力がなくとも、百メートルを大きく超えた彼女のパワーは途方もないほど大きい。
スベスベマンジュウガニの大きなハサミが、コトアマツの頭へと振り下ろされた! コトアマツはこれに対し片手を振り上げ、波動のような力を発して打ち砕く。立派なハサミは粉砕され、殻と肉の集まりに変わってしまった。
だがスベスベマンジュウガニにとってこの程度の怪我は問題にならない。ミュータント化以前より、カニの手足は千切って敵から逃れる事を想定している。そして彼女は『物質』を取り込みどんどん成長する事が可能だ。
千切れた自分の肉を全身から取り込めば、何度だって失った手足を取り戻せる。
【ギギギィギギギィイイイッ!】
何度も何度も叩き付ける豪腕! その度に腕は吹き飛ぶが、スベスベマンジュウガニはすぐに再生させて腕を生やし、コトアマツを殴り付ける!
「……そうか、何度切り落としても生やすか。なら、跡形もなく消すまで」
しかしこの猛攻すらもコトアマツを苛つかせるのが精々。
コトアマツの周りを、突如として現れた雷撃が飛び交う! 雷撃によりスベスベマンジュウガニは焼かれ、吹き飛ばされた。されど雷撃は意思を持つように曲がり、吹き飛ばされたスベスベマンジュウガニを追撃する。
コトアマツが繰り出した新たな攻撃は、スベスベマンジュウガニの身を焼き切っていく。炭化した身であれば吸収し、糧にしているようだが、気化したものまでは使えないらしい。花中の『目』には、スベスベマンジュウガニの身体が段々と縮んでいくのが見えていた。
スベスベマンジュウガニも危機を察したのだろう。後退りして逃げようとする、が、雷撃は彼女を包囲していた。背中側からの雷撃によって前へとつんのめり、前からの雷撃で後退し……足取りが乱れ、一定方向に向けて歩く事が出来なくなっている。
このままではやられてしまう。なんとか彼女を助けようと花中は立ち上がり、
【ぜんぐん、とつげーき!】
空より能天気で間の抜けた、女の子の声が聞こえてきた。
次の瞬間、空から無数の『塔』が落ちてくる! マーブル模様の刻まれた独特な色彩の塔は大地に突き刺さるや不可思議な空気の歪みを放ち……その歪みが通り抜けた場所の雷撃が消失。
スベスベマンジュウガニは雷撃が止んだのを感知し、慌てて後ろに下がった。しかし塔の降下は止まらない。十数本が打ち込まれてコトアマツを包囲すると、塔の先端が段々と光を放ち始め――――
「っ!? み、みんな! 身を守って!」
花中の声に応じ、この場に居たコトアマツ以外の全員が防御態勢に移った
瞬間、塔から眩い光が放たれる。
ただの光ではない。『以前』は分からなかったが、今ならこの光の原理が花中にも理解出来る。脳細胞が形成されるまでに刻まれた、成長の痕跡を追跡する輝き……まともに浴びれば知能が退行する、滅びの光。
スズメバチ達の超科学兵器だ!
「余の知性に触れるか、痴れ者がァッ!」
知能を犯す光にコトアマツが怒りを露わにし、塔に向けて手を振るう。その動きにより空間が掻き乱され、湾曲した空間に巻き込まれた塔が五つ纏めて粉砕された。
だが塔の降下はまだまだ続いている。塔は『忘却の光』が通じないと分かるや、攻撃手段を光線……冷凍ビームへと変えた。エネルギーを奪い取る光という、人類科学では全く意味の分からないものがコトアマツを凍り付かせようとする。
冷凍ビームを受けたコトアマツの身体は、少しずつだが凍り始めた。凍結しているのは『壁』の外側のみであり、コトアマツに苦悶の表情はない。だが周りが凍結すれば、それだけで動きを妨げる程度の効力はある。
「ふんっ……!」
それが不愉快だ、そう言わんばかりにコトアマツが鼻息を吐く。
瞬間、花中達が立つ大地が暗闇に覆われた。まるで何かの影に入ったかのように。
見上げれば、空を覆い尽くすほどに巨大な『円盤』が浮かんでいた。独特のマーブル模様が入った装甲……間違いなくスズメバチ達の母艦だ。
何時の間にやってきたのか? 恐らくついさっき、光学迷彩を用いたままやってきたのだろう。花中の粒子操作能力を以てしても、姿を現すまで存在に気付けなかった科学力は最早ジョークにしか思えない。一体どんな原理なのか、ミュータントと化した今でも想像すら付かなかった。
だが、コトアマツはこれを見破った。おまけに、恐らくその光学迷彩を無理矢理解除させている。でなければスズメバチ達の母艦周囲を、母艦から出てきた小型円盤が慌ただしく飛び回っている筈がない。
「虫けらの巣か……このまま星の外に逃げられるのも勿体ない。落としてくれる」
コトアマツは彼女達を大人しく見逃すつもりはないらしい。片手を軽く上げるや、突き刺さった塔がふわりと浮かび上がる。塔は冷凍ビームをコトアマツに撃ち込み、僅かながら凍らせるが、コトアマツの行動を止める事は叶わない。
コトアマツが軽く手を振るえば、合わせるように塔が『射出』された。
塔は花中の目でも追うのがやっとの、凄まじい速さで飛んでいく。塔は自ら軌道を変えようとしてかガタガタと揺れたが、到底間に合いそうにない。飛んできた塔の直撃を受けて『円盤』が損傷し、墜落でもしようものなら……
しかしその最悪は起こらない。
何故なら地面より飛び出した無数の水触手が、飛んでいた塔を見事捕まえたのだから。
そして水触手は力いっぱい振るわれ、塔はコトアマツへと投げ返される! 凄まじいパワーに加え、塔自身も今度は抗わない。
コトアマツは自らが投げ付けた塔の直撃を頭に受け、一歩後退った!
「むっ!? アレは――――」
その光景に、フィアが驚いた。
つまりフィアは水触手を繰り出していない。あの水触手を生成したのは別の『誰か』と言う事になる。
それが何者であるかを、花中は知っていた。よもや来てくれるとは、花中も思わなかったが。
「ふっはははー! お母様ったら、こんな虫けらに苦戦するとは腑抜けてますねぇ!」
高らかな笑い声と共に、地面から『一匹』の少女が跳び出す。金髪碧眼の麗しい顔に不遜な笑みを浮かべ、その背中から無数の水触手を生やしている。お気に入りなのか、着ている服は初対面の時と同じく可愛らしいエプロンドレス。
フィアの『娘』であるフィリスだ!
「姉様達は来てないようですが、まぁ、あんなクズみたいな臆病者共など居ない方がマシですね。この私に感謝するのですよ、お母様」
「ふんっ。どうせ勝ち目が見えたから来ただけでしょうに」
フィリスに対し悪態を付くフィアだが、そこに浮かぶ笑みは何処か嬉しげ。花中も自然と笑みが浮かんだ。
「……纏めて、潰してくれる」
ぽつりと呟かれたコトアマツの言葉一つで、その笑みは強張るのだが。
ぞわりと背筋を走る悪寒。しかし危機を察知した時には全てが遅い。
コトアマツは両手を前に出し、その両掌を向け合う。するとその掌の中心に、黒い何かが出現した。
とても小さな黒いもの。光を一切放たず、まるで空間にぽつんと穴が空いたようにも見えた。その穴は少しずつ大きくなり、風がコトアマツに向けて吹き始める。風は徐々にだが強くなり……
ここで花中は、コトアマツの手の内に生じた黒いものが何かを理解する。
ブラックホールだ!
恐らく異星生命体が有していた力を解析し、手にした重力操作能力の応用。このまま周囲の大地ごと全員を飲み込むつもりかも知れない。
そんな花中の危惧は、残念ながら的中したらしい。
「えっ、ちょ……!?」
「にゃーっ!? うにゃあああっ!?」
ブラックホールはどんどん巨大化し、重力が増大。大地が捲れ上がり、黒い球の中へと吸い込まれていく。
フィア達のパワーなら、一時この場を離れる事は可能だろう。しかしもしもコトアマツがこのままブラックホールを巨大化させ、地球を丸ごと飲み込もうとすれば、流石に逃げ場などなくなる。どうにかしてあのブラックホールを消さねばならない。
だが、どうすれば良い?
ブラックホールを攻撃しても無駄だ。光さえも吸い込む暗黒の存在は、全てのエネルギーを糧にして成長する。かといってコトアマツをどれだけ攻撃しても、彼女は怯みもしないだろう。仰け反るぐらいはさせられるかも知れないが、それだけではブラックホールを消させる事など出来まい。
いや、そもそも一度形成されてしまえば、ブラックホールは自らの重力であらゆるものを吸い込む。何かの拍子にコトアマツを倒しても、ブラックホールは消えてくれないだろう。
一体どうすれば、コトアマツの手からブラックホールを消せるのか。
――――その答えを知るのは、地中に潜むモノだった。
「……む」
順調にブラックホールを成長させていたコトアマツが、ふと視線を下に向けた。次いで花中も大地からやってくる『力』に勘付く。
真っ直ぐに向かってくるその力は、とても恐ろしく、けれども確かな覚えがあるもの。つい最近、この地上をコトアマツよりも前に破滅させようとした悪夢のパワー。
地球を滅ぼす力が、一点集中で地上目掛け駆け上っている!
「ぐっ!?」
その力はコトアマツの足下より噴き出し、彼女の身体に風のような形を伴って直撃した! コトアマツは顔を顰め、力がやってきた地中を睨み付ける。
その眼光は、果たして奴に届いたのだろうか。
届かずとも、奴ならばきっと察知するだろう。花中はそんな予感がしていた。『彼女』こそが最初に、そして最も身近にコトアマツの存在を感じていた筈なのだから。
地殻奥深くに生息する怪物――――ムスペルのミュータントならば!
【バルルルルオオオオオオオオオオオオンッ!】
コトアマツが浴びる力と共に、地獄の魔物の雄叫びもやってくる!
その叫びは万物の『状態』を変化させる。吹き飛ばされたコトアマツの足場は、どろりと溶けて
そしてブラックホールであった黒い球が、突如として弾け、真っ黒な液体が周囲に飛び散った。
ブラックホールが液化したのだ。地球表面を溶かし尽くすほどのパワーを一点に集めた結果、宇宙最大最悪の現象すらも打ち破ったという事。ムスペルの力をアナシスに並ぶものと判断した、フィアや花中の感覚は正しかった。
これまで忌々しげな顔はすれども、苦悶などの色を殆ど見せなかったコトアマツ。だが、ここに来て彼女の顔が僅かに歪んだ。苛立ちや不快さではなく、明らかに『痛み』を覚えた表情である。
「……この……ぐぬぅあ?!」
そのコトアマツに追い打ちを掛けたのは、突如として跳んできた『ねばねばした物体』。
その物体は一応『液体』なのか、ムスペルの力を受けてもなんの変化も起こさない。しかしコトアマツの身体に纏わり付き、ムスペルの力を受けていたコトアマツを横に吹っ飛ばす!
加えて大地に墜落した彼女の身体を、その粘着力により貼り付けた!
「よっしゃあぁ! どんなもんよ!」
その光景を見て、大喜びする者が『一匹』……否、一人居る。
真っ赤に輝く髪。一年で花中よりも大きく伸びた背丈。ちょっとだけ大人びた顔立ち……変わったところはたくさんある。彼女は『人間』なのだから成長ぐらいするのだ。そしてそれはとても喜ばしい事。
御酒清夏が、今も人間として生きている証拠なのだから。
「せ、清夏さん! 来てくれたんでね!」
「勿論! なんか花中の声が聞こえて、居ても立ってもいられなくなったんだから! ……なんか凄い事になってるけど、後でちゃんと説明してよ!」
「はいっ!」
来てくれた清夏に満面の笑みを返し、花中は再びコトアマツを見遣る。
コトアマツは大地に貼り付けられていたが、しかしその手は難なく上げられた。粘々した液体はどろどろと溶解し、粘り気を失っている。動きを阻めている様子はない。
加熱による分解か、それとも別の力か。いずれにせよコトアマツは粘液を無力化し、軽々と体勢を立て直そうとしていた。あまりにも簡単に立ち上がる姿を前にして、清夏は「ぶほぉっ!?」と驚きからか吹き出してしまう。
そんな清夏が悲鳴を上げたのは、次の瞬間の事。
空から吹き付けた『爆風』が、コトアマツを再び地面に叩き付けてからだ!
「きゃあああああああああっ!?」
「えっ、わぷ……!?」
爆風は四方にも広がり、花中達にも襲い掛かる。身体能力的にはただの小娘である清夏はころんと転がり、花中でも気を弛めば飛ばされてしまいそうな風圧が全身に加わった。
風の力は凄まじく、清夏の粘液では止められなかったコトアマツを地面に貼り付けさせる。この凄まじいパワーは、最早地球上で起こるような突風ではない。
「クルルルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
そんな突風と共にやってくるのは、パイプオルガンを奏でるような鳴き声。
空から響く勇ましい咆哮に、この場に居る誰もが空を見上げた。
故に、金色に輝く巨大な鳥を全員が目の当たりにする。
猛禽類を彷彿とさせる端正な顔立ち。赤く鋭い眼光と、二十メートルはあろうかという翼長は、最早怪物ではなく『怪獣』と呼ぶのが相応しい。圧倒的な生命力とパワーを感じさせ、花中は思わず後退り。
花中はこのような生物を知らない。だが、聞いた事がある。
「あぁぁーっ!? あなた何処だかで会った鳥じゃないですか! まだ生きていましたか! あっはっはっ!」
フィアが中国で激戦を繰り広げたという、怪物のミュータントだ。
「クルルオオオンッ! クリュ! クリュオオオンッ!」
「ふむふむ。花中さん今がチャンスです! アイツに一発お見舞いしてやりましょう!」
「えっ!? フィアちゃん、あの鳥さんの言う事、分かるの!?」
「いいえ全く。ですが奴が攻撃している今がチャンスです! ほらなんか今のアイツ全然動いていませんし!」
なんとも適当な発言をしつつも、フィアは一点を指差す。その指先が示すのはコトアマツ。
フィアが言うように、怪鳥が繰り出す爆風を受けているコトアマツは地面に貼り付けられたまま。腕を上げようとするが、上手くいっていないように見える。
それは奇妙な事だった。確かに怪鳥のパワーは凄まじいが、しかしコトアマツはアナシスの火球すら受け止める力の持ち主。こんな風程度で身体が動かなくなる筈がない。けれども現実のコトアマツは、身動きを封じられていた。
花中はその理由を知っている。否、正確にはただの憶測だ。されどその憶測は今、目の前で現実に起きている事象と一致していた。
そう、この憶測が正しいのなら――――
「有象無象共が……図に乗るでないわッ!」
花中がその考えを抱いた時、コトアマツが咆哮を上げた。
彼女を縛り付ける爆風が一瞬で掻き消され、それどころか逆に怪鳥目掛け風が吹き付ける! 怪鳥は素早くその翼を畳み、盾のように構えてこれを迎え撃つ。
爆風の威力は凄まじく、鳥故に大きさの割には軽いとしても、巨大な怪鳥の身体を大きく吹き飛ばした。とはいえ怪鳥はほぼダメージを受けていないようで、着地は軽やかなものであったが。
地面に降りた怪鳥は、鋭い眼差しでコトアマツを睨み付ける。恐ろしい力を目の当たりにした筈だが、怪鳥の闘志は挫かれていないらしい。
そしてコトアマツに闘志を見せるのは、怪鳥だけではない。
コトアマツをまともに怯ませられなかった全員が。
花中の呼び声に応えた全てのミュータントが。
コトアマツを取り囲み、彼女に戦う意思を見せ付けていた。
「……よもや数に任せて殴り付けるというのが、お前の言う作戦ではないだろうな?」
コトアマツからの問いに、花中は首を横に振る。これは本心からの返事だ。大体星を喰い尽くすような生物相手に、数で挑んでどうなるというのか。
しかし、やる事についてはそこまで外れてもいない。
「ちょっと、違います。みんなで、ボコボコにするのは、同じですけど」
「ふん。口ではなんとでも言える。それに有象無象共を蹴散らすなら、纏めての方が好都合。どんな小細工をするつもりかは知らんが、打ち砕いてくれるわ」
「そんな事言ってますけど……コトアマツさん、本当はちょっと期待してますよね?」
花中はコトアマツを指差しながら問う。
コトアマツは散々攻撃されてきた。多種多様で、強力なものばかり。不動を貫いてきた身体も、少しずつ揺らぎ……ついに倒れてしまった。
小さく貧弱な者達に纏わり付かれ、屈辱的なやられ方をしたコトアマツ。だが、今の彼女の顔に浮かぶのは憤怒でも、苛立ちでもない。
初めて誰かに出会ったような、そんな眩い笑みだった。
「ふ……ふっははははははは! あっはははははははははは!」
コトアマツは笑う。高らかに、最高に嬉しそうに。
同時に跳ね上がる、その身から放たれる力の強さ。
『本気』ではないだろう。恐らくはただ、視線が合っただけ。そこに花中達が、ミュータントが居るのだと認識したに過ぎない。
花中達からすればそれだけで十分脅威だ。足下を歩いていたアリに、大の大人がいよいよ意識的に拳を振り下ろそうとしているに等しい。どんなに手加減されようとも、油断したら一発でぺちゃんこだ。
だが、それがどうした。策を弄したところで勝てぬのだから、やれる戦い方はただ一つしかない。
気楽に、暢気に、考えなしに。
己が本能を信じて突っ込むのみ!
「来るが良い! 遊んでくれるわ!」
「皆さん! コトアマツさんを、兎に角ガタガタにやっちゃってー!」
コトアマツと花中の号令と共に、全員が動き出した!
遙か空の彼方より、コトアマツの真っ正面から飛来する無数の火球がある。アナシスが繰り出した破滅の炎だ。更に衛星軌道上に浮かぶタヌキ達の人工衛星から『神の杖』が撃たれ、背後からは妖精さん達のレーザーも放たれる。
頭上から、背後から、正面から。逃げ場のない攻撃に対し、コトアマツはその場から避けようともしない。ただ大きく息を吸い込みながら両腕を左右に広げた。
たったそれだけの動きで、コトアマツの身体に半透明な光の膜が表れる。
電磁フィールドや粒子の壁などではない。極めてシンプルな空間の歪みだ。膜はコトアマツの全身を隙間なく包み、纏わり付いている。恐らく今まで展開していた『壁』と同種だが、肉眼でもハッキリ見えるほど出力を上げたのだろう。この歪みに阻まれ、アナシス達の猛攻は呆気なく阻まれてしまった。
だがコトアマツの動きも止まる。
「大人しく!」
「これでも!」
「喰らえーっ!」
「おんどりゃあーっ!」
ミィとキャスパリーグ、そしてそのクリュとポルがコトアマツ目掛け何かを投げた! 白濁とした、粘ついた物体は超音速でコトアマツの足下に着弾する! それも一個だけではない。何個も何個も、どんどんコトアマツにぶつけていく。
彼女達の背後で、口からだらだらと粘液を出すオオゲツヒメ、そして手から大量の粘液を溢れさせる清夏が、その手伝いをしていた。
「ふん! この程度の粘液、高熱で……」
「あら、そうはいかないわ」
「あんまり冷ますのは得意じゃないですが、まぁ、やるだけやりますかね」
【つめたくなぁーれ!】
動きを阻もうとする粘着物を溶かそうとするコトアマツだが、ミリオンとフィリス、そしてスズメバチ達がこれを阻む。ミリオンは直に熱を操り、フィリスが気化熱により蒸発させ、スズメバチ達が謎技術で周辺気温を押し下げる。強力な冷却作用により、コトアマツが生み出す熱は殆どが無力化された。
粘性は消えず、コトアマツの動きが更に鈍れば、それをチャンスだとばかりに飛び掛かる二体の影。
怪鳥、そして地中より這い出したムスペルだ。怪鳥は空高くより風を放つ。その風は渦を巻き、竜巻のようになってコトアマツを飲み込む。
そこに追い打ちを掛けるように、ムスペルの口から放たれた力がコトアマツに直撃する。ムスペルの放つ咆哮は、されど何かを溶解させたりはしない――――コトアマツが纏う粘着物を固体に変え、その動きを完全に固定したのである。
「……ほう」
コトアマツは感嘆したように声を漏らした。
粘着物はコトアマツの下半身に集中して当てられ、上半身は剥き出しの状態。コトアマツは上半身を動かしてみるが、固体化した下半身の粘液はビクともしない。少し本気を出せば簡単に砕けるだろうが、その判断を下す僅かな時間動きが止まる。
動けなくなれば格好の的だ。妖精さんのレーザーが放たれ、スズメバチ達の母艦が黒い光の弾を撃ち、ミィ達が石を、清夏達が液体を投げ付ける。
だが、今度のそれらはコトアマツまで届かない。
コトアマツを中心にした半径三メートルほどの位置に、透明な『膜』が現れたのだ。ドーム状に展開されたそれは妖精さん達の攻撃を尽く防いでしまう。コトアマツがその身に纏うものと同系統の、空間の歪みによる防御フィールドだ。
ミュータント達の攻撃は止まず、防御フィールドを撃ち続ける。しかしコトアマツを守るフィールドは揺らがず、コトアマツを疲弊させる事も叶わない。この後彼女が少し本気になれば、この包囲網は一瞬で崩壊するだろう。
突撃を仕掛けるならば今しかない。
これまでならきっと怯み、慄いてしまうところだが……今日の花中はイタズラ小僧のようにニヤリと笑う。
一番の親友の横に並び、一緒に『遊べる』のだ。これが楽しくない訳がない!
「フィアちゃん、行くよ!」
「合点承知です!」
花中はフィアと共に、真っ直ぐコトアマツへと突撃した!
無論花中とて無策で突っ込む訳ではない。コトアマツも即座に花中が何か企んでいると気付き、妨害を行ってくる。
コトアマツは前へと突き出した指先から、真っ赤な光を放つ。花中の目から見たそれは星の力……核融合の輝きのように映った。直撃すれば、あらゆる元素がエネルギーへと還元されてしまうだろう。
されどそこに飛んできたのは、一つの『魔球』。
ゴリラの投球だ。彼の糞で出来ている魔球は、恒星の力と接触するや渦を巻くようにして引き込み、そのまま遠くへと運んでしまう。コトアマツから引き離された光は眩く輝いて蒸発。この世界から消え去った。
攻撃を邪魔されたコトアマツは一瞬顔を顰めてから次々と光を撃ち出すが、ゴリラは同じだけの糞を投げ付けて全て持ち去る。星の光は花中達に届く前に潰された。
ならばとコトアマツが次に繰り出したのは、一直線に突き進むレーザー。空間に沿って進む光は魔球の力を寄せ付けず、それどころか『弾』を焼いて花中達に向かって飛んだ。
だが、それは花中達の前に現れた巨影が遮る。
スベスベマンジュウガニだ。ちらりと振り返った彼女と目を合わせたフィアは、スベスベマンジュウガニを水触手で捕らえ、盾のように構えた。
当然スベスベマンジュウガニの巨体はレーザーで焼かれていくが、その身は強靱な『再成長』により塞がる。何十メートルとあった身体はどんどん小さくなるが、それでもレーザーは花中達には届かない。捨て身の特攻が、花中達のための道を作ってくれた。
これなら一気にコトアマツまで肉薄出来る。そう思う花中の心境は、ある意味では油断だった。
「小賢しいわっ!」
コトアマツは、次の技を放つ。
コトアマツから放たれたそれは空間が波打つかのような『姿』を持ち、花中達全員を飲み込むようにして通り過ぎた。身体へのダメージはない……が、花中とフィアの歩みが遅くなる。
花中は身体に力が入らず、素早く足を動かせない。動かそうとすると筋肉が痛み、ますます動きが鈍る。能力でなんとか誤魔化そうとしたが、そもそも能力が上手く機能しない。
フィアは更に酷い状態だ。水触手がどろりと崩れ、構えていたスベスベマンジュウガニを落としてしまった。フィアの全身からどぼどぼと液体が零れ、今まで保っていた密度が維持出来なくなっていた事を物語る。
異変があったのは花中達だけではない。コトアマツの身を守るフィールドに加えられていた、様々な攻撃が止まっていた。レーザーも何も飛んでこない。例外はタヌキ達が繰り出している、衛星からの科学的な攻撃だけ。
何が起きたか? 花中はすぐに思い出す。
能力を封じられたのだ。コトアマツはミュータントの力の根源である、量子ゆらぎを操れる。その能力により量子ゆらぎを『不活性』な状態へと変え、ミュータントの力を一時的に著しく減衰させたのだろう。
能力がなければ素早く走れない。ましてや花中の鈍足では、コトアマツの攻撃は躱せないだろう。そして今の花中とフィアは『生身』同然。レーザーや核融合の塊の直撃なんて受けようものなら……
「これは、どうする?」
コトアマツはそんな花中の『もしも』を現実にしようとした
その直前に、花中の足下を何かが駆け抜ける!
突然の衝撃に花中だけでなくフィアまでも ― 恐らく先のコトアマツの『力』により、見た目相応まで『身体』を形成する水が減って軽くなったのだろう ― 転んでしまう。その際反射的に花中は手を地面に向けて付き、ごわっとした感触を覚えた。
パチリと開いた目に映るのは、地面を埋め尽くすほどに群れた大量のネズミ達。
花中達の足下を掬ったのは、ネズミの大群だった。ネズミ達は猛然と駆け、背中に乗せた花中達をネズミらしい速さで運んでいく。更に別働隊としてコトアマツ目掛け突撃し、絡んでいく個体まで居る始末。統率の取れた、それでいて命を惜しまぬ行動である。
ラフレシアの幼女が、ネズミ達を操っているのは明白だった。
「ふふん! 能力を封じたつもりかもですが間抜けですねぇ! わたしの能力はあくまで臭い物質を作り出す事! 一度作った物質は消えないんですよぉ!」
ラフレシアの少女の勝ち誇った声が、近くの瓦礫の山の陰から聞こえてくる。それに応えるようにネズミ達は、一層力強く花中とフィアを運んでくれた。
コトアマツなら、このネズミ達の群れを吹き飛ばすのは簡単である。しかし状況が変化し、繰り出そうとした攻撃を切り替えるには時間が掛かる。
この時間があれば、花中達が力を取り戻すには十分だった。
「もう大丈夫です! ネズミさん達を、逃がしてください!」
「へーい。ま、精々頑張りやがるんですよー。はい、全員一時たいきゃーく!」
花中の言葉を受け、ラフレシアの幼女が軽く指を振るう。それが解散の合図なのか、コトアマツに群がっていた別働隊のネズミ達は散り散りに。そして花中達を乗せていたネズミ達は一斉にジャンプして、大きなうねりを作り出す。
ネズミ達のうねりに乗る形で、花中とフィアは空中へと放り出された。空中で体勢を立て直しながら、花中はフィアの方に手を伸ばす。フィアもまた、花中へと手を伸ばしていて――――『二匹』はがっちりとその手を掴み合う。
もう離さないと伝えるように花中が握り締めれば、フィアもまた握り返す。目を向ければ、フィアもまた目を向けていて、視線が合った花中達は同時に笑った。
次いで二匹同時に見つめるのは、真っ正面に構えるコトアマツ。
そのコトアマツの周りには、強固なフィールドが形成されているが……花中はこれを問題にしない。
そんなものは、自分と同じく立ち直った友達みんながなんとかしてくれると信じているのだ!
「いっけぇぇぇぇー!」
「一発、喰らわせてやりなさい!」
ミィとミリオンの声と共に、集まったミュータント達の攻撃が一斉に放たれる!
レーザー、岩石、火球、雷撃、謎ビーム、土塊、消化液、粘液、風、波動……ありとあらゆる攻撃を、コトアマツの周りを囲う壁は同時に受け止めた。空間の歪みによる無敵の防御……だが、その空間の歪みが攻撃を浴びるほどに薄れていく。
そして皆の攻撃が打ち消されるのと同じくして、コトアマツを守る空間の歪みも消失した!
「!? 何――――」
無敵の守りが破られた。この事実にコトアマツは驚きを見せる。周りを見渡し、何が起きたか知ろうとしていた。
それは花中達にとって、大きなチャンス。
「「おんどりゃあああああああああ!」」
ぴたりと重なった雄叫びと共に、花中は粒子を纏った右手を、フィアはドリルのように回転する左手を、コトアマツに向けて放った!
コトアマツは直撃の寸前、花中達の方へと振り返る。だが避けるにはもう遅い。花中とフィアの力は、共にコトアマツの胸部に直撃
――――しなかった。
コトアマツの胸よりほんの数センチ離れた場所に、力を打ち消すような波打つ空間が展開されていたがために。
「……成程。これがお前の作戦か」
花中達の攻撃を受け止めたコトアマツが、笑った。
まるで、全てを見通したと言わんばかりに。
「大量のミュータントを集め、数多くの能力を使わせる事で、量子ゆらぎの状態を引っ掻き回す……ノイズを大量に発生させる事で、余が上手く力を使えないようにした訳か」
「……っ!」
コトアマツの語る『推論』に、花中は表情を強張らせる。
コトアマツの予想は的中していた。
コトアマツは量子ゆらぎの力を自在に操る事で、様々な力を行使してみせた。それは確かに凄まじい力であり、万能の能力であるが……万能故の、ある種の弱点があった。
即ち『変換』作業だ。
量子ゆらぎは、宇宙すらも誕生させる無限の力だ。しかしそれはハッキリとした性質があるものではなく、もっと言うならば観測出来る形ですらない。観測が出来ないとは、つまり熱くもないし痺れもしないし物も動かせないという事。それは傍から見れば存在しない力であり、事実量子力学のようなミクロの世界以外では、気にする必要のないものである。
この存在しない力を『現実』で行使するには、なんらかの形に変換する必要がある。
コトアマツ、ひいてはミュータントがどんな方法で量子ゆらぎを変換しているのか、それは花中にも分からない。だが『あらゆるもの』に変化する無限の力を、意識的に操るのだ。恐ろしく膨大な……それこそどんな巨大マシンでも計算出来ないような、出鱈目な演算能力が必要に違いない。
そんな真面目な計算をしている真横でどんちゃん騒ぎを、しかも色んな『音色』でやれば一体どうなるか。
まともな計算が出来なくなり、うっかり間違えて――――力が不発に終わるかも知れない。空間を捻じ曲げるような力は失われ、攻撃が通るようになるかも知れない。
そんな花中の目論見は、上手くいった。コトアマツを包んでいた空間の歪みが消失したのだから。
けれども至近距離の、小さな守りまでは消せていなかった。
「良いところまでいったが、大きく広げなければ、まだ余の力は使えるぞ」
「ぐ、く……」
「さぁ、これからどうする?」
コトアマツが煽るように尋ねてくる。花中はその問い掛けに一瞬顔を顰め、けれどもすぐに笑みを返す。
これからどうするか? そんなの決まっている。
「フィアちゃん!」
「花中さん!」
「「いっせーのーせっ!」」
一番の親友と力を合わせ、同時に殴り付けるのみ!
花中とフィアは繋いだ手を、同時に前へと突き出す! 粒子の輝きに大量の水が絡み付き、螺旋を描きながらコトアマツの胸元にある波打つ空間と衝突する!
波打つ空間は花中とフィアの攻撃を受け止め、ぴくりとも揺らがない。それでも花中もフィアも、攻撃の手を弛めない。
「くだらん。これだけの仲間を呼んで、ようやく『薄い膜』を破れたというのに、たった二匹の力で何が出来る」
花中とフィアの攻撃を、コトアマツは冷めた目で見つめた。最後の最後で悪足掻きかと、呆れるように。
その眼差しが違和感を含んだものへと変わり、驚愕で見開かれるのに、さしたる時間は掛からなかった。
波打つ空間が、少しずつその波打ち方を小さくしていったのだから。
「な、ん……なん、だ……なんだこの喧しさは!?」
コトアマツが苛立ちを露わにし、声を荒らげた。
花中とフィアは、何も特別な事なんてしていない。そう、特別な事は何も。だけど花中には、コトアマツが何に動揺しているかは分かる。
きっと彼女には、花中達の攻撃が不協和音のように聞こえている筈だ。何故ならフィアと花中の攻撃は、全く息が合っていないのだから。
フィアはがむしゃらに、真っ直ぐに突き進もうとするばかり。だけど何を思ったのか捻ったり、うねったり、行動に一貫性がない。きっと無意識に全ての行動をやっている。
対して花中はフィアに合わせようと、ついつい自分の意識と違う方に力を向けてしまう。しかし後追い、おまけにミュータントになったばかりで時々上手くコントロール出来ない事もある始末。挙句いきなりフィアが合わせてきたら、驚いて引っ込んでしまう事もしばしばだ。
ぐっちゃぐちゃのめっちゃくちゃ。秩序も何もありはしない。いや、むしろ全く無関係なミュータント二匹を連れてきた方が、余程マシな連携をするのではないかと思わせるぐらい酷い合わせ技である。
何故なら花中とフィアは全く違う性格だから。だから全然息なんて合わない。
合わなくっても良いのだ。
てんでばらばらでも、背中同士を向け合うぐらい見ているものが違っても……それでも一緒に、力を合わせるぐらいは出来る。ぐちゃぐちゃで滅茶苦茶で、だから簡単に混ざり合える。
こんなにも『
「「いっけええええええええええ!」」
「ぬ、ぬが、あ……!? こ、これは、この力は、なん……!?」
渾身の力を、フィアが先に、花中が追うように解き放つ! 最後の最後まで息の合わない力に、コトアマツが驚愕の声を上げた。必死に食い止めようとしてか両腕を掲げ、自分を守る空間の歪みに力を与えようとするが、空間の歪みはどんどん正されていき――――
生身のコトアマツに、花中達の拳が突き刺さるのだった。
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