第171話 お礼稽古3
「結果は、十二月の後半になる。去年のスケジュールを警察道場の警官に聞いたら、十二月二十三日だったから……。今年も、クリスマス直前ぐらいかな」
俺は、心底安堵した。いろいろやましさがあったから、とんでもなく早口になったけれど、今川は何度か小さく頷き、それから歩き出す。俺も彼女の後をついて歩いた。
「……あれ、でも、自衛官は? 受けるって言ってなかった?」
くるり、と制服のスカートを翻し、今川は振り返る。
「自衛官は……」
小銭を握りしめたまま、呟く。
「警察官と違って、異動は県をまたぐから、さ……」
もしも採用になったら、地元から離れることがある。
今年、科長からの口利きで、花火職人さんのところにボランティアで弟子入りすることができた。まだまだ、話を聞いて手伝うだけの存在だ。全然現場には携わらせてもらっていないが、今後もぜひ、ずっと手伝いをさせて欲しい。先方も、それを望んでくれてるところもある。
だけどもし、仕事場が県外になれば。
これはもう、絶対に無理だ。
それに、はっきりと聞いてはいないが、今川が進学先として見据えているのも県内の県立大学だ。
県外に配属されてしまえば、距離的にも、心理的にも離れてしまいそうな気がした。
「そう、なんだ……」
今川が瞳を揺すらせる。
「まぁ……。高校で学んだことを趣味でしか活かせないのは勿体ない気がするけど」
俺は肩を竦めてみせる。自衛隊であれば、確かに高校で習得した化学の力は活かせたかも知れないが……。まぁ、それも自分の希望通りに配属されたら、の場合だ。現実的には無理かも知れない。
「仕事をしながら、趣味ができればな、と、ずっと思ってたし」
……そうだ。
俺の、あほ親父は、「趣味=仕事」だった。だから、家族がとんでもない苦労を背負い込んだ。
俺は絶対に、奴のようにはなりたくない。
趣味は趣味。仕事は仕事。そうやって割り切って生活をしたい。
認めたくは無いが、姉貴はそれをうまく実践しているところがある。高校の頃から続けているステンドグラスは最近個展を開くぐらいになっているが、絶対に正職である看護師を辞めない。それは、サクが生まれたことも影響しているんだろうと思っている。
はっきりと聞いたことは無いが、俺と同じ思いなのだろう。
自分の夢のために、家族を犠牲にしたくない。
それは、ずっと俺が思っていることだ。
知らずに俯いていたらしい。
気づけば、ぎゅっと今川に両手を握られていた。
いや臭いし、汚いから、と慌てて手を引き抜こうとしたのだけど、びっくりするぐらいの力で握りしめられた。
「受かりますように、受かりますように、受かりますように」
今川は目を閉じたまま、ずっとそう呟く。
俺は言葉を失ったまま、今川のつむじを見ていた。
その間も、今川は、「受かりますように」と繰り返している。
「……ありがとう」
心の奥底からあふれ出た感情が、言葉になって零れでた。
「俺、頑張るし」
目を開き、俺を見上げる今川に、笑いかけた。
「だから、今川のことも応援してる。頑張れ」
今川は、緩んだように微笑む。
十月。
お互いに追い込みの時期が来た。
神様。
どうか、今川が望む
彼女がどうか。
第一希望の大学に進学できますように。
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