第133話 小学生向け「わくわく科学実験教室」2

「ここ数日しか、あんたたちのクラブ活動みてないけどさ、まともに参加しているのって、流花るか凛世りんぜいだけじゃない?」


 和奏わかなちゃんの言葉には遠慮が無い。

 私は視線をテントに戻し、それから頷く。


 そうなのだ。

 今年度、ものすごく「化学クラブ」に部員が入ってきて、思わず、にゃんにまで喜びのLINEを送ったのに……。


 これが、ほぼ全員、幽霊部員。

 それなのに、行事ごとにだけは顔を出し、「なんかさせてー、先輩」とか言うのだ。


 なんだこれ、と目を丸くしていたら。

 裏にあるのは、「大学入学共通テスト」だと気づいた。


 来年からセンター試験が廃止され、「大学入学共通テスト」が開始される。

 今までのセンター試験と大きく変わるところは、マークシートだけではなく、「記述部分」が加わってくることだ。しかも、かなり、「書く」ことを要求される。従って、試験時間が延長されるんだけど……。

 当日試験だけではなく、「調査書」も変わる。


「主体性をもって多様な人々と共同して学ぶ態度」を評価しよう、というのだ。

 以前のように、取得した資格や部活動成績を書くだけではなく、「それをつかってどのように活かしたのか」が必要らしい。


 そして、新たな具体的説明の中に、「ボランティア」という一文が見える。

 ここに、どの高校も高校生も敏感に反応している。学校を上げてボランティアに取り組み、そのレポートを書かせているところもあれば……。


「要領のいいやつは、そりゃ、こんなイベントに参加してレポート書いてさ。『学校で学んだ知識を地域で貢献。こどもたちに、科学への興味を示してもらうよう努力しました』なんて書けるもんね」

 和奏ちゃんは随分憎々しげに言う。「まぁねぇ」。凛世君も笑った。


 そうなんだ。

 ふたりの言う通り。

 毎週真面目に化学実験室に来て、実験したりレポートを書く必要なんて無い。


 私や生徒会が動いて取ってきたイベントに、「その日だけ」参加して、私や凛世君が準備した道具や資料で「適当に」一日過ごせば良いのだ。


 それで、「調査書」が有利になる。

 私は、ちらりと凛世君を見た。


 彼は和奏ちゃんとなにか言い合って笑っているけど。

 彼にこそ、申し訳ないと私は思っている。

 一生懸命活動してくれているのに、評価は、要領の良いあの子達と一緒なのだ。


「で、この惨状はなに?」

 和奏ちゃんは凛世君との会話を打ち切ると、私に顔を向ける。ひとつに束ねた長い髪がくるり、と揺れた。きびきびしているし、さっぱりしたこの性格が大好きで、高校生になってできた、私には珍しいお友達だ。


「副会長の言う有象無象が、遊び散らかしたあと」

 凛世君は陽気に笑った。


 確かに。

 私は、ブルーシートに転がる段ボールを再び見る。


 このブースでは、「空気砲」を小学生たちに体験してもらおうと思ったのだ。


 大小さまざまな段ボールを用意し、穴も大きさをばらばらにしてみた。

「穴が大きい方が、強い空気玉が飛び出る?」「段ボールが大きい方が、強い空気の塊が作れるかな?」。そんなことを、小学生達に考えて欲しくて、まとも凛世君といろいろ用意したんだけど……。


『なにこれ! やってみていい!?』

 遅れてブースにやってきた八人の後輩部員達が私に尋ねたから。


――― まぁ、自分でやってみないとわからないもんね……


 私はそう思い、『うん。どうぞ』と答えたのが間違いだった。

 散々遊んで。

 壊したのだ。


「とにかく、作り直しましょう」

 和奏ちゃんが明言し、凛世君は私に、「それで良い?」と首を傾げる。私は慌てて首を縦に振った。本当は私が決めなきゃいけないのに、と心が痛い。


「私が、壊れた段ボールを畳んで片付けるから、凛世は新しく空気砲つくって。道具や材料はどこ?」

 和奏ちゃんは、制服の上から来ていたコートを脱ぐと、テントの端っこに置く。「そこ」。凛世君が段ボールを地面に下ろして立ち上がり、一角を指さした。


「流花、あんたタイムスケジュールどうなってんの? 店番に戻ってきたとき、これ壊した後輩やつ、私が叱ってやる」

 地面に転がる段ボールを掴み上げた和奏ちゃんが、くるりと私に向き合うから、思わずまた、口ごもった。


「……タイムスケジュールとか、店番とか。特に……」

「作ってないの!?」

 和奏ちゃんが目を剥いた。


 いたたまれなくなって、私が肩を縮めると、「いや、だってさ」と凛世君が口を差し挟んでくれる。


「有象無象が言うんだよ。『みんなでやればいいじゃん』って。先輩と僕は、作ろうって、めっちゃ言ってたんだよ?」

 形の良い口唇をとがらせ、凛世君はコンテナ箱からガムテを引っ張り出す。


「馬鹿ね、流花。『みんなでやる』は、『誰もやらない』と、一緒なの」

 びしり、と指をさして言われ、おずおずと頷く。その様子を見て、和奏ちゃんは目を細めた。


「もしかして、道具もあんたひとりで持ってきたんじゃないでしょうね!」

 呆れたように和奏ちゃんが言う。


 私は項垂れ、上目遣いに小さく頷いた。


 お姉ちゃんに頼んで、ここまで車で運んでもらったのだ。

 凛世君にも少し頼もうと思ったんだけど、母子家庭って聞いたし……。多分、車とか出しにくいかな、と思って。


「あんた、こんなのこそ、有象無象に頼みなよ!」

「……だって、そもそも、来るかどうかわかんないし……」


 声がだんだん小さくなって、震えてきた。そうなのだ。そもそも、あの子達、来るかどうかいつもわからないのだ。


「なにそれ! どうなってんの、この部っ」

 目をつり上げて和奏ちゃんが怒る。凛世君が眉を寄せた。


「副会長、先輩を責めるのやめてよ」

「責めてない。事実を述べてるの」


「もうちょっと優しく言って。先輩、泣いちゃうよ」

 凛世君がさらりと言う。拍子に和奏ちゃんが驚いたように私を見た。私は慌てて首を横に振る。「泣かないよっ」。言いながらも、喉の奥が痛い。目に力を込める。泣いちゃいけない。


「準備、しなきゃね」

 私はぎゅっと頬に力を入れ、笑顔を作った。「そうね」。和奏ちゃんがぎこちなく笑み返す。だめだ。その顔は、さっきの凛世君みたい。


 やっぱり私は作り笑いが下手だ。



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