第114話 チョコ専門店1

「……な?」


 俺は目の前に座る石田をにらみつけ、同意を求めたが、奴はへらへら笑ったままアイスのカップにスプーンを突き立てる。


 ちなみに、奴が食っているのは、「がいっぱい入ったやつ」とアホみたいな注文で出てきたチョコレートアイスだ。


 俺はため息をつき、ストローをくわえる。

 力強く吸い込んだら、シェイクが口の中に広がった。

 ざりざりとした食感と、明らかにキャラメルの味がする。


 なぜ自分がチョコ専門店で、キャラメル味のシェイクを飲んでいるかというと、俺もアホみたいに「」とよくわからぬまま受け答えをしたからだ。


「濃厚で美味しいぃ」

 唐突に隣の席の女性が声を上げて、俺はぎょっとして視線を右に向ける。


 それに応じるのは、「だよね!」といういくつもの女性の声。小さなテーブルに、五人ほどがぎゅうぎゅうに寄り集まっては、「おいしい」だの「甘い」だのと言っている。


 ちなみに、左隣の席では、大学生ぐらいの女性たちがいくつもいくつもいくつもいくつもスマホで写真を撮っている。何が気に入らないのか、座ったり立ったり移動したりして写真を撮り、別の大学生女子が一眼レフまで取り出して写真を撮る。


 その時、俺と石田が床に直置きした剣道防具バックが邪魔になったらしい。目をすがめてこちらを見やるから、小さくなって「すいません」と俺は自分のテーブルの下に防具バックを押しやった。


「……な?」

 俺はもう一度石田にすごむが、奴はやっぱり、へらへらと笑っては、アイスを口に含んだ。


♣♣♣♣


 ことの発端は、学校近くにできたチョコレート専門店だ。


「ここ、どうなんだろ」

 駅に向かう途中で、石田が足を止めた。


 ガラス張りの、こじんまりとした店だ。道からは店内の様子が一望できる。

 入ってすぐにある細長いテーブルには、手書きのポップで「チョコ、試食してください」と書いてあり、銀色の皿がいくつも並んでいる。


 その奥にあるのは、商品受け渡しのカウンターで、アイスクリームが入っているケースが見えた。

 なんとなく、サーティーワンのようだが、「アイスクリーム屋」ではない。カウンター上部には、商品名と数字、それから値段らしきものが書いてある。


 ……ただ、それらを読んだとしても、売られているものが、一体どんな商品なのかさっぱりわからないのが、不安をあおる。


 イートインもできるらしい。

 店の右手側には、いくつもの椅子やテーブル、ベンチが見えた。


「姉ちゃんが行った、って聞いたな」

 うっかりそんなことを言ったものだから、石田が目を輝かせて俺を振り返る。


「どうだって!?」

 大きめの目をぱんぱんに見開いて石田が言う。俺は背を反らしながら、「いや、旨かったらしいよ」とつぶやき、それからさっさと立ち去ろうとしたのに、がっちりと手首をつかまれた。


「入ろうぜ!」

「いやだ!」

 即座に断言する。


「なんでだよっ」

 石田が口をとがらせる。俺は顔を顰めた。


「どう見たって、女子向けの店だろ。こんなとこ、男二人で入ったら浮くぞ! しかも学生服だ。絶対、浮く!」


「旨いんだろ?」

「旨いんじゃない。甘いんだ、絶対っ。姉ちゃん、甘いもんなら、なんでも「旨い」っていうんだっ。旨いんなら、駅前のチーカマドックの方が断然うまいに決まってる」


「いいじゃん。入ろうよー」

 石田は相変わらず俺の手首を握ったまま地団太を踏む。子どもか。


井伊いいと行けよ」

「井伊、今日は塾で先に帰ったんだよ」

 むすっと俺を睨む。


「じゃあ、明日にでも行けよ」

 井伊と石田は家が近所だ。最寄り駅も一緒だから、登校はともかく、下校は常に三人で行動している。確かに今日は「塾なので」と駆け足で駅に向かったのだが、明日はまた一緒だろう。


「今日、食いたいんだよ。入ろうぜ」

 言うなり、すごい力で俺をひっぱる。「いやだ」と言っている間に、奴はガラス戸を押し、店内に入り込んだ。

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