生命の王7

 寂しげな顔を浮かべていたコトアマツは、やがて空を見上げて微笑んだ。

 その微笑みは、あどけない見た目に見合わぬほど妖艶で、光悦としているように思える。されど同時に偉大なる力を感じさせ……だけどやはり寂しげ。空から降り注ぐ茜色の夕日がコトアマツの纏う雰囲気を一層濃くし、彼女に話し掛ける事すら躊躇させた。

 だが、花中は訊かねばならない。

 コトアマツが豹変したのと共に――――世界の雰囲気が一変した事を、花中は確かに感じ取ったのだから。

「……どういう、事、ですか? 時間切れって、一体……?」

 じりじりと後退りし、コトアマツから距離を取りながら花中は問う。フィアとミリオン、ミィも花中の傍にやってきて、コトアマツと対峙した。

 コトアマツは、空を見ていた顔を下ろした。

 変わらず妖艶で、寂しげな表情。その笑みを浮かべたまま、コトアマツは南の空を指差す。

「あそこに浮かぶ星を見ていろ」

 そしてコトアマツは一言、そう告げた。

 彼女の言葉の意味は分からないが、花中は言われるがまま空を見る。沈みかけとはいえ未だ陽の出ている時間帯故に、空に広がるのは澄み渡る茜色。人間の目には星など見えない。

 しかし花中の目は、そこに存在する無数の星の輝きを捉えられる。日中星が見えないのは、陽の光に星の輝きが掻き消されているだけの事。星は変わらずそこに存在し、高度な観測能力があればいくらでも捕捉可能だ。

 とはいえ、だからコトアマツが何を指しているかすぐに分かるものでもない。花中からすれば、その指先にある星の数はあまりにも。何か、特別な星がある筈だ。そう考えた花中は星の光を解析。有り触れたものを一つ一つ除外していき……

 やがて一つの『惑星』を見付ける。

 火星だった。惑星は恒星からの光を反射しているだけなので、星系外のものの観測は今の花中であっても中々難しい。反面、太陽系内の惑星ならば距離が近いため、一般の望遠鏡でも観察可能なほど明るい。火星はその中でも観測が容易な惑星の一つだ。今の花中の目なら、火星の模様までしっかりと判別出来る。

 コトアマツが指差す先にあるもので、『特別』なものはこの火星しかない。何があるんだと、花中は火星をじっと観察した。

 答えは、その直後に起きた。

 火星にのである。比喩ではない。火星表面に巨大な亀裂が入っており、惑星を横断していた。その断層はかなり深く、火星の輪郭が凸凹としたものに変化していく。

 そして一千キロ以上伸びた断層から、黒い何かが飛び出した。

 それはまるでクジラのヒレのようなものだった。だが、あまりにも大きい。断層を砕きながら現れたそれは、地上に出てきた分だけで三千キロはあるように見える。火星の大気を突破し、出てきた部分の大半が宇宙空間で揺れていた。

 最初に現れたヒレの反対側から、更にもう一枚の黒いヒレが現れる。ヒレが現れた断面からは黒い触手のようなものが何百本……否、何億本と伸び、火星を埋め尽くしていく。伸びる速さは凄まじく、ものの十数秒で火星の色合いは赤から黒へと変貌した。

 そこから更に数十秒と経つと、再び黒い触手が動き出す。

 触手は一斉に退いていき、亀裂があった場所に戻っていく。戻っていくのだが……火星の大地は一向に見えてこない。黒い触手は、もう殆どなくなったというのに。

 触手が完全に消え失せた時、残っていたのは火星の大地ではない。

 そこに居たのは、一体の『怪物』だ。

 そいつの見た目は一見して魚のようであった。やや丸みを帯びた流線形の胴体は真っ黒で、油断すれば花中の目でさえも見失いそうなほど、宇宙の暗闇と同化している。火星から飛び出した二枚の巨大なヒレの他に、その身には小さなヒレが四枚付いていた。頭には目や口に当たる器官が見当たらず、一見してぬいぐるみのようにも見える。そしてその大きさは……先程までそこにあった惑星である火星と、殆ど変わらない。

 惑星規模の構造体。だが、驚きはそれだけに終わらなかった。

 火星と入れ替わるように現れた構造体は、大きく背伸びをするように身体を曲げ、六枚のヒレを緩やかに動かしたのだ。単純な運動ではなく、『凝り』がある場所を自覚してそこを重点的にストレッチするような、複雑な動き。機械ではなく、『有機的』な仕草だ。

 あの構造体は、間違いなく生きている。

 火星は跡形もなく消え去り、生きているものだけが残った。事実だけを並べて考えれば、真実は自ずと見えてくる。しかしそれを受け入れるのは、例えその光景を肉眼で目の当たりにしていた花中にも難しい。

 あり得ない。あり得るべきではない。されど、起きてしまった。

 生命が、星をという事態が。

「な、ん……ですか……アレは……!?」

「花中さん? 何が起きたのですか?」

 唖然とする花中に、フィアが尋ねてくる。ミィやミリオンも視線を向け、花中の答えを待った。

 けれども花中の口は、己の目が見た光景を言葉に出来ない。あり得ない、あり得ちゃいけない……現実逃避の言葉が頭の中をぐるぐると駆け回り、理解しようとする思考を妨げる。

「恐らく、火星とか金星とかが喰い尽くされる瞬間を見たんじゃありませんこと?」

 何も答えられない花中を見かねてか、オオゲツヒメが花中の答えを代弁したのはそんな時だった。

「火星が、喰い尽くされた? なんの話?」

「そのままの意味ですわ。火星を構成する全元素が食べられた。それも星の内側から現れた『巨大生物』によって」

「……はなちゃん、マジなのこれ?」

 信じられないと言いたげなミリオンに、花中は無言のままこくりと頷く。

 この答えにはミリオンのみならず、さしものフィアとミィも目を見開いた。驚くのは当然である。惑星一つ喰い尽くすような『生命』……特殊な能力を持っていようが持ってなかろうが関係ない、勝てる訳がない存在なのだから。スズメバチがどんな猛毒を持っていようと、ミサイルすら通じぬ怪獣には為す術もないのと同じように。

 突如として現れた恐るべき生命体。本来ならば困惑し、なんの対策も思い付かず、ただただ命運に身を委ねるところだろう。

 されど此度は違う。花中達の目の前には、この事態を事前に察し、指し示したものがいる。

 彼女以外に『元凶』は考えられない。

「……どういう、事……ですか……コトアマツさん……!」

 未だ花中達の前に佇む、コトアマツ以外には。

「どう、とはなんの事だ?」

「どうして、火星を破壊……いえ、食べ尽くしたのですか!? いえ、それより、あの黒い生き物は……!」

「ふむ、一つずつ答えてやろう。まず火星を喰らい尽くした理由だが、大したものではない。物資が必要であり、解体が容易だったから。ただそれだけだ」

 花中からの問いに、コトアマツは平然と答えた。そこには嘘偽りはおろか、隠そうとする感情すら読み取れない。

 だからこそ花中は震えた。惑星一つを滅ぼしておきながら、コトアマツがなんの感傷も見せない事に。

 しかしこれは序章でしかなかった。

「そして二つ目の質問の答えだが……お前の言う黒い生物とは、火星から現れたモノの事か? ならば答えは簡単だ。アレは

 二つ目の答えが、花中にそれを教えてくれる。

 アレもコトアマツ自身だと、コトアマツは語った。此処に彼女は居るというのに。

 何かの比喩か? そうかも知れない。しかし花中は、同一人物が複数箇所に現れる方法を知っている。

 。外観通りの一体の生物ではなく、無数の微細生物の集合体であるならば、無数の『自分』が存在する事になる。

 ピクニックの最中に感じた違和感……自分の事を他人事のように話していたのはこれが原因かと、今になってコトアマツの身体について一つ理解する。考えれば分かったかも知れない事だけに、花中の胸の中に悔しさに似た感情が込み上がる。

 しかしそれを悔いている場合ではない。

 コトアマツが群体であり、あの黒い生物がそのうちの『一塊』だという事は――――まだ、他にも居るかも知れないのだ。例えば地球の奥底に潜む、コトアマツと同じ気配を持つ『何か』など特に怪しい。

 最悪の可能性を考える花中。しかしコトアマツは、その最悪を更に上回る。

「人間の時間単位を用いるなら、凡そ五百日前に第四コアを火星に撃ち込んだ。観察対象と呼べるものもなかったからな、すぐに喰い尽くしてやったわ」

「第四……!?」

「つまり、あと三つは同じものがあるという事ね。火星を喰い尽くした生物と同じものが」

「その通り」

 驚愕から言葉を失う花中に代わり、ミリオンがコトアマツに問う。コトアマツはこくりと、臆面もなく頷きながら肯定した。

「第二コアは金星に、第三コアは水星に撃ち込んだ。既に星の解体を始めていて、十五分以内に完了する。第五コアは木星、第六コアは土星に向けて推進中だ。第七から第九コアも、近々発進させる」

「太陽系にある惑星……冥王星は準惑星だけど、まぁ、ある程度の大きさがある『星』は全て喰い尽くすつもりという訳ね。そうなると当然、太陽系内に例外なんてないわよねぇ?」

「無論だ」

 ミリオンに訊かれたコトアマツは不敵に笑い、とんとんと自分が立つ大地を足のつま先で叩く。

 その意味を分からぬ花中ではない。分かるのだが、それを理解する事を理性が拒んだ。コトアマツの言葉が本当ならば、それは終末の宣告に他ならない。

 だから認めたくなかった。されどコトアマツは、人類の現実逃避を許してはくれない。

「第一コアは、此処にある。他のコアの生成とコントロールを行っていた影響で、少々生育は遅れたが……三時間後には『始動』するだろう。始動すれば三分以内にこの星の解体が完了する筈だ」

 彼女は世間話でもするかのような気軽さで、認めたくない『現実』を突き付けた。

 フィアやミィの警戒心が、この言葉を境にして跳ね上がる。恐らく今までは、星がどうのと言われても、なんの話だか分かっていなかったのだろうが……ここまでハッキリと告げられ、ようやく理解したのだ。

 今、この星が滅亡しようとしている。

 即ち星の上に棲まう自分達に、避けようがない死が訪れようとしているのだと。

「ほほう随分と規模の大きな話ですが……要するにやっぱりアイツは敵という事ですね?」

「ま、そーなるわね。勝ち目があるとは到底思えないけど」

「今まで遊んでて感じてたけど、めっちゃくちゃだもんなー、アイツ」

 フィア達は誰にでも聞こえるぐらいの話し声で、自分達の意見を交わす。ひそひそ声を使ってもどうせバレると思っているのか、はたまたそこまで考えていないのか。いずれにせよ、フィア達はコトアマツを『脅威』と認識していた。

 そう思えないのは、未だ理解すら出来ていない花中だけ。以前にも聞いた事なのに、心がその事実を拒絶する。

「……どう、して……」

「なんだ? まだ何か質問があるのか?」

「だって、星を……地球を食べ尽くす、なんて……どうしてそんな事を、するのですか!? 火星とか、金星とか、生物のいない星なら、まだしも……!」

「生命の有無は余の計画にはなんら影響しない。地球を解体し、余の一部とする方が後の計画にとって有益だからそうしたまでだ。仮に地球だけ残したとしても、太陽も解体するからこの星での生命存続はほぼ不可能になる。前にも言っただろう?」

「なら! その計画というのは、なんなのですか!? 太陽まで食べて、一体、何を目指しているのですか!?」

「最終的には巨大な演算回路を作り出し、計算を行う。先程から以前と同じ問いを繰り返しているが、忘れたのか?」

「そうじゃありません! 計算って、なんのための計算なんですか!? 何を計算するのに、そんな、太陽系全てを費やさないといけないのですか!?」

 どれだけ訊いても、コトアマツの口から出てくるのは要領の得ない答えばかり。いよいよ目前に理不尽な死を突き付けられ、挙句理由も分からなくて、感情が爆発した。自分が抑えられず、花中は執拗にコトアマツを問い詰める。

「この宇宙の滅亡を回避する術を導き出すための計算だ」

 その感情を止めたのは、爆発した感情をも上回る『出鱈目』だった。

 パクパクと、花中の口が空回りする。コトアマツが何を言っているのか、何を言いたいのか、まるで理解が及ばない。

 宇宙の滅亡とは、なんの話だ?

「宇宙って……えっ……?」

「人間も考案していた筈だ。宇宙の終焉について考えられるものは二つ。一つは宇宙の膨張が重力に負け、収縮に転じる事で全てが圧壊するビッグクランチ」

 呆ける花中に、コトアマツは指を一本折りながら話す。

 ビッグクランチについては花中も知っている。コトアマツが話したように、宇宙の膨張する力が重力に負けた結果生じる終焉……簡単に言えば全てがブラックホール、或いはそれ以上の『何か』に飲み込まれる未来だ。正しく終焉と呼ぶに相応しいが、超圧縮されたエネルギーから次のビッグバンが起きるという意見もある。

 それにこの宇宙は現在、人間の観測結果が正しければ減速するどころか加速している。故にこのビッグクランチは起こらないという意見も少なくはない。

 しかしそれを救いと呼ぶのは早計だ。ビッグクランチはまだ『続き』がある終わりだが……もう一つの終焉は、本当に、あらゆる希望を打ち砕く。

「もう一つがビッグリップ。宇宙そのものが希薄になり、終焉。現時点での余の計算では、こちらの終焉が訪れる可能性が高い」

 全てを引き裂く、完全なる終わりの名を、コトアマツは告げた。

 宇宙の膨張は今も続き、減速するどころか加速している。それは情報の伝達距離がという意味だ。しかも宇宙の端だけでなく、地球が位置する真ん中辺りでも起きている。端の方ほど膨張速度は速いが、中心部でも少しずつ空間は膨張し、加速しているのだ。現時点でその伸び方は留める必要もない程度だが、しかし膨張速度がこのままどんどん加速していけば、やがて光速を超えてしまう。そして空間の広がりは相対性理論に縛られず、なんの問題もなく光速を超えられる。

 もしも空間の膨張が光速を超えた場合、それは重力など光速で伝播している『相互作用』が他者に届かない事を意味する。つまりあらゆる力のやり取りが不可能となり、見た目上あらゆる力が消失し、物質は物質の形すら維持出来ず、全てが単一の『何か』と成り果てるのだ。

 それは何も生み出さない、何も起こらない虚無の終焉。未来に残すものが何一つない、完全なる終わり。

 これが『ビッグリップ』――――引き裂かれた宇宙だ。

 想像するだけで身の毛もよだつ終末だが、されどこれは今すぐ訪れるものではない。諸説あるとはいえ、この説の提唱者は二百二十億年後に訪れるものと予想している。それを近いと考えるか、遠いと考えるかは個々人に委ねるが……不安になるのが馬鹿らしいほど未来の話なのは間違いない。

 その滅亡を回避するために地球を滅ぼすと言われて、一体地球生命の誰が納得するというのか。

「どちらが起こるにせよ、回避策を模索するには膨大な演算が必要だ。それも現時点の余の演算速度では、予測される終わりの時まで掛かっても道半ばに到達しないほどの、な。だから演算速度の増加が必要だった。演算速度を増す一番簡単な方法は、演算回路の増設だ。太陽系の物資はその演算回路の生成に当てる」

「そ、そんなの、何百億年も先の話じゃないですか! そんなものの、ために……!」

「余はその何百億年も先を生きる。余は宇宙の終焉を目の当たりにするのだ。その形はどんなものであれ、な。ならばそれを回避するのは、生命として当然であろう? 余は、まだ死にたくないのだからな」

「死にたくないって、そんな、そんなの……」

 コトアマツの考えを否定するように、花中はぶつぶつと呟く。

 同時に、ようやく理解が及んだ。

 以前、オオゲツヒメが言っていた。コトアマツは花中よりもずっとずっと臆病だと。一体何処が臆病なのかと思っていたが……今なら得心がいく。

 彼女は花中ですら心配するのがと思うほどの、遥か未来を不安に思っているのだ。

 いや、これをアホらしいと侮辱するのは『短命』な立場からの物言いだろう。自称とはいえ数百億年生きるつもりのコトアマツからすれば、ビッグクランチやビッグリップは何時か目の当たりにする終焉。それも寿命ではなく『事故』の類であるならば、避けたいと思うのは当然の思考だ。

 だが、そのために地球生命の全てを犠牲にするなど、地球生命の一員である花中には受け入れられない。いや、最早事は地球だけの話ではないのだ。もしも太陽系内物資で生成出来る演算回路だけでは足りないとなれば、コトアマツは間違いなく他の星系にも手を出す。『故郷』である地球の分解、その地球の『同胞』である生物の絶滅すら躊躇しないのだ。コトアマツが宇宙生物に温情を与えるなど考えられない。

 彼女の目的である『宇宙の終焉を回避する方法』を見付け出すのに、どれだけの演算力が必要かは見当も付かない。だがもしも、この宇宙の全ての物質が必要だとすれば……宇宙全ての生物がコトアマツの一部にされてしまう。

 それは何もかもが一点に収束するビッグクランチと、何が違うというのか。

「……本当に、この星を、食べ尽くすのですか……」

「くどい。この決定を覆すつもりはない」

 花中の問いに、コトアマツは一言で拒絶の意思を示した。

 コトアマツの決心は揺るがない。

「……わたし達と、遊んだ時間は、楽しく、なかったの、ですか……?」

 だから花中は、問う。

 コトアマツは少しだけ沈黙を挟み……静かに微笑んだ。今までよりももっと強く、寂しそうな感情も含ませて。

「今日に関して言えば、まぁ、楽しかった。あのような経験は、これまでした事がない」

「……それでも、わたし達が暮らす星を、食べるのですね?」

 花中が改めて問えば、コトアマツはこくりと無言で頷く。

「お前達と共に居る楽しさより、余にはこの世の終わりの恐ろしさの方が上だからな」

 そして己の気持ちを打ち明けた。

 花中は、その言葉を信じた。疑おうという気持ちすら抱かない。それほどまでにコトアマツの言葉には真実味があり、誠意すら感じられた。

 花中は小さく息を吐き、しばし目を閉じる。握り締めた拳がぷるぷると震え……やがて開いた時、全身から力が抜けた。

「……それが、コトアマツさんの気持ちなのは、分かりました」

「……そうか」

「その上で一つ、わたしからも、言わせてください」

「ああ、言ってみるがよい」

 花中の前置きを、コトアマツは快く受け入れる。

 コトアマツから許しをもらった花中は、大きく、大きく……自分の胸がふっくらと膨らむほどの息を吸い込み、

「この……臆病者おおおおおおおっ!」

 思いっきり、叫んだ。

 吸い込んだ空気は爆音となって周囲に広がる。花中は粒子操作能力を用い、莫大な量の大気を吸い込んでいたのだ。音波の破壊力は凄まじく、周囲の瓦礫と大地が捲れ上がり、空に浮かんでいた雲が吹き飛ぶ。ただの人間が傍に居たなら、木っ端微塵になっているだろう。

 とはいえミュータントからすればそよ風のようなもの。花中のすぐ近くに居るフィアやミリオン達は、その体幹を揺らす事すらしていなかった。ましてやコトアマツが微かでも動く訳がない。

 だが、誰もがその目を大きく見開いて、驚きの表情を浮かべていた。フィアも、ミリオンも、ミィも、オオゲツヒメも……そしてコトアマツも。

 全員が花中を見る。集める視線に勿論気付いている花中だったが、今の花中は止まらない。

 こんなもので止まるほど、花中の胸に渦巻く激情は大人しくないのだ。

「宇宙の終わりなんて、そんな先の事ばかり、心配して! わたしだって、ただの人間の時に、ミュータントによる、人類の滅亡を考えても、こんな行動を起こすぐらい、怯えたりなんて、しませんでしたよ!」

「……それはお前にその力がないから」

「あなただって、宇宙の終わりを防ぐような力なんて、ないじゃないですか! 少なくとも今は!」

 反論するコトアマツの言葉を遮り、花中は自分の感情を思うがままぶつけた。

 終わりを怖がる気持ちは、花中にも分かる。花中自身、小動物にも負けるぐらいビビりなのだから。あまり他人の事をどうこう言える立場ではない。

 だけど、だからといって。

 友達になろうとしていた自分達すら切り捨てるなんて――――にも程がある!

「わたしは! 確かに、宇宙をどうこうするような、そんな出鱈目な力は、持っていません! だけど、それでも相談してくれた、なら……わたしは、全力で、考えたと思います!」

「考えたところでどうなる。それで何か名案が浮かぶとも?」

「そんなの知りません! ただ、わたしは怒っているんです!」

「なんだ、その滅茶苦茶な理屈は」

 呆れ果てるように、或いは戸惑うように、コトアマツはぼやく。

 筋が通っているのはコトアマツの方だろう。コトアマツはあくまで自分の命を守ろうとしただけ。そして今の花中に、コトアマツを納得させられるような代案はないのだから。

 今はただただ感情的に、本能のまま叫んでいるのみ。友達になりたかった子の力になれなかった事への悔しさと、自分との楽しかった思い出よりも『あるかも知れない恐怖』を選んだ事への怒りに突き動かされて。

 そして暴走する想いは、もう花中自身にすら止められない。

「……わたし、カチンと来ました。そんなに、死ぬのが怖いのなら……宇宙の終わりなんて、本当にあるのかどうかも、分からないものが、怖いのなら……!」

 身体の奥底に秘めている力が、どんどん高まっていく。

 全身から放たれる輝きは、抑えられない力により熱せられた大気の反応。熱せられた大気分子は周辺の空気を掻き乱し、雲などない地上付近に雷撃を走らせる。塵が静電気により舞い上がり、ある種の神々しさと荒々しさを両立させた風景を形作った。

 されどコトアマツは怯みもせず、ただ静かにその場に佇むのみ。

「臆病なあなたなんかより、わたしの方が、ずっと頼もしいって事を、教えてあげます!」

 だから花中はその宣告を、コトアマツに真っ正面からぶつける事が出来た。

「……つまり、余を倒すと?」

「倒すんじゃ、ありません! 弱虫で、泣き虫なあなたより、わたしの方が強くて、賢くて、頼もしいって思い知らせてやるだけです! そして……」

「そして?」

「わたしが閃いた、宇宙の終焉をどーにかする方法に、従ってもらいます!」

 臆面もなく答える花中に、コトアマツは大きく目を見開いた。フィア達も、オオゲツヒメも、驚愕するような表情と共に花中を見遣る。

 そんな花中の内心は今、激しく脈打っていた。

 何故なら今の花中に、自分の『宣言』を担保する心当たりなんて何もないのだから。宇宙の終焉をどうにかする方法は勿論、自分達より遙かに強いコトアマツを倒す術すら思い付いていない。ハッタリどころか行き当たりばったり以下の、幼児のような『駄々』である。

 だが、これ以外に取れる手はない。

 このまま地球が滅びる事を、それ以上に寂しさと恐怖に震えている『女の子』を、見て見ぬふりをするなんて真似は花中には出来ないのだ。

「ふっふーんなんの話だかサッパリ分かりませんが戦うというのなら協力しますよ花中さん」

 そしてその背中を押してくれる親友が、此処には居た。

「フィアちゃん……! でも、コトアマツさんは……」

「滅茶苦茶強い。でもほっといたら地球が終わる。なら、やる事は一つでしょ」

「私は割とどっちでも良いけど……嘗められっぱなしは、癪よねぇ?」

 ミィも、ミリオンも、花中の傍に立ち、コトアマツと向き合う。

 友達が自分を助けてくれる。これだけで花中は、勝ち目のない戦いにも挑める勇気を得られた。

 強い意志と共に向けられた八つの眼差し。

 それを向けられたコトアマツは――――笑った。心から、花中の言葉が本当になる事を期待するかのように。

「くくく……良いだろう。否定するのも馬鹿馬鹿しいほどの大言をこの余に対し言った心意気を買い、少しばかり遊んでやる」

「……後悔しませんね?」

「後悔などせぬだろう? お前の言う通りでも、お前がホラ吹きでも、余は何も損をしない。こんな美味い話そうあるまい」

 花中に問われ、挑発するように煽るコトアマツ。今度はそれに、花中が笑みを返した。言質を取ったぞと伝えるために。

 地球生命の、宇宙全ての生命の存亡を賭けた戦い。

 その戦いは両者共に、笑顔を浮かべてから始まるのであった。

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