第115話 チョコ専門店2
「うお。チョコの匂いだ」
石田は嬉しそうに言うが、正直俺の鼻がまっさきに感じたのは、室内塗料の匂いだ。オープンして日がまだ浅いせいなのか、材木というより、塗装の匂いがまだ残っている。
ただ、嫌な感じはしない。
全体的に広がるのが、「甘い」匂いだからだろう。
屋外はだいぶん気温が上がっているが、店内はさすがに冷えていた。チョコレートという熱に弱い商品を扱うからだろうか。
「いらっしゃいませ」
カウンターからにこやかに女性の店員さんが声をかけてくれる。石田がにこりと笑い、「なにがあるんですか」と屈託なく尋ねた。
チョコレート専門店なんだから、チョコだろう、と思うのだが。
とにかく、「なにがあるのかわからない」店だった。
カウンターの上に掲示されているメニューらしきものを見ても、さっぱりわからない。
『チョコ、試食してください』と書かれているテーブルの上を眺めても、チョコの成分表示みたいなものが書かれているだけで、なにをどうしたらいいのか、さっぱりだ。
ちらりと店内を眺める。
ほっとしたことに、客は俺たち二人だけだった。
「アイスクリームか、シェイクができます」
店員さんは愛想よく答えてくれた。チョコレート専門店の店員、というよりケーキ屋さんの店員が似合いそうな、ふくよかな女の人だ。
「これ、ですか?」
石田がケースを指さす。アイスクリームが入った銀のボウルがいくつも並ぶケースだ。
俺も石田に並び、眺めるが。
こちらも、ボウルの脇には「数字」しか書いてない。
「毎日私が手作りしてるんですよ。専用の牛乳を使って、それぞれのチョコレートを練り込んでね」
へー、と俺たちはとりあえず、声を上げる。というか、本当に「いったい何味」なのかが全く分からない。たぶんだが、あの数字は、「商品番号」のような気がしてきた。
「試食して、好きなチョコを探してみて」
俺たちに説明しても理解できないと踏んだのか、店員さんがそう言った。
石田と二人、顔を見合わせて今度は試食品が乗ったテーブル前に移動する。銀のカップには刻んだチョコが入っていて、ピンセットが添えられていた。それでつまめ、ということらしい。適当にいくつか口に入れてみたが。
『『……全部、甘い』』
口には出さなかったが、俺と石田は同じことを考えた。
「ここで使用しているクーベルチュールチョコレートは、フランスやベルギーから取り寄せた三社の製品を扱っていてね……」
店員さんが説明してくれるが、正直俺が理解できたのはここまでだ。後は、さっぱり意味が分からない。というか、聞いたことがない名詞がやたらと出てくる。
「店員さん」
石田は店員さんの説明を穏やかに遮り、にっこりとほほ笑む。
「おれ、これがめっちゃ入ってるアイスクリーム」
石田は手近な試食用チョコを指さした。本当に気に入ってるのかどうかは知らない。
「そのチョコでしたら、9番と23番がありますけど」
さらに細分化されるのか……っ。
「9番」
石田はあっさり答える。絶対何も考えてない。店員さんは、だけど、満足そうにうなずいて、カップにアイスをすくいとった。
「織田は?」
石田に言われ、俺は戸惑う。最早、何を注文したらいいのかさっぱりだ。
「あんまり甘くないシェイクがいいんですけど……」
店員さんにそういうと、ほほ笑んでうなずかれる。
「8番と15番ですね」
……この数字、なんだろう。そしてどこに書いてあるんだろう……。
「じゃあ、15番で」
俺が答えると、手早く石田にカップアイスを渡し、今度はシェイクの機械にアイスを投入。シェイクを作っていく。
その手際を見ていたら、ドアベルを鳴らして客が入ってきた。
振り返り、目を見開く。
ものっすごい数の「女」だ。
「試食できるんだーっ」、「いろんなチョコがあるー」
口々に言うなり、ぱくぱくとチョコを口に放り込む。「甘い」だの「苦みがある」だの互いに言い合ったり、写メをぱちぱち撮ったり、とにかくせわしないし、うるさい。
その間に俺はシェイクを受け取り、石田と二人、それぞれ代金を支払う。
ほっとしたことに。
高くなかった。
スタバより断然安いぐらいだ。
「外、出ようぜ」
シェイクを片手に、防具バックをゆすり上げて俺は石田に言うが、あいつはあっさり無視してイートインに向かった。
放っておいて、俺だけ出ようかと思ったが、すでに出入り口付近が「女」で埋め尽くされ、試食品を食い尽くさんばかりに群れている。店員さんはそれをにこにこ眺め、「お好きなチョコレートでご注文下さいぃ」と言っていた。
仕方なく石田の向かいに座り、防具バックを床に置く。
こうなったら、早く出なければ。
そう思う先からイートインスペースは「女」で埋め尽くされ、制服を着ている男なんて俺たちだけで、やけに目立つ。
時折、視線を感じるのは石田を見ているからだろう。
こいつは、本当に女にもてる外見をしている。だが、石田は全く気にせず、ちまちまとアイスを口に運んでは、「きーんってなる」と時折頭を抱えている。その姿を見ては、「かわいい」と女どもが嬌声を上げた。
「○高かな」
ひそひそと聞こえるのは、この学区で一番の進学校だ。クロコウとは道を挟んで向かいにある。
「絶対そうだよ。近いもん。それにほら、賢そうだし」
残念。俺たちはクロコウのほうです。
石田にも聞こえていたのだろう。苦笑いだ。クロコウだと知ったら、どんな反応をするだろう。俺はずるずるとシェイクを飲む。まったく、いろいろと不愉快だ。
だから、俺は石田を睨み付けて、「……な?」と言葉を投げつけた。
石田はへらへらと笑うばかりだ。俺はため息をつき、尋ねた。
「お前のそのアイス、何味?」
「チョコ味」
だよな。
「お前は?」
言われて俺は再びストローを口にくわえる。
甘くないチョコレート味とは、いかがな味なのか、と期待したのだが。
「……キャラメル味」
「チョコじゃねぇじゃん」
そう。
そもそも、チョコじゃないし、やけに甘かった。
俺はその液体を、ただ、ずるずると飲み込み続けた。
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