026 【第4章 完】経験値となるのは落札金額だけ
杏太郎が俺に指示を出す。
「さあ、オークショニア。客席に告げてくれ。『1番』のビッド札を持つボクが、落札したことを。その後で木槌を打ち鳴らすんだ。落札金額は『100万ゴールド』でいいぞ」
「本当にいいのか?」
「大丈夫だ。頼むぜ」
まあ、こいつのことだ。何か考えがあってのことなのだろう。
俺は言われた通りにする。
「それでは落札者が代わりまして、今回の出品物の『鍵』は、アンダービッダーの『1番』のお客様が『100万ゴールド』で落札です」
続いて木槌を、カンっ――と打ち鳴らす。
とても奇妙な雰囲気の競りになってしまった。だけど、オークションは成立し、杏太郎に支払いの義務が発生する。
杏太郎は結局、『オークションのやり直し』を要求することもなく、平然とした顔で落札代金の支払いをはじめた。
「くくくっ、前回のオークションで、シャンズを落札したときと同じ金額だな。今回も『100万ゴールド』での落札だ。手数料として10%分の『10万ゴールド』も支払う。支払いの合計は『110万ゴールド』だな」
杏太郎は『10万ゴールド金貨』を11枚、オークションハウスであるコンチータに手渡した。
前回とまったく同じやりとりだ。
竸り台から俺は尋ねる。
「杏太郎、本当にこれでよかったのか? オークションをやり直せば、スタート価格の『100ゴールド』で落札できたんだぞ?」
「心配してくれてありがとう。でも、これでいいんだよ、くくくっ」
不敵な笑い声を漏らして、杏太郎は理由を説明してくれる。
「シュウよ。以前も説明したけれど、『オークショニア』と『オークションハウス』は、オークションで取り扱った金額が経験値となってレベルが上がるんだ」
「ああ、そういえばそうだったな」
「せっかくなら、『100ゴールド』分の経験値よりも『100万ゴールド』分の経験値をもらえた方が、シュウとコンチータのレベルアップが期待できるだろ?」
「なっ……」
こいつ!?
俺とコンチータに経験値を与えるために『110万ゴールド』も支払うのかよっ!?
「くくくっ……『オークション開催』スキルは、使用できる機会がそれほどあるわけではない。シュウとコンチータがレベルアップできるチャンスを、ボクは出来るだけ逃したくないんだ。『100万ゴールド』と手数料くらいの金、ボクは喜んで払うさ」
お金持ちの考えることはわからん……。
けれど、杏太郎にとって『110万ゴールド』というお金が、たいした金額ではないということはよくわかった。
お金で経験値を直接買うことはできない。だから杏太郎は、今回のオークションを利用して間接的に経験値を買ったという感覚なのだろうか……?
「ちなみに、経験値となるのは落札金額だけみたいだぜ? 手数料は経験値にカウントされないらしい」
「へえ」
「今回の場合は、落札金額の『100万ゴールド』分だけが、シュウとコンチータの経験値としてカウントされるんだ」
手数料は含まれず、落札金額だけが俺たちの経験値になるのか。
続いて杏太郎は、それまでよりも少し大きな声を出してこう言った。
「さあ、コンチータ。今度は出品者への支払い手続きを済ませてくれ。もう少しで、このオークションハウスから解放されるぜ」
これは女剣士への合図だろう。
女剣士もそれを理解して、こちらにやって来る。
この空間から解放された瞬間に、女剣士が二体のギーガイルを倒す作戦だ。けれど、そのうちの一体は石像になってしまった。もう、倒すのは一体だけでいい。
コンチータが、金属アレルギーのギーガイルから牢屋の鍵を受け取ろうとする。
その前に俺は、木槌をしまって競り台から離れ、ギーガイルの前へと移動した。
魔物にちょっと伝えておきたいことがあったのだ。
「なあ、ギーガイル。お前、『金属アレルギー』ってわかるか?」
「ガー?」
「その牢屋の鍵は金属だろ? それをネックレスみたいにして、首にかけていたよな? だから、そこが
まあ……オークションハウスから解放された時点で女剣士が作戦を実行する。『これからは金属に注意した方がいい』なんて俺の言葉は、無駄になるだけだ……。
杏太郎が「くくくっ」と不敵に笑った。
きっと、これから死ぬ魔物に対して、俺がアドバイスを送ったことがおかしいのだろう。
コンチータが、ギーガイルから牢屋の鍵を受け取る。
鍵と引き換えに青髪の少女は『10万ゴールド金貨』を9枚、ギーガイルに手渡す。
出品者の方もオークションの出品手数料を10%支払わなくてはいけない。
落札代金の『100万ゴールド』から出品手数料の10%に当たる『10万ゴールド』を、オークション運営側が手数料として差し引き、残った90万ゴールドがギーガイルの取り分となるのだ。
杏太郎がギーガイルに言う。
「さあ、お前は元の空間に戻ったら、その90万ゴールドで
いや……買えないだろ?
元の空間に戻った瞬間、女剣士が作戦を実行するんだから。
そんなことを俺が思っていると、金髪の美少年は女剣士を呼んで何やら耳打ちをした。
ほんの短い話だった。
んっ? 二人で何を話したんだ?
競り台で木槌を握っているときは俺の聴力はとんでもなくよくなっていた。だが、今は不思議と聞き取れない。
もしかして、あの強烈に五感が
杏太郎は女剣士から離れると、コンチータの前に移動する。
「では、落札者のボクが、オークションハウスであるコンチータから鍵を受け取ったら、すべての取り引きが成立だ。元の空間に戻るぞ」
女剣士は作戦通り、ギーガイルのそばに移動していた。
コンチータが落札された鍵を、杏太郎に手渡す。
「お兄ちゃん様、どうぞ」
「ああ。ありがとう、コンチータ」
すべての取引が成立した。周囲の景色が変わりはじめる。
白い壁で四方を囲まれていたオークションハウスが消えて、俺たちは再び元いた洞窟の中に戻った。戦闘行為が可能になったのである。
その
女剣士がギーガイルに斬りかかる。
いや……剣を持っていないっ!?
ギーガイルの背後に立った女剣士は、魔物が鳴き声をあげる時間も与えず、首の後ろに手刀を叩き込んだ。
ギーガイルは一瞬で気を失った。膝から崩れ落ちる。手に持っていた9枚の『10万ゴールド金貨』が地面に転がった。
おお……!? 『首トン』ってやつかっ!?
フィクションとかでたまに見る、首の後ろをトンっと叩いて気絶させるアレだよなっ!?
この目で実際に見るのは、はじめてだぜ。
本当に可能なんだ……。
俺は地面に転がった『10万ゴールド金貨』を拾い集めながら、女剣士に尋ねる。
「殺さなかったのか?」
「うむ。競売人が殺してほしくなさそうにしている――と、直前で杏太郎殿から耳打ちされてな。こいつの命は奪わないことにしたのだ」
うっ……。
この金属アレルギーの魔物に対して、俺の中で妙な
俺だって、いざ魔物と戦闘となれば、ためらわずにぶっ殺す覚悟はできているつもりだ。
相手もこちらを殺しにくるわけだしな。
けれど……あいつはなんとなく殺しづらいなあ、という甘い感情が俺の中に確かに存在していた。
なんで殺したくないと思ったのかは……自分でもよくわからないけれど。
たぶん、『金属アレルギーの魔物なんて、なんか面白いなあ』と、最初に思ってしまったのがいけないんだろう。
杏太郎が不敵に笑いながら口を開く。
「くくくっ……。まあ、ボクも魔物に、『元の空間に戻ったら、その90万ゴールドで皮膚に塗る薬でも買うんだな』と、ついつい言ってしまったからな。それなのに、元の空間に戻った瞬間に命を奪ってしまっては、あまりにも
女剣士も杏太郎も、俺に気を
「そっか……。その……なんだろう、俺が『ありがとう』と言うのも変な気がするけど、二人ともありがとうな」
俺の言葉を聞いて、女剣士が微笑む。
杏太郎は再び不敵に笑った。
「くくくっ……。別に良い話になったわけでもないが、まあ……今回はこういう終わり方でもいいだろう。目的の牢屋の鍵は手に入ったわけだしな」
気を失ったギーガイルの手足を、山賊のシャンズが鎖ではなく丈夫そうなロープで縛った。鳴き声を出せないよう口には、さるぐつわをほどこす。
続いてシャンズは、9枚の『10万ゴールド金貨』をギーガイルの右手に握りしめさせると、気を失っている間に金貨を落とさないようにと、その手もロープでぐるぐるに縛った。
いやいや……シャンズさん……。
親切なんだろうけど……その魔物、金属アレルギーですからね。
今回は鎖じゃなくて、ロープを使ったのはナイス判断だけど、まだ少し理解していないのかな?
目を覚ましたらそいつ、もしかしたら右手の手のひらが、ものすごく痒いことになっているかもよ?
ギーガイルが、その金貨に対してアレルギーを持っていないことを俺は願った。
気絶したギーガイルをシャンズが抱えた。
石像になったギーガイルの方は、俺が怪力で持ち上げる。
通路を少しだけ戻って、見つけにくい場所にその2体の魔物を隠した。見回りの魔物に見つかったら大騒ぎになるからだ。
まあ、牢屋の扉の前の二体がいなくなったことが発覚した時点で、騒ぎにはなるだろうが、念のためにである。
金属アレルギーのギーガイルは、すべてが終わったらロープをほどいて解放してやるつもりだ。
石像になってしまったやつに関しては……。
もうどうしようもないね。
生まれ変わるようなことがあったら、今度はもうオークションで無茶苦茶やらないでよ――と、俺は心のなかで祈った。
牢屋の扉の前に集合すると、杏太郎がみんなに向かって言う。
「さあ、鍵を使って扉を開けるぞ」
異世界で二度目のオークションを終えた俺は、そんなわけで仲間たちと洞窟の先へと進むのだった。
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