幕間一ノ二

 天頂にて、月が煌々と輝く初夏の夜。

 その月明かりが届かぬほど鬱蒼と茂る木々の中に、二つの影があった。

 影は大きなものと小さなものがあり、どちらも同じ方向を向いている。大きな影は輪郭だけで分かるほどに威風堂々とした佇まいをし、小さな影は怯えるように身を縮こまらせていた。ただし小さな影は大きな影から逃げる様子はなく、大きな影のすぐ隣に並んでいたが。

 しばし二つの影は真っ直ぐ、静かに前を見つめていたが、ふと大きな影からくっくっと小さな笑い声が漏れ始める。

「いよいよだ。俺達の戦いが、いよいよ始まる」

「……本当に、やるの?」

 大きな影が嬉しさを滲ませながら独りごちると、小さな影が、ぼそりと尋ねる。

 大きな影は腕を広げ、誇らしげに胸を張りながら答えた。

「当然だろう? まさか、奴等がした事を忘れた訳じゃないよな?」

「それは! ……勿論、忘れてない、けど」

 小さな影のか細い返事に、大きな影は「分かっているならそれで良い」とだけ答え、前を見据える。小さな影も、一緒になって同じ場所を向く。

 影達の前に広がるのは、やはり鬱蒼と茂る木々。

 その草木の隙間から、地平線まで続く夜景が見えた。

 それは煌々とした眩い輝きに包まれた、人間達の営み。一万か、十万か……数え切れないほどの命が、その輝きの下で暮らしている証。

 その証を見下ろしながら、大きな影は口を開く。

「始めようか……この町の人間を、皆殺しにするために」

 心から祈った言葉を、投げ掛けるために。

 傍に立つ小さな影が逃げるように町から視線を逸らした事に、気付かぬまま。

「景気付けに、一発宣戦布告といこうじゃないか」

 そして、大きな影はすっと息を吸い込み――――













 森の獣達が咆哮を上げている。支配者は己だと、誇示するように。


 森の虫達が歌声を奏でる。繁栄に溺れ、愛欲に狂ったように。


 森の鳥達が喚き立てる。何人も、自分達には届かないと嘲笑うように。


 そんな賑やかな命の声を、巨大な爆音が掻き消した。


 爆音は森中に響き渡り、山を下り、平地を駆け抜け、世界を揺るがす。


 木々は暴風に晒されたように波打ち、命を持たぬ土石は吹き飛ばされる。


 やがて爆音が止み……命の声は、聞こえなくなっていた。


 何時まで経っても聞こえなくて、その夜、静寂が森を支配した。


 森の生物達は理解したのだ。


 恐るべき魔物が、この森に潜んでいると。


 獲物を仕留める牙も、百億の数も、自慢の翼も、あの魔物の前では無意味だと。


 そして、










 怒らせたら、自分達は簡単に滅ぼされてしまうと。



















 第二章 孤独な猫達






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