第19話 部長の声3
野球部が説明した話によると。
当初、その学年で剣道部に入部したのは、武田先輩だけだったらしい。
そして、剣道部には、電子機械の先輩が3人いただけ。
武田先輩をからかうというか、ちょっと異様な感じのセクハラ行動に怯えたその三人の先輩は、あろうことか武田先輩を放置して退部を決意。
『先輩方がいなくなったら、廃部になってしまいます』
そう訴えたところ、『退部』はしなかったものの、剣道場には来なくなってしまったそうだ。
そこで第一顧問と武田先輩だけでなんとか稽古を続けようとしたが、野球部と男バレのセクハラは止まず、『ひとりでは守りきれない』と胃潰瘍を理由に第一顧問が逃亡。
ほとほと困り果てた武田先輩が目を付けたのが、毛利先輩だったという。
「え。毛利先輩、最初は剣道部に入ってなかったのか」
俺は驚く。確か、中学時代は関東大会にも出た、と石田から聞いているが、高校ではやらない気だったのか。
「らしいぜ。ただ、あのプロレスラー先輩、中学では有名だったんだろ?」
「関東大会に出たとかなんとか」
「それで、部長先輩が顔を覚えてて、『剣道部に入ってよ』ってお願いしたみたいだ」
俺は意外に思いつつも頷く。なるほど、そういう経緯か。
「だけど、学校側もよく野球部や男バレのそんなセクハラを許してたな」
俺は呆れて腕を組み、イスの背もたれに上半身を預ける。
「何度か学校側も指導したけど、『ランニングコースです』って言われたらおしまいだし……。実際、剣道場を取り囲んで走って、『聞き耳を立てている』だけだからなぁ」
「だけだから、って……。十分気色悪いわ」
俺は顔を顰めた。野球部や男バレのあのごつい体格の奴らが、列をなして剣道場を周回し、ぜぇぜぇ走りながら、武田先輩の声に耳をそばだてている。
「うわあああああ!」
意味もなく叫び、俺は鳥肌の立った腕をこする。武田先輩、良く耐えたなぁ!
「で。あのプロレスラー先輩がだな」
くつくつと野球部はそんな俺の様子を見て笑い、再び現国の課題を模写し始めた。
「野球部とか男バレがランニングで剣道場に来たら、いきなり外に飛び出してきて、木刀持って素振りを始めるんだと」
俺は目を瞬かせる。
「毛利先輩が?」
いまだかつて、毛利先輩が木刀を持って素振りを稽古しているところなど見たことが無い。『重い』。『だるい』。『面倒くさい』。そんなことを言って、竹刀しか持たない。
「木刀びゅんびゅん振って、剣道場の周りを追いかけまわしたらしい」
「……それは、さぞかし怖かったろう」
俺は眉根を寄せる。
剣道経験者。ましてや、段もちの木刀の素振りは、素人とは『音』が違う。
重低音の風切音というか……。
そもそも、素人が『棒』を持っているのとは『手の内』が違う。
握り方が違うのだ。
手首の使い方や、指の使い方、力の加減が変わってくるから、ボクサーが人を殴ってはいけないように、剣道の有段者だって、竹刀や木刀を素人に向かって本来振るってはいけない。
「外で素振りしながら走るなんて非常識だ、って野球部と男バレが剣道部に抗議したらしんだけど」
野球部は愉快そうに笑う。
「剣道部の第二顧問が『剣道部のランニングコースです』って、しれっと言い切ったらしい」
「なるほど。さすが藤原先生」
俺は第二顧問の飄々とした顔を思い浮かべて笑う。
「それ以後、セクハラは止んだのか?」
「そりゃあ、下級生とはいえ、あんな大柄な男が木刀持ってウロウロしてたらなぁ。うちだって、怪我はしたくない。甲子園に出たいから、問題も起こしたくないし」
野球部は最後の文章問題を書き写しながら苦笑した。
「まぁ。そんなことがあって、あのプロレスラー先輩は剣道部に入部して、今に至る、と」
「……あの先輩、男気はあるんだよなぁ。ちゃらんぽらんだけど」
俺がため息交じりに呟くと、野球部もつまらなそうに返した。
「だから意外に女にモテるんだよなぁ。あんな外見なのに。ああ、やだやだ」
◇◇◇◇
その日の放課後。
少し毛利先輩のことを見なおして俺は剣道場に行ったのだけど。
「錬成会の日に美容院を予約したから、欠席する」
武田先輩にそう言い、握った拳で毛利先輩は殴られていた。
「美容院って、あんたの頭は理容店でも勿体ないぐらいよ! 私が丸刈りにしてやるっ」
「落ち着け、
剣道場には、武田先輩の怒声がいつもどおり響き渡っていた。
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