第25話 絵本2
「えー! 楽しいじゃん! 音に合わせて踊ったり、手を叩いたりさ」
「それ、お前が軽音楽部だからじゃねぇの?」
茶道部が冷ややか軽音楽部に言う。
「俺、人前で歌ったり踊ったりする奴は恥知らずだと思っている」
「お前、ぼくのことをそんな風に見てたのかっ」
軽音楽部が指をさして茶道部を糾弾するが、茶道部は鼻で嗤っただけで相手にしない。
「とにかく、そんなDVDを楽しんで観るし、絵本も俺が読んでたようなやつじゃないんだよ」
俺は弁当の残りを掻きこむと、水筒のお茶で胃に流し込んだ。
「お前ら、かこさとし、って言ったらなんの絵本を思い出す?」
俺が尋ねると、三人は互いに顔を見合わせた。
「『地下鉄のできるまで』だろ。あれは好きだ。『かわ』もいいけど」
茶道部が答え、蒲生が顔をしかめる。
「断然、『科学』シリーズだよ。『海』とか『宇宙』とか」
「はぁ!? かこさとしだぞ!? 『からすのパン屋さん』だよ!」
軽音楽部が立ち上がり、大声を上げる。茶道部と蒲生はきょとんとした顔で軽音楽部を見上げ、「なにそれ」と首を傾げた。
「かこさとし、って『からすのパン屋さん』や『だるまちゃんとてんぐちゃん』が有名なんだよ」
俺が二人にそう言うと、軽音楽部は自信を得たように胸を張った。
「かこさとし違いじゃないのか、お前ら」
「いや、同じかこさとしだ」
俺は軽音楽部に断言し、それから茶道部と蒲生を見る。
「な? 興味が全然違うんだよ。俺だって、かこさとしは『からすのパンや』より、『地下鉄』か『ダムをつくったお父さん』を読んでいた」
そして、二人を見つめ力強く言う。
「俺達、ひょっとしたら普通とはちょっと違うのかもしれん、と姪っ子を見て思ったんだ」
弁当箱の蓋を閉めながら俺は続けた。
「俺、小さい頃はずーっと庭に穴掘ってた記憶しかねぇんだよな」
「なんだよそれ」
蒲生が訝しむ。
「頑張って掘れば、マントルまで到達できると思ってた」
俺の答えに、三人は一斉に笑い出した。むっとして俺は三人を見回す。
「軽音楽部は普通っぽいが、絶対蒲生と茶道部は違うだろ。俺と同じ匂いがするぞ」
「……おれ、幼稚園の頃、皆が観てるアニメとかテレビ番組が嫌いで嫌いで……。今でも『ドラ○もん』嫌いだわ」
最後の一口を頬ばり、茶道部がもごもごと喋る。
「俺はガキの頃、戦隊シリーズばっかり観てたぞ」
俺が言うと、茶道部は顔を顰めた。
「暴力的だから見ちゃ駄目、って幼稚園の先生が親に言うんだよ。おれが戦隊モノを観たのは、中学生になってからだ」
へぇ、と俺を含む三人が驚いて声を上げた。茶道部は俺たちをつまらなそうに一瞥して続ける。
「だから、おれの周りの大人は、Eテレの幼児番組か、『ドラ○もん』、『ア○パンマン』を見せようとするんだよ。だけど、NHKのあの番組は意味わかんねぇし、『ア○パンマン』はすぐ暴力で解決しようとするから嫌いだった」
今ではすぐ暴力を振るう高校生になった茶道部が意外なことを口にした。
「『ア○パンマン』は正義の味方だろ」
呆れたように軽音楽部が言い、茶道部が睨みつける。
「おれはずっと思ってた。あの世界で一番困っているのはバイキンマンだ。
ちゃんと教えてやれ、ってずっと思ってた。「一緒に遊ぼう」って言うんだ、って。「貸して、って言えば貸してもらえるのに」って。
それなのに、あいつはバイキンマンを殴るんだよ。殴って指導しようとするんだ。しかも、大多数の力でもって、だ」
そんな風に『ア○パンマン』を観たことが無い俺たちは無言だ。
「『ドラ○もん』も、ハラハラするんだよ。あ、のび太、また失敗するのにこいつ何やってんだ、って。ドラ〇もん、知っててわざとのび太を貶めようとしているだろう、って」
やっぱり『ドラ○もん』をそんな風に観たことがなかった俺たちはしばらく黙っていた。
「絵本ってあんまり読まなかったし、図鑑とかのほうが好きだったけどさ」
蒲生がいまだにおにぎりを持て余しながら、なんとなく沈黙を破る。
「『西遊記』は好きだったな」
「絵本でも出てるだろ、『西遊記』」
軽音楽部が不思議そうに尋ねる。「それを読んでたのか」と。蒲生は首を横に振る。
「平岩弓枝の『西遊記』」
「「何歳の頃だよ!」」
俺と茶道部の声が重なる。蒲生は口唇をつきだすようにして、「うーん」と唸った。
「結構早くから文字が読めたんだよね、ぼく。幼稚園の頃には読んでたかなぁ。わかんない漢字は親が全部ふりがな振ってくれたし……」
「なんて可愛げのないガキだ……」
吐き捨てるように茶道部が言う。いや、お前もたいしてかわらんぞ、と俺は思った。
「お前らみんな、おかしいぞ……」
軽音楽部の声に、俺たちは一斉に奴に首を向ける。
軽音楽部は、不気味なものを観るような眼で俺達を見ていた。
◇◇◇◇
その日の放課後、なんとなく武田先輩に、「小さな頃、なんの絵本を読んでましたか」と聞いてみた。女なのに火花が飛び散る溶接科に来た先輩は、どんな絵本が好きだったんだろう、と純粋に疑問だったのだ。
「『しろくまちゃんぱんかいに』」
武田先輩はにっこり笑ってそう答えるものだから、成長の過程で人って変わるんだなぁ、と俺は思った。
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