第5章 はじめてのボスモンスター

027 第5章 はじめてのボスモンスター

 杏太郎きょうたろうが鍵を開けると、シャンズが出来るだけ静かに扉を動かした。

 俺たちの前に、新たなる通路が現れる。

 やはり、扉を開けてすぐに牢屋ろうやというわけではないようだ。

 スーツ太郎が地面に字を書く。



《オイラが先に行って様子を見てくるよ。みんなは後からゆっくり来てくれ》



 そんな小さな泥人形に俺は言った。


「スーツ太郎とはまだ出会って短いけれど、俺はもう大切な仲間だと思っている。くれぐれも無理はしないでくれよ」



《ありがとう。オイラも仲間だと思っているよ》



 もう一体の泥人形であるカトレアを残して、スーツ太郎は単独で偵察ていさつに向かった。

 猛スピードで走り出した小さな泥人形の背中を眺めながら、俺たちもゆっくりと歩き出す。


 シャンズがニコニコしながら、先ほどのオークションの感想を杏太郎に伝えた。


「それにしても、妹の命を助けるために必要な鍵の値段が『100万ゴールド』で、ワシのこの身体も同じ『100万ゴールド』ですか。ご主人様、オークションというのはなかなか面白いですね」


 おいおい……あんたの値段、扉を開ける鍵と同じ値段ですぜ?

 その『100万ゴールド』の鍵だって、一度使ったらもう次に使うこともなさそうな鍵なんですが……。


 続いてコンチータが、俺に『10万ゴールド金貨』を二枚差し出す。


柊次郎しゅうじろう様、オークションおつかれさまでした。こちらは、わたしたちの手元に残った金貨です」


 俺は二枚のうちの一枚を受け取った。

 前回同様、半分ずつにすればいいだろう。


「ありがとう。コンチータもおつかれさま」

「柊次郎様、一枚だけで大丈夫ですか? わたしはお金の使い方がよくわかっていません。ですので、よろしければ二枚とも、もらっていただけますか?」

「いやいや、前回と同じように半分ずつにしようよ。一枚はコンチータのものでいいから。その方がいいって。とりあえず、その一枚は持っておきなよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺はスーツから財布を取り出すと、小銭入れ部分に『10万ゴールド金貨』を一枚入れる。札入れと小銭入れが一体型の財布を使っているのだ。

 小銭の整理をしていないので財布がパンパンだった。


 たとえば10円玉なんかはじゃらじゃらと10枚以上ある。そんな茶色い小銭たちの中に金貨が一枚、場違いな感じで光り輝く。

 邪魔なので、このたくさんの10円玉をどこかで使ってしまいたいのだけど。

 まあ、異世界で『円』を使える店はないだろう。


 それから、ふと思いつく。

 異世界ではこの財布も、他のアイテムのように収納できるんじゃないかと。

 試しに財布を持った右手を前に伸ばし、収納したいと心の中で念じてみた。

 なんと、他のアイテムと同じように収納できたではないか!


「おお。こりゃ、便利だ!」


 俺は何度か財布を出したりしまったりした。

 おかげで、戦闘中に派手に暴れまわっても、財布を失うことはないだろう。


 杏太郎が俺とコンチータに言った。


「さて、落ち着いたところで二人のステータスを確認しておこうか。オークションを終えた後で、少しは変化しているはずだ」


 俺とコンチータはステータスを出して確認した。



名前:シュウジロウ

レベル:3

性格:中立(37)

♥:独身・恋人なし

(あなたはまだ本当の恋を知りません。どうか恋に臆病にならないで!)

職業:競売人オークショニア

スキル:①絵画召喚(10号)

②オークション開催(※要 オークションハウス)



「おっ……レベルが3に上がっている」


 俺がそう言うと、コンチータも口を開く。


「わたしもレベル3になっています」


 杏太郎が微笑みながら言う。


「よかったな。二人ともステータスで変化している部分があったら、ボクに教えてくれ」

「んっ? 性格の後の数字が『中立(40)』だったのが、『(37)』に減っているな」

「わたしも性格の数字が(37)になっています」


 コンチータがそう言うと、杏太郎が説明してくれる。


「さっきのオークションは、所有物の『強奪ごうだつ』みたいなものだからな」

「強奪……」と俺がつぶやく。


「人身売買オークションほどではないが、アイテムを強奪するようなオークションは、性格が悪に傾く。数字が(3)減ることを、今後のためにも覚えておいた方がいい」

「数字が(29)以下になったら、性格が『中立』から『悪』になっちゃうんだよな?」


 杏太郎がうなずく。


「そうだ。オークショニアもオークションハウスも悪になると失業だからな。今の数字は(37)だから、人身売買オークションはもうできない。性格の数字が(10)減るから(27)になってしまう」

「そうなったら失業か」

「失業したら、再びオークショニアになる方法は、ボクが知る限り存在しない。そもそもオークショニアになる方法自体よくわからないんだ。突然変異的な職業なのだろうか? だから、この世界では、とにかくめちゃくちゃレアな職業なんだぜ」


 オークショニアとして競り台に立ち、木槌きづちをカンっと叩く。

 それができなくなるのか?


 たとえば、もしこの先も、元の世界に戻れないのだとしたら?

 この異世界でオークションができなくなったら、俺はオークションが一生できなくなるということっ!?

 絶対に嫌だ!


 コンチータが杏太郎に尋ねた。


「お兄ちゃん様。もし、オークションハウスが失業したら、どうなるのでしょうか? オークショニア様と再び契約し直せば、オークションハウスになれるのでしょうか?」

「すまない、コンチータ。それは、ボクにもわからないんだ。もしかすると、二度は契約できないのかもしれないし、なんとも言えない」


 コンチータは「いえ、どうか謝らないでください」と口にした後、杏太郎にこんな報告をした。


「それと、お兄ちゃん様。レベルが3になって、わたしは新しいスキルを覚えたようです」


 えっ……?

 俺の方は新しいスキルなんて、何も覚えていないんですけど……?


 杏太郎はコンチータの肩をポンポンと叩きながら言う。


「おめでとう、コンチータ。どんな名前のスキルだ?」

「『外壁防御がいへきぼうぎょ』という名前です。これは、どんなスキルなのでしょうか」

「ああ。外壁防御だったらボクも知っているよ。防御系のスキルだな。オークションハウスの外壁を、この世界に召喚して盾のように使えるんだ」


 続いて杏太郎は、地面に右手をつけるフリをすると、スキルの使い方を教える。


「実際には地面に手をつき、こう叫ぶんだ。『外壁防御!』と――。すると、地面から壁が出現する」

「その壁がオークションハウスの外壁なのですね」

「ああ。敵の矢や遠距離魔法が襲いかかってきたときに、呼び出された壁が、その攻撃を防ぐ盾となってくれるんだ。ボクたちはコンチータが呼び出してくれた壁の後ろで、身をひそめていればいい」


 青い髪を弾ませながら、コンチータがうれしそうにうなずく。


「敵の攻撃からみなさまをお守りできるスキルですか。それはうれしいです!」

「ああ。ちなみに壁は、こちら側からは透けて見えるが、敵側からはしっかりと壁に見える。こちらの姿を隠しつつ、敵の動きを観察できるんだ。まあ、戦闘中に一度使ってみると、ボクの言っていることがわかると思う」


 壁がマジックミラーみたいになっているってことだろうか?

 向こう側からは見えないけれど、こちら側からは相手の姿が見えるのは便利そうだ。

 それから、杏太郎が俺に尋ねる。


「シュウは? 新しいスキルは何か覚えたか?」

「いや、残念ながら何も」

「そうか。シュウ、お前はボクよりも背が高いから、その場でちょっとかがめ」

「んっ?」


 俺は膝を曲げ、言われた通りにかがんだ。

 杏太郎が右手を伸ばし、俺の頭をでる。


「よしよし、弟よ。きっと次は新しいスキルを覚えるさ。オークションを開催したら、また次もお金で経験値を買ってやるからな」


 うっ……。なんだこのお金持ち発言。

 もしかして俺、なぐさめられているのか?


 コンチータが、どこかうらやましそうな目でこちらを眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る