第134話 小学生向け「わくわく科学実験教室」3
◇◇◇◇
「いろんなこと、してるのねー」
私は
「だねー。先輩、あとで見に行こっか」
凜世君の語尾に、ぎしりとパイプ椅子が軋む音が混じる。横目で見ると、脚を組んだみたい。長いなぁ、足も。
「どれ、見たい?」
凛世君が言うから、「うーん」と私は唸る。
「高専のメッキ加工。これ、どんな装置でやってるのか見たい」
私はパンフレットに記入された第六ブースを指さした。部員がどれぐらいいたら出来るのかな。あと、薬品とか。
「人気なのはさ、アリ工のプラバンみたいだよ。さっき、副会長が言ってた」
凛世君が私に体を近づけて、チラシを指さす。第三ブースだ。へぇ。プラバン、か。
「え。プラバンって、工作じゃないの? これ、なんか科学なの?」
私はすぐ間近な凛世君に尋ねる。凛世君は、目をぱちぱちさせた。うわー。近くで見たら、黒目が大きい。凛世君は口をへの字に曲げて肩を竦める。
「そんなの、僕も知らない。先輩こそ知らないの?」
そう言われたら、ぐうの音も出ません。凛世君の呼気が頬に当たってくすぐったいから、私は彼から少し身を引いた。
「でも、『大人気』っていいねぇ」
パイプ椅子にもたれ、テント内をぐるりと見遣る。
「うちなんて、閑古鳥だよ……」
チラシを持って飛び出していった後輩部員達は、どこで何をしているんだろう。
参加者親子が入ってきて、会場自体は大分賑わっているのに、うちのブースには全く人が来ない。
人が来ないから、たまに参加者がテントを覗いても、私達を見て、気まずそうにどっかに行ってしまう。凛世君も私も、「空気砲です」「やってみませんか」って声をかけるんだけどなぁ……。
「あ。スライムやってるところがある」
こつん、と凜世君の肩があたった。すり寄る凛世くんに、「ん?」と短く尋ねる。私は彼が指さすチラシを見た。第一ブース。
「
思わず呟いてしまった。
そりゃそうだ。この会場にひしめいているのは、「工業高校」や「高専」なのだ。
黒工がいてもおかしくない。
――― と、いうことは……。
私はぞわり、と寒気に腕を擦る。「化学同好会」といえば、あの妙ちきりんな人たちも来ているのではないか?
「やあ! 君たち、頑張ってるかい!?」
「ひいっ!!」
聞き覚えのある陽気な声に、思わず椅子から飛び上がった。
チラシを握りしめ、テントの入り口を見る。
「久しぶりだね、今川さん」
そこにいたのは、白衣に眼鏡をかけた島津先輩。そのとなりには、同じく白衣を着て、もっさり頭の
「何しに来たんですかっ」
思わず声を荒げ、それから、凛世君をかばう。大変。この子、美少年なのにっ。なんかされたら、大変っ。
「これはこれは。随分な言い方じゃないか。なぁ、蒲生」
ふふふ、と島津先輩は眼鏡を擦り上げて、蒲生君を見遣る。蒲生君はさすがに苦笑いだ。
「そりゃ、僕でもそう言いますよ。彼女の立場なら」
「えー。僕なら、まず、挨拶に行くね。黒高ブースに。同じイベントに参加しているのであれば、新参高が、古豪である、黒高化学同好会に来るべきじゃないかね」
「尊敬できる部ならそうしますよっ」
私が言い返すと、「なんてことだ」と島津先輩がわざとらしく首を横に振って見せる。
「君は、恩をあだで返す気かね」
「恩もなにも……っ。盗撮したり、誘拐したりっ! ろくなことしてないじゃないですかっ」
私が怒鳴り返すと、「え? なにそれ」とギョッとしたように凛世君が私の後ろから飛び出ようとするから、背中にかばう。
ってか、ちょっと私の身長ではかばいきれず、凛世君が私を後ろから抱え込む形になってしまった。じっとしてて、凛世君、君、危ないからっ! 狙われるからっ!
「おおう。彼は誰だい」
島津先輩の眼鏡が光る。顎を摘まみ、こちらを眺めやるから、ぞっとした。ほら、やっぱりっ。
「うちの部員に近づかないでくださいっ」
凛世君にしがみつきながら、がうがう、と私は吠える。「え。ちょっと、なに」。蒲生君まで、ぶふふふ、と笑うから、睨み付ける。
だけど、全然怖がらない。うう。私は「笑顔」も下手なら、「怒り顔」もまともにできないらしい。
「なんだい、なんだい。こりゃ、おもしろい画じゃないか」
「いけますね、先輩。さっきから、生意気なことばっかり言ってるあいつに、こりゃあ、最大の仕返しができますよ……」
「うむうむ。いいな、これは。やつの弱点を握ってやろうとやってきたが……。こりゃあいい。また、あの後輩君のビジュアルが、やつと正反対ってのがいい」
「ですよね。ぼくもそう思いました。こりゃあ、うひひひひ。あいつ、悔しがるぞ。焦るぞー」
「ふふふふふふ。嫉妬の炎に焦がれるがよい」
うひひ、ふふふ、と笑いあう島津先輩と蒲生君を、私は気味悪げに眺める。何言ってんの、こいつら。
「え。変態? 先輩、このひとたち、変態?」
凛世君が私に耳を寄せて言うから、「そうっ」と大きく頷く。
「だから、近づいちゃいけませんっ」
先輩らしくそう断言したのに、あっさり彼は私の腕から逃れ出て、私の半歩前に立つ。慌てて制止しようとしたら、ぐい、と腕を握られ、凛世君が私に顔を近づけた。
「だったら、先輩こそ、テントの奥にいなよ」
目を見てはっきり言われ、「なんて良い子なんだ」と涙ぐんだら。
かしゃり、と、シャッター音が鳴った。
「「ん?」」
凛世君と私は同時に音の方向を見る。
黒工化学同好会だ。
島津先輩が、後ろ手に何かを隠すのが見えるが、目が合うと彼は悪魔のように嗤った。
「良い画が撮れた……」
「うひひひひひ」
ふたりの笑みに、私は寒気を覚える。え。何考えてるの、こいつら。
「去るぞ、蒲生!」
「がってんだっ」
二人は「わはははははは」と笑いながら、白衣を翻してブースから走り去っていった。
「……え? なんだったの……?」
手を握ったままの凜世君に私が尋ねると、彼も呆然と、「僕が聞きたい」と呟いた。
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