第159話 球技大会2

一回裏。


「ごぅらああああっ! 野球部、てめぇ! どんな球放ってんだっ!!」

 野球部の放った渾身の投球を見るなり、バッターボックスに立っていた体育科の柴田先生が喚いた。そのあとに、球審の教頭先生が、小さく悔しそうに「ストライク」と言っている。


 ワンストライクに、ネット裏も俺たちも沸いたが、柴田先生はバットの先で野球部を指し、すごんで見せた。


「わかってんだろうな、あああん!? てめぇ、評価をつけんのは誰か知ってんだろうな、おい! まだ、就職に関する校内審査は終わっちゃいねえぞ!?」

 完全に脅している……。


「屈するな、野球部!」「俺たちには、取得資格がある! 国家資格は裏切らないっ」「口車に乗るなっ!」


 生徒たちの応援に、なんとか自分自身を奮い立たせた野球部は、その後、柴田先生から三振を取った。


 俺も含めて盛大な拍手が巻き起こり、大太鼓が、バンバン鳴る。よくやった、野球部。よく、己に打ち勝った。


 柴田先生は舌打ちしながらバッターボックスを去る。

 ネクストバッターズサークルにいるのは、情報処理科の鍋島先生だった。柴田先生とは違い、随分とほっそりした体躯で、どちらかというと経済ヤクザの風貌だ。


 打てまい。鍋島先生には、野球部の球が打てまい。

 ライトを守る俺だけではなく、全員がそう思った時。


 ふらり、とベンチからバットを持ってひとりの男が現れた。


「……校長……」

 バッターボックスに向かおうとした鍋島先生が足を止める。俺も驚いた。ヘルメットをかぶり、素振りをしながらやって来たのは、校長だ。


「バッター交代」

 校長は自らそう告げた。

 沸いたのは。

 教員たちだ。


「校長だ!」「校長が打席に立つぞ!」


 いきり立つその様子に、俺たちだけでなく、観客の生徒も怯えた。

 なんだ。

 めっちゃ打つのか、校長。

 実は高校時代、野球部だったとか? あの狸のような風貌からは全く考えられないが。


「校長が来た!」「校長が来た!」


 教員たちは口々に言いながら、ベンチから走り出し。

 そして。

 満塁になった。


「なんだこれ!!」

 叫んだのは俺だけではない。守備に入った皆が声をそろえた。『アメトーーク』の運動できない芸人かっ!


「馬鹿者っ!! 校長が打席に入ったら満塁になる。そうじゃないと失礼だろうがっ」

 外野からの激しいブーイングにも負けず、一塁にしれー、っといる柴田先生が場を圧する。


 そんな忖度、聞いたことないわっ!!

 俺は心の中で突っ込む。


「校長が打席に立ったので、緩い球を投げるように」

 教頭からも鋭い指示が投手に出される。


 ここに来て。

 俺たちは知る。

 こいつら。

 全力で勝ちに来てやがる、と。


 さて。

 様々な「教員の配慮と思いやり」に包まれ、バッターボックスに入った校長は、意外にも健闘した。


 いや、この場合は野球部を褒めるべきか。

 緩い球なのだが、絶妙な制球力でもって校長を仕留める。


「申し訳ない。校長。アウトです」

 教頭がそう言うと、太鼓腹を揺らし、校長はにこやかに笑った。


「いや、君は良いピッチャーだったよ」

 野球部は帽子を取り、「うっす」と礼を返す。校長は鷹揚にうなずいて、言った。


「だからこそ、君の安全性が確保されていない、今の状況がわたしは不安だ」

 ……嫌な、予感がした。

 あえていうなれば、嫌な予感しかしなかった。


「ピッチャー返しに対する検討がなにもなされていないが、これはどういうことだろう、教頭」

 校長はすぐそばの教頭に首を傾げて見せた。


「と、申しますと?」

「投手というのは、ボールを投げたその瞬間から、守備の一員でもある。何故なら、打球は、投手に向かって飛ぶこともあるからだ」


「おっしゃる通りですな」

「彼らは三年生。就職試験前に、怪我をしたら大変だ。ということで、教職員のみんな。わたしは、ここに提案したい」

 校長はバットを優しく地面に置き、両腕を広げて、満塁のままの教員に向かって語り掛けた。


「ピッチャー返し、という危険から投手を守るため、投手は毎回、投げると同時にライトまで走り、身の安全を確保する、というのはどうだろう!」


「異議なし、校長!」

 グランドどころか、近くの校舎から身を乗り出した教員達までが「異議なああああしっ」と叫んでいる。


「横暴だ!」「無茶苦茶だ!」

 俺達も外野も口々に訴えたが、「校長の親心がわからんのかっ!」と教頭が一喝し。


 強引に、裁決されてしまった……。


 おかげで、野球部は、ボールを投げるやいなや、ライトの俺の所まで走る羽目になった。


 投げた後、打者よりも必死な顔でライトまで走ってくる野球部。

 そして、またボールを投げるためにマウンドに駆け戻る野球部。


 この炎天下。

 そんなことを続けていれば、当然へばってくるわけで……。


 一回裏。

 俺達は、教員チームに大量得点を許した。

 その点差は三回終了まで覆ることはなく。


 結果的に。

 俺達は、教員チームに初めて屈した生徒、という不名誉な称号を得てしまった……。

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