第18話 部長の声2

 思わずシャーペンを投げ出し、力強く断言する。


「お前、あの後打突が来るんだぞ! 気合の後は、攻撃が来るんだぞ!」

「そんなの知るかよ」

 野球部は相変わらずへらへら笑い、頬杖をついた。


「あの、『いやぁぁぁ』とか『にゃああああ』って声が、もう。妙にさ」

「お前、さっきまで、ウヴェー、って言ってたじゃないか!」


「それは、野郎の時だよ。女は違うよ」

「はぁ!?」

 もう、俺は開いた口が塞がらない。


 幼稚園の頃から、剣道をしてきた身としては、さっきも言ったように、気合の後は、攻撃が来る。身構えることや動きを読むことは考えても、『イヤラシイ』ことを妄想したことは一度もない。


「……お前、変態だろ」

 思わず呟いたら、野球部が「お前がおかしい」と断言してきた。


「ちょっと、はぁはぁ言いながらさ、『いやぁ』とか言われた日にゃあもう」

「そのあと、殴りかかってくるんだぞ、竹刀持って! 疲れてる時ほど、必死だからさっ」


「また、男女一緒の部ってのがさぁ」

「もう、全然理解が出来ん。お前ら、一回武田先輩にどつきまわされろ」


「いや、あんな綺麗な人ならそりゃあ、お願いしたいぐらいなんだけど。ってかさ。そのことなんだよ」

「どのことだよ」

 俺は若干背を反らしながら野球部を見る。変態だ、本当に変態だ。


「あの部長先輩、入学した時から、そりゃあもう、溶接科全員を上げて、『美人だ美人だ』と大騒ぎしてたらしい」

 野球部は、相変わらず気色の悪い笑みを浮かべてそう言う。


 まぁ。

 女子が少ない工業高校のようなところだと、「世間一般では普通」の女子も、「美人」「可愛い」と見えたりするが。


 武田先輩は、外に出しても遜色のない美人の部類だと思う。

 ただし、あの性格だから、相手は選ぶと思うが。


「当時、剣道部の先輩って電子機械科しかいなくてさ。今はもう、いねぇだろ、3年の先輩」

「……いない、な」

 言われてみれば、3年の先輩というのを俺は見たことが無い。勝手に「早めの引退」をしたのだとおもっていたが……。


「部長先輩が剣道部に入部して、部活の時にあのイヤラシイ声で『いやぁぁ』とか言うからさ、野球部や男バレとかがランニングと称して剣道場を取り囲んで野次ったんだって」

 俺は野球部の言葉に絶句する。


「野球部とか男バレとかいかついじゃん。電子機械の3年の先輩たち、それで部を辞めて……。剣道部の第一顧問も必死になんとかしようとしたけど、『ただのランニングです』とか野球部の先輩たちも言い張りだして……。胃潰瘍で辞めたらしい」

「……だから、うち、剣道部の第一顧問、不在なのか」


 思わず呟く。

 中学の時、剣道部の指導者は外部コーチで、顧問は名ばかりの国語の教師だった。


 だから、黒工で、第一顧問が不在、と聞いても特に何も思わなかった。第二顧問の藤原先生は、山岳部の第一顧問だが、何かあればいつも様子を覗きに来てくれる。それだけでありがたいとおもっていた。中学はほぼ、放置だったから。

 だから。

 こんな理由があったとは知らなかった。


「……ん? だけど、今はそんな野球部や男バレの奴らは剣道場の周りでみかけないぞ?」

 俺は眉をしかめる。


 入学して、そして入部して数か月経つが、そんな妙な輩も変な学生も見たことが無い。武田先輩が撃退したんだろうか。


「あの、プロレスラーみたいな男の先輩がその後、入部したんだよ」

 野球部は気持ちの悪い笑みを消し、顔を歪めた。


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