037 魔王の復活と洗脳されし四天王

 競りが終わると、支払いの手続きとなる。

 杏太郎は落札代金の『100ゴールド』と手数料の『10ゴールド』の合計『110ゴールド』を支払うことになった。


 金髪の美少年は、こげ茶色の『10ゴールド硬貨』を11枚、オークションハウスであるコンチータに手渡す。

 落札代金が『オークショニア』と『オークションハウス』の経験値となるので、今回のオークションでは、おそらくレベルアップはしないだろう。


 続いてコンチータは、出品者の取り分となる『90ゴールド』を、ツチグマに手渡した。少女の手には10ゴールド硬貨が2枚残る。

 1枚が少女の手から俺に渡された。

 もう何も相談しなくても、コンチータと俺の間では、取り分は半分ずつということになったのだと思う。


 杏太郎が、ツチグマのそばに行って話しかける。


「おい、ツチグマよ。ボクの名前は杏太郎だ。ボクが落札したから、お前は今日からボクたちの仲間だぜ」

「はい。よろしくお願いいたしますツチグマー」


 んっ? 語尾ごび? 『ツチグマー』っていうのは、あのクマ特有の語尾か? 自分の名前を語尾にしているのか?

 とにかく、オークションで落札された影響なのだろう。ツチグマは杏太郎に対してとても従順じゅうじゅんになっている様子だ。


「とりあえずお前は、魔王軍は卒業だな。これからは『元・魔王軍四天王』のツチグマだ」

「はい、ご主人様。魔王の洗脳せんのういてくださり感謝いたしますツチグマー」

「んっ? 洗脳だと? どういうことだ?」

「どうやらワガハイは、ずっと魔王に洗脳せんのうされていたようです。オークションで落札され、ご主人様の仲間としていただけたことで洗脳が解けたのですツチグマー」


 なんだって……?

 おいおい……俺とコンチータで開催するオークションには、洗脳を解くような力まであるのか?


 洗脳が解けたことで、態度やしゃべり方だけでなく表情までおだやかになり、『ツチグマー』という変な語尾まで使いはじめた巨大なクマは話を続ける。


「ワガハイ、今は頭の中のモヤが晴れたかのようにスッキリしています。魔王の洗脳が解けたおかげです。ワガハイのようなものがご主人様のお役に立つかどうかはわかりませんが、よろしくお願いしますツチグマー」


 ツチグマは、新しいご主人様となった金髪の美少年に向かって、深々と頭を下げた。

 ある意味、オークションで落札されたことによって洗脳が上書きされて、ご主人様が『魔王』から『杏太郎』になっただけのような気もするんですけど……。

 杏太郎がツチグマに質問を続ける。


「もしかしてだが、魔物たちは全員、魔王に洗脳されているのか?」

「すべての魔物が洗脳されているわけではございません。ですが、少なくとも『魔王軍四天王』は全員、洗脳されておりますツチグマー」

「ほお。四天王は全員洗脳されているのか。自らの考えで魔王のしもべとなっているわけではないのだな」


 杏太郎は口元だけでニヤリと笑う。

 巨大なクマは話を続けた。


「ご主人様。先ほどまでワガハイといっしょにいた、狐面の男を覚えておられますかツチグマー?」

「ああ。青い火を放ってきたやつだな」

「はい。あの狐面が、封印された魔王の復活を企んでいる者です。ワガハイたち四天王は全員、あやつにだまされて魔王に洗脳されたのですツチグマー」

「んっ……魔王の復活? どういうことだ?」


 ツチグマの話によると、魔王は遠い昔に封印された存在だそうだ。

 けれど、あの狐面の男が中心となって魔王の復活を進めているらしい。


 狐面は言葉巧みに魔物たちを集めた。

 そして、その集まった魔物たちを、力を徐々に取り戻しつつある魔王が洗脳したとのことだった。

 洗脳された魔物たちの中でも、特に強力な戦闘力を誇る4体が『魔王軍四天王』として、各地の魔物たちの支配を任されることになったそうだ。


 ツチグマはギーガイルたちを見渡して言う。


「ここのギーガイルたちは、魔王には洗脳されておりません。ワガハイが魔王に洗脳される以前から、ワガハイの支配下にある魔物たちでしたツチグマー」

「ギーガイルたちは、ツチグマが元々支配していたんだな」

「はい、ご主人様。ギーガイルたちの住処すみかをこの洞窟に無理やり移動させたのは、洗脳されていたワガハイが、狐面の男の計画に賛同したからなんですツチグマー」

「ほう」

「魔王が完全に復活したときに、タイミングを合わせてギーガイルたちが、洞窟の近隣にある人間たちの町を支配する計画だったのですよツチグマー」

「なるほど。お前たちは、人間の町を支配する準備を進めていたというわけか」


 ツチグマはうなずくと、話を続ける。


「狐面の男が、不思議な魔法でギーガイルの何体かを人間の姿へと変身させました。人間に変身したギーガイルたちを近隣のいくつかの町に潜伏せんぷくさせています。中には人間の権力者と入れ替わって暮らしているギーガイルなんかもおりますツチグマー」


 俺は、杏太郎とツチグマの会話に口を挟む。


「……じゃあ、この近くの町の町長だったイーレカワおじさんのニセモノなんかが、町で暮らしているのか?」


 巨大なクマは質問に答えてくれる。


「町長のニセモノなども当然いるでしょう。ただ、魔王の洗脳が解けたからにはワガハイは、ギーガイルたちを元々暮らしていた土地へ戻そうと考えております。そこなら、オスとメスがバランスよく産まれる環境が整っておりますので。人間の町に潜伏させておりますギーガイルたちも、もちろん全員呼び戻して元の姿に戻しますツチグマー」


 人間に化けているギーガイルたちを元の姿に戻す方法を、ツチグマは知っているとのことだった。

 杏太郎が巨大なクマに言う。


「そうだな、ツチグマよ。ギーガイルたちを、元々暮らしていた土地に戻してやるといい。とにかく、ボクたちはこれから町に戻る。ツチグマにもボクたちの冒険に加わってほしいのだけど、お前はしばらくはギーガイルたちの引っ越しの準備などで忙しいだろ?」


 すると、ツチグマは腕輪だか指輪だか、大きなリング状のアクセサリーらしきものを杏太郎に差し出した。


「ご主人様、これは『土の指輪』というものです。ワガハイを呼び出す必要がある場合は、この指輪を天に掲げ『ツチグマ』とワガハイの名前をお呼びください。どこにいようとも、ご主人様の元へまたたく間に召喚されますのでツチグマー」


 腕輪ではなく、指輪だったようだ。

 ただ、杏太郎が指にするには、サイズがかなり大きかった。

 それでも金髪の美少年は、右手の指にはめようとする。驚いたことに、みるみるうちに指輪のサイズが縮まり、ほどよいサイズへと変化した。

 きっと、装着しようとする者に合わせて、ちょうどいいサイズに変化する便利な魔法かなにかがかかっているのだろう。


「うん、ピッタリはまったな。なかなかよいデザインの指輪だ。ボクが困ったときはこの指輪を使ってお前を呼び出す。そのときは力を貸してくれよ、ツチグマ」

「ご主人様、もちろんですツチグマー」


 それから杏太郎はニコリと微笑むと、巨大なクマに右手を差し出して言った。


「では、ツチグマよ。最終確認だ。ボクがオークションでお前を落札したのだから、これからは魔王のしもべではなく、ボクの仲間だ。よろしく頼むな」

「はい、ご主人様。これにて取引成立ですねツチグマー」


 巨大なクマは、金髪の美少年と素直に握手を交わしたのである。

 そして、オークションの取引が終わったところで周囲の景色が変わった。

 白い壁で四方を囲まれていたオークションハウスが消えて、俺たちは再び元いた洞窟に戻っていたのである。


 すぐにツチグマは、周囲にいたギーガイルたちを連れて移動をはじめた。引っ越しの準備をするのだろう。

 杏太郎が俺たちに言った。


「さあ、『はじめてのダンジョンの攻略』と『はじめてのボス戦』が終わったな。みんな疲れただろう。町に戻ろう」


 そんなわけで俺たちは、洞窟を出た。

 まずは、ここまでの道案内をしてくれたギーガイルの元へと向かう。

 洞窟の外の大きな木に鎖でぐるぐる巻きにしておいたギーガイルを解放してやったのだ。

 ギーガイルの羽には俺が石を投げて空けた穴があったのだけど、杏太郎が回復アイテムを使ってやると、羽の穴はまたたく間にふさがった。


 俺たちは、ツチグマがこちらの仲間になったことを伝え、ギーガイルたちが昔の住処すみかに引っ越せることになったと説明してやった。

 すると道案内のギーガイルは、喜びながら洞窟に向かって飛んでいったのである。


 俺たちは、夜道を町へ向かって歩き続けた。

 周囲を見渡すと、洞窟に来るときはいっしょにいたスーツ太郎が、帰り道ではいない。

 俺はそのことが、悲しくて仕方なかった。

 そんな俺の様子に杏太郎が気がついたのだろう。金髪の美少年は、俺を元気づけようと明るい声でこう言った。


「おい、シュウ。魔王が復活するなんて、なんかゲームの話みたいだと思わなかったか?」

「んっ? あ、ああっ……。まあな」

「ふふっ。この世界でさ、お前と出会えたおかげで冒険がはじまって、色々と目的が出来てきたぜ。しかし、いきなり最初のダンジョンで魔王軍の四天王を落札して仲間にしちゃうとか、ゲームだったらけっこう無茶苦茶な展開だよな?」


 杏太郎はニコニコしながら俺の背中を軽くポンポンと叩く。そして、話の先を続ける。


「なあ、シュウ。こうなってくると、残りの四天王もすべて集めたくなってこないか?」

「えっ?」

「魔王に洗脳されてしもべになっているのなら、四天王をボクたちが魔王から横取りして仲間にしてもいいと思うんだがな」

「まあな。どうせ無理やり操られているのなら、四天王だって魔王のしもべでいるよりは、杏太郎の仲間になった方が幸せかもしれない」


 杏太郎は不敵に笑う。


「くくくっ……やはりシュウもそう思うか。それで、四天王をすべてコンプリートしたら、最終的には魔王も落札しちゃおうぜ」

「魔王も?」

「ああ。お前とコンチータで魔王をオークションに出品してさ、ボクが落札するってのはどうだ? 面白いだろ? 魔王をオークションで扱おうなんて考えるオークショニアは、世界中できっとシュウぐらいだと思うぜ? せっかく冒険の旅をするのだから、ボクたち兄弟と仲間たちとで、誰も挑戦しないようなことをやってみないか?」


 なるほど……。

『魔王のオークション』か。


「ふふっ、確かにそれを俺たちの冒険の目的にするのは面白いかもな」


 そうつぶやくと俺は、杏太郎の頭に向かって右手を伸ばす。


「俺を励ましてくれて、ありがとうな」


 金髪の美少年の頭を、俺はポンポンしてやった。

 子ども扱いされたことで杏太郎は顔を少し赤くして恥ずかしいそうにしていたのだけど、特に文句は言ってこなかった。

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