第178話 卒業式2

 各科ごとに俺たちは体育館に入場する。


 足を踏み入れた途端、割れんばかりの拍手に取り囲まれ、気恥ずかしい。

 さすがに保護者席にはマスクをした人ばかりだが、在校生も教員もマスクなしだ。なんか、怖い。


 だが。

 全員立ち上がり、一心に拍手をしてくれる教員たちに、不覚にも感動した。


 普段は傭兵にしか見えない教員たちが、ただただ、入場する卒業生に向かって拍手をしている。


 そんな中、俺たち卒業生は、全員入場し、着席する。


 卒業式開会の宣言ののち、国歌が斉唱された。

 ここで、マスクを着けていた生徒は全員、ばし、っと取った。ああもう、だめだ。なにかが蔓延する。


 共学とはいえ男がほとんどなので、唸り声のような低い国歌を歌い終わると。


 卒業生の呼名こめいが始まる。

 名前を読み上げられるたびに、生徒は立ち上がり、大きく返事をした。


 溶接科と、機械科の担任は途中で声を詰まらせ、デザイン科の担任は最初から泣き崩れていた。


 我らが工業化学科の担任、藤原先生は、というと。

 呼名のたび、ひとりひとり目を合わせてうなずいてくれる。ちょっと、これには心が動かされた。


 その後、校長の祝辞なのだが。

 これが、これが、まさかの「人生にはみっつの坂がある」という結婚式のスピーチみたいで、俺たちはひたすら笑いを堪え続けた。なんだ、この試練……。


 来賓紹介では、三分の二が、歴代校長であることを知って、なんか、びびった。

 市議会議員も、県会議員もいない。教育委員会からも誰も来ていなかった。


 そして、気づく。

 だからだ!

 だから、マスク非着用が可能なんだろう。絶対にそうだ。


 現在の生徒会長による送辞は淡々と終わり、答辞では、「保護者の皆さんに、生徒を代表してお礼を言いたい」と元生徒会長が発した。「毎日、お弁当をありがとう。朝早くから、いろいろ準備してくれてありがとう」と言うや否や、保護者席から一斉に鼻をすする音がした。慌ただしくバックからハンカチを出す音なんかも響いて、てんやわんやだ。


 ……よく、食うからな……。工業高校の生徒。お弁当、世話をかけました。大変だったと思います……。俺も帰宅したら、礼を言おう。


 送辞、答辞のあとは、在校生からの「蛍の光」斉唱だ。


 俺は去年も思ったのだが。

 この、「蛍の光」が、著しく変なのだ。


 普通は、「ほぉーたぁーるの、ひぃーかぁーり」と、しんみり歌うものだと思うのだが。


 黒工では、「ほったーるのっ!! ひっかーありぃ!!」と、まるで軍歌のような勢いで歌う。実際、男ばかりのだみ声なので、だいぶん印象が違う。


 そのせいで、保護者席からはなぜか爆笑が起こった。さっきまで、泣いていたというのに……。


 そして、卒業生による「仰げば尊し」が歌われる。

 歌詞は壇上脇に設置されたスクリーンに投影されるのだが。

 漢字にはすべてフリガナが打たれている。馬鹿にされているとしかおもえん。


 最後に。

 在校生、卒業生、教員、来賓が一斉に、校歌を歌う。


 この音量がものすごい。


 もともと、「返事、あいさつは大声で!」と指導されている上に、歌まで「大声で歌え!」と言われているから、もう……。


 体育館の窓ガラスが震えるほどの大声で校歌が響き渡る。


 歌詞は野口雨情だ。

 童謡で有名な人のはずで、結構いい詩なんだが、とにかく、迫力がすごい。

 保護者席では、スマホで録画、録音が始まるほどだ。


 校歌斉唱が終了後。

 各科ごとにまた、立ち上がって退席をする。


 満場の拍手の元。

 泣いている教員なんて見るのは初めてで、俺たちはどこか苦笑いしながら、三年間過ごした高校を去る。


 歌詞の通りだ。


 我が学び舎に、未来あれ。


 そして、卒業する俺たちは、希望の翼を背に、世界を駆ける。


 この学校で手にした技術と資格を持って。

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